第460話「貿易船団出港」(アマテイン視点)





 元シェイプ王国最西端に、ライスバッハという街がある。


 この街は古くから交易都市として名を馳せていた。

 栄えていたというほど儲けてはいなかったが、西方大陸との貿易は唯一性が高く、その希少性から常に一定の需要があり、世間がたとえどんな情勢にあったとしても変わらない生活風景がそこにはあった。

 唯一性の高い貿易であるにもかかわらず儲けられていないのには理由がある。

 伝統的に大規模な貿易船団が規制されてきたからだ。


 いつの頃からなのかはライスバッハの住民たちもわかっていない。貿易商の元締めをしているのは比較的寿命が長いとされているドワーフの男性だが、その彼も理由は知らないらしい。

 ただ昔から、西方大陸に渡る際には出来るだけ少ない船で、可能なら1隻で向かうよう伝えられていた。

 それを守って今日まで貿易を続けてきていたということだ。


 本来であれば、儲ける為なら伝統など、と考えるのが商人なのだろう。

 しかし自身も水夫の出身である貿易商のドワーフ、ネクラーソフなる人物はそうは考えなかった。

 これまでこの地で貿易をしてきた歴代の元締めもそうだったらしいが、海の男というのは迷信を大事にする生き物だという。

 少ない船でこれまで安全にやってこられたのであれば、これからもそれを踏襲すべき。

 そういう考え方のようだ。


 しかし現在、プレイヤーという異物が大量に出現した中央大陸において、これまでと同じ生活を続けられている者は非常に少ない。

 大陸に住むあらゆる人々は多かれ少なかれ変化を強いられている。

 この変化というのはネガティブな事の方が圧倒的に多いのだろうが、ポジティブな変化がないわけではない。


 距離に関係なく情報のやり取りが出来、また場所によっては瞬時に移動できる転移サービスを利用できるプレイヤーが現れた事で、一部のアイテムは大陸の各地で購入する事が出来るようになった。

 多くはポーションなどの戦闘で使われる消費アイテムだったが、プレイヤーがその気になればたいていのものは輸送可能だ。

 そうした輸送で小銭を稼ごうとするプレイヤーも当然数多く現れた。

 これまでは近隣の住民相手にしか売ることが出来なかった商品でも、潜在的に大陸中に消費者がいると見做すことが出来れば、事業規模を大幅に拡大する事が出来る。

 もちろんそれぞれの地域にそれぞれの生産者はいただろうが、条件が同じであれば選ばれるのは質の高い方だ。

 そうして新たに生まれた競争によって淘汰された業者ももちろんいたが、それはつまり優秀な業者は生き残るということを示してもいた。


 たいていの場合、事業の規模や生産数が大きくなれば利益率は上がる。

 同じものを大量に作る事による作業者の錬度の向上、材料を大量に仕入れられる事による仕入れ値の低減、より多くの地域で販売出来る事による知名度の上昇、などなど。

 こういった事業規模拡大によって得られる恩恵の事をスケールメリットと言う。


 このスケールメリットを狙う波が、大陸間貿易の場にも押し寄せてきていた。


 ネクラーソフのような古参の貿易商はみな難色を示していたが、波に乗ってライスバッハに訪れた内陸の商人たちにとっては伝統も迷信も関係なかった。

 その彼らも内陸で競争に負けた者たちである。

 大陸間貿易に活路を見い出すしかなく、ゆえに大きな賭けに出る必要があり、大規模事業相手に押し負けたからこそ再起は大きく一発賭けで、と考える者が多かった。





 そんな彼らが残る財産をはたいて用意した大船団が今、ライスバッハの港に集まり、出港の時を今か今かと待っていたのだった。

 今のところは大々的にやっている者はいないようだが、いずれ西方大陸と中央大陸の間の転移が普及してくれば大陸間貿易を手掛けるプレイヤーも出てくるだろう。そうなればこうした船団は必要なくなってくる。

