第463話「餌」(教授視点)
アマテインたちを廃村に置き去りにし、火山に向かって歩みを進めてしばらくした頃、ゼノビアが話しかけてきた。
「さっきのがあれかな。レア様が言ってた教授の詐欺技術というやつかな」
「詐欺技術とは人聞きが悪いな。別に私は何も彼らを騙したわけではないよ」
「でも論点はずらしていたよね。それと結局彼らの質問には答えていない。なるほどね、ああいう言い方をすれば、仮に後で追及される事になっても嘘をついたという事にはならないってわけだ」
ゼノビアは感心したように頷いている。
INTが高く、また性格的にもライラに似ているゼノビアである。
この様子ならあの程度の詐術はすぐにマスターするだろう。
ゲームの中から居なくなる事がないNPCに余計な知恵をつけさせてしまったという意味ではかなりやらかしてしまった感もあるが、マグナメルムに協力的な相手なら別に構うまい。ライラあたりは嫌な顔をするかもしれないが、彼女はああ見えてプライドが高い。たとえ多少の知恵を付けたとしても、自分がNPCに負けるなどとは考えもしないはずだ。
「で、これからどうするの?」
「ふむ。さっきの彼らに自己紹介の時に言ったのだが、この島の火山の観察でもしてみようかと思ってね。
実はここ最近、この島の火山活動が活発化してきているのではという話があるのだよ。さっきの村長から聞いたのだがね。
その村長も配下にした事だし、一応配下の安全については私が面倒を見てやる必要がある。一度火山を調べてみて、本当に噴火の予兆があるのであれば彼らを別の土地へ逃がしてやることも考えなければならない」
「へえ。教授、見た目の割に優しいんだね」
「普通の事だと思うがね。ゼノビア嬢は見た目の割に常識に欠けているな」
「それは仕方ないよ。何せ僕は何百年も囚われの身だったんだからね。今の常識なんて知らないよ」
「……別に時代によって大きく変遷する内容でもないと思うがね」
*
「あっついなここ! もうやめよう! 帰ろう!」
「……まだ観察できる距離まで近付いてさえいないのだが。しかし確かに暑いな。これ以上近付くと環境ダメージを受けるかも知れない」
観察するためには火山に接近する必要がある。
それで山を目指して歩いていたのだが、麓の辺りで断念せざるを得なくなった。気温が急に上昇し始めたからだ。
これ以上進むのであれば何らかの耐性スキルか装備を用意する必要がある。
「ウルススはまだいいでしょう! 僕は金属鎧を着てるんだよ! 火傷しちゃうよ!」
自身に対するゼノビアの呼称におや、と思い周囲を警戒して見ると、近づいてくる反応があった。
先ほど見たものと同じ、アマテインとその手が暖かだ。
「──待って下さい! 結局、貴方の正体を聞いていません!」
忘れていなかったのか。というか。
「そんな事を聞くために追いかけてきたのか。こんな暑いところまでご苦労な事だ。
私の正体なら言ったはずだよ。火山の観察をするために孤島にやってきた研究者だと。周りをよく見てみたまえ。それ以外の何の目的があってこんな所に来ると言うんだ」
「それだ」
アマテインが口を挟んだ。
何がそれなんだ。どれの事だ。
「火山の観察、と言ったな。観察してどうする?
知っていると思うが、少し前に中央大陸で火山の噴火があった。近くの街に住む者の証言では、そんな事はこれまで起きた事がなかったらしい。
さっきの貴方の言い方ではないが、これまで起きていなかった事が突然起きたとなれば、そこには何か大きな変化点があるはずだ。
俺たち異邦人はそれを、マグナメルムの出現にあるのではないかと推測している」
先ほどの教授の嫌味にカウンターを合わせてきた。
「同様の火山がこの島にもあり、そしてやはりこの島の火山も噴火などした事はなかった。これはあの漁村の人たちに聞いた話だけどな……。そんな火山が最近は活発化しており、貴方のような不審な自称研究者が現れた。
貴方を怪しむには十分なはずだ」
「先ほども難破した他の仲間と連絡がどうとか言っていたな。どうやって連絡など取るのかと思っていたら、なるほど君たちは異邦人だったか。しかしそれは全く同じ事が君たちにも言える事には気付いているかな。
中央大陸の火山が噴火した事はもちろん私も知っているとも。この火山を調べる事にしたのもあの噴火があったからでもある。
そしてここ最近で起きたもっとも大きな変化というのが何なのかは言うまでもないな。
そう、他ならぬ君たち異邦人の出現だよ。
中央大陸で起きた魔物の氾濫も、異常な頻度の災厄出現も、大陸中を巻き込む戦争も、火山の噴火も、全て君たちが現れてから起きるようになった事だ」
「それは……」
アマテインは押し黙った。
これらの因果関係を証明する事は誰にも出来ないが、因果関係がない事を証明する事もまた誰にも出来ない。
この世界がゲームである以上、そういう事象が起こりやすくなるようにサービス開始に合わせて調整してある可能性は否定できない。
