第466話「死を食らう鷲」





「──とにかくだ。これでもう上空に置き去りにされても問題はねえぜ」


「飛べるの? 羽根もマントもないのに」


「ああ。最初っから『天駆』が取れるみてえだ。最高速度じゃ『飛翔』ツリーに劣るが、瞬発力と小回りだったらこっちのがいい。単純に速く走れる能力があんならこれで十分だしな」


 我に返った、かどうかはわからないが、とりあえず普通に会話は出来るようになったバンブと能力やスキルの確認をした。

 現時点では唯一性のあるスキルは持っていないようだが全体的に能力値が高い。

 バンブもこれまでに相当能力値に振ってきているようなので単純な比較は難しいが、デフォルトなら魔王と同程度の能力値はあるのではないだろうか。もっと高いかもしれない。

 レアもライラなどにたびたび脳筋扱いされるが、阿修羅王の方がよほど脳筋なビルドをしている。


 新たに追加されたらしい特性は「角」、「三面六臂」、「超美形」だ。

 この「超美形」がバンブを狂わせた原因である。

 「角」は他の種族のものと同じであるため今さら確認するまでもない。

 「三面六臂」は見ての通りだ。

 頭部には正面と左右に合計3つの顔があり、正面が青年、右が少年、左がその中間の年頃の顔になっている。

 全ての顔がそれぞれ顔としての機能を備えているらしく、360度ほぼ死角なしで周囲を視認する事が出来るようだ。

 さらに3つの口で別々の言葉を話す事も出来るらしい。

 人間にそんな制御が可能なのかと不思議になるが、脳の処理能力を引き上げる事で3倍の処理を可能にしている、らしく、慣れれば普通に扱えるとバンブは言っていた。これは3対の腕も同様だ。

 本当にこのゲームは合法なのだろうか。


「──だが、これならうまくすればあれが出来るな……」


「あれ?」


「おっと、こいつはまだ言えねえな。うまくいったら話してもいいが……」


「どうせ事象融合でしょ。口3つあるし腕もいっぱいあるし」


 ライラがふてくされたように言った。

 腕ならライラもたくさんあるが、ライラの『魔眼』では『魔法連携』が出来ないため、ひとりでは事象融合出来ない。レアの『邪眼』で複数の状態異常付与が出来ないのと同じだ。


「ちっ。相変わらず鋭い女だな。ま、そういうこった。どっかで一度試してみん事には……」


「やるなら被害が出ても問題ないところでやってね。失敗しても成功してもたぶんロクな事にならない」


「んなこた俺が一番よくわかってるわ。試すにしても小せえ魔法で試すから大丈夫だ」


 バンブはそう言うが、切り札として使うつもりならなるべく強力な魔法の組み合わせを探っておいた方がいい。

 例えば相手の耐性を無視して即死させられるような切り札を、持っているのといないのでは精神的な安心感が段違いだ。まずいと思ったら全部吹き飛ばしてお茶を濁してしまえばいいと考えれば大抵の状況には冷静に対処できる。


