第468話「鶏口となるも牛後となるなかれ」





 それから、しばらくしてトレの森の拡張を終えた世界樹から合図を受けた。

 その世界樹を前にし、さてどうするか、とレアは悩んだ。


 これほど大きいとさすがにアルケム・エクストラクタにも入らないし『哲学者の卵』にも入らない。

 地表に出ている分だけでもそれは明らかだし、根がどこまで伸びているのか分かったものではない。


「たとえばこの苗を適当に世界樹の幹に植えたりとかしたら……ヤドリギみたいになるだけかな」


 いや、魔戒樹は確か上が根で下が枝だった。

 となるとコウモリのように下にぶら下がるような感じになるのかもしれない。


〈妙な事はおやめ下さい!〉


 ではやはり何とかして祭壇に乗せてやる必要がある。正規の転生先があるのかどうかは不明であるため出来れば融合の祭壇の方がいい。

 と言ってもそのまま乗せられるわけでもないし、祭壇まで行けるのかという問題もある。


「……マイナーな場所の祭壇をひとつ強引にもぎ取って持って来てみるか。近いのはどこかな」


 ライラが調べたところによれば、トレの森から最も近い融合の祭壇はウェルス地方にあるらしい。アブオンメルカート高地の東で、高地と海岸線との中間くらいの位置だ。

 もはやかつての国境など意味を成さないが、トレの森はウェルス地方とも接している。


 目的の場所は西を高地の断崖絶壁、南を高難度ダンジョン、東を海に囲まれているという環境のせいか、人類は誰も住んでいない。少なくとも地図上ではそうなっている。

 ここならば目立たず遺跡を掘り出す事も不可能ではないはずだ。


 ただし、掘り出して持って来られたとしても、その後遺跡が正常に機能するかはわからない。

 ライラがこれらの遺跡を発見できたのも、設置型アーティファクトを検知する機能を持つ、とかいうインチキアイテムで場所を特定できたからだ。

 つまりシステム的に移動可能なアーティファクトと設置型アーティファクトでは何らかの差が設けられているということであり、設置型を強引に移動させてしまった場合にどういう処理になるのかは未知数である。


「でもこういう検証はいつか誰かがやらないといけないことだし、ダメだったらまあしょうがないということで諦めるしかないな。他にも遺跡はいくつかあるし、この件で他のプレイヤーたちに迷惑をかけるってことはたぶんない、でしょう」


 普段であれば他のプレイヤーへの迷惑など気にしないが、せっかくブランの発案でプレイヤーたちの強化を検討しているところである。始まる前から強化の可能性を摘み取ってしまうのは出来れば避けたい。









 ところが現地へ移動してみたところ、レアの目論見はいきなり外れる事になった。


 目的の遺跡、まさにその上に掘っ立て小屋が建っていたのである。

 『迷彩』と『範囲隠伏』を発動して訪れたため、中の住民には今のところは気付かれてはいないようだが、これはどうしたものだろうか。


 とりあえず地表に降り、歩いて近づいていく。

 すぐそばまで来ると小屋に繋がれ草を食んでいた馬が顔を上げた。足音や匂いで存在を感知したのだろう。

 ただ視覚では何も見つける事が出来なかったためか、不思議そうにきょろきょろしている。


 しかしいったいなぜ、こんな何もないところにいきなり小屋など建てる気になったのだろう。

 小屋の様子からすると建てられたのは最近だ。というか、もし最初から小屋が建っていたのだとしたらライラも地図にそう書きこんでいるはずである。つまり、この小屋が建てられたのはライラが遺跡を発見した後という事になる。

 NPCなのかプレイヤーなのかもわからないが、NPCだとしたらこんな所に小屋など立ててまともに生活していけるとは思えない。それはプレイヤーでも同じであるが、まあプレイヤーならどんな奇行をしたとしても不思議ではない。


 『真眼』で確認できる範囲では、この壁の薄い小屋の中には2人の人間がいる。小屋の中のマナまでは視えないため『魔眼』では確認できないが、壁を通してうっすらと光る生命力は2つある。

