第471話「神の息吹」(丈夫ではがれにくい視点)





 アマテインが案内してくれた集落というのは、そう大きくもない普通の村だった。

 当然全員が泊まれるような家などないが、それでも村の周りや広場などにテントを建てれば眠れない事もない。

 安全性については不安が残るものの、とりあえずリスポーン地点の上書きをするだけであれば問題ない。


 そういった準備を済ませ、一行は火山に向けて出発した。

 同行していたネクラーソフとはここで一旦お別れだ。彼はこの村の長と今後の事について話があるらしい。

 孤島の玄関口になっていた漁村が壊滅してしまったからだろう。今後も大陸間貿易を続けるのであればこの島の協力は不可欠だし、村の人間にいくらか報酬を渡して船着き場を再整備してもらう交渉でもするのかもしれない。


「──で、どんな奴なんだそいつ。攻略法とかあんの?」


「ああ、巨大な魔物だ。デカすぎてなんなのかわからんが、たぶん魚類に近い魔物だと思う。攻略法については全くわからんが、少なくともマグナメルムの関係者が尻尾を巻いて逃げだす程度にはヤバい奴だ」


「あー……。そういえばそんなこと言ってたな。

 今さらだけど、この人数で勝てっかな……」


 これだけのメンバーが揃えば倒せない敵などいない、ような気がしていたが、今思えばあれはその場のテンションに引きずられたジョーの気のせいだった。


「これで勝てなければ、今のプレイヤーでは絶対に勝てない敵だという事だ。その時はもうあきらめるしかない。

 それに、逃げたマグナメルムというのはブラウンのインバネスコートの老紳士だったんだろう?

 俺たちが知っている奴と同一人物なら、彼は戦闘があまり得意ではないと言っていた。自称だけどな。だとすれば勝算がないとも言い切れない」


 老紳士の情報をジョーに教えてくれたのはこのヨーイチだった。彼らは自分たちだけ馬に乗って移動している。わざわざ船に積んできたらしい。

 アマテインの話では、この島で会った老紳士はマグナメルムであることを認めはしなかったが、はっきりと否定もしていないとのことだ。


 それからしばらく歩いて行くと、次第に周囲の気温が上昇してきた。

 最初は気のせいかとも思ったが、気のせいではない。

 皆汗だくになっているし、装備をいくつか外して暑さ対策をしている者もいる。

 ヨーイチもローブを脱ぎ、ナマ足を晒している。


「──近いぞ。そろそろだ」


「おう。そういや、魚類とか言ってたよな。火山にいる魚類のモンスターって言うと大昔のゲームで見たことあるような気がするんだけど、外に出てんのかそいつ。マグマとか地下とかに潜ったりはしてねえの?」


「大丈夫だ。このところ地震が起きていないからな。地下に潜っていれば地震があるはずだし、たぶん外に出たままのはずだ。俺たちが前回逃げた時は、何かを探してるような様子だったが……。

 ──見えたぞ、あれだ!」


 アマテインが前方を指さした。

 そこには金色に輝く、確かに魚類に似た何かが横たわっていた。

 だが金色の光以上に眩しいのは『真眼』で見えるそのLPだ。


「……いや、なんだあのLPは。ほんとに勝てるのかあれ……」


「だから言っただろう。ヤバい奴だと」


「いやそうなんだけど、せめて比較対象くらいはさ」


「LPだけで言えば、ペアレ王都を更地に変えたセプテムと同じくらいだ。いやあれよりも多いか? 正直両方ともLPが多すぎてよくわからんが」


 先に言って欲しかった、と思わないでもないが、聞いていたとしてもジョーたちがしなければならない事に変わりはない。

 どうせいつかは災厄級のレイドボスと戦わなければならない日が来るのだ。

 それがたまたま今だったと言うだけの話である。

 これに怖気づいて逃げてしまうようでは、セプテムと戦う事など夢のまた夢だろう。

 もっともジョーたちはセプテムと敵対する予定はないが。


「……あの金色……そして逃げたブラウンの老紳士……あれはまさか」


 ヨーイチが何か言っている。

 がしかし、馬の高さの分声が遠いせいでよく聞こえない。何でこの2人は馬を連れてきたのか。こんな事ならジョーも連れてくればよかった。もっともジョーが乗った船は定員ぎりぎりだったので馬が乗るスペースなどなかったが。


