第470話「同窓会」(丈夫ではがれにくい視点)
「……西方大陸か。こんなに早く行く予定じゃなかったんだけどなぁ」
「別に西方大陸まで行くってわけじゃねえだろ。その手前の島までだ」
遠ざかっていく港街を眺めながらぽつりと漏らした丈夫ではがれにくい、いやジョー・ハガレニクスの呟きにアラフブキが訂正を入れた。
現在2人はライスバッハ発の船に乗り、中央大陸と西方大陸との間に浮かぶ孤島目指して移動中だった。
いや2人だけではない。災厄神国ハガレニクセンに協力しているほとんどの戦闘系プレイヤーが船に乗っていた。食事や諸々の物資を乗客のプレイヤーたちがインベントリで賄う事にして、極限まで乗れる人員を増やした結果だ。
ヒルス地方で災厄神国を運営する彼らがなぜ船に乗り西を目指しているのか。
その理由はジョーのかつてのクランの友、アマテインとその手が暖かから送られた救援要請に応えるためだった。
少し前の事だ。
西方大陸と中央大陸との間で大規模な貿易ラインを構築しようと画策した一部の商人たちによって、シェイプ最西端の港町ライスバッハから大船団が出港した。
この船団にはジョーたち災厄神国の一部のメンバーや、提携しているクラン、風林火山陰雷の面々も乗船していた。
西方大陸にはすでにいくらかのプレイヤーが渡ってはいたが、大陸の歴史が始まって以来の大船団だという触れ込みもあり、この取り組みはSNSでもNPCの間でもかなり注目されていた。
ところが、船団が西方大陸に到着する事は無かった。
それどころか、中継地点の孤島に辿り着く事さえ出来なかった。
その理由は、洋上にて謎の魔物集団の襲撃を受けたからだ。
いったい何者が、なぜ船団を襲ったのか。
これについては後から生き残ったアマテインたちによって情報がもたらされたのだが、どうやら西の海に住む人魚の王国の仕業だったらしい。
さらにこの人魚たちが鳥型と馬型の魔物を操り、周辺の街にけしかけたことで、ライスバッハでも大きな被害を受ける事になった。
アマテインが言うには、西の海の人魚の仕業というのはあくまでまだ可能性の段階であり、情報の裏取りは出来ていないということだった。
が、ジョーたち災厄神国のメンバーはこれを暫定的に真実として行動する事に決めていた。
アマテインが、この情報の出所はマグナメルム関係者である可能性があると証言したからである。
その関係者の容姿を聞いてみたところ、以前にヨーイチからオフレコで聞いた新メンバーの特徴と一致していた。
恰好だけなら他人の空似の可能性もないではないが、アマテインの話ではその人物は最後は転移で逃げたという。これはヨーイチの話した人物も同じだった。
さすがにそんな者が2人も3人もいるはずがない。
そのマグナメルムの茶色担当が逃げる原因にもなったらしい、ある魔物の出現。
それこそが、アマテインたちが救援を要請してきた理由だ。
この救援要請はSNSへの書き込みやジョーたち一部のフレンドへの直接のやり取りで発信されたものだったが、ライスバッハでリスポーンしていた風林火山陰雷のメンバーや他のプレイヤーたちが街の貿易商に掛け合い、孤島へプレイヤーを運ぶ船を出してもらえるよう頼んだ。
つい数日前には大船団が壊滅し、その後港にまで被害が波及してしまったばかりだ。
とても船など出してはもらえまい、そう思っていたのだが、貿易商のまとめ役であるドワーフの男が船を出してくれる事になった。
彼は被害を免れた数隻の貿易船を手配し、1隻ずつ慎重に航海するという条件でプレイヤーの輸送を請け負ってくれたのだ。
これは、孤島は西方大陸との貿易をする上で決して失うわけにはいかない重要拠点であり、漁村が壊滅してしまったのは残念ではあったが、それ以上の被害は看過できないから、という理由であった。
ついては、それをもたらす危険性がある魔物が出たのであれば、その討伐には最大限の協力をする、と言ってくれたのである。
「しかしよ」
「おう」
「今まで、あの中央大陸でさえクソ広いとか思ってたけどよ」
「おう」
「これ見ちまうとそれも霞むよな」
アラフブキが海を見ながら言った。
青い海。高い空。
