第467話「湿原に棲む狼」
ハーピィたちの強化を終え、カラヴィンカ以下のハーピィは全てポートリーに帰した。
カルラはどうしようか悩んだが、山脈に帰してもあの大きさではまともに生活できない。『擬態』を持っているため人の姿にはなれるが、険しい山脈は人が住むのにも適さない。
カルラは力と引き換えに棲み処を失ってしまったというわけだ。
ただ人、というかヒューマンのサイズであるなら別にどこに配置しても生活は容易だ。レアが人型であるため、基本的に支配地は人が生活するに適したエリアが用意してある領域が多いためだ。例えばリーベ大森林の地下洞窟などがそうだ。
さすがに鳥系モンスターのカルラを地下で生活させるのも酷なのでリーベ大森林に押し込める事はしないが。
カルラの処遇については後で考えるとして、次である。
フレスヴェルグへの転生は世界樹の枝が関係しているかもしれない。
それを見て、レアは思いついたことがあった。
ウェルスで森を管理している白魔たちの事だ。
かつて白魔と銀花を転生させようとした時、スコルとハティの上には転生させられなかった。
その時はそこが天井なのか、あるいは条件が足りないのかはわからず、そのままになっていた。あの上があるとしたらフェンリルだろう。
フェンリルと言えば北欧系の魔物だし、北欧と言えばユグドラシル、ユグドラシルと言えば世界樹だ。
このゲームにおいて同一のものなのかはわからないが、世界樹に由来するアイテムを融合させてやることで条件を満たす、という可能性はあるかもしれない。
「ついでだし、全員呼び出そう。なんか会うの久しぶりだな」
トレの森に移動し、狼たちを呼び寄せた。
すると、少し見ないうちにさらに身体が大きくなった仔狼たちがレアにじゃれついてくる。
もうかつての白魔たちと身体のサイズは同じくらいだ。灰狼のミゾレはもっと大きくなっている。
そんな彼らにじゃれつかれては小さいレアなどひとたまりもない。ないのだが、ここは能力値の高さが物を言うゲームの世界である。サイズ差による補正はあるものの、その程度では覆しようがない差がレアと仔狼たちの間にはある。
撫でてやるのはさすがに手が届かないが、じゃれて体当たりをしてくるくらいなら何という事もない。
「──わぷ。よしよし。ずいぶん大きくなったね」
〈ご無沙汰してます、ボス〉
仔狼たちよりさらに大きい白魔と銀花が頭を下げる。
「白魔。銀花も久しぶり」
〈私たちの強化、というお話ですが……〉
「うん。まあこの子たちはともかく、白魔や銀花はわたしの配下の中でも最古参だし、出来れば災厄級の魔物に成長させてあげたいと思ってね」
〈そりゃあ、ありがたいことです。しかし、最古参ていうならあの猫どもはどうしてるんです?〉
「猫ども……ああ、ケリーたちか。あの4人もいずれは幻獣王にするつもりだよ。今すぐにそうするのはちょっと問題あるけど」
ケリーたちは人類に紛れて活動させる事もある。見るからにおかしな能力値では紛れる事が出来なくなるし、聖女としてやっているマーレもそうだが、彼女たちを転生させるなら教授の隠者のチョーカーの量産の目処が立ってからになるだろう。
「というわけで、ケリーたちの前にきみたちだ。
といってもうまくいくかどうかはわからないけどね。さ、まずはこのアーティファクトの中に入って──」
*
《災害生物「フェンリル」が誕生しました》
《「フェンリル」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》
《災害生物「フェンリル」が誕生しました》
《「フェンリル」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》
「──よし。これで行くと魔戒樹なんかも何かしらの素材になったりするのかもしれないな。でも成長させるのにどれだけ経験値がいるかわからないしな……」
魔戒樹が岩石系の魔法生物であるなら、大きく育てるためには多くの経験値を必要とする可能性もある。
──ァアオオオオオオオォォォォン……
──ォォオオオオオオオォォォォン……
「ジズやフェンリルたちの例も考えると、世界樹とかにも経験値をもっと与えればもっともっと巨大になったりするのかもしれないな。これ以上大きくなられても別にいいことないけど」
──ァアオオオオオオオォォォォン……
──ォォオオオオオオオォォォォン……
「白魔たちの転生は無事終わったことだし、次は仔狼たちかな。
フェンリルまではいかないにしても、ひとつくらいは転生させてやりたいな」
ちなみに先ほどから吠えているのは白魔と銀花である。
例の高揚感に根差す行動だと思われるが、暴れるでもなく遠吠えをするだけなので放っておいた。
トレの森に住む、レアの支配下にない小動物や鳥たちはフェンリルの遠吠えに泡を食って右往左往しているが。
「おいで子供たち。おーよしよし。きみたちは賢者の石だけでいいかな。まずはミゾレからだ──いや、待てよ」
狼と言ったら有名なのはフェンリルだ。
それは白魔と銀花がすでに転生した。
他に有名どころと言えばやはりケルベロスやオルトロスだろう。
どうせならあれらの伝説も再現してみたい。
「ブランのギドラの例からすると、融合して一体になっても頭部が別々なら意識もそれぞれ残ったままだったはず……」
レアは『哲学者の卵』を発動した。
正規融合であればこちらのスキルだ。