 さらに近付いて行くと金色がもぞもぞと動き出した。

 ジョーたちに気付いたらしい。


「……気付かれたか。奇襲は無理だな。

 ──敵はどんな攻撃をしてくるかわからん! 皆十分気をつけて戦うんだ! まずは距離をとって対処し、回復系の技能がある者は仲間の回復優先で立ち回ってくれ!」





 戦闘の口火を切ったのはヨーイチの矢だった。

 思えばいつも、戦いはこの矢から始まっていたような気がする。


 ヨーイチは仲間たちにヘイトが向かないようにと馬で駆けながら矢を射かけていった。

 何かのスキルも発動しているのだろう。

 途中で矢が複数本に増えたり、ありえないスピードで飛んで行ったりしている。

 弾かれているという感じはしない。全体からすると微々たるものではあるものの、ダメージ自体は入っているようだ。


「……あれ、普通の矢だよな。意外と防御力はない……のか?」


「それだけで判断するのも危険だけどな」


「物理はいいとしても、魔法はどうかなー。魔法が効かなかったりすると、こっちのDPSは半分以上が役立たずになっちゃうけど。

 とりあえずは様子見ってことで。『フロストニードル』!」


 名無しのエルフさんが単発の魔法を放つ。

 これも矢と同様に金色の皮膚に突き刺さっていく。

 LPが多すぎて減っているようにはまったく見えないが、それでも効いていないという感じでもない。


「……無意味、ではなさそう? 手ごたえみたいなものはあるけど、焼け石に水って感じ」


「だが、効いているのならやらないよりはマシなはずだ。

 魔法が撃てる者は魔法を! 撃てない者は矢か投擲で攻撃だ! それ以外の者は慎重に近づけ!」


 アマテインの号令に呼応し、風林火山陰雷のメンバーたちから無数の魔法が金色魚類に飛んでいった。

 何を撃っているのかはわからない。口を揃えてDとか2とかの記号を叫んでいるだけだ。何を叫ぶかを決めているのはソーメニーのようだが、あれでは他のパーティと連携を取るのは難しい。

 今回は一応複数パーティが混在する大規模レイド戦ということにはなるものの、結局は各々で地道にダメージを稼いでいくしかないようだ。


 今のところ反撃されるような様子もない。

 この分ならただリソースをぶつけるだけの単調な戦闘になるだろう。チームワークまで考慮することはない。


「じゃあ、俺たちも近づいてみるか」


「そうだな。特に反応もしてこないし、この程度の攻撃では何の痛痒も与えられないのかもしれないが……」


 こちらに気付いているのは間違いないにしても、脅威だとは思われていないのかもしれない。

 それはそれで癪ではあるが、警戒されていないのならある意味で好都合だ。

 この隙に近接組も距離を詰めることにした。


 ギルとアマテインが慎重に近付いていく。全く意識していなかったが、よく見ればその後ろをサスケが歩いている。存在感が無さ過ぎる。

 その後に風林火山陰雷の前衛が続き、ジョーも倣った。

 前衛組の中には盾を仕舞い、大型の剣を取り出している者もいる。

 確かにこんなサイズの魔物が相手では味方を庇って防御してもたかが知れているし、今のところ反撃がないのであれば攻撃に全振りした方がいい。


「……よし、じゃあ行くぞ。『捨て身』、『ランスチャージ』!」


「『捨て身』、『大切断』!」


「『スタブ』!」


「『スラッシュ』!」


 各々が武器を手にスキルを発動する。様々な刃物が金色の皮膚を切り裂いていく。

 しかし皮膚を切ったのは確かなのだが、あくまで表面の皮一枚を傷つけただけであり、中の筋肉どころか脂肪の層にさえ届いていない。


 間近でやってみるとわかるが、これはかなり絶望的な状況だ。

 大きいというのはそれだけで恐ろしい事なのだ。

 確かに効いていないわけではない。斬った感触からしても、それほど防御力に優れているわけでもない。

 ただ、効いているというだけでは意味がない。

 現にこの魔物は、ジョーたちプレイヤーを警戒すべき対象だとさえ認識していない。


「くそ、一旦下がって範囲魔法に頼るか?」


「それしかないか……。さっきのなっちゃんの話じゃねえけど、近接が役立たずとなるとこっちのダメージソースはかなり限られてきちまうぞ」


「──なっちゃん言うなー!」


 聞こえたらしい。

 遠くから名無しのエルフさんの叫び声が聞こえる。エルフは地獄耳だ。


「とにかく、一度距離を取って、何とかダメージを与える手段を考えないと──」


 その時だった。

 目の前の金色の壁が突然倒れ込んできた。


「うわわ! あぶね!」


「動いたぞ! 下がれ下がれ!」


「なんだ!? 何で突然!」


 それまでもぞもぞと動いているだけで、全く行動を起こそうとしなかった金色の魚類が急にその鎌首をもたげた。

 そう、鎌首だ。

 はっきりと動き始めてようやくわかったが、これは魚類というより蛇のような形をしていた。いやそれにしては魚っぽいシルエットだから、ウツボだろうか。とにかくそんな姿だ。


