第465話「二刀流」
「イライザのキル数はもういいんだよね」
「たぶんね。祭壇に座らせてみないとわかんないけど。まあそもそも祭壇でも選択肢が増えるのかどうかもわかんないんだけど」
「バンブの方は魂はどう? 必要数集まった?」
「……まあな。おかげさんでな」
「まったくイライザのお守りをしておくれってお願いしておいたっていうのにこの男は──」
「お前なあ! ……ちっ、まあいいわ。要は俺が飛べるようになりゃ済む話だ。次はこうはいかねえからな」
「バンブが飛べたとしたら別の嫌がらせを考えると思うけどね」
「もう嫌がらせって言っちまってんじゃねえかよ! 隠す気無しか!」
どうやら、バンブが戦場に現れなかったのはライラの嫌がらせの結果らしい。そんな事だろうと思った。
しかし結果としてバンブは何の苦労もせずに目的を達成出来た事になる。ライラにしては随分と可愛らしい嫌がらせだ。バンブの性格的にその方が堪えるからなのかもしれないが。
「……何か仲良いね2人。遺跡で何かあったの?」
「仲良くねえし何にも──あいや、ツンデぐっは!」
「死にたくなければ馬鹿な事は言うなって言ったじゃん。馬鹿なの?」
ライラの背から触手が3本伸び、バンブの腹を貫いた。
バンブのLPが一瞬にして薄くなる。
「……ぐふ……、おお、生きてるな……。ア・スラってのは……伊達じゃねえって事か。転生しといてよかったぜ……」
「仲良いのはもうわかったから、遊んでないで早く行こうよ。『
──で、ここがその遺跡?」
「そうそう」
レアたちは今、バンブがア・スラに転生したという遺跡に来ていた。
レアが付いて来たのは、ライラの考えた実験の結果にも、バンブの転生後の姿にも興味があったからだ。
森の中心にぽっかりと口を開けていた階段を下り、地下の覚えのある雰囲気の祭壇まで来ると、ライラはイライザから祭壇に登らせた。
「──なるほど。ダーク・エルフも魔精も出ていたか。精霊が消えていないって事は、キル数的にやり過ぎじゃなかったのか、それとも祭壇を使うのなら選択肢が消えないのか、どっちだろう」
「やり過ぎラインがわからないからそれを検証するのは難しいな。それにもしやり過ぎた場合に選択肢が消えるんだとしたら、試した場合は後が無くなる」
「そうなんだよね。ダーク・エルフや魔精には興味があるけど、うちには精霊王っていないし、このまま精霊王を目指すというのもありなんじゃないかなって思いもあるんだよね。
魔王にして私にベタベタさせてレアちゃんにも私と同じ気持ちを味わわせるってのも考えたんだけど」
魔王が自分以外にも生まれるという点については少し気にかかるものの、それがライラにベタベタしたところで特になんとも思わない。
レアがきょとんとしているのをよそにイライザは少し複雑そうな顔をしている。ライラにベタベタするのが嫌なのだろうか。それとも自分が何かの当てつけに使われるのが嫌なのだろうか。
「……やっぱり、このまま精霊王を目指すとしよう。で、転生に必要なのはなんだっけ。世界樹の葉? あー……」
ライラがこちらを見る。
インベントリから世界樹の葉を取り出して渡してやった。
こればかりは現状どこを探してもレア以外に持っている者はいない。
「でもそうだとすると、魔精に転生させたい場合は魔戒樹の葉が必要になるって事か。それは持ってないよさすがに。苗ならあるけど」
「苗で代用できないって事はないと思うけど、そんな事に使っちゃうのはもったいなさすぎる。やっぱり精霊王ルートで安定だね。──イライザ」
「はい。では精霊に転生します」
祭壇の上でイライザが光に包まれていく。
セプテントリオンのドロテアは魔精だが、ダーク・エルフとそれほど違いは見受けられなかった。
精霊もそれは同じであるようで、光が収まり、転生を完了させたイライザも特に外見上の違いは見られない。
マーレも聖人であるがノーブル・ヒューマンとそう大きな差はないのでそういうものなのだろう。
「──ライラ様。精霊王への道筋が示されましたが……」
「何がいるの? っていうか、主に経験値軽減のためのアイテムが何なのかを知りたい」
「はい、ええと、世界樹の実が」
「実? 実なんてあったかな。見たことないけど」
実どころか花さえ見た事がない。
花をつけずに実がなる植物もあるため、それ自体は何の参考にもならないが。