「混ぜる仔たちの性別は合わせておいた方がいいよね。オルトロスって確か伝説だとオスだったな。よしミゾレ、ヒョウ、まずはきみたちからだ」
*
ひと仕事終えたレアの前には、見上げんばかりに大きな魔物たちが並んでいた。
どれも犬や狼をモチーフとした伝説上の獣たちだ。
中でも最も威圧感を放っているのは当然フェンリルの白魔と銀花である。ようやく気分も落ち着いたようで、今は2頭とも伏せのポーズで大人しくしている。
伏せポーズなのは反省しているとか項垂れているとかそういうことではなく、単純に大きすぎて立ったままだと顔が遠くなってしまうからだ。
このサイズになると、リードをつけて散歩をしようと思ったらレアも全特性を解放する必要が出てくるだろう。そんな事はしないが。
2頭のフェンリルの間には別の3頭の魔物がいる。頭の数だけで言うと3つどころではないが、こういう時はどういう言い方をすればいいのか。とりあえず3匹でいいだろうか。
まずはアラレ、フブキ、コゴメの頭部を持つ、ケルベロスのヒエムスだ。
ケルベロスは言わずと知れた、3つの頭を持つ狼である。大きさはフェンリルほどではないが、それでも二階建ての家くらいはあるだろうか。
アラレやフブキと呼べばそれぞれの頭部がこちらを向くが、ヒエムスと呼べば3頭全てがこちらを向くようだ。これはブランのところのスケリェットギドラのバーガンディと同じ仕様である。
風狼、氷狼、空狼を融合させたため、何となく吹雪のイメージがあったのでそのまま吹雪と呼ぼうかとも考えたが、それではセンターのフブキだけがクローズアップされているような気がしたのでやめた。
そこでラテン語で吹雪を意味するヒエムスという名前を新たに付けたのである。
もちろん元が氷狼や風狼なので合わせ技で吹雪を起こす事も出来るのだが、種族がケルベロスであるため炎のブレスも吐けるようだ。というかそちらがメインである。また空狼だった頃に取得してあった『天駆』もそのまま持っている。
災厄級というわけではないが、十分それに迫れるだけの潜在能力は持っていると言えよう。
次はミゾレとヒョウの頭部を持つ、オルトロスのインベル。
オルトロスは2頭を持つ狼だ。大きさはケルベロスと同程度である。
名前はラテン語で雨を意味する言葉から付けた。灰狼と炎狼とで融合したのだが、元々の各々の名前が雪のイメージだったことと、それを溶かす炎や灰色の空から雨を連想して付けたものだ。
こちらも炎のブレスを吐く事が出来るが、元々炎狼だったヒョウが融合しているため、オルトロスの能力なのか違うのかはわからない。
ケルベロスに比べて格闘能力が高いようだが、これも灰狼だったミゾレの名残りかもしれない。
そして最後にマーナガルムのネーブラだ。
ネーブラだ、というかザラメなのだが、他の2匹がリネームされているので自分も新しい名前が欲しいとねだられたので付け直したのである。
マーナガルムは月の狼という意味の伝説上の狼で、一説にはハティと同一視される事もあると言われているのだが、このゲームでは違うらしい。
森狼からの転生ルート、というよりは、前回の転生の際に複数条件が必要だった空狼や森狼の上位に設定されている魔物なのだろう。
ネーブラは霧を意味するラテン語だ。せっかくなので天候系で統一したかったのだが、月と天候の組み合わせだとほとんどが月が隠れてしまうため、苦し紛れにギリギリ共存できる霧にした。
とりあえず本人は満足しているようなのでいいだろう。
身体の大きさはハティだった頃の銀花と変わらないくらいであり、他の2匹と比べると小さい。能力値も控えめだ。1頭のみの通常転生なのでこれは仕方がない。ただバフやデバフなどのスキルは多く持っているし、森狼だった頃に取得した『植物魔法』などもあるため、サポート役としては非常に優秀だ。
「──よしよし。これだけで中央大陸くらいなら余裕で制圧できそうな戦力だね。これなら黄金龍との戦いでも活躍できるでしょう」
〈素晴らしい力だ。ありがとうございます、ボス。しかし、これじゃウェルスの森にゃ帰れませんな。あっちはこのトレの森みたいな広場もないし、俺や銀花が帰ったら森じゃなくて荒野になっちまう〉
「ああ……。まあそれはしょうがないな。とりあえずそっちはインベルたちに押さえておいてもらおう。
ここの広場をもう少し広げるから、白魔たちもこのままここにいるといいよ。必要ならトレントたちを素材に使って犬小屋とか建てるけど」
〈……いや、犬じゃねえんですが……〉
広場を広げるとなると、森全体ももう少し広げた方がいいかもしれない。
白魔たちだけでなく、何故かまた帰ってきているアビゴルもいるし、ユーベルも寝そべっている。
森を広げると言ってもいつかのアップデート後に作られたダンジョン脇のセーフティエリアもあるし、そこは避けてやる必要がある。
トレの森は人気がないためプレイヤーはほとんどいないが、それでもいきなり森が広がったら騒ぎになるだろうか。
「……まあいいや。今さらだな。
──世界樹。そういうことで、後で広げておいてくれ。あ、いや先にやっておいたほうがいいかな」
何しろこれから最後の大仕事が待っている。
それによって世界樹が作業できなくなってしまったら大変だ。
「作業が終わったら教えてね。次はこれを使ってきみを強化する番だから」
レアはインベントリから魔戒樹の苗を取り出して言った。
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