第459話「毒されている」(レア視点/マーレ視点)





 城壁外の戦闘は放っておけばじきに終わる。

 主であるライラが戦闘を直接監視している以上、イライザが負けることはありえない。危なくなったらライラがその場で経験値をつぎ込んでやればいいだけだからだ。

 そんなイライザを見守るだけのイージーミッションだというのに、バンブはそれさえサボって何をしているのだろう。まあライラの頼み事は何となく聞きたくないという気持ちはよくわかるが。


 エルフ騎士団が全滅すれば、ガスパールあたりがエルネストを引っ張って退却するはずだ。

 その時街の内部まで入り込んでいるヒューマンや獣人たちをどうするのかはわからないが、NPCの彼らでは退却の号令を街の内部まで届かせる事は出来ない。おそらく見殺しにするのだろう。

 ジャネットたちは獣人たちにガスパールらに対する不信感を植え付けていたようだし、もしそうなれば獣人たちは二度とレジスタンスには手は貸すまい。


 外を見るのをやめて街の中に興味を移したレアは、『天駆』で空中を散歩しながら各所の様子を見て回ることにした。


〈ちょいまち! 『迷彩』はかけていきなさい!〉


〈え、なんで? ジャネットたちの応援とかするなら見えていたほうが──〉


〈真下にもし人がいたらスカートの中見られちゃうでしょ!〉


 なるほど。危ないところだった。





 グロースムントの街中には相当数のヒューマンと獣人の死体が転がっていた。ほとんどがレジスタンスのものである。

 グロースムントにも当然NPCはいるが、その多くは中央の聖城兼大聖堂に避難しているからだ。


 そして神聖帝国側の死体が無いのは、神聖帝国側に被害が出ていないからではなく、神聖帝国側の戦力のほとんどがプレイヤーだからである。


 とは言え、神聖帝国幹部のプレイヤーたちがレジスタンスをキルしたわけではない。

 幹部のプレイヤーたちは今、皆で聖城で避難した市民の護衛と世話をしているはずだ。当然マーレもそれに付き合って聖城に缶詰になっている。

 代わりにマーレの配下、聖教会が有している戦力は街に行かせ、都市内の偵察と称して全体の戦力バランスの調整をさせていた。


 神聖帝国の幹部たちが聖城で防備を固めているのなら、ではレジスタンスをキルしたプレイヤーとは誰のことなのか。


 それは本来であれば神聖帝国とは何の関わりもない、有志のプレイヤーたちだった。


 現在、この聖都グロースムントでは連日のようにプレイヤーズイベントが開催されている。

 そうしたイベントに参加するため、ダンジョンや西方大陸などのメインの攻略にあまり関心がないようなプレイヤーたちは多くがこの聖都の周辺に集まってきていた。

 もちろんいわゆるエンジョイ勢が全員この街に集まっているというわけではないが、決して少ない数でもなかった。またエンジョイ勢だからといって弱いとは限らず、むしろ中には下手をすれば攻略最前線組よりも強いのではないかと思えるほどの猛者もいた。