「レアちゃんが倒した黄金怪樹から魔戒樹の苗がドロップしたって言うなら、もしかしたら世界樹を倒せば苗をドロップするのかもしれない。そういう生態なら実とかをつける必要はないし、何らかの条件下でのみ現れる特殊アイテムとかなのかもね」
「そうだとしたらどうしようもないな。今からその条件とやらを探すより、経験値をつぎ込んで転生させちゃった方が早いよ」
「……しょうがないな、もう」
精霊王となるために必要になるアイテムは世界樹の枝だった。これもインベントリから取り出し、ライラに手渡す。
必要経験値を減らそうと思ったら、これを実つきの枝にすればいいということだろうか。
随分とゆるい条件であるように思える。
ライラが受け取った枝を祭壇に捧げると、イライザが再び光に包まれていく。
今度は先ほどよりも強い光で、光っている時間も長い。
光が収まるとそこには幻想的な、それでいて力強い雰囲気の妖精が座っていた。
背中から生えた翅は着ていた服を内側から引き裂き、後ろが大きく開いた形になってしまっている。まるで旧世代に流行った何とかを殺す服のようだ。
祭壇に腰かけ、辺りを睥睨するイライザはまさに王というにふさわしい威厳を備えている。
「お、メッセージも来た。よし、無事に精霊王になれたようだね。イライザ、もう下りてもいいよ」
「──はっ! あ、はいわかりました」
一瞬生意気そうな表情を見せたイライザだったがすぐに我に返り、そそくさと祭壇を下りてきた。
広がる翅が非常に邪魔そうだ。
イライザのこの後の予定は決まったと言っていいだろう。別の祭壇か空中庭園へ行って変態の取得である。
「でもイライザを精霊王にしちゃったらライリエネも聖王とかにしてあげるべきかな。あっちはすぐに変態もつけてあげないといけないし、ちょっとまとまった時間が必要になっちゃうな。領主の身代わりの身代わりが必要だ」
「あ、だったらマーレもそろそろ聖王にしてあげないと。ていうか、するのはいいんだけど」
「うん。LPを誤魔化す手段も考えておかないと、『真眼』持ちには一発で何かあったってばれちゃうよね」
『真眼』や『魔眼』を誤魔化すためのアイテムなら教授の配下が研究中である。
人前に出る機会が多い眷属を強化するのはその研究が完成してからにするべきだ。
「──さあて。じゃあそろそろ使わせてもらってもいいか?」
祭壇が空いたとみたバンブが肩を回しながら言った。
肩を回したところで別に何かバンブ自身がすべきことはない。祭壇に座って粛々と作業を進めるだけだ。
「あ、そうだ。今のイライザを見てて分かったと思うけど、服脱いでおいた方がいいよ。あんまり持ってないでしょ服」
「おおっと、なるほどそうかもな。羽根とか生えちまったらぼろぼろになっちまうからな」
祭壇に登ったバンブはそそくさとローブを脱いでインベントリに仕舞った。下半身はゆったりとしたズボンのようなものを穿いているが、上半身は裸だった。寒くないのだろうか。
阿修羅王、とかいう名前から言って翼が生えるようには思えないが、脱いでおいて損はない。
生えるとしたら別の物だ。
そうなるとどのみちローブは新調してやる必要があるかもしれない。
「──よし、じゃあ行くぜ……」
こっそりクィーンアラクネアにローブを発注しながらバンブの変化を見守った。
光の中で蠢くバンブのシルエットが変化していくのが視える。
「……おお? けっこうすごいLPだ。MPも高いな。両刀使いなのかな?」
「両刀!? ああ、物理も魔法もって意味か。紛らわしいから他所で言わないでよそれ。間違っても私は両刀使いですなんて言っちゃダメだよ」
「他に何か意味あるの?」
「……いや、ないけど」
ライラは嘘を付いている。
追及してみたかったが、そうしている間にバンブの変化が終了した。
暗い色ながらも赤みがかっていた肌ははっきりと赤くなり、頭部の角も伸び、捩れて鋭利になっている。とはいえ大きさはレアやライラの物よりは小さい。ただし合計で6本も生えているため、あまり弱そうな印象はない。
角はそれぞれの額に2本ずつ生えていた。
そう、バンブの顔は3つあった。
正面に先ほどまでのバンブをイケメンにしたような顔があり、右を向いた顔は少し幼く見える生意気そうな美少年、左の顔は憂いを帯びた美少年の顔だ。