 どうしようか迷ったが、とりあえず住民に接触してみることにした。

 いずれにしても、彼らが自分たちが重要な遺跡の上に住んでいる事を自覚しているのかどうかははっきりさせておく必要がある。もしわかっていて住んでいるのなら油断は出来ない。


 扉、と思われる木の板の前に立ってノックした。小屋自体は適当な作りだが、土台だけは妙にしっかりしているようだ。

 これはあくまで例えばの話なのだが、勢い余って小屋ごと殴り倒してしまったとしても事故で済むだろうか。


 と余計な事を考えていた分つい力が入ってしまったのだが、常識的な強さでのノックしか出来なかった。


 ──もしかして、攻撃に相当する行動が出来ない、のか? ここ、セーフティエリアなのか!


 だとすれば、小屋は誰かのホームだ。

 となると中にいるのはプレイヤーで確定である。

 なんでもかんでもホームに設定できるわけでもないし、どこにでもセーフティエリアが作れるわけでもないが、こんな何もないところに突然建った小屋がそれに該当しているとなれば、ここはおそらく特別な操作をされた場所。

 十中八九、プレイヤーズ国家だ。

 SNSによれば馬を飼って国民にするのが流行っているらしいので、先ほどの馬がその国民なのかもしれない。

 小屋1軒、国民は馬1頭という超零細国家ということである。


 そんな泡沫国家に目的を邪魔された事には若干の苛立ちを覚えるが、その一方でその自由さに感心もしていた。

 今さらだがいろいろなプレイヤーがいるものである。

 何もなく誰も住んでいない場所。そう考えたのはレアだけではないということだ。

 この小屋を建てた人物も同じ事を考えて、どこかの街で馬を買い、自分も一国一城の主として一旗揚げんと、誰にも邪魔される事がないこの地に自分だけの国を立ち上げたのだ。


 レアの持つ戦力や経済力とこの小さな国の王さまが持っているそれとでは、到底比べ物にならない。

 しかし今、そんな小国の王の無意識の抵抗によってレアは歩みを阻まれている。

 これは素直に凄い事だ。


 一方、中のLPの主たちは、レアのノックの音に戸惑ったような気配をみせていた。

 こんなところに一体誰が、というような会話をしている。これだけ薄い壁では、強化された聴覚には丸聞こえである。声からすると2人とも男性だ。

 少しの間どちらが出るのか押し付け合っていたが、やがて片方が扉のほうへやってきた。


「──は、はい。どちらさまですか?」









「どうぞ。何のお構いもできませんが……」


 小屋にいた2人のプレイヤーは、レアを招き入れるとお茶を出してくれた。

 レアの姿を見ても驚く様子がないことから、これまでに最前線でマグナメルムと戦った事がない者たちなのだろう。

 知らないのであれば誰もレアをレイドボスだとは思わない。角も翼も出していない状態ならば、単にローブを羽織った白い人物にしか見えない。

 SNSではこの状態のレアの特徴についても細かく記載されているスレッドがあるが、積極的に見に行かなければそれもわからない。

 この小さな国の首脳部はそういう攻略最前線に全く興味がないプレイヤーであるということだ。


 たまには知らない人に普通の対応をされるというのも悪くない。

 フードの下の顔立ちや目を閉じたままの状態に若干思うところはある様子だが、このくらいなら普通の範疇だろう。


「ご丁寧にどうも。申し遅れたが、わたしの名はセプテムという」


 この名乗りにもピンときた様子はない。知名度には自信があったのだが、どうやら思い上がりだったらしい。

 出されたお茶のカップには手を付けない。せっかくお茶を出してもらっておいてなんだが、知らない人からもらった物を口にするなと教育を受けているので飲んだりはしない。


「セプテムさん、とおっしゃるんですね。おっとこちらこそ申し遅れました。

 俺はスクー……です。スクー。スクーと呼んでください」


「あ、俺はナデ──シコ。えっと、ナデシコです」


 名乗りに若干の不自然さを感じた。偽名だろうか。

 プレイヤーが初対面の相手に偽名を名乗る理由が思いつかないが、慎重なのは悪い事ではない。