 イベントを守らんとする彼らの奮戦により、レジスタンスは次々と倒されてしまったのだ。


 大聖堂前の中央広場においても、そうした実力者とレジスタンスとの間で激戦が繰り広げられていた。









「──まさか、コンテストの失格者がこんな強えとはな。わかんねえもんだぜ」


「なんだ、見ていたのか。お前も参加者か?」


「おう。まあ俺はバフ無し部門の方だけどな。負けちまったし」


 コックの格好をして両手に包丁を握った男と、いつかの王都でレアの腰にしがみついてきたギルというタンクの男が、背中合わせで語りながらレジスタンスに囲まれていた。

 周辺には倒されたレジスタンスの死体と、何故か無数の壊れた調理器具が散乱している。


「……爆発する料理は審査対象外だというなら最初に言っておいて欲しいもんだよな。何でも有りって書いてあったじゃないかよ」


「常識的に考えてダメに決まってるだろ。まあ、そんな戦い方するような奴に常識説いても無駄かもしんねえが……」


「何が常識で何が非常識かは──」


 コックの男が腰だめに構えた。


「自分で決める!」


 包丁を投擲し、ひるんだレジスタンスにどこから取り出したのか大きな寸胴鍋を頭からかぶせ、他のレジスタンスに向けて蹴り飛ばした。

 寸胴鍋に上半身をすっぽりと拘束されたそのレジスタンスは身動きがとれず、されるがままに仲間たちにぶつかり、ひっくり返った。

 仲間をぶつけられて体勢を崩したレジスタンスにはいつの間にか補充した包丁で攻撃して息の根を止め、ひっくり返った寸胴鍋の方には魔法でトドメを刺す。


「空焚きには気をつけな! 『フレイムトーチ』!」


「ぎゃあああああ……!」


 なんだろう。

 武器が調理器具であるというだけで、非常に生々しいというか、妙に残酷な事をしているように見える。

 共闘しているはずのギルも引き攣った表情でコックを見つめている。


「……いや常識に捉われないにも限度があんだろ。人を殺した道具で料理もするとか、お前たぶん料理大会とか出たらダメな奴だぞ」


「お前の語る常識にも興味はないな。それより、コックの俺に戦闘でも負けていていいのか?」


「待て待て料理大会は部門違ったしお前に負けたわけじゃねえよ! あと戦闘でも負けてねえ!」


 ギルも盾をうまく使ってレジスタンスを弾き飛ばし、1人ずつ確実に倒していった。









 別の場所ではマーガレットとエリザベスが何故かレジスタンスに囲まれていた。

 彼女たちを取り囲んでいるレジスタンスは全員獣人たちであるようだ。

 裏切りだろうか。獣人である彼らがプレイヤーに寝返るのは少し考えづらいが。


「──見たことある気がする。これたぶん、『精神魔法』ってやつだ」


「あ、もしかしてあれかな。昔セプ──」


「すとっぷマーガレット。その先は言っちゃダメ。怒られるよ」


「おっとそうだった!」


 そこまで会話すると2人は押し黙って周囲を睨んだ。

 たぶんフレンドチャットで会話しているのだろう。


「……じゃあ、あの異邦人の男が……みんなを操ってるのかな」


「……たぶん、そうだね」


 会話に時々僅かな間が開く時がある。

 もしかしてフレンドチャットで会話しながら普通の会話もしているのだろうか。

 マーガレットもエリザベスも思っていた以上に優秀なプレイヤーのようだ。誰にでも出来る芸当ではない。


「……どうする?」


「……これはしょうがない……。……みんな、ごめんね!」


 マーガレットが盾を構えて突進を敢行し、レジスタンスの包囲を突破して外側へと抜けた。

 悪くない判断だ。どう行動するにしても、まずは包囲されているという状況を打破するのが先決だ。

 しかしエリザベスはその後には続かなかった。

 その場で飛び、さらに両腕をコウモリの翼に変化させると上空へと舞い上がった。


「──いやーほんとごめんね。『スノーストーム』! 『プロミネンス』! 『アースクエイク』! 『ハリケーン』!」


 そして今しがたまで自分が居た位置を中心に範囲魔法をばら撒いた。

 上空から魔法の絨毯爆撃という、非常に殺意の高い戦術だ。

 マーガレットもすでに突進で効果範囲から逃れており、範囲内には操られた可哀想なレジスタンスと操った本人しかいない。


 マーガレットの魔法が轟音を立てて広場の一角を破壊し尽くした。

 ほんの数秒で荒れ果てた広場にはもはや立っている者はいない。

 ただ獣人たちの痛ましい死体だけが横たわっている。それも原型を残しているものはほとんどない。

 操っていたのが誰なのかは知らないが、今のを受けては生きてはいないだろう。


 その人物がプレイヤーであったなら、エリザベスの変態した姿を目にしたかもしれない。

 しかし別に大した事でもない。

 単に、このレジスタンスには魔物勢力が力を貸しているのでは、という疑惑を植え付けるだけのことだ。疑惑ではなく事実であるが。違うのは当のレジスタンスの上層部がその事実を知らないという事くらいだ。









「──また会ったね。ちゃんとガスパール陛下とエルネスト陛下の覚悟についてはここの皆さんに伝えてもらえたのかな?」


「お、お前はこの前の! 指揮官自ら突入部隊に!?」


 さらに空中を散歩していると、ジャネットがウェインを見つけ声をかけているところを見かけた。

 知り合いらしい。

 ウェインは以前はケリーの尻を追いかけていたりもしていたし、レアの行く先々にも現れるし、空中庭園周辺では課金アイテムでソルジャーベスパを手籠めにしようとしていたし、女と見れば誰でもいいのだろうか。ベスパ達もおそらく全員メスだし。


「別に指揮官だからといって前線で戦ってはいけないわけでもないでしょう。時には先頭に立って戦わなければ、誰も付いてきてはくれなくなるわ。命を賭けた行動の中にこそ真のカリスマは宿るのよ」


「なんて覚悟だ……、くそ、戦いにくい!」


 確かにジャネットが言っている内容はそれっぽく聞こえる。一見まともそうな相手と命のやり取りをするのが好ましくないのだろう。ウェインは少しためらうような様子を見せている。