「私の事より、先ほどの村はもういいのかね。十分悲しみ、十分反省はし終わったということかな」
「……いやらしい言い方はやめてください。あの村の方々のご遺体は村の広場に埋めて、簡素ですがお墓を作ってきました」
後を付けて来たにしては現れるタイミングが遅いと思ったらそんな事をしていたのか。
「形ばかりでも供養したことで罪の清算は終えたという事か」
「そんなんじゃない。言い訳をするつもりはないが、あの大船団を組織したのは俺たちじゃない。
俺たちはむしろ、それによって起きる問題を懸念した依頼主に監視と護衛を頼まれたんだ。あの村の供養をしたのは単に気持ちの問題だ。貴方のような人にはわからないかもしれないが」
教授も人が人の死を悼む心理は十分理解している。
何しろ葬送と言う概念はまともな宗教観もなかったであろう旧石器時代にさえ存在していた痕跡があるくらいだ。一部の鳥類や人間以外の哺乳類にも疑似的な埋葬のような行動を取る種も確認されている。もっとも彼らの行為が死を悼むという感情に根差したものなのかはわからないが。
それほどの歴史がある心理や風習を否定したりはしない。
「なんだ。そうだったのか。それはご苦労なことだな。
ならばなおさらこんなところで余計なことなどしていないで、さっさと中央大陸に──なんだ?」
足元が揺れ始めた。
断続的に孤島を襲っているという地震だろうか。
しかしリアルでニホンに住んでいる教授にはわかるが、これは普通の地震ではない。
余震のようなものも無く、突然跳ねるように揺れ始めている。
震源地が非常に浅いような、というか、まるですぐそこに地震を起こす原因が存在しているかのような──
「──まずいよウルスス。これは危険だ。とても嫌な感じがする」
「……奇遇だな。今私もそう思っていたところだ」
「な、なんだ! いつもの地震とは違うぞ!」
「気をつけてアマテイン! 何か、何か変です!」
アマテインたちも警戒して身構えている。
この島で2日も遊んでいた彼らにとっても初めてのパターンの揺れらしい。
「く! やはり貴方が、お前が何かしているんじゃないのか! あまりにもタイミングが良すぎる!
人魚の国の話にしても、お前が勝手に言っているだけなんじゃないのか!」
「懲りないな君は。そうだとしても、わざわざ怪しむ人間がすぐ側にいる状況でそんな事をするわけが──」
そこでふと、思い出した事があった。
先ほどの彼の言葉、その中にあった中央大陸の噴火の件だ。
あの噴火の原因を作ったのはレアだが、別にレアが噴火を直接起こしたわけではない。黄金龍の端末というワールドエネミーと戦い、取り逃がした結果起きたものだ。
マグナメルムが噴火に関わっているというアマテインやプレイヤーたちの推測は実のところ何も間違ってはいないのだが、重要なのはそこではない。
レアの攻撃力をもってしても倒しきる事が出来なかった黄金龍の端末。
その端末がレアの元から逃げていくらもしないうちに、この島に突如として断続的な地震が起き始めた。
そしてこの火山の麓の異常な暑さ。
気づくのが遅すぎた。
こじつけられるだけの材料はすでに十分揃っていたというのに、これは教授のミスだろう。
こじつけからの言いくるめこそが教授の得意分野であったはずなのに。
「──ゼノビア嬢、ここはまずい! ひとまず逃げるぞ! 手段は問わん!」
「手段は問わないってことは、あれを使ってもいいってことだね! 了解だ!」
「逃げる!? 逃げるということはやましいことがあるということだな! 逃がすか!」
アマテインが教授たちに向けて剣を抜く。
気持ちは分かるが、そういう話ではない。
人が逃げようとするのは形勢が不利になるからであって、それは必ずしも後ろめたさに起因するものではない。
今回で言えば、単純に戦力的な問題だ。
レアが倒しきれなかった怪物を、病み上がり邪王とタヌキのにわかコンビで倒せるとは思えない。いや教授の本体は紳士であってタヌキではないのだが。
「ウルスス、別に地上でなくても構わないよね」
「え? あ、待ちたま──」
ぐん、という鈍い衝撃で教授の意識は一瞬飛びかけた。
教授を抱えたゼノビアが上空へと飛び上がったためだ。
「──えっぷ。ゼ、ゼノビア嬢、言い忘れていたのだが、空を飛ぶのは……」
「まあまあ。今回はしょうがないでしょ、緊急避難てやつだよ」
この言い方からすると、前回の飛行で教授が気分を悪くしたことには気づいていたようだ。
性格の悪さは邪王の標準らしい。なんて種族だ。
「──くそ、待て! なんだあいつは! どうやって浮いている!?」
眼下でアマテインが叫んでいる。
しかしその手が暖かは教授たちの方を気にしておらず、山を見ていた。
その理由はすぐに分かった。
山の麓が薄く緑に光っている。これは『真眼』に映るLPの輝きだ。