 転移の際にかかるというコストにもよるが、貿易船を運用するより安いだろう事は間違いない。

 いずれ訪れるそうした未来の事を考えると大陸間貿易に商人生命を賭ける者たちに同情するが、今さら言っても仕方がないことだ。









 アマテインは港に並ぶ大量の貿易船を眺め、ため息をついた。

 何となく嫌な予感がするからである。

 これは貧乏くじを引いてしまったかもしれない。


 アマテインとその手が暖かは大戦の後、元シェイプ王国を放浪していた。


 ただ旅をしていたというだけでなく、困っている人を助けたり、経済的に厳しい状況にある村などに資金や食糧を提供したりした。

 その根底にあるのは大戦で多くのNPCの命を奪ってしまったことへの贖罪の気持ちだ。

 もちろん、アマテインたちが奪ったのはペアレの獣人たちの命なので、本来であればペアレ王国内で人助けをするべきである。

 しかしあの国は今、プレイヤーに対する風当たりが強い。いや風当たりが強いなんて言うものではなく、一部ではプレイヤーと分かるなり殺しにかかってくる街もあるという。

 そんなところで人助けをするからこその贖罪と言えるのかもしれないが、その逆風の中必死でひとりを助けている間に他の国なら数人は助ける事が出来るだろう。


 それにそもそもの話をすれば、アマテインたちがシェイプの騎士団とペアレ王国を攻める事になったのもシェイプ国内で起きた大飢饉のせいだ。

 その大飢饉がペアレ王国の手によるものだと決めつけたのが直接の原因と言えるのだろうが、その判断を下した国王ももう居ない。

 実際にそれらを実行したマグナメルムの巨人たちも姿を消している今ならば、シェイプに食糧を供給したとしてもあの時のように妨害される事はないはずだ。

 それならまずはシェイプ地方の人々をサポートしようと、2人は私財をなげうってボランティア活動をしていたというわけである。


 人助けという行動方針の中では、実はプレイヤーもNPCも区別していなかった。

 助けが必要な者がいれば、それがプレイヤーであろうとNPCであろうと手を差し伸べる。

 そういう方針で活動を進めていたアマテインたちはある時、ひとつの組織犯罪に行きついた。

 ライスバッハの街にはびこる渡航詐欺である。


 アマテインやその手が暖かの力を持ってしてもその尻尾を掴む事はついにできなかったが、ある時を境に詐欺行為はぴたりと止んだ。

 また新たな組織犯罪の前触れではないのか、とそう危惧してしばらく街に留まっていたが、そんな気配もない。

 アマテインがマークしていた、海を渡るわけでもないのに街にたむろしていた怪しいプレイヤーたちも皆姿を消している。

 どうやら本当に渡航詐欺は消滅したらしい。


 そういった調査を行なう中で、貿易商のまとめ役をしているネクラーソフというドワーフと知り合った。

 被害者を騙すためには時には船を見せる事もあるだろうし、そういう不審な行動をしている者はいないかと彼のところへ聞き込みに行ったりした。ぶっちゃけてしまえば渡航詐欺とはこの街の貿易商ギルドが組織的に行なっている犯罪なのではないかと疑っていたのだ。

 結果的に貿易商たちは無実であり、犯人たちを捕まえるには至らなかったが、詐欺を取り締まりたいという思いは貿易商たちも同じだったようで、そこで知己を得る事ができたというわけである。