その風景を切り裂くように異常な速度で走る船に乗っているために感覚が狂いそうになるが、この光景は間違いなく雄大なものだ。
見れば甲板には他のプレイヤーたちも出てきており、各々が海を見てはしゃいでいる。
現実であれば船酔いで何人かはダウンしているのだろうが、きちんと鍛えてあるキャラクターならそのような状態異常を受ける事はない。
「……まあいくつかは不穏なLPが見えるけどよ」
「……おう」
海の中では船に並走するように数体分のLPが泳いでいた。
おそらく人魚か、人魚の国の息のかかったモンスターだろう。
アマテインの情報が正しいとしたら、先日のような大船団を警戒して人類を監視している、といったところだろうか。
「……まあ大船団を警戒してるってんなら、沖にまで出てる時点でこっちもいきなり船が増えるなんてことも有り得ねーし、一応見てるだけとかそんなんだろうけどな」
若干の不安を抱えつつも、その後も大きく状況が動く事はなく、ジョーたちハガレニクセンのプレイヤーを乗せた船は無事に孤島へと到着するのだった。
*
「──丈夫ではがれにくいか。お前たちも来てくれたんだな」
「おー。アマテイン久しぶりだな。何かちょっとやつれたか? あと俺の事はジョー・ハガレニクスって呼んでくれ。今はそれで通ってる」
「わかった、ジョー。まあ、色々あったからな……」
島にはジョーたちの船より先に出発していた風林火山陰雷のメンバーも揃っていた。
ただ、以前にジョーと提携の件で話していたクランマスター、TKDSGの姿は見えない。
風林火山陰雷やアマテインの話では彼は行方不明だということだった。
アマテインたちのように孤島に漂着したわけでも、他の者たちのように死亡してライスバッハでリスポーンしたわけでもない。そのどちらでも彼の姿は確認されていない。
さらにフレンドチャットにも応答がなく、クラン専用のコミュニティにも現れないらしい。
フレンドチャットについては応答が無いだけで一応繋がりはするので、アカウントがデリートされたとかそういう事はないはずだが、風林火山陰雷のメンバーは皆彼を心配しており、ジョーもなんとなく不穏なものを感じていた。
TKDSGのこの様子は以前、ヨーイチたちが姿をくらませた時の状況に似ているような気がする。
つまり、自ら消息を絶っているのだ。
今回の救援要請にリーダー不在の風林火山陰雷が応えたのも、孤島へリーダーを探しに来たという側面もあった。
「──そうか。TKDSGが……。いや、彼の姿は見ていないな。もっとも俺たちもこの漁村から火山の麓くらいまでしか見ていないから、島の他の場所に流れ着いていたんだとしたらわからんが」
「そうっすか……」
風林火山陰雷のブレーンを自称しているソーメニー・ブックスがアマテインと話している。
そこへその手が暖かも声をかけていた。
「ここから少し奥に行ったところにもうひとつ村があります。そちらの方でも他のプレイヤーの事は知らないようでした」
辺りを見渡してみる。
アマテインは漁村と言ったが、これではまるで廃村だ。
これが大船団で海を渡ろうとした報い、古くからの言い伝えを無視した結果ということなのだろう。
ジョーと同様、壊滅した村の跡を眺めている者がいた。
ライスバッハの貿易商、ドワーフのネクラーソフだ。
「……やはり、伝統をないがしろにするべきではなかったのだ。欲を掻けば必ずその報いを受ける。
この惨状は、大陸の商人たちを止められなかった私らの責任でもある……」
「ネクラーソフさん……」
「……ああ、アマテイン殿」
肩を落とすネクラーソフにアマテインが声をかけた。知り合いらしい。
アマテインは船団を守れなかったこと、この村を守れなかったことを彼に謝罪しているようだった。
しかしどちらもアマテインの責任ではない。
そして責任を取らせるべき商人はほとんどが船団と共に沈んでおり、部下に任せて中央大陸に残っていた連中もライスバッハで拘束されている。
もっとも、彼らに責任を取らせたからと言って死んだ村人が戻るわけではない。それに責任と言っても、こうなることが予想出来ていた者が居ない以上、あまり強く言う事は出来ない。
「──ひっでえなこりゃ。でもこれは別にアマテインのせいでも、ネクラーソフさんのせいでもねえだろ」