土に覆われているにもかかわらず、それさえ貫通して見えるほどの巨大な生命力を持つ何かがそこに居る。
「うわやば。来るよウルスス」
それから時を置かずして地面が爆発し、煌々と光を発するマグマと共に巨大な金色の何かが姿を現した。
ウツボだ。
レアの報告とも一致する。
これが黄金龍の端末だ。それも混じりけなしの正規品だろう。
「──な、なんだあれは!」
「まさか、あれが地震の原因!?」
プレイヤーらは呑気に叫んでいるが、そんな場合ではない。
ウツボが開けた穴から漏れたマグマはゆっくりとアマテインたちの方へ流れ始めているし、ウツボもうねうねともがきながらこちらへ近づいて来ようとしている。
マグマの勢いが弱いという事は、内圧に負けて爆発したわけではない、つまり噴火ではないという事だ。
単純にウツボが穴を開けたから一緒に漏れてきてしまっただけだろう。
であれば村まで被害が及ぶことはあるまい。
レアが取り逃した時のように、このウツボが再びマグマ溜まりに戻って地中で動き回れば話は別かもしれないが。
「……近づいてくる、のはいいのだが。あのウツボ、こちらを見ていないかね。こちらというのは下で騒いでいる異邦人たちではなく、上空の我々をという意味だが」
「そうだね。多分気のせいじゃないよ。さっきも感じたことだけど、あの金ピカ、多分僕を狙ってるな」
「ゼノビア嬢は黄金龍の端末に好かれるフェロモンでも出しているのかね。例の怪樹もそうだったが」
「いや、というよりも。先日のお茶会だっけ? のときの報告の内容から考えるに、あれが北の極点に落ちた黄金龍の端末の残り物で、もともとは本体から何らかの手段でエネルギーの供給を受けていたんだとしたら」
「……なるほど。エネルギーとまでは言わずとも、外部に残された者たちだけで情報のやり取りくらいは出来ても不思議はないという事か。
となると黄金怪樹が得ていたエネルギー源、それと同じものをゼノビア嬢に感じて、急に地上に這い出してきたというわけかな」
つまりこの事態はここにゼノビアを連れてきた教授のせいとも言える。
そう考えれば地表で喚いているアマテインの言い分もあながち間違っているとも言えない。
「──くそ、あれは何だ! お前たちが呼んだのか!」
ある意味ではそうだが、呼びたくて呼んだ訳ではない。
「──あれは私たちが来るよりも前からこの地にいたものだよ。地震がその証拠だな。最初に言ったろう。私は地震を調査するために来たと」
「信じられるか!」
こちらの言うことを信じるつもりがないなら何故聞いたのか。
プレイヤーたちの中には時々こういう、話が通じない者が現れる。
その中ではアマテインはマシな方だと思っていたが、極限状態にあっては誰も大差ないのかもしれない。
「……ウルスス、これ以上ここにいてもいいことないと思うよ。戦うつもりなら別だけど。戦うって言うなら悪いけど僕はお先にお暇させてもらうよ。まだあれと戦うだけの覚悟は決まってないんでね」
「……私だってそうだよ。私に至っては覚悟どころか戦闘力も準備出来ていない。ここはやはり逃げの一手だな。
さて、アマテインと言ったか。申し訳ないが私たちではあの黄金──の魔物の相手は出来かねるのでね。お先に失礼させてもらおう。
後はよろしく頼むよ」
「あっ! 待──」
*
「──これは、ウルスス様にゼノビア様。お早いお帰りで。調査と言うのは終わりましたかな」
「一応知りたい事は知る事が出来た。やはりこの城に残されていた文献は正しかったようだ。
城の瓦礫の中からもしサルベージできるようならしておいてくれたまえ。フェレスたちを使ってもいい。彼らなら瓦礫の隙間にも入り込めるだろうしね」
地底王国の配下たちの元へ『術者召喚』で移動した教授は、マウリーリオに文献の発掘について指示をした。
マウリーリオはあの書庫の文献をかなり読み込んでいたようであるし、もし発掘できないようなら記憶を頼りに再編集してもらう事になるかもしれない。
「──ところで教授。思ったのだけど、やっぱり僕には全身鎧は向いてないよ。もっとなんていうか、スマートな装いがいい」
「そうだろうね。戦い方もまったくなっていなかった。まあ私が言えたことではないが」
「角や『手』が問題だというのなら、彼女はどうやってそのあたりの問題をクリアしているんだい? レア様の姉君のことだけど」
妙な特性を出し入れするためには変態を取得しなければならない。
そのためにはアルケム・エクストラクタか例の遺跡が必要だ。
「……ふむ。それについて教えるにはレア嬢の許可が必要だな。私自身の強化も考えなくてはいけないし、いったん中央大陸に戻るとするか。
人魚たちにもアプローチしてみたかったのだが、今行ってもまだ気が立っているかもしれないし、少し時間を空けた方がいいな」
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