体型はア・スラだったころはがっしりした様子だったものがほっそりと引き絞られ、まさに細マッチョといったラインに収まっていた。整った顔と相まって、ブランとは違った方向性の中性的な妖しさを放っている。
妙にカールしていたモミアゲも直毛になり、まっすぐ下に垂れ下がっていた。
さらに肩からは左右でそれぞれ3つに腕が分かれており、合計で6本の腕を持っている。
まさしく阿修羅、人々が想像する阿修羅像そのものである。
「……なんか角が邪魔だな。ゲーム的にしょうがないのかもしれないけど」
「……左右の顔は想像以上に美少年だなあ。女装とか似合いそう。両刀ってのもあながち──」
《邪道ルートのレイドボス「阿修羅王」が その他地域 アルブス遺跡 にて誕生しました》
「あ、そうか。もうポートリーって滅んでるからここ「その他地域」になっちゃうのか」
「それだとどこで誕生したのかわかんないよね。好都合っちゃ好都合だけど、この遺跡を餌にしてプレイヤーを呼びよせようと思ったら面倒だな」
しかし聖教会にはとりあえず聞こえたままを伝えさせておくしかない、とライラと打ち合わせをしているところへ、バンブがゆっくりと祭壇から下りてきた。
不自然なまでに動きが遅い。
「……あれかも。例のハイテンションモードになっちゃってるかも」
その様子を見てライラが言った。
イライザはライラというストッパーがいたために大事には至らなかったが、バンブはそうはいかない。
「そうか、それはまずいな。ざっと見えるだけでもけっこうな実力者だ。デオヴォルドラウグルだった頃からよほど強化してあったんだろうね。負ける事はないけど、これを殺さずに無力化するのはちょっと難しいな……」
かつて戦った時の様子を思い出す。
バンブはプレイヤースキルにもかなり自信があるようだった。
これほどの高性能で動きも洗練されているとなると、手加減するのは無理かもしれない。
うまく手足だけを切り飛ばす事が出来れば無力化も可能かもしれないが、それを許してもらえるかどうか。
ただ、現在のバンブはこれまでとは全く違った姿になっている。プレイヤースキルに自信があればあるほど突然増えた手や顔に戸惑うだろうし、その隙を突くしかない。
バンブは床まで下り切るとライラを見た。まだ慣れていないのか全ての目がライラを見ているため、横から見ると少し異様に見える。
「──ライラ」
「……私かよ……何だよ」
話しかけてきたバンブを警戒し、ライラが構えをとる。
ライラは直接戦闘が苦手だ。『邪なる手』による手数の差も考えれば後れを取る事はさすがにないだろうが、万が一という事もある。
安全を重視するなら先制状態異常で動きを止めるしかないだろう。しかしその場合高確率でバンブは死ぬことになる。
姉妹が固唾を飲んで見守る中、バンブが口を開いた。
「──鏡貸してくれ」
*
その後。
ライラが取り出した手鏡では不服らしいバンブに、レアは姿見を取り出して貸してやった。かつてヒルスの王城にあったものだ。王族御用達だけあり、大きさの割に鏡面の歪みもほとんどなく反射率も高い。
バンブは鏡に移る自分の姿を色々な角度から見ながら何かをブツブツ言っている。
そしてライラは腹を抱えてうずくまりながら、必死に紙に何かを書きとめていた。
「……何してんの?」
「くふふ……。バンブがブツブツ言ってる内容を書き留めてるんだよ。これ絶対後で面白い事になるよ……」
「いや今すでにこれ以上ないくらい面白い絵面なんだけど……」
もちろん這いつくばって笑いをこらえるライラの姿も含めてである。
「……しかし、こういうパターンもあるのか。本人が何を期待していたのか、とかもあるのかな。こんな世界だし、普通は強さとかを期待して転生するものなんだろうけど……。バンブはよほどルックスにコンプレックスがあったのかな」
そういえば、ジャネットたちを幻獣人にした時もしきりに鏡を覗きこんでいた気がする。
確かに現在のバンブはそのまま博物館に飾られていてもおかしくないくらいには整った容姿をしている。
以前のミイラや巨大ゴブリンの姿を思えばその差は歴然だろう。
これに比べれば多少のオイタはもう気にならないな、とレアは思った。
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