「そうだな。これから中央大陸と西方大陸とで交流を深めていかなければならない以上、いつかは直面する問題だった」
懐かしい声が聞こえた。
「ヨーイチ! サスケ!」
「お前たちも来てくれたのか!」
「ああ。まあな。SNSをちらっと見てみたら何か騒ぎになってたからよ。俺らも向こうに知り合いも出来たし、その伝手を使って船を用立ててもらったんだよ。請求書は後で丈夫ではがれにくいに回すけどな」
「何で俺なんだよ! 呼んだのアマテインだろ! あと俺の事はジョー・ハガレニクスって呼んでもいいぜ!」
「ここにいる連中のなかでお前が一番金持ってんだろ。ずいぶんとでけえ国をおっ立てたみたいじゃねーか」
サスケがいやらしい言い方をしてきた。いやらしいと言っても性的な意味ではない。たぶん。
「……そうらしいな。正直、マグナメルムを信仰するって方針には思うところはあるが……」
アマテインは複雑な表情をしている。
他人の信仰などどうでもいいので金は払って欲しい。
「そう言うなアマテイン。何を信じるかはそれぞれの自由だろう。重要なのは、信じた結果何が起きるのかを正しく理解できているかどうかだ。
少なくとも今、丈夫で──ハガレニクスたちの国が問題を起こしたという話は出ていない。ならそれが全てのはずだ」
「微妙なところで組み合わせんな! またややこしくなるだろ! てかよ、何か……ヨーイチたちちょっと丸くなったか?」
久しぶりに会った2人は以前とは違い、どこか他者を拒絶するような尖った雰囲気は鳴りを潜めているように見えた。
何より大きいのはその服装だ。
羽織っている白と黒のローブのせいだろうが、露出度が異常に低い。異常に低いと言うか、一般基準では普通レベルである。
同様のローブは災厄神国ではユニフォームのように皆が身に付けている。黙っていれば災厄神国の関係者だと思われてしまいそうだ。別に嫌なわけではないが。
「まあ、色々あったからな……」
「お前もかよ! みんな色々あり過ぎだろ! そんなもん俺だって色々あったわ!」
「──そうだな、確かに。色々あったのは君らだけじゃない」
「まったくだぜ。しばらく公式イベントは予定していないだあ? 運営はどの口でんなこと言ってんだろうな。ただ単にデスペナ軽減と経験値ブーストが無くなっただけでイベント起きまくりじゃねえかっつうの」
「まさかヨーイチたちまで来ているとは思ってなかったけどね。同窓会かな?」
「すごい人数ねこれ。ちょっと集め過ぎなんじゃない?」
「ウェイン! ギルに明太も!」
「名無しのエルフさん! お久しぶりですね!」
孤島に到着した3隻目から降りてきたのは、ヨーイチたち同様の懐かしい顔ぶれだった。
「初心者の方はいいのか?」
「ああ。僕らが話してたような内容はすでにネットに出回ってきてるからね。わざわざ固定の場所でやり続けてる必要も薄くなってきたところだったから、色々出かけてたりしてたんだ」
「その出かけた先で面倒に巻き込まれたりもしたけどな。巻き込まれたっつうか、あれは自分たちの行動のしっぺ返しが追いかけてきたみたいなもんだったけどよ……」
話を聞いてみると、ウェインたちはつい先日まで聖都グロースムントにいたらしい。
聖都と言えば、かつてのウェルス王国の王子やポートリー王国の国王が対プレイヤーの反乱軍を組織して挙兵し、大規模な衝突が起きたばかりの街だ。SNSには書き込まなかったが、それにウェインたちも参加していたようだ。
「ひとまずレジスタンスは退けたんだけど、街の被害が結構あってね。でも戦闘職の俺たちが3人いたところで何も出来ないから、そっちはハセラたちに任せてこっちの救援に来る事にしたんだよ。
それに──」
ウェインがアマテインを見る。
「それに、第2回公式イベントのあの時、ギルやアマテインが俺の話を聞いてくれてなかったら、今の俺はなかったかもしれない。
そのアマテインが助けを求めてるっていうなら、来ないわけにはいかないよ」
「ウェイン……」
一方ではその手が暖かが名無しのエルフさんと旧交を温めていた。
「名無しのエルフさんたちはポートリー解放戦線に参加していたんでしたよね。ポートリーの情勢は今どうなっているのでしょう」
