第469話「ニコイチ」





「──よし、起動可能なようだ。遺跡の移設は成功だな」


 ウェルスのはずれの荒野から持ってきた祭壇はトレの森の広場中央に丁寧に設置した。

 床はそのままだが壁や天井は必要ないので取っ払った。

 広場の中央に石畳で覆われた四角い床があり、そのさらに中央に祭壇がある。そんな感じだ。


 遺跡の移設がうまくいくかは賭けだったが、勝算はそれなりにあった。

 設置型アーティファクトということなら天空城の内部にあったマトリクス・ファルサもそのひとつだが、あれもかつては天空城とともに常に移動していた。であれば、重要なのは座標ではないはずだ。

 単に移動を前提として作られていない、というだけのことならば、要は壊れないように注意して動かす分には問題ないという事だ。

 その可能性にかけて移設に踏み切ったのである。結果はこのとおりだ。

 ただ、壊れないよう遺跡を大事に抱えるウルルの肩をフレスヴェルグのカルラが足で掴み、揺らさないよう慎重に空輸するという非常に手間のかかる作業が必要だった。出来ればもうやりたくない。


 しかし、あの地にいたスクーとナデシコには申し訳ない事をした。

 というのも、彼らの国はレアがセーフティエリアごと小屋を吹き飛ばした時に滅亡判定を受けてしまったらしいのだ。

 おそらくレアの攻撃によって国土の半分が消失したという判定を受けたためだろう。

 土地ごと消しさったわけでもないのだから納得いかないが、攻撃の直後にスクーの元にシステムメッセージが来ていたらしいので間違いない。

 ただ、国土の消失というのが具体的に「領地が何らかの攻撃を受けて半分以上破壊される事」を指しているらしいことが検証出来たのはよかった。


 言い値を支払うという契約だったからには彼らに値段を聞かなければならない。

 用を済ませた後に欲しい金額を聞いたところ、スクーとナデシコはひきつった顔で「お金は要らないです」と言っていた。

 しかしタダより高い物はないと言うし、そういうわけにはいかない。期せずして国を滅ぼしてしまった事も申し訳なかった。

 思わぬ収穫があった事も含め、スクーたちにはレアの気持ちの分多少色を付けて支払っておいた。

 大した額でもないが、あれだけあればもっと人の多いところでも建国できるだろう。

 具体的に言うと、2人にはリフレの郊外に家が買える金額を渡しておいた。ウルバン商会に口利きをしてやれば割引価格で豪邸にも手が届くだろうが、そこまでレアが世話をしてやるわけにはいかない。





「さて。じゃあ世界樹。この祭壇の上に乗るんだ」


〈そんな事を言われましても……〉


「全部を乗せる必要はないよ。祭壇に手を置く感じでいい。確か、根っこをある程度自由に動かせたよね。それをこの上に乗せればいい」


 祭壇のサイズが変わるわけでもない以上、祭壇より大きなキャラクターがこれを使う場合は必ずはみ出す事になる。いくら部屋が広くても同じ事だ。そういう場合は手などの身体の一部を祭壇に乗せる形になる。祭壇に乗ったとしてもそうそう壊れるものでもないが、敢えてそんな事をする必要はない。


 ぼこり、と石畳の近くの地面が割れ、世界樹の根が土をこぼしながらゆっくりと祭壇の上に乗せられた。


〈これでいいですか?〉


「上出来だよ。では魔戒樹の苗を──」


 世界樹の根の横に魔戒樹の苗を置いた。賢者の石も置いておく。


 するといくつかの許可を求めるメッセージがレアの元に流れてくる。

 魔戒樹の苗は現状ではただのアイテムであるため、許可を出すのは世界樹に関してのみだ。


「──よし。さあ、世界を超える可能性はあるのかな──」









 無かった。

 どうやら世界樹の上の種族は無いらしい。天使と悪魔のように横スライド転生も無いようだ。

 しかし何も無かったというわけでもなかった。転生自体は起きなかったものの、融合するだけで相当な量の経験値を要求されていた。これまでにはあまり無かったパターンだ。


 魔戒樹の苗、そして賢者の石が消えた後の祭壇には、世界樹の根だけが横たわっている。

 しかしその色は元の湿った根の色ではない。

 黒々とした鉱物のような光沢を放つ、いつか見た魔戒樹の枝のような色合いをしていた。


「これは地面の下が丸ごと魔戒樹になった、と考えればいいのかな。意識はあるの?」


〈……あっ、はい……〉


「歯切れが悪いな。どこか具合でも悪くなった?」


〈いいえ、そのようなことは……。むしろ、今までにないくらいいいキモチです……〉


「あ」


 慌てて世界樹の能力値を確認してみると、全能力値がこれまでの5割増しほどの数値になっていた。

 この上昇幅ならそれは気分もいいだろう。レアも覚えがある。

 融合時に経験値を要求されたと言っても、さすがに世界樹の能力値をそこまで上げられるほどは支払っていない。これは魔戒樹と融合した結果だと思われる。

 苗はただのアイテムであり、その時点では能力値は設定されていなかったのだとしても、やはり特殊な融合だったということだ。他の種族の者が魔戒樹の苗を取り込んだとしてもこうはならないだろう。


「妙なスキルも生えてるな。『相転移』か。相転移というと水が氷になったり蒸気になったりするあれの事かな」


 スキルのヘルプには「相を逆転させる」としか書かれていない。不親切にも程がある。


「いきなり使わせるのは怖いけど、使ってみないとどういうものかわからないな。

 ──世界樹。ちょっとこの『相転移』というスキルを発動してみてくれないか」


 言いながら素早くインベントリから、くる身代わり人形・タヌキタイプを取り出した。仮に周囲に何らかの影響を及ぼすスキルだったとしても、これで少なくともダメージによって死亡する事態は避けられるはずだ。