 レアの中で2人の評価が微増した。


「突然すまないね。ここへはちょっとした用があってきたんだ。と言ってもこの小屋やきみたちに用があるというわけではなくて、この場所そのものに用があるんだけどね」


「はあ。場所ですか? 何かありましたかね。いちおう何もない草原を選んで建国したんですけど……」


 スクーが不思議そうに言った。

 やはり、この小屋はこのプレイヤーたちが建てた国家だったようだ。

 そしてこの様子からだと、地下に遺跡がある事には気付いていないらしい。


「──建国ということは、つまりきみは国王であり、この小屋は王城というわけか」


 一般的なNPCが今の彼の言葉を聞いた時にどう思うかはわからない。

 常識的に考えれば何を言っているんだこいつといったところだが、こういうプレイヤーはおそらく無数にいるはずだ。


 レアもどう反応したものか一瞬迷ったが、とりあえず国家元首として対応してやることにした。

 レアにとっては荘厳な城の主だろうと掘っ立て小屋の主だろうと大差はない。滅ぼすために必要なMPが多少違うというだけである。

 ならばこのスクーと、例えばペアレ国王アンブロシウスとの間にどれほどの違いがあるだろうか。


「ああ、いやその、そういう風に言われちゃうとなんかムズムズしますが、そんな大したもんでは……」


「謙遜する事はないよ、陛下。例えどれだけ小さかろうと、ひとつの集団の長になるというのは容易なことではない。少なくとも大きな集団の末端に所属するよりは遥かに強い覚悟が必要だ」


「おほう」


 ムズムズする、というのが実際にそうなのかわからないが、レアに褒められたスクーは奇声を漏らして身体をくねくねさせている。

 その隣でナデシコが羨ましげに相棒を睨んでいる。


「さて、それでわたしの用事だが。

 きみたちは先程、何もない所に小屋を立てたと言っていたが、本当に何もなかったのかな。

 わたしも直接見たわけではないのだが、小屋を立てる前のここには何か、そう、例えば岩のような物が置いてあったりしなかっただろうか」


 バンブやイライザが転生したあの祭壇の入口は岩で封じられていたという。

 ここも同様の適当さで蓋がしてあったのだとしたら、そういう何かがあったはずだ。


「岩……? あー」


「あれじゃないか? この小屋たしか硬めの岩盤の上に建てたろ。床材代わりになってるやつ」


 ナデシコの言葉に足元を見てみると、木製の小屋なのに何故か床だけ石で作られていた。言われて初めて気がついた。

 土台だけは妙に立派だと思ったら、これは元々ここにあったものを利用しただけらしい。

 ライラが言っていたことが本当なら、つまりこの小屋の床がそのまま遺跡の蓋になっているという事になる。


 このゲームの遺跡の入り口というのはどうしてこうも一貫性が無いのだろうか。鍵付きの扉だったり、通路と同じサイズの岩が置かれているだけだったり、小屋の床サイズの岩盤で蓋をしてあったり、色々適当すぎる。

 鍵付きの扉はともかくそれ以外がひどい。故精霊王は意外と杜撰だったのか。いや鍵付きの扉は没後に別の人物が拵えたのだったか。


「……なるほど。やはり間違いないようだ。この岩の下にわたしが必要としているものがある」


「ええ!? マジすか。どうしよ。もう小屋建てちゃったしな……」


 今から外に出て、このプレイヤーたちや小屋ごと吹き飛ばしてしまうのも容易ではある。


 しかし、この地に先に目を付けたのは彼らである。問答無用でその権利を奪ってしまうのはさすがにはばかられた。

 やるとしても、正々堂々と土地を賭けてPvPをするべきだ。

 彼を一国の王として扱うならそうするのがふさわしい。


「あ、じゃあこういうのはどうです? 俺たちは貴女に岩の下のものを提供する。貴女は俺たちにその見返りに金貨を支払う、ってのは。

 システム的に──って言ってわかるかどうかわかりませんけど、とにかくこの場所は正式に俺たちの土地だって認められてる場所ですから、この土地の地下資源? も俺たちに権利があると思うんですよね。だったら、そういう取引きをするってのは悪い話じゃないんじゃないかと」