 今、アマテインがライスバッハで船団を眺めているのはネクラーソフからの依頼が関係している。


 その依頼とは、船団の監視と護衛だ。

 内陸部でシェアを失った商人たちが西方大陸へ活路を見いだそうと、大挙してここに押し寄せている。

 これまでずっと小さな規模で細々と続けてきた大陸間貿易だが、それを突然このように大規模化する事をネクラーソフは危惧していた。

 これによって何か、大きな災いに襲われたりはしないだろうか。

 大船団に参加した商人たちの船が沈む分には自業自得だが、その影響がこのライスバッハにまで波及したりはしないだろうか。

 そういった心配があり、知り合いであるアマテインたちに声をかけたという事だった。

 ネクラーソフには他にも実力ある傭兵の心当たりがあるようだったが、その傭兵たちは今西方大陸にいるらしく、こちらから向かう際には頼れないと言っていた。





 依頼は監視と護衛ではあるが、どちらかと言えば監視の方が重要で、護衛はおまけである。

 船団が壊滅する分には商人たちの自業自得だからという理由もあるが、それ以上に2人ばかり傭兵が増えたところで戦力的には誤差だからという理由もあった。

 この船団にはすでに過剰なほどの護衛が乗る予定になっていたからである。

 いや、往路だけで言えばむしろその者たちを運ぶ事がメインの目的だと言えるかもしれない。


 貿易というのは普通、あちらに無い物を持っていき、こちらに無い物と交換するように売り買いし、手に入れた物を持ち帰ってこちらで売ることで利益を得るものである。

 ところがこの船団は往路で運ぶ物を減らし、代わりに人を運ぶことでその乗客から運賃を得て資金とする事を選んだようなのだ。

 経営的に厳しく、元手が少ない商人たちでは満足な商品を用意する事が出来ない。再起をかけて貿易船に投資してしまったばかりならなおさらだ。

 そこで元手が必要ない旅客運送を行なう事であちらでの買い付け資金に充てる事にしたらしい。


 もちろん、これはそもそも客が存在しなければ成立しないビジネスである。

 しかもこれだけの数の船に分乗し、それぞれの船主に運賃を支払えるだけの大規模な客だ。

 NPCで西方大陸に渡りたがる者は少ない。危険度が高いという話は有名だし、彼らは死んでしまえばそこで終わりだ。基本的には命をチップに分の悪い賭けはしない。

 つまりこの客とは、巨額の金貨を用意しこの大船団の力を借りて西方大陸への進出を目論むプレイヤー集団。


 この大規模船団の積み荷とは、シュピールゲフェルテの活動が下火である現在トップクランとの呼び声も高い、TKDSG率いる大型クラン風林火山陰雷であった。









「──貴方がアマテインか。お噂はかねがね。

 俺は風林火山陰雷のマスターを務めているTKDSGだ。よろしく頼む」


「こちらこそ、高名な風林火山陰雷と行動を共に出来るのは光栄だ。

 俺はアマテインだ。よろしく。一応まだシュピールゲフェルテを離れたわけではないが、活動は別々になっている」


 さすがと言うべきか、TKDSGのLPはかなりのものだった。

 脇目も振らずに攻略に邁進してきた成果だろう。プレイヤーでは見たことがないほどのLPの高さだ。

 他のメンバーもTKDSGほどではないにしても、シュピールゲフェルテのメンバーたちと同等かそれ以上の力を持っているようである。


 と、そんな彼らの中に明らかに一段見劣りのするプレイヤーがいた。

 生産職かとも思ったが、それにしてはLPが高いし戦闘向きの装備をしている。


「あの4人は新人とかかな? 風林火山陰雷が今もメンバーを募集していたとは知らなかったが……」


「あの4人……? ああ、いや違う。うちはちょっと大きくなりすぎてるからな。今は募集はしていない。彼らはまあ、知人だな。西方大陸に渡るというから、同行する事にしただけだ。

 そうそう、アマテインさんも知っている丈夫ではがれにくいの関係者だよ。今はジョー・ハガレニクスとか名乗っているんだったかな。

 彼の建国した例の国の協力者だ」


 丈夫ではがれにくいとはまた、懐かしい名前を聞いた。

 実際には最後に会ってからそれほど経っているわけでもないし、丈夫ではがれにくいはSNSによく書き込みをしているので見かける事はあるが、疎遠になってしまっているという自覚がそう思わせたのだろうか。

 彼を呼ぶ時には何と呼ぶのか、クラン内でも面白半分に色々案が出ていたものだが、建国するにあたってジョー・ハガレニクスで落ち着いたということだろう。

 あの下らないやり取りがもう出来ないと思うと少なからず寂寥感を覚える。


「今回、アマテインさんの方は2人だったかな。見ての通り、護衛なら必要ないと思うが、クライアントの意向だというなら仕方がないな。

 今のところ、航海中に魔物に襲われたという報告はないようだが、お互い警戒だけはしっかりしておこう。仕事だし。

 もし手が足りないようなら何でも言ってくれ。じゃあまた」


 そう言うとTKDSGは去っていった。


「──行ったか」


「うわびっくりした! いたのか……。挨拶くらいすればよかったろう」


 TKDSGが去ったのを確認し、物陰からその手が暖かが現れた。

 これから数日間は協力して仕事をする仲である。挨拶くらいはしておいた方がいいだろうし、そもそも普段そういう事をするのはその手が暖かの仕事だ。


「いやなんかあいつ苦手なんだよ。こっちが話してる時とか黙ってじっと見てくるしよ……。見透かされてるみたいでこえーんだよ」


「おい、誰かに聞かれるぞ。ヒヤリハットはどうした」


「……そうでした。油断はいけませんね」


 しばらくすると水夫に呼ばれ、アマテインたちもあてがわれた船に乗り込んだ。

 そろそろ出航らしい。

 結局、アマテインが船団を見た時に感じた嫌な予感がなんだったのかはわからない。

 伝統をないがしろにする事に対する後ろめたさのようなものなのか。

 アマテイン自身はこの街の伝統には思い入れはないが、ネクラーソフの感情を何となく感じてしまったのだろうか。

 何にしても今さら止める事は出来ないし、もはや進むしかない。


 アマテインとその手が暖か、風林火山陰雷、そして災厄神国ハガレニクセンのメンバー4人を乗せた、大陸初の大規模貿易船団はこうして旅立ったのだった。






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