 それは遠くから見ている魔法使い組にもわかったようで、名無しのエルフさんが声を上げた。


「──ウツボがなんかに反応した! でも私らの攻撃にじゃない! 空を見てる……?」


「あれは──!」


 ウツボの視線を追ったウェインが叫ぶ。


「まさか!」


 アマテインもだ。


「やはり来たか!」


 ヨーイチでさえ攻撃の手を止めている。


 それもそのはずである。

 ここにいるメンバーのうち、何割かはその姿を決して忘れる事はない。


「セプテム様だー!」


 ウツボの視線の先の空、その空の一点が歪み、マグナメルム・セプテムがその姿を現したのだ。

 その直後に輝くLPの光がセプテムを満たした。周囲にはさらに4つのLPの光が彼女を守るように浮いている。と言っても何かが居るわけではない。光だけだ。





「──ウツボの始末でもしようかと思って来てみれば……。ずいぶんとまた、見覚えのある者が集まっているな。

 そっちのお揃いの鎧を着ている者たちもどこかで会ったね。確か、ヒルスの端の草原だったかな?」





 警戒した風林火山陰雷のメンバーたちが身構える。

 知り合いらしい。

 個人単位ではないにしても、セプテムに覚えられているとは大したものだ。

 提携しておいてよかった。


「マグナメルムが何をしに来た! やはりこの金色の魔物はお前たちの仕業なのか!」


 アマテインが叫ぶ。

 いつもであればウェインの役目だが今回の主人公は彼のようだ。

 一度でいいからジョーも主人公役をやってみたいような気もするが、それでセプテムの不興を買うのは避けたい。やはり人にはそれぞれ全うすべき役割というものがあるという事だろう。


「きみは……。名前までは覚えていないが、ヒルスの王都でわたしに土を付けた異邦人のひとりだな。ペアレの王都でも見かけたんだったかな。元気そうで何より。

 それより、今のわたしの独り言は聞こえなかったのか? わたしはこのウツボを始末しようと思ってわざわざ来たんだよ。仲間から発見の報告を受けたものでね」


 聞こえていないわけがない。

 なんならセプテムの声しか聞いていないまである。

 頓珍漢な事を言うアマテインに若干の苛立ちを覚えないでもないが、そのおかげでいまの長台詞を引き出せたのだとも言える。アマテイングッジョブである。


「仲間!? やはり、この間のあの男はお前たちの!」


「……ああ、そういえばはぐらかしたとか言っていたかな。しまった。今のは忘れてくれ」


 天然ボケか。可愛いかよ。


「くそ、ふざけたことを……!」


「──それより、始末しようとした、というのはどういうことですか! このウツボとマグナメルムは敵対関係にあるということですか!」


 今度はその手が暖かだ。

 しかしこう言っては何だが、これほどまでにヒロイン力に差があっては勝負にはなるまい。


「そう言っている。おっと──」


 突然辺りをまばゆい光が満たした。


 上空でプレイヤーたちを相手に談笑するセプテムを隙有りと見たのか、これまで全く何の行動も起こさなかったウツボが口を大きく開けてブレスを放ったのだ。

 黄金の輝きは一条の光となってセプテムを飲み込んだ。

 レーザービームにしか見えないが、それもウツボの口が大きすぎるため、一般的なレーザーとはかけ離れた太さだ。

 普通はレーザーのような光学兵器は出力が同じなら口径が小さい方が威力が出る。しかしウツボのこのブレスは大口径でありながら恐ろしいほどの存在感を辺りに撒き散らしていた。


