第462話「詭弁」(教授視点)





 アハ・イシュケとブーフリーの群れを全て始末した頃にはかなりの時間が経っていた。

 始末したのはゼノビアだが、『邪なる手』を駆使して攻撃範囲を広げたり、状態異常攻撃をばら撒いたり出来ない以上これは仕方がない。

 また教授自身も隠者のチョーカーで誤魔化しているLP以上の働きをするのもまずい。戦闘はゼノビアに一任し、教授は手を出すのは控えておいた。

 その間の時間を無駄にするのも勿体なかったためSNSなどをチェックしていたのだが、面白い事実が書き込まれていた。


「……村が……くそっ」


 アマテインがうなだれている。

 漁村は壊滅状態だ。生存者はここにいるプレイヤー3名とゼノビアだけだろう。

 魔物たちも多くはゼノビアを狙ってきたが、全てというわけでもない。魔物の群れ全体からすれば少数でも、村人たちを殺しきるには十分だったようだ。

 例の村長は海鳥はよく島を襲うような事を言っていたが、これほどまでに大規模に襲われることなどないのだろう。

 馬についても普段は島に来る事は少ないのかもしれない。

 家に逃げ込んだ村人もいたようだが、家ごと破壊されて食われていた。


「やれやれ。時間をかなり無駄にしてしまった。

 しかし余裕が出来たのは良かったな。君たち、さっきの話の続きなのだがね──」


「っ! 貴方! この惨状を見て何も思わないのですか!」


 ちょうどいいとばかりに話の続きをしようとした教授にその手が暖かが怒りをぶつけてきた。感情を露わにしながらも演技を忘れないその姿勢は見上げたものである。教授も見習わなければならない。


 しかしその手が暖かの言い分はいささか的外れだ。


「何とも思わないとも。私が世話になっている村はもっと奥の方だから今回何の被害にも遭っていないし、まあ今後の彼らの生活の事も考えると影響は大きいだろうが、所詮居候の私たちには関係ない事だ。

 それにこの魔物たちの襲撃を招いたのも私ではない。何かを気にする筋合いはないな」


「信用できません! 貴方はあのマグナメルムの一味なのでしょう! その貴方がたまたま村にいるときに、こんな襲撃が起きただなんて、偶然とはとても思えません! 貴方が手引きしたんじゃないんですか!」


 やはり、ばれていたらしい。

 しかしその手が暖かが言っているのはおそらく教授の外見上の特徴が一致しているからというだけだ。

 たまたま魔物の襲撃が重なったせいで余計に怪しさを増しているが、特に証拠はない。

 いや、その前にこの魔物たちの襲撃はたまたまではない。

 これは教授の推測に過ぎないが、この襲撃にはおそらく原因がある。


「ふむ。私がそのマグナメルムとやらの関係者であるかどうかはともかくとして、少なくとも魔物の襲撃とは関係がない事だけは主張しておこう。

 むしろ、魔物をこの島へ呼び込んだのは君たちなのではないかね?」


 教授は冷たく指摘した。


 この漁村は襲撃で容易く壊滅してしまうような防衛体制しか持っていなかった。しかし見たところではここは最近出来た村という訳でもない。

 となると今のような襲撃は極めて珍しい事態だったということになる。

 たびたび起きているようならこんな所に村など作らないだろうし、年単位どころか何百年という単位でこういった襲撃など起きていなかったと思われる。


 それが今日、急に起きた。

 であればごく最近に、何百年も変化がなかった何かに、急な変化が起きたと考えるのが自然だ。


 海には人魚が治める広大な国がある。

 その人魚を恐れ、人々は一度に多くの船で海へと出る事を禁じてきた。

 しかしつい先日、ライスバッハから大船団が出港した。

 当然のように彼らの船は人魚に沈められた。

 そして今日、何百年もの間陸地へは近づかなかった魔物が急に襲ってきた。


 これらの事を繋ぎ合わせれば、ひとつの仮説を立てる事が出来る。

 今の魔物たちは人魚の王国のペットであり、船団を沈めただけでは飽き足らない人魚たちが、生き残りを探して周辺に魔物を放ったのではないか、と。


 そしてその仮説を裏付けるように、SNSでもつい今しがた、ライスバッハの港が魔物の襲撃を受けたといくつもの書き込みがなされていた。

 船団が沈んだ際に死亡したプレイヤーがこの島でリスポーンしなかったことから、船団が人魚たちに襲われたのは孤島に到着する前、つまりここより東側だったであろう事は間違いない。

 魔物たちはその襲撃地点から徐々に捜索範囲を広げ、今日になってこの島やライスバッハまで到達した、ということだろう。


「なっ! 私たちが原因って、一体どういう意味ですか!」


「言葉通りの意味だよ。他に解釈の余地があるかね? それほど分かりにくい言い回しをしたつもりはなかったのだが。

 先ほど私は君たちに、船団とやらは人魚に襲われたのではないか、と聞いたね」


「今はそんな──」


「待て、暖か!

