第464話「大感謝祭」(ブラン視点)





 名もなき墓標。

 その屋上にて、デ・ハビランド伯爵が跪いていた。伯爵の前にはジェラルディンが無造作に立っている。

 ブランが伯爵のそういう姿を見るのは初めてではない。ブラン自身も跪かれた事があるし、膝を突くほどではないにしてもレアにも強い敬意を示している様子もあった。

 だが今回はそれらの時とも違い、もっと緊迫した雰囲気が漂っていた。

 伯爵の後ろでヴァイスやヴィンセントも平伏しているからかもしれない。


 そうしている間にも塔を訪れるプレイヤーはやってきている。

 仕方がないのでブランが始末しているが、彼らも死ぬ間際にこの光景は見たはずだ。

 これまで塔で自分たちを苦しめていたボスが別の誰かに跪いている姿を見たプレイヤーたちはどう思うだろうか。


 少々気になり、合い間を見てSNSをチェックしてみると、プレイヤーたちの興味は伯爵がどうとかよりも新たに姿を見せたジェラルディンの方に集中しているようだった。


 流れとしては雰囲気が似ているブランとの比較のような感じだったが、今のところ評価が優勢なのはジェラルディンだ。

 どこか中性的なブランよりも、ストレートにお嬢様然としているジェラルディンの方が男性人気は高いらしい。

 女性人気はブランの方に軍配が上がるようだが、こちらはどうしても伯爵やヴァイスと票を奪い合う形になってしまっており、分が悪かった。


「──いきなりゼリー先輩に人気を奪われた感。しょうがないっちゃーしょうがないし、正直どうでもいいんだけど、何かちょっともやもやするな……」


「あら、私はブランさん好きよ。可愛らしいもの」


「え、マジっすか? いやーやっぱり分かる人には分かるんだなって」


「私が美しいのは確かだから、私の人気が出るのもわかるけどね! でももし人気が偏っているのだとしたら、異邦人の皆さんには見る目がないのねきっと」


「あー。異邦人なんてだいたいロクな奴いませんからね!」


 ブランはいつか見たフンコロガシ仮面や戦闘コックを思い出した。ナース服を着た男性や全身黒タイツなどもいた。

 さすがにあれが一般的というわけではないだろうが、あまりプレイヤーと接した事がないブランでも直接知っているくらいだ。統計学的に考えればかなりの割合で変人がいるのは確かだろう。もっとも「統計学というのは自称専門家が民衆を騙すために作った便利なツールに過ぎない」などと森エッティ教授は言っていたが。


「それより、もう立っていいわよジェフ。それとそちらのお2人は直接会った事はないわよね」


「──申し遅れました。真祖ジェラルディン様。私はジョフロア・デ・ハビランド伯爵の新たな眷属として召し上げられました、ヴァイスと申します。名前はそちらのブラン様に頂きました。どうぞよろしくお願いいたします」