「──敵ながら、天晴れな女だ。ライバルというのはこうでなくてはな」


 そしてそんなウェインの隣で堂々と仁王立ちしている男には見覚えがあった。

 確か、ヒデオとか言っただろうか。

 レアに変態について教えてくれた恩人だ。彼はシェイプに居たと思ったのだが、なぜこの街にいるのか。


 しかしジャネットももっともらしい事を言っているものの、それが出任せだろう事は明らかだ。

 何しろ彼女のフレンドたちはつい今しがた、たった1人の敵を倒すためだけに味方もろとも周囲を破壊しつくしたところである。

 この顔色ひとつ変えずに当然のように適当な事を言う姿は、どことなくライラに通じるものを感じる気がする。

 会ったばかりの頃はもう少し素直だったように思えるのだが、いつの間にか毒されてしまったのだろうか。悲しい事である。


「──あんたのような人とは戦いたくないが……この国を守るためには……。くそ」


 ウェインが葛藤しながら腰の剣を抜いた。

 ジャネットの容姿も、元々のキャラメイクの良さと幻獣人の超美形の特性が相まって非常に整ったものになっている。女好きのウェインは美人とは戦いたくないらしい。

 しかしこの国を守るためというか、城壁が破壊され街なかまで侵入されている今となっては、もはや戦うより他に道はないはずだ。今さら何を言っているのか。

 この優柔不断は相変わらずのようで逆に安心してしまう。彼には是非変わらないままでいてほしいものである。


「中途半端な事はするな!」


 ヒデオがポーズをつけ、そんなウェインを叱咤した。

 中途半端がウェインの魅力であるのに、その言い方は酷だろう。


「戦わなければ……、生き残れない!」


 しかもセリフに脈絡がない。

 ごく当たり前の事を言っているだけだが、ヒデオ本人はやり遂げたような顔をしている。

 よくわからないが何やら満足しているようだ。


「行くぞ──『変身』!」


 そしてこれまた謎のポーズをつけ、ヒデオが『変態』を発動した。

 突然革のツナギを破り、黒光りする甲殻を露わにしたヒデオにウェインが驚いて飛び退すさる。


「なっ!? 君は、魔物だったのか!?」


「違う! 通りすがりのヒーローだ! 覚えておけ!」


「ヒーローとか変身とか、もしかしてプレイヤーなのか? プレイヤーなのにそんな……。君は一体……」


「そんな事は今はどうでもいい。それより戦うのか戦わないのか、どっちなんだ」


「……戦うよ。あの人がどれだけ出来た人だったとしても、聖都をめちゃくちゃにしてもいい理由にはならない!」


「ふっ。覚悟は決まったようだな。

 いいだろう。今夜は俺とお前でダブルヒーローだ!」


「まだ昼間だろ! 何言ってるんださっきから!」


 白けた視線で2人のやり取りを眺めていたジャネットにヒデオが飛びかかり、ウェインも斬りかかった。


 文句を言いながらだがウェインの口元には笑みが浮かんでいる。

 悩むのが馬鹿らしくなったとでも言わんばかりだ。

 それにしても、悪の手先よろしく話が終わるまで律儀に待ってやっていたジャネットに対して躊躇なく先制攻撃とは、ウェインもヒデオもあれでなかなかいい性格をしているようだ。