 ──ウルスス、と言ったな。続けろ」


 アマテインがその手が暖かを止めた。

 まだ出会ってからそう経っていないし、続けろなどと命令される筋合いはないのだが、それを指摘しても話がこじれるだけだ。


「ふむ。そちらの男性の方が幾分冷静に話が出来そうだな。では続けよう。

 そもそもなぜ人魚の集団に襲われたのか、心当たりはないのかね。

 私が乗ってきた船もそうだが、ここ最近で航海中の船が人魚に沈められたという話は聞いていない。にもかかわらず君たちの船だけが沈められたというのなら、当然理由があるはずだ。

 これまでには無かった、他の船とは明確に違う何かが君たちの船にはあった」


 教授の言葉を聞いたアマテインはすぐに何かに気付いたようだ。

 眉間にしわを寄せ、表情から血の気が引いていく。


「……船団、か? まさか、そのために今まで大規模貿易は制限されていたと? ああした人魚の襲撃を避けるために、何百年も細々と貿易を続けてきたというのか……!」


「なんだ、知っていたのかね。知っていながらわざわざ相手の神経を逆撫でするとは、愚かしいとしか言いようがないな。

 このカナロア海には人魚が治める国があると言われている。であればその海から現れた今の魔物たちも人魚の国に関係があると考えるのが自然だ。そして島には数日前に人魚たちの不興を買った傭兵が滞在していた。

 どう考えても君たちのせいだろう。君たちが中央大陸から来たというのであれば、もしかすればそちらの港の方も魔物の襲撃を受けているのではないかね。そうだとしたら確定だな」


「え……。まさか──」


 その手が暖かが目を閉じた。

 SNSをチェックしているらしい。この状況でも外見に気を使うその姿勢には感服する。下手な女子より女子力が高いと言えよう。誰と比べたとは言わないが。


「──く、ライスバッハも襲われていた! なんて事だ! これがあの嫌な予感の理由か!」


 アマテインが吐き捨てる。

 嫌な予感がしていたのならやめればよかったのだ。

 このように後から「だから嫌だったんだ」のように言うのは少々かっこ悪い。


「話を戻すとしよう。

 これで分かったと思うが、私は今の魔物の襲撃には関係しておらず、むしろ関係しているのは君たちのほうだった。

 だから私がこの村の惨状について思う事などないし、君たちが村の惨状を憂うのを止めるつもりもない。好きなだけ後悔するといい。

 そして私が君たちに聞きたかったのは船団が人魚に襲われたのは本当なのかという事なのだが、それについてはもう聞くまでもないな」


 アマテインとその手が暖かは壊滅した漁村を眺めて肩を落としているが、教授にとってはこれは素晴らしい結果だった。

 これで今でもカナロア海に人魚の王国が存在している事は証明されたと言っていいだろう。

 その王国が太陽の光を信仰しているらしいことも間違いない。

 もう失われてしまったが、地底王国の書庫にあった文献は正しかった。


 ここに来た目的はこれで達成できたと言える。

 教授がマグナメルムの一味であるという疑いも有耶無耶になっているようだし、このままフェードアウトするとしよう。

 地底王国の方は配下たちに任せておけばいい。せっかく来た事だし、ついでに火山の調査をしてもいい。


「──待ちなさい」


 しかしその手が暖かは逃がしてはくれなかった。


「……まだ何かあるのかね。こちらにはもう用はないのだが」


「まだ、マグナメルムとの関係を答えてもらっていません」


「さっきもそれを言っていたようだが、仮に私がそのマグナメルムと関係があったとしたら何だというのかね。それは君にとってこの村が壊滅した事実よりも重要なことなのかな?

 私がそのマグナメルムの関係者だったとしたら、君たちの罪が消えてなくなったりするのかね」


 これは詭弁だ。

 教授がマグナメルムである事と、この村の惨劇との間には何の因果関係もない。

 それは教授自身がその手が暖かに言った事だが、同じ事が今の教授の言葉にも言える。

 その手が暖かの質問は村の壊滅とは関係ないのだから、今の教授のように村の壊滅を絡めて質問をはぐらかすのはアンフェアだ。

 そこにさらに彼らの罪の意識を刺激する言葉を乗せるのはもっと卑怯である。


「……それは」


 ライラ相手には全く通用しなかった戦法だがしかし、その手が暖かとアマテインには覿面てきめんに効いた。言った教授でさえ可哀想に感じるほどの落ち込みようだ。

 隣からはゼノビアの視線を感じる。

 ゼノビアは今の詭弁に気付いているようだ。


「では、今度こそ私たちは行くとしよう」





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