 立ち上がったヴァイスが一礼し、挨拶をした。

 その隣でヴィンセントも頭を下げているが、こちらは声を発する事が出来ないため、挨拶はなしだ。

 と思ったら彼の紹介は伯爵が代わりに行なっていた。


「へえ、そう。ゴルジェイの……。レアさんのところにいるお友達は話せるのね? なら、お揃いにしてあげたほうがいいわよね」


「ですが、転生のためにはヴィンセント自身で殻を破らねばなりません。こればかりは、我々では……」


 話が難しくなってきた。

 いずれにしてもジェラルディンや伯爵でもしてやれることがないというのなら、ブランに出来ることもない。

 プレイヤーの波も落ち着いているようで暇になってしまった。

 元々西方大陸への道が開けてからはこの地へやってくるプレイヤーも減ってきてはいたが。


 しかし伯爵には先日、インディゴの成長のためにアドバイスをもらったところである。

 そのお礼と言うわけではないが、ヴィンセントの転生の為にブランが何か協力できるのなら手を貸してやりたい。


「とりあえず、何の拍子にその皮が剥けるかわかりませんし、それ以外の条件だけは先に満たしておいたらどうっすかね。賢者の石とか経験値とか。

 賢者の石ならレアちゃんに頼めば多分くれると思いますよ。見返りに何要求されるかわかりませんけど」


「……皮ではなく殻なのだが、まあいいか。では魔王陛下に取り次ぎを──」


「そのくらいわたしがやっときますって任せといてくださいよ!」


 フレンドチャットでレアに連絡をとった。

 レア自身はこれからお祭りがあるため手が離せないが、空中庭園に行けば大天使サリーから受け取れるよう手配をしておいてくれるとのことだった。


「何だか悪いわね、ブランさん」


「いえいえ! 伯爵先輩にはいつもお世話になってますんで!」


「それで、賢者の石の見返りには何を?」


「んーそれは別に何も言ってませんでしたね……」


「……そういうのが一番怖いのだが」


 今後レアと敵対するつもりがないのであれば、そのうち行動か何かで返せばいいのではないだろうか。

 あるいは今後も敵対させないためにレアは気前よくアイテムを分け与えているのかもしれない。

 災厄級である各勢力の長たちは利害によって手を組んだり敵対したりするとか聞いたことがあるし、敵対してもデメリットしかないのであれば敢えて敵対したりはしないはずだ。


「……これはあれかしらね。見返りは私自身だ、みたいな事を言われたりするのかしら」


 ジェラルディンのこの様子を見る限りでは敵対の心配はそもそも必要なさそうではあるが。


「じゃーひとっ走り空中庭園から賢者の石貰って来ましょうかね」


「いや、さすがにそこまでしてもらうわけにはいかん。

 ──ヴィンセント、お前が自分で受け取りに行け」


 ヴィンセントは大げさに驚いたジェスチャーをし、両手を広げて不満をアピールした。

 マジかよ、何でだ、非効率的だろ、と言わんばかりの様子である。

 仕草だけでこれがわかってしまうあたり、このヴィンセントの生前のコミュ力の高さがうかがえる。


「お前の事なのだし当たり前だ。まさか我が主やブランに小間使いのような事をしてもらうわけにはいかんだろう」


「いや別にわたしは全然……」


 ブランの言葉にヴィンセントは、ほら姐さんもこう言ってるぜ、というようなジェスチャーをした。


「ならん。ブランにはすでに魔王陛下との繋ぎ役として多大な世話をかけている。これ以上善意に甘えるのはダメだ」


 ヴィンセントは手のひらで目を覆い、天を仰いだ。

 そして伯爵から古い地図を受け取ると、肩を落として階段を降りて行った。観念したらしい。


「……でもここから歩いて行くとなるといつまでかかるかわかんないっすよ」


「どうせ殻を破る目処も立っておらぬのだ。急いでも意味はない」


「あと、ヴィンセントって日光に対して完全耐性なかったよね。夜しか移動できないのでは」


「急いでおらん」


「ねえブランさん。ドレスと寝巻とどちらがいいかしら」


「夜しか移動しないって言っても寝るわけじゃないし寝巻である必要はないのでは。え、ヴィンセントがドレス着るってこと? てか何の話ですか?」









 名もなき墓標へ来たのはジェラルディンを伯爵に会わせるためだったが、それはもう済んだ。

 ヴィンセントを送り出した後、正気に戻ったジェラルディンはこの数百年の間に起きた話を伯爵から聞いていた。

 先代の精霊王が倒れた事や、その後大天使が現れた事、それらと同列にブランやレアたちの事が語られているというのは少し気恥ずかしくもあった。


 しかし改めて客観的に聞いてみると、確かにゲームサービス開始以降に起きた事件の密度は異常に思える。

 大半はレアのせいだが、それでなくとも放っておけば災厄級にまで成長していたかもしれない魔物は何体かいる。

 レアが噴火させた火山にいたウツボとやらもそのひとつだし、各地でブランたちが戦った黄金龍の端末もマグナメルムとは関係なく目覚めていただろう。

 ペアレ王国の王子たちが遺跡を調べていた事についても、マグナメルムが介入しなくても近いうちに大きな事件に発展していたはずだ。


 サービス開始に合わせて運営がそれらの仕込みをしておいたのだとしたら、仮にマグナメルムが介入していなかった場合、それ以外のプレイヤーたちだけであれらの事件を解決出来ていただろうか。


