第472話「反動」
──事象融合『
上空からプレイヤーたちの戦闘を眺め、レアは胸中で呟いた。
つい先ほどまでは攻撃しても大したダメージも与えられず、ウツボの自然回復さえ上回れないのでは、というおままごとのような戦闘が繰り広げられていた。
それが今はどうだ。
変態ナースの矢はウツボの皮膚をやすやすと破り、貫通して反対側から飛び出していく。『ジェノサイドアロー』ではないようだが、それに似たスキルだ。多段ヒットもしている。
アマテインの剣も明らかに刀身よりも広い範囲に裂傷を与えている。何の効果かはわからない。レアもある程度は剣のスキルを開放してあるのだが、そのレアがわからないということは未知のスキルというよりはおそらく『神の息吹』の効果の一部だろう。攻撃範囲拡大のようなものも含まれているらしい。
ギルの『シールドチャージ』も素晴らしい。これも攻撃範囲拡大の効果か単純な能力値上昇によるものかわからないが、それを食らったウツボの一部が一瞬べこりとへこんでいる。当然すぐに戻るが、体表が少し変色してしまっている。打撃攻撃の恐ろしいところはこれだ。被弾時の抵抗判定に失敗すると、一時的に防御力低下を受ける事があるのだ。
ウェインや明太リスト、それから女エルフの魔法も大したものだ。
叫んでいる内容からすると中堅程度の魔法のようだが、その効果はもっと高位のものに迫る威力がある。もちろんレア自身が放つものと比べれば大した事はないが、少なくとも比べられる程度の水準にはある。
もちろん敵のウツボも黙ってやられるだけではない。
その大きな体をくねらせ、プレイヤーを弾き飛ばしたり、押しつぶしたりしようとする。
しかしレアが発動した『神の息吹』はプレイヤーたちの全ての能力値を上昇させるものだ。いかに巨大な黄金龍の端末の攻撃とは言え、それでやられてしまったりはしない。
そして死にさえしなければ即座に『回復魔法』が飛んでくる。ケタケタ笑いながら光を撒き散らしている女ヒューマンがヒーラーのリーダーのようだ。ヒルス王都で見たときとはずいぶんと雰囲気が違うが大丈夫だろうか。
ウツボは物理攻撃では埒が明かないとみるや例のレーザーブレスも放ってくるが、タンク職のプレイヤーたちが固まって盾を構え、他のプレイヤーたちを守る。
明らかに盾よりも広い範囲でブレスが弾かれていた。
これも防御範囲拡大とかそういう効果が乗っているのだろう。複数人のタンクが固まる事でより硬度を増しているようにも見えるし、同じバフを受けた者同士の相乗効果のようなものもあるのかもしれない。
今の所『神の息吹』のお陰でプレイヤーたちでも対等にウツボと戦えているが、問題もある。
それは効果時間だ。
『神の息吹』の効果時間はそれほど長くはない。元になっている『強化魔法』と同じ程度だ。
事象融合の仕様上、重ねがけなどは出来ないし、切れたからといって再びかけることも出来ない。
今、レアのほとんどの属性魔法と『強化魔法』は長大なリキャストタイムによって完全に封じられてしまっているからだ。実際に発動したのは『強化魔法』ツリーだけなのだが、取得条件になった属性魔法も何故か巻き込まれてリキャスト対象になっていた。
『光魔法』や『闇魔法』、『神聖魔法』、『暗黒魔法』なら問題なく使えるが、あれらの中には能力値に影響を与える変化系の魔法はない。姿を消すとか、相手の視界を奪うとか、そういうものならあるが。
レアが見た限り、このままのペースだとギリギリだ。
ウツボの自然回復を考慮すると恐らく足りない。
しかし──
「……多すぎるLPの割に、自然回復の速度がずいぶんと遅いな? まったくしない訳でもないようだけど」
黄金怪樹はもっと景気よく回復していたようだったが、何が違うのだろう。あちらは魔戒樹と融合していたからだろうか。
もしかして、この惑星の、この世界の生物と融合したかどうかが鍵になっているのだろうか。
そういえば黄金怪樹は名前や一部のスキルを見ることは出来ていたが、このウツボは何も見ることができない。
黄金龍単体ではこの世界に馴染んでいないから自然回復が起きづらい、とかそういう設定だろうか。