 とても回避など不可能な範囲と速度、それに威力だったのだろうが、しかしセプテムには通用しなかった。


 光が消えた後、そこには何事もなかったかのようにセプテムが浮かんでいた。

 避けるまでもない、と言わんばかりに余裕のある態度だ。

 周囲に浮いているLPの光が少し弱まっているような気もするが、ブレスの光が強すぎたせいでジョーの目が眩んでいるのかもしれない。


「……なるほど。雑魚とは言っても、馬鹿に出来ない攻撃力は持っているな」


 雑魚とは言っても、とはどういう意味だろう。誰がそんな事を言っているのか。

 このウツボはどう見ても雑魚ではない。下手をしたら国が滅びるレベルの大災厄だ。


「しかし、この程度の相手も倒せないようでは困る。きみたちにはもっと頑張ってもらわなくては」


「なんだと!? どういう──」


「以前にも言ったと思うが、わたしにはわたしの目的があって行動している。きみたちと同じようにね。

 その目的の中で、そこの──そうだな。そこの【黄金龍の端末】を始末するというのは比較的優先度が高い。

 今回はきみたちも同じ目的のようだし、手伝ってやるからきみたちの手で倒してみたまえ」


「手伝うだと!? 倒してみろって──」


「まって! 今黄金龍の……なんて言った? たんまつ? 端末ってターミナルの事? 黄金龍の? それって──」


 明太リストが急に食いついてきた。


「いやいや、そんなことどうでもいいって! それより、ててて、手伝うっていうのはその、どういう感じのあれなんだよ!?」


 アラフブキが興奮している。

 しかし気持ちはジョーも同じだ。

 いや、今ここにいるハガレニクセンの勇者たちの心はひとつだ。


 つまりこれは、そう、初めての共同作業というやつである。


「落ち着きなさい。騒がしいな。わたしの事より、黄金龍の端末の方を気にしなよ。ほらまた──」


 ウツボ──黄金龍の端末が再び光を撒き散らし、セプテムの姿を隠した。


「──ってまたわたしか。やっぱり、今の状態じゃ下の異邦人たちは敵としてさえ見てもらえてないってことか。しょうがないな」


 セプテムがローブを脱ぎ捨てる。

 投げられたローブは風に乗ってどこかに飛んで行ってしまった。

 ハガレニクセンのメンバーが何人かそわそわしていた。拾いに行きたいのだろう。ジョーもそうだ。


「うわお!」


 しかしローブなどに惑わされている場合ではなかった。

 大事なのは服ではない。中身だ。

 風に舞うローブに少し目を取られている間に、セプテムは腰から6枚の翼を広げ、頭には角が生えていた。

 変身の瞬間を見逃してしまった。痛恨のミスだ。

 周りのみんなも悔しげに唇を噛んでいる。


 そしてセプテムが両の眼を開いた。


「ちょっと強化してあげるから、これで何とかしてみなさい。

 ……『力よSTR強化』、『魔よINT強化』、『疾くAGI強化』、『恐れよMND強化』、これぞ我が『肉体VIT強化』の、『業よDEX強化』……」


 セプテムが何かを呟いた。

 といっても凝視していたジョーだからこそ唇を読んで気づけたようなもので、こちらに伝えるというよりは何かを確認するかのような話し方だった。


 その呟きが終わるなり、セプテムの6枚の翼が順に光を放ち始めた。

 赤、青、緑、白、紫、黒。

 どれひとつとして同じ色はない。


「──ふふ、ふはは、あはははは! このわたしがもたらす、圧倒的な力の奔流に酔いしれるがいい! 『神の息吹ルーアッハ』!」


 そして全ての翼に光が灯ると、セプテムは高笑いを上げ、両手をこちらに、プレイヤーたちに向けた。

 それを追うように6枚の翼が羽ばたく。

 翼に蓄えられていた光はセプテムの前でひとつになり、極彩色の眩い光があたりに降り注いだ。


 光はジョーの中にも入り込み──


「──あああ! なんだこれ! 力が! すげー! うおおおおお!」


「あーっはっはっは! あーっはっはっはっはあ!」


「おいコレぇ! 大丈夫なやつなのかおイィ! めっちゃ気分がいいんだが!」


 溢れる高揚感にたまらず声が出てしまう。

 それは周りにいる全てのプレイヤーに共通の症状だった。


 精神攻撃だろうか。

 いや違う。これは祝福だ。

 セプテムが、災厄神が愚かな人民に恵んでくださった慈悲なのだ。


「……人の狂態を見ると急に落ち着くのはなんでなんだろうね。まあいいや。

 さあきみたち! その力を使って黄金龍の端末と戦うといい! 敵は待ってはくれないぞ!」


 セプテムが戦えというのなら戦うまでだ。

 確かに彼女の言う通り、ウツボはここに来てようやくプレイヤーたちを認識し、今はセプテムではなくこちらを見ている。


 だが恐れることはない。

 ジョーたちの頭上では災厄神が見守ってくれているのだ。





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