「うーん、
「姫はやたら強いミイラにしては弱いとかよくわかんないこと言ってたけど」
「あの、姫? というのは……」
「水晶姫っていうプレイヤー。解放戦線のリーダーかな。ネットスラングとかの、いわゆる姫プレイヤーってわけじゃないから安心して。その手が暖かさんのライバルにはならないよ多分」
「いえ別に私はそんな……」
女子の会話は何か裏がありそうで、聞いているだけでも背筋が寒くなる。
「──あ、そういやカントリーポップってどうしてるんだ? あいつも確かポートリーの方行くとか言ってなかったっけ」
それと彼と仲が良かったおりんきーの姿も見えない。
「ああ……。カントリーポップは、ね。その」
名無しのエルフさんたちの雰囲気が変わる。
何かあったらしい。
「なっちゃん、隠しててもしょうがないんじゃない?」
「そうね。話しておくべき、かもしれない。
カントリーポップはあの大戦のとき、ポートリー王の暗殺に一番乗り気だったのは覚えてる?」
「あー……。そういや、そうだったっけな」
ゾルレンまで来ていたヒューゲルカップの領主、ライリエネに対して主に交渉していたのが名無しのエルフさんと彼だった。
「カントリーポップはあの後、私たちと一緒にポートリー解放戦線に参加してたんだけどね。
ほら、神聖アマーリエ帝国で武装蜂起があったでしょう」
「ああ、今ウェインたちが言ってた奴か」
「そう、それなんだけど。
その武装勢力に、私たちが結局その、暗殺し損ねたポートリーの王さまも参加してたって話じゃない? それ聞いてカントリーポップはなんか、ちょっと」
「ちょっと、何だよ」
「カントリーポップもあの大戦での事、特に暗殺未遂に関しては結構気にしちゃってたんだけど。未遂って言っても王さまを暗殺しそこねたっていうだけで、女の人はキルしちゃったわけだしね。死体もいつの間にか消えてたけど。
それがここに来て、その王さまがウェルスで武装蜂起したって言うじゃない? それで、もしもあの時、暗殺に成功してたら今回の武装蜂起も無かったかもしれないって。私たちがうまくやれてれば、聖都で被害が出る事もなかったかもって……。
今回の聖都での武力衝突でもポートリーの王さまは亡くなってないみたいだから、いずれまた同じ事が起きるんじゃないかって言って、それで出てっちゃったの。おりんきーも心配だからって付いてっちゃって」
「ヒューゲルカップの領主さまも今さらポートリー王を倒してほしいとは思ってないと思うけど、要はあの時のミスの後始末をするってことなのかな」
なんということだろう。知らない間にフレンドが暗殺者になっていた。
あの暗殺依頼については、結局のところ受けたのは全員の意志だったのだし、カントリーポップだけの責任ではない。
しかしシュピールゲフェルテに所属していた多くのプレイヤーが大戦時の自らの行為を悔やんでいる中、逆にあの時やり損ねた仕事を完遂しようと行動しているとは。
ある意味で一貫性があると言おうか、正直少し見直した。
それが正しい事なのかどうかは別として、現実的に言えば確かにこれからの被害を減らす上で有益な手段だと言えるかもしれない。
「私らも誘われたけど、さすがにそこまで割り切れないっていうか。
まあ迷ってるうちにアマテインのヘルプミーが来たからこっちに来ちゃったってのもあるけど」
「そか……。俺が表だって協力してやるのは問題があるかもしんないけど、陰ながら応援だけはしておくわ」
「そうしてあげて。
──で、私たちが乗ってきた船が多分最後だと思うんだけど、これからどうするの? あとなっちゃん言うな」
「遅!」
災厄神国ハガレニクセン。
リーダー不在ではあるが、風林火山陰雷。
ヨーイチやウェインたち、それに名無しのエルフさんのパーティ。
壮観である。
これだけのメンバーが揃えば倒せない敵などいない、ような気さえしてくる。
「──みんな、ありがとう!
まずはキャンプ地というか、リスポーン地点として目星をつけてある集落へ向かう! ついてきてくれ!」
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