何であれ、こうやって冷静に見てみるとこの黄金龍の端末は黄金怪樹サンクト・メルキオールより数段弱い。単にLPが多いだけだ。
今のレアならひとりで戦っても逃す事なく始末できるだろう。
地表のプレイヤーたちだけでも、自然回復がこのペースならギリギリ間に合いそうである。
「……あ、まずいな」
黄金龍の端末のLPがレッドゾーンに差し掛かった頃、端末の動きが急に変化した。
プレイヤーたちへの反撃を全て停止し、のたうって体の方向を変えようとし始めたのだ。
ウツボの頭部が見据えている先には火山の麓に開いた穴がある。
あそこから出てきたのだとしたら、あそこに戻ろうとしているのだろう。
「──異邦人たちよ! その黄金龍の端末は逃げようとしている! ここで逃せば奴は地面の下に潜り込み、もう二度と捕捉出来なくなるかもしれない! 急ぐんだ!」
レアの声が聞こえたからか、それとも敵の動きが変わったからか、プレイヤーたちも残されたリソースをかき集めて大技を放とうと溜めに入った。
いやそうではなくて、出来れば何人かには細かい攻撃で動きを止めたりしてもらいたかったのだが。
彼らもレイドパーティ戦が初めてというわけでもないし、全員が全員大技ブッパの準備を始めてしまうなんてミスをするとは思えない。
もしかしたら強化の際のハイテンションがまだ消えていないのかもしれない。
そうであるなら気持ちはわかる。
確かに大ボス戦のラストとなれば大技でフィニッシュを決めたいだろう。
「世話が焼けるな、もう。『邪眼:麻痺』」
右眼を閉じ、左眼だけを開けた状態でスキルを放った。
状態異常攻撃は得意ではないが、ライラの話では黄金龍の端末は耐性が低いということだったし、十分効くはずだ。
目論見通り、黄金龍の端末はぴしりと動きを止めた。
しかし3秒を数えたあたりでゆっくりと動き出す。効果時間が異常に短い。
だがその頃にはプレイヤーたちの攻撃も準備が整い、次々と放たれるところだった。
哀れ黄金龍の端末は、大勢のプレイヤーたちの渾身の一撃を全てその身に受け、ゆっくりと光の粒に変わって消えていった。
*
「──お疲れ様。何とか倒せたようだね。おめでとう」
「……──っはあっ、はあっ、はあっ……!」
「……ぐ、うぐぐ……」
「……力が……入らん……」
レアの労いの言葉に応えようとする者は、まあ居ることは居るが、誰も成功してはいなかった。
MPは誰も彼も枯渇寸前だが、LPには異常はない。
状態異常を受けた様子も無かったし、これはもしかしたら『神の息吹』の後遺症だろうか。
だとすれば、あれは発動者であるレアの魔法を奪い、効果終了後にはその恩恵を受けた全てのキャラクターの行動力を奪うというかなり大きなデメリットを持っていることになる。もしそうだとしたら使用には細心の注意が必要だ。眷属たちに使う前にここで試せてよかった。
しかし誰も動けないのであれば都合がいい。
レアは地面に降り、ウツボが居た後に残されている金属の塊を拾い上げた。
「さっきの支援の代金だ。これは頂いていこう。文句がある人は手を挙げて」
誰も手を挙げようとしない。
皆這いつくばったままだ。
「……くそ、こっちが動けないのが……わかっていて、言っているだろう……!」
「もちろんだよ。しかし、反論も勢いがないな。丁度いい。冷静に話を聞いてくれそうな今のうちに伝えておこう」
無様に転がるプレイヤーたちを眺める。
「さっきも言ったが、今きみたちが倒した魔物は黄金龍の端末と言う。
黄金龍というのは知っているね。人類が六大災厄とか呼んでいるもののうちのひとつだ。
この六大災厄というのも基準がよくわかっていないから何故呼ばれているのかもわからないのだが、ただひとつだけはっきりしていることがある。
それは災厄と呼ばれるものたちの中で、黄金龍だけが異質な存在だということだ。
実際に戦ったきみたちにはわかっているだろうけど、あれはわたしたちとは決して相容れない存在だ。世界の敵と言ってもいい。あれを滅ぼすためならば、どんな立場の者であっても例外なく手を組む事さえあるほどだ。
それは当然、このわたしも同じだ。