「それより、どうにかして『変態』とったら? そのまま行動するつもり?」


「うん? ダメか? これ。このままでも悪くねえと思うんだがな……」


 バンブは国宝の阿修羅像のようなポーズを決めている。

 まだ正気に戻っていなかったようだ。


「いや悪いとは言ってないけどね。でも普通の人がそれ見たら卒倒するのは間違いないよ。てか正直隣とか歩いて欲しくない感じ」


「肩口と袖口ゆったりめのローブは作らせておくから、その間に適当な『変態』持ちを捕まえておきなよ」


「……そうか、ダメか……」


 バンブは肩を落とした。





「さてと。じゃあ見るべきものも見たし、わたしはわたしですることあるからもう行くね」


 陣営の強化をすると決めた期間だ。

 レア自身については能力値を上げたりするくらいしか思いつかないが、配下は色々強化してやりたい事がある。


「そうだねぇ。私もオーラルで何かプレイヤー向けのイベントでも考えようかな。ブランちゃんがそんなような事言ってたし」


 ブランが言っていた事というのは他のプレイヤーたちの実力の底上げの事だ。

 聖都グロースムントでのお祭り騒ぎの後、フレンドチャットで相談があった。

 ブランが言っていた通り、これまでレアたちが他のプレイヤーの成長の機会を奪ってきたというのは確かだろうし、その埋め合わせくらいならしてやってもバチは当たるまい。

 ブラン自身も大陸を探索して色々な可能性を探る事にするらしいし、ライラもそのバックアップをするということのようだ。


「俺は……じゃあ『変態』持ちを探してこねえとな。そうしたらどうすりゃいいんだ。空中庭園にでも行きゃいいのか?」


「あれはわたしも使いたいから、一旦トレの森に移動させる予定。だから使いたいんならそっちに来てよ。教授もなんかそんなような事言ってたし」


 タイミングが被ると順番待ちになるかもしれない。

 可能ならゾルレン近郊のクラール遺跡群や他の類似の祭壇で済ませてほしい所だ。

 いや、類似品ならライラが南方大陸で拾ってきていたはずだ。


「──あ、私のは駄目だよ。オーラル王都に置いたまんまだし。あんなところにバンブみたいな悪鬼羅刹が現れたら騒ぎになっちゃう」


「誰が悪鬼だよ……」


 ライラが貸すつもりがないのならやはりレアが貸すしかない。

 順番待ちが発生する前にレアの分は先に済ませておいたほうがいいだろう。









 トレの森へ移動したレアはスタニスラフに連絡し、アルケム・エクストラクタごと彼を『召喚』した。通常の状態ならアルケム・エクストラクタはぎりぎりインベントリに入れられるため、『召喚』前にスタニスラフにそう指示したのである。


 『召喚』に応じて現れたスタニスラフを見る。

 がっしりとした体付きの壮年のドワーフだ。ただのドワーフ、である。


「……きみも強化した方がいいのかな。でもな……」


 シェイプの王城で会ったシェイプ最後の王の姿を思い出す。

 ドワーフ系の精霊王は筋肉質になる傾向にあるようなのだが、それは少し抵抗がある。


「おかまいなく、陛下。俺は俺で転生に縛られない強化の方法を模索していくつもりですから」


「そうなの? 考えがあるならいいよ。出来る限りはサポートしよう。思いついたら何でも言ってくれ」


「ありがとうございます」


 魔物の合成の研究者と言うと、最後は自分自身を改造して主人公に倒されるというイメージがある。

 そういう路線を目指すと言うのであれば構わない。別に倒されるところまで目指しているわけではないだろうが。


「さてと。あれはどこにあるんだったかな」


〈こちらに〉


 察した世界樹の枝がざわめいた。そちらを見るとトレントたちがどいていき、奥から先代ジズの遺体が姿を現した。


「ありがとう。──あそうだ。そう言えば世界樹の実って知ってる? 生ったりするの?」


〈はい。ツリーにあります。ふふふ。ツリーと言っても樹の私の事ではなくスキルツリーのことですよ!

 ただ、生成するには経験値の消費が必要なようです〉


「んふん、そうなんだ」


 世界樹もだいぶ柔軟な思考をするようになってきた。

 それはそれとして、世界樹の実はスキルを取得するために経験値を必要とし、さらに発動するのにも経験値消費が必要になるという。

 先ほどのイライザの場合で言えば、つまりライラが経験値を消費するかレアが消費するかという二択になるということだ。それならやる必要はない。

 ただアイテムとしての世界樹の実の効果は気になる。


 これも強化の一環だと割り切って世界樹にそれらのスキルを取得させ、試しにひとつ生み出してみた。

 『天駆』で空中を駆け上り、枝に生った実をもぐ。


「──硬いな。胡桃みたいだ。ていうかこれまんま光る胡桃だな。『鑑定』してみても……。特に単体で何かの効果があるわけでもなさそうだ。素材アイテムかな。経験値を消費してまで創り出す素材って、何に使えるアイテムなんだろう」


 『錬金』のレシピを呼び出してみる。

 これが何かの素材であるなら、今目にした事でレシピが解放されているはずだ。


「あ、あった。ええと、「くる身代わり人形」か。持っているだけで致死ダメージの無効化ね。身代わり人形はわかるけど、くる、って……ああ、くるみ割り人形と掛けてるのか! ふふふ、嫌いじゃないよこういうの」


 しかし致死ダメージの回避というのは非常に大きい。

 正確にはダメージによる死亡判定の際に、このアイテムを消費することで自動的にダメージを受ける直前の状態に戻されるという効果だった。

 経験値を消費しなければ作成できないのは痛いが、ある一定以上の総経験値を得た者にとっては大いにプラスだ。

 とはいえ、レアにしか生み出せないとなると少し考えものである。眷属たちに配る、となると単純に経験値だけで言えばデメリットしかない。眷属の眷属が連鎖的に死亡する事は防げるかもしれないが、致死攻撃をしてくるほどの者が相手なら一撃耐えてもすぐに死んでしまうような気もする。


「自分の分と……あとはまあ、ライラとブラン、バンブに教授に……、ジェリィとゼノビアの分くらいでいいか。

 まったくもう。強化しようって言うのに逆に経験値が減っちゃったよ」


 くる身代わり人形を作成するにあたり、世界樹の実以外の材料はなんでもいいようだった。世界樹の実だけでは作成できないが、それ以外なら何と組み合わせても作成できるらしい。