 しかしレアが決闘を持ちかけるよりも前にナデシコがそう提案してきた。

 是非もない。

 たかが金貨で片が付くなら願ってもない事だ。実に合理的で素晴らしい提案である。

 どうやらスクーという人物は自身の覚悟だけでなく、サポートしてくれる友人にも恵まれているらしい。レアの中で2人の評価がまた微増した。


「それはありがたい。きみたちは見たところヒューマンかな。わたしの知るヒューマンと言えばロクでもない者ばかりだったが、その認識は改める必要がありそうだ」


「へっへっへ。そいつはよかった。で、肝心の金額ですけどね──」


「いや、そういう交渉は面倒だ。きみたちが欲しい金額を言うといい。それをそのまま支払うとしよう。言い値というやつだな」


「え? い、いいんですか?」


 やっぱりどっかのお嬢様NPCか、と内緒話をしているのが聞こえた。

 そうではない。単にこちらから無理なお願いをする以上、誠意を持って対応したいと考えているだけだ。

 いくら請求されるか不明だが、支払えないという事はないだろう。

 それにこの合理的なプレイヤーたちならそう無茶苦茶な金額を提示したりはしないはずだ。

 逆にあまりに少ない金額を言われてしまう方が困る。取引は公正にするべきだ。注意事項はあらかじめ契約に含めておく必要がある。


「ただし、金額はよく考えて言う事だ。何しろ、ここの地下だけでなく小屋や土台の分の金額も含まれているからね」


 土地を手に入れたら、何らかの手段で地下を掘り起こし、遺跡を根こそぎ持ち出さなければならない。

 レアの手でそれをするためにはここがセーフティエリアのままでは都合が悪い。一度更地に戻してやる必要がある。


「え? あの、そいつはどういう──」


 スクーとナデシコの視線に片目だけ開いて応え、レアは扉から外へ出た。

 2人がその後を付いてきたのを確認すると、配下を呼んだ。


「『召喚:ウルル』」


 小屋の前に巨大な空間の歪みが現れる。

 その歪みの中から出てきたウルルを見て2人は腰を抜かした。

 巨体がレアに跪いた衝撃でかすかに地面が揺れ、掘っ立て小屋が少し傾いた。


「──ななな、なんじゃあこりゃあ!」


「えっ? えっ? えっ?」


 祭壇を遺跡ごと持ち去ろうとするなら、それなりのサイズが必要だ。

 レアの配下の中でそれが可能そうなのはウルルかレア本人くらいである。

 大きさだけならエンヴィやカルラ、ユーベルでも可能だが、彼女たちには腕がない。珊瑚城のようにある程度の剛性のある建造物なら運べるだろうが、石室のようなもろいものを運べるのかどうかはわからない。

 レアはこの地下の遺跡を掘り起こし、かつてエンヴィが海底から珊瑚城を運んだようにウルルに遺跡ごと運ばせるつもりだった。


「『召喚:クィーンベスパイド』。

 クィーン、エンジニアーアントを呼んでここの地下を掘らせてくれ。石室のようなものがあるはずだから、それを露出させてほしい。

 ああ、障害物なら今から片付ける。ちょっと待ってて」


 レアは驚いて硬直しているプレイヤーたちに振り返り、宣言した。


「さっそく作業を始めさせてもらうが、構わないかな。金額についてははっきり決まっていないが、そちらの言い値だし別に構わないだろう。

 ああ、そこにいると危ないよ。ちょっとどいてくれないか。馬もどかしたほうがいい。──まだ危ないな。もっとだ。そうそう。そのあたりでいいよ。たぶんね。

 ──押し流せ、『セディメントディザスター』」






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