さっき、わたしはわたしの目的のために行動していると言ったね。
その目的こそ、黄金龍を倒すことだ。そのためならばわたしは手段を選ばない。誰とでも手を組むし、打てる手は全て打つ」
「……大戦のときも……目的がどうとか言っていたな……。ではあれも、この黄金龍を倒すためだったと言うのか……!」
「ぃしぇき、ぃせきぃ……。はっくちゅ……」
アマテインは何とか聞き取れる程度の声は出しているが、いつか天空城の落下地点にやってきたプレイヤーは息も絶え絶えでまともに声が出ていない。咳がどうしたのだろう。最後のはクシャミだろうか。風邪でも引いているのか。
この風邪引きさんの彼は他のプレイヤーに比べて一際ハッスルしていたようだったし、この謎の疲労状態はバフ時の興奮状態に比例しているのかもしれない。
「少し違うが、だいたいその通りだよ。しかしきみはこの黄金龍とか言うけれど、これはただの端末であって本体ではないよ。わたしが倒したいのはあくまで本体だ。こんな雑魚ではない。
もしかしたらきみたちも知っているかもしれないが、本体は今、北の極点に封印されている。当然だが、封印されてしまっている状態では倒すどころか戦うことも出来ない。
だからその前にまず、封印を解いてやる必要がある。わたしがこれまでやっていたのはその封印を解くための準備だな」
「封印を……解くだと……!?」
「そんなことをして……大丈夫なのか……!」
「何のために……、わざわざそんな危険なことを……! あれの危険性はお前だって……!」
アマテインだけでなく、ウェインやヨーイチも声を上げた。かなり元気が戻ってきたようだ。
ヨーイチにお前呼ばわりされる謂れはないが、前回多少なりとも手を貸してもらった事もある。今回だけは不問にしてやる事にした。
「何のために、だって? 決まっている。
──このわたしの力を示すためだ。世界の敵を倒し、この世界で1番強いのが誰であるのかを証明する。
他の六大災厄のうち、すでに3つは滅んでいる。残っている中の1つはわたしの友人だ。もう1つはまだ元気だが、その気になればいつでも滅ぼすことは出来る。
あとは黄金龍だけだ。あれだけが封印によって守られている。それを突破し、この手で滅ぼすことで、わたしは初めて世界に覇をとなえる事が出来るんだ」
「……そんな……事のために……!」
「世界を危機に晒すというのか……!」
「そんなこと、か。
では聞くが、きみたちは一体何のために戦っているんだ。なぜ魔物たちを殺す? わたしが聞いた限りでは、大抵の異邦人はこの地に現れてすぐに手近な魔物を攻撃するらしいな。それは何故なんだ。
そこまで言うのなら、さぞ大層な理由があるのだろうな」
プレイヤーたちは押し黙った。
彼らが魔物を攻撃するのは当然経験値のためだ。ではなぜそんな事をするのかと言えば強くなるためである。
しかしその強くなる目的というのは、基本的には無いはずだ。
戦闘力を高めることでシナリオを有利に進めるという目的があるのかもしれないが、メインシナリオが存在しないこのゲームにおいてはさしたる意味も持たない。
戦闘力が足りないのであれば身の丈に合った行動を取ればいいだけである。身の丈以上のクエストやイベントに関わろうとするとしても、この世界には天井が無いためキリがない。
言うなれば、レアの目的もそういう類のものなのだ。
ただレアの場合は、黄金龍に手が届きそうだからそうする、というだけの話である。
それを他のプレイヤーにとやかく言われる筋合いはない。もちろんレアも彼らが強さを求める事は否定しない。レアも好きにするから、彼らも好きにやればいい。
「──さっきも言ったが、黄金龍を倒すためならわたしは手段を選ばない。
もし、そんなわたしと志を共にしたいという者がいるのであれば、いつでも遠慮なく会いに来るといい。わたしの役に立ちそうなら、同志として迎え入れることもあるかもしれない。
まあ、わたしは大抵あちこちをうろついているから、会いに来るのは容易ではないかもしれないけどね」
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