 しかし彼らの相手はジャネットだけではない。

 仮にジャネットだけだったとしても今の不意打ち攻撃を難なくいなして見せたことから実力差は明らかなのだが、実はもう1人建物の陰に潜んでいる。

 細く鋭い何かがその陰から発射され、ヒデオの甲殻を突き破って彼の身体を貫いた。


「あいてっ! な、なんじゃこりゃあ!」


「ヒ、ヒーロー!」


 あわててウェインが駆け寄り、引き抜こうとするが、全体に返しが付いているその棘は容易には引き抜けない。

 それどころか返しからも分泌される毒液によって、棘を握ったウェインも毒に侵されてしまう。


「なんだ、これ……! また毒……?」


 さらに動けなくなった2人に無数の棘が突き刺さり、一瞬でハリネズミのようになった。毒で死ぬよりも早く2人のLPは砕け散り光になって消えていく。


 それを確認したジャネットは構えを解き、剣を鞘に収めた。


「──何、今の黒い奴。まさかあたしらと同じ……?」


 そして物陰からアリソンが姿を現した。

 今の棘による攻撃はアリソンの能力だ。

 クラゲ系の魔物と合成したアリソンには、自身の刺胞細胞を丸ごと棘に変えて射出する能力がある。威力は見ての通り非常に高い。

 ただ外見が少しブヨブヨするため、アリソンが人前で変態することはない。


「かもね。もしかしたらご存知かもしれないし、あとでセプテム様に聞いておこう。お会いする機会があればだけど」


「オクトー様にも会えるかなー」


 せっかくここまで来たのだし、会っていくのは吝かではない。

 このお祭りが終わった後、どこかで待ち合わせが出来るようライリーかモニカに伝えておくことにした。





***





 状況は順調に推移している。


 主からそう連絡があった。マーレはこのままただ待っていればいいという事だ。

 今回の作戦はマーレとしては不満が残るものだった。

 しかしレアが決めたのであれば仕方がない。眷属である自分は粛々と従うだけだ。


「──聖女たん、いや様。何とか可能な限りの住民は避難できましたが、逃げ遅れた人も……」


「ありがとうございます、ハセラさん。そして信者の皆さん。まだ街に残っている人は聖教会の者たちが今探しに行っています。きっと大丈夫でしょう」


 とはいえ、マーレやレアの支配下にない現地人で死んでもらっては困る人物はすでに全員大聖堂に収容してある。外にいるのはどちらかの眷属か、死んでも構わない者ばかりだ。聖教会のメンバーが探索に行ったのもポーズに過ぎない。


「しかし、大丈夫でしょうか、聖教会の司祭さんたちは。俺が戦った中には、プレ、異邦人よりもだいぶ強い奴も混じってましたが……」


 ビーム・チャン、という変わった名前の信者がそう進言してきた。

 彼女は見た目とは裏腹に言葉遣いが荒いが、その能力は非常に高い。戦闘力もそうだが事務能力も高いし頭の回転も速い。

 出来ればもっと直接的に利用したい人材だが、異邦人である以上それは難しい。


「心配してくれてありがとうございます。ビーム・チャンさん。ですが、聖教会の者も十分に修練を積んだ者たちばかり。そうそう後れをとったりはしないはずです」


「いや聖女様、前から言ってますけど「ちゃんさん」っていうのはちょっと……。くそ、何でこんな名前にしちまったんだ俺は……」


 攻めて来ているというヒューマンや獣人たちの実力はレアから聞いている。その程度にやられてしまうほど聖教会の司祭は弱くはない。

 ビーム・チャンが言う強い奴というのはおそらくマーレの同僚のライリーやモニカ、ジャネットたちのことなのだろうが、彼女たちが聖教会の司祭を襲う事はない。


「──ですから皆さんは、今はとにかくこの大聖堂に避難してこられた市民の方々を守ることだけを考えましょう。

 この大聖堂は神のご加護によって直接攻撃されるような事はないはずですが、神のご加護を理解しない一部の暴徒は押し掛けてくるかもしれません」


 マグナメルムの息がかかった者は大聖堂を攻撃する事はないが、それ以外の一般兵士はその限りではない、という意味だ。

 だが一般兵士程度なら大聖堂を守るハセラやビーム・チャンの敵ではない。十分守りきれる。


 このまま何もせずに待っていれば主が言うように問題なく終わるだろう。

 やはり少し不満だ。


 この神聖──帝国が建国されてからというもの、マーレはまともに身体を動かしていない。

 元々貴族令嬢として荒事には無縁の生活を送ってきたマーレだ。大人しくしている事には慣れているはずだった。

 しかしレアの眷属になってからというもの、他人任せにしてただ待っているだけというのも少し物足りなく感じてしまう事が増えてきた。


 シルクの手袋に包まれた手のひらを見る。

 この手袋の下の手は、かつては生まれたままの柔らかさで傷ひとつない綺麗なものだった。

 実際には修行の前に能力値を上げられたため傷ひとつないのは今も変わっていないのだが、そこに秘められた力は以前とは比べ物にならない。


 手を握りしめる。


 だというのに、その素晴らしい力を振るう事が出来ないこのもどかしさはどうだ。


 ──ああ……。誰でもいいからボコボコにしたい……。


「……──聖女様がご自分の手を見つめて悲しんでおられるぞ」


「……──全ての衆生を救えない事を嘆いておられるんだろ」


「……──憂いを帯びた横顔もふつくしい……」





 それからしばらくして、聖都グロースムントから反乱軍が退却していったと報告が入ってきた。

 主の目的が達成されたのだろう。

 それはいい事なのだが、次はもっとこの街が危機的状況に陥るような騒ぎを起こしてもらえるよう主にお願いしておいた方がいいかもしれない。

 マーレの精神的安定のためにも。






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