 あらかじめ人形を作っておけばその人形をそのまま使えるようだが、レアにはそんなスキルはない。

 『哲学者の卵』に材料をぶち込むだけでもレアのDEXに応じてそれなりの物が出来るようなので、とりあえずそれでやってみることにした。


 例えば鉄鉱石を材料にするとブリキの人形が出来た。

 トレントの枝を材料にするとデッサン人形が出来た。

 魔物の毛皮を入れてみるとぬいぐるみの形になった。オートで作成する場合、使った毛皮の種族によってぬいぐるみの形状が違うようだ。

 インベントリの中には熊と狸の皮しかなかったため、熊と狸のぬいぐるみがひとつずつ出来た。


「……どこかにウサギの魔物がいたな。リーベ大森林のそばの草原だったかな。あとで獲りに行こう」


 素材によってアイテムとしての耐久性が変わってくるらしく、見た目ではデッサン人形の方が弱そうに見えるが、実際はブリキの人形の方が壊れやすかった。

 壊れてしまえば当然身代わり効果もなくなってしまうため、取扱いには注意が必要だ。インベントリに入れたままでは発動しないようなので、危ない時は常に持っておく必要もある。意外と使いにくいアイテムである。


「ぬいぐるみなら抱えていても……いやちょっと痛いかな……」


 耐久性と取り回しのバランスも考えると、トレントの枝から作ったデッサン人形が一番使いやすいかもしれない。全く可愛くないが。

 仮にぬいぐるみを抱えたままで戦うとして、痛い子に見えるかどうかは改めて審議する必要があるだろう。





「横道に逸れちゃったな。さて、ジズの死体だけれど……。『召喚:カルラ』」


 ポートリーの山岳地帯を守るハーピィたちの長、カラヴィンカのカルラを呼びだした。

 レアの陣営で鳥系と言えばこのカルラ率いるハーピィたちか、オミナス君率いる鳥系キメラたちだ。鳥系キメラというのは以前にジャネットたちのために作成の実験をしたオウルベアやグリフォン、アンズーやペリュトンの事である。

 アンズーは獅子の頭部を持つ猛禽であり、ペリュトンはその獅子頭が鹿に置き換わったような姿をした魔物だ。

 今は皆オミナス君の配下として大陸の空を舞っている。特に仕事がないので自由にさせている状態である。


 カルラたちハーピィには以前に火山で黄金龍の端末と戦った時にずいぶん役に立ってもらったのだが、その褒美はまだ与えていなかった。

 死亡してしまったハーピィたちをクィーンにしてやる必要があるし、クィーンもカラヴィンカに転生させてやる必要がある。

 そうなるとカルラがそのままというのも可哀想だ。ジズの遺体がひとつしかないのであれば、これをカルラに与えてやろうというわけである。


「まずは『哲学者の卵』からかな。正規の融合があるかもしれないし」


 カルラを水晶の『卵』に飲み込ませ、ジズの遺体を引き摺ってきて『卵』に触れさせた。

 しかしと言おうかやはりと言おうか、『卵』はジズを飲もうとはしなかった。


「正規の融合はできないのか。ならアルケム・エクストラクタを」


「は」


 スタニスラフがアルケム・エクストラクタを取り出した。

 『哲学者の卵』を内側から割って出てきたカルラが今度はアルケム・エクストラクタに入っていく。


「ついでに何か……そうだな。──世界樹、悪いんだけど枝を一本くれないか。それからわたしの血も入れて……。羽根も一本むしって入れておこう」


 『哲学者の卵』には不必要なアイテムを入れる事は出来ないが、アルケム・エクストラクタなら混ぜるだけなら何でも投入する事が出来る。完成後の特性が無駄に増えたりするだけだ。


「よし、いいぞ。あとは賢者の石グレートを入れて……。必要経験値は……、おっと災厄級だなこれは」





《災害生物「死を食らう鷲」が誕生しました》

《「死を食らう鷲」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》





 アルケム・エクストラクタから出てきたカルラは随分と大きくなっていた。ジズの遺体を使ったので当たり前ではあるが。

 全体的には黒い翼の巨大な鷲の姿だが、翼の先の方は以前と同様鮮やかな色をしている。これは尾羽も同様だ。

 また本来鷲の頭部があったであろう場所にはカルラの上半身が生えており、そういう意味ではエンヴィに似ている。

 エンヴィと同様一応正道ルートのレイドボスではあるようだが、こちらもやはりどう見ても正規の姿ではない。


「フレスヴェルグ、か。世界樹の素材とか混ぜたからそっちにいったのかな。しかし死を食らう鷲って、あのカルラの顔で死体を貪ったりするのかな。大丈夫なのかそれ……」





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