 例えばレアの配下であるスガルだが、彼女もレアに出会わず、リーベ大森林を自分だけで支配していたとしたら災厄級に迫るほどの成長を見せていただろう。

 共に戦ったからこそわかるが、スガルの実力は相当に高い。

 しかも単体でもあれだけ強いにもかかわらず、本来は多くの配下と共に戦うのが前提の災厄だ。


 またペアレの王子たちについても、もし仮に王都でレアが倒した幻獣王と同格にまで成長していたのだとしたら、あれもやはりそこらのプレイヤーの手に負える相手ではない。


 黄金腐蟲ペルペト・カスパールに至っては問題外だ。

 今上げた災厄たちが束になってかかってようやく倒せるようなレイドボスである。


「……なんか、他のプレイヤーの皆さん弱すぎ問題だなこれ」


「ぷれいやーというのは異邦人とかって人たちのことよね。弱いと何か困る事でもあるの? 強くて手に負えないよりはいいんじゃない?」


「そうなんですけどね。なんか、物凄くバランス悪いような気がして」


「──それは我も感じていた。確かに世界の眷属たちは力を増しているが、当初想定していたよりも力が弱い。それはここで戦ってみて一層はっきりした」


「んふっ。ちょっとジェフ、我って何なの? 何格好つけてるの? 目上に対して話すときは昔から一人称私だったけど、ウォルターと話す時なんかは普通に俺とか言って──」


「それは! 今は関係ないでしょう。重要なのは世界の眷属たち、異邦人の弱さです」


「どちらかと言えば私にとっては異邦人の弱さの方がどうでもいいのだけど──」


「つまり! ブランは何が言いたいのだ!」


 伯爵はどうやらこちらの大陸に来てから我とか言い出すようになったらしい。

 どういう心境の変化からそうなったのかは気になるところだが、本人は触れてほしくなさそうなのでそっとしておくことにした。

 ブランは空気が読めるのである。


「えっとですね、わたしたちは今、黄金龍の討伐を目標にしているわけですけど、もし黄金龍の封印を破壊した瞬間、ずっと昔にあったみたいに世界中に端末とやらが出現する事になったとしたら、あっという間に滅んじゃう国とか街とかあると思うんですよね。ダンジョンもだけど。

 その時多分、わたしたちは本体の討伐にかかりきりになっちゃってるだろうから、そういう雑魚の相手って出来ないと思うんですよ。

 そうなった時に、せっかく勝っても世界が滅んじゃってたらやった甲斐もないなっていうか」


 マグナメルムの息のかかったNPCたちは死ぬことはないかもしれないが、決戦の後に生き残るNPCがそれだけというのは問題である。

 今と変わらない世界を望むのであればそれ以外の多くのNPCたちにもなるべく生き残っていてもらいたい。

 もちろんオーラル王国のように対黄金龍戦には参加させない予定の配下もいくらかはいるだろうが、それだけで世界中を守り切るのは不可能だ。

 マグナメルムの代わりに黄金龍の端末を抑えておく戦力が必要になる。


「罪無き人々の保護を異邦人たちに任せようというわけか」


「まあ人々に罪がないかどうかは知らないし、プレイヤーがやってくれるかどうかもわかんないけど、世界中が危機に襲われればたぶん自動的にそういう構図になると思うんですよね。

 でもそのためには今のプレイヤーじゃあ全く実力が足りてない。

 黄金龍討伐のためにわたしたちの戦力を底上げするのはもちろん大事だけど、並行して他のプレイヤーたちにも何か強化と言うか、最低でも危機感を植え付けておかないとまずいかなって」


 この件は一度、マグナメルムの他のメンバーたちにも投げかけてみる必要がある。

 数多くの強敵の出現が予定されていたにもかかわらず、伯爵が言うように想定よりもプレイヤーの力が弱いというのは、おそらくマグナメルムのせいだ。

 多くのイベントを乗っ取る形で代わりに開催してしまったせいで、本来プレイヤーたちに流れるはずだった経験値の何割かはマグナメルムがピンハネしてしまっている。

 それはそれで有効活用するのでいいのだが、その分プレイヤーが弱いままなのはよくない。


 となればここはひとつ、日頃のご愛顧に応えて経験値還元大感謝祭を計画するべきだろう。

 出来れば公式大規模イベントのようにデスペナルティ軽減や獲得経験値上昇などのボーナスが付けられればいいのだが、申請すればそういうことも可能になるだろうか。


 レアは忙しそうだし、ライラはバンブと何かの検証をするとか言っていた。教授はゼノビアとどこかに行ってしまった。

 おそらく今一番暇なのはブランだ。

 ならば提案する前にある程度の下見をしておいた方がいい。そうした方が後の会議もスムーズに進むはずだ。


「──てことで、ちょっと中央大陸から西方大陸の端っことかのプレイヤーがいそうな所を見て回って、おっきなイベント起こせそうなヒントでも転がってないか探してこようかなと」


「ブランさん、見かけに寄らず色々考えてるのね。えらいわね! 私も付いて行ってもいいかしら! この大陸の事とかまだよくわからないし、ついでに案内してもらえると嬉しいわ!」


「全然おっけーっすよ!」


 伯爵が仲間になりたそうな顔でこちらを見ているが、彼はこの墓標の守りがあるため席を外す事は出来ない。

 ただでさえヴィンセントが居なくなり、戦力が低下しているのだ。


「……何を考えているのかわからんが、おそらく違うぞ。我はただ無性に不安な気分に襲われただけだ」


「ねえ、だからその我って──」


「いってらっしゃいませ我が主よ!」





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