〈わかりました〉


 という世界樹の返事と共に地面が揺れた。


 危機感を覚えるほどの揺れではない。震度にして1かそれ以下の、黙って立っていなければ気付かないくらいのものだ。


 その直後、祭壇の上の世界樹の根の色が見る見るうちに変わっていった。元の根の色、でもなく、世界樹の枝のような明るい色にだ。

 これは、と思って世界樹を見てみると、そこにも変化が起きていた。

 世界樹の幹から枝に向かっての色が変わっていく。黒く艶のある光沢に。

 ざあっという音が聞こえてきそうなほどの勢いだ。実際に音が鳴るわけではないが、世界樹が大きすぎるため、まるでこの空間全体が闇に飲まれていくような錯覚すら覚える。

 ただこの闇はレアにとって忌避するものではなかった。

 それどころかどこか安心するような、親しみ深い感覚さえある。


「……なるほど。普段は地上部分が世界樹、地下部分が魔戒樹だけど、『相転移』を発動することでそれが逆転するということか。

 これは凄いな。種族特性やスキルもそれに応じたものになっているのかな? せか──」


 声をかけようとして留まった。

 世界樹のステータス画面、その種族名の部分が魔戒樹に変わっている。

 そして個体名の欄は空欄だった。

 つまり、これは世界樹とは別のキャラクターということになる。


〈──この感覚……。貴女が私の主か〉


 聞き覚えのない声でフレンドチャットが届いた。

 目の前の魔戒樹からのようだ。

 フレンド登録はした覚えがないが、それも世界樹と共通らしい。

 リストを見ると世界樹が消え、魔戒樹が自動的に登録されていた。


「……初めまして、でいいのかな。そうだよ。わたしがきみの主人だ」





 魔戒樹が発する謎のエネルギーにより、周辺一帯は夜のようになっている。

 トレントたちは居心地が悪そうにしているが、おそらく世界樹のバフが切れたことと、陽の光が届かないせいで光合成が出来ないからだろう。見た目では全く変化がないように見えるが、おそらく今は代わりに広場の隅に置いてあるミスリルゴーレム・アダマスシュラウドたちが元気になっているはずだ。


「『大いなる祝福』の代わりは『偽命の戒壇』か」


 『大いなる祝福』のように、範囲内の植物系モンスターを操ったりする能力はない。

 しかしあちらと違い、種や苗が無くともモンスターを生み出す事が出来る。

 正確には生み出すわけではなく、範囲内にある無機物に命を与えてゴーレム化させるということのようだ。

 つまり魔戒樹は、大地があるところならどこでもロックゴーレムを生み出す事が出来るというわけである。

 このスキルツリーを育てていけば、魔法が掛かっている物でなければ木材でも金属でもゴーレム化させられるような事が書いてある。

 もしかしたら敵の鎧をいきなりゴーレムに変えてしまう事も可能なのかもしれない。

 街で使えば家すらゴーレム化が可能だ。


 どうかしている。


「黄金怪樹戦で使われなくて良かったな……。使われていたとしても知れてるけど」


 ただ『祝福』と違い生み出したゴーレムを支配する事は出来ないため、鎧をゴーレムに変えたところで意味があるかはわからない。そのゴーレムが敵の味方をするようなら無駄に戦況が混乱するだけになる。


 総評すると魔戒樹もやはり世界樹に匹敵するだけの壊れた性能と言っていいだろう。

 『相転移』の仕様上両方のスキルを同時に使えないことや、実質2体分の素材を使ったのに能力値が5割しか増えなかった事などを考えると若干損したような気もするがこれは仕方がない。


〈主よ〉


「なんだい、魔戒樹」


〈おそらく私は生まれたばかりだと思うのだが、すでにこれほどの力を持っているとなると、実は凄い潜在能力を持っているのではないだろうか〉


「……うん?」


 ちょっと様子がおかしい、気がする。

 世界樹が得た高揚感が無意識レベルで引き継がれているのかもしれない。


「きみが凄い能力を秘めているのは確かなんだけど、その力は別に君だけの物じゃないっていうか、まあそのあたりも含めて説明するよ」









 レアにとっては魔戒樹状態の方が好ましいが、トレの森の中心にいるのであれば世界樹の方がいい。

 いずれこの森にゴーレムを増やしていけば、状況によってスイッチする事で多彩な戦略を取る事が出来るようになるだろう。

 そうでなくとも、『偽命の戒壇』を発動して生み出されたゴーレムたちをトレントで破壊すれば、疑似的に魔戒樹のMPをトレントたちの経験値に変換出来るという事になる。『大いなる祝福』同様消費が激しいのでそう頻繁には出来ないが、どうせ客も来ないし暇だろうから時々ならやっても問題ない。

 効率的には客を呼んだ方が遥かにいいだろうが、世の中の情勢に関わらず一定の収入が約束されるというのは大きい。





 中央大陸でやるべき強化はこれでひとまず終えたと言っていいだろう。

 黄金龍戦に参加させる予定の眷属には別途経験値を与えて強化してやる必要がある者もいるが、それはいつでもできる。


 となれば次は西方大陸、魔帝国セプテントリオンだ。

 『使役』したドロテア一家に、魔帝国について街に触れを出すよう命じておいたがどうなっているだろうか。


 いや、西方大陸に行くのならその前に寄るべきところがあった。





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