第458話「混乱の果てに」





〈──ここでイライザを投入するのか。さすがライラだ。性格悪いね〉


〈ありがとうレアちゃん。……ん? それ褒めてるの?〉


 城壁の破壊されずに残っている部分の上にライラと並んで腰かけながら、レアは街の外で繰り広げられているドラマを鑑賞していた。

 『範囲隠伏』は発動しているが『迷彩』は発動していない。

 その理由は配下の士気のためだ。

 配下と言っても眷属の事ではなく、ジャネットたちの事である。

 ジャネットたちにはライリーやモニカを通じ、この街にレアが来ている事を伝えてある。

 今は城壁の外側に腰かけているため見えないが、内側に寄ってやれば街の中で戦うジャネットたちの姿を見る事が出来る。そうした時には当然あちらからも見えるため、手を振ってやるとジャネットやマーガレットが張り切って攻撃するのだ。

 同様にライラが手を振ってやればアリソンが張り切り、エリザベスには何をしても特に変化がなかった。


 他の者たちにも見られてしまうリスクはあるが、見えたところでわざわざ崩れた城壁の上まで上がってくる者などいないだろう。大半のプレイヤーやNPCはそれどころではないはずだ。


〈でもよかったねエルフばっかり外に残ってて。一緒くたに突入してたらどうするつもりだったの?〉


〈エルフたちの主戦力はあの元王様の近衛騎士団だよ。王様を残して突入なんてするわけない。まさか王様自ら突入に参加するとも思えなかったしね。

 あの元第一王子殿下にしてみれば、獣人たちは外に残しておいてもメリットがないから全部突入させるだろうし、そうさせるためにはある程度の数のヒューマンも突入させざるを得ないはずだ。ジャネットちゃんたちのお陰で上層部に対する獣人たちの不信感は高まっているからね。

 必ずしもこうなるとは限らなかったけど、そんなに分の悪い賭けでもなかったかな〉


〈なるほど〉


 強化されたレアたちの聴覚に、眼下で叫ぶ元ポートリー王の声が届いた。


「──イライザ! 生きていたのか! よかった!」


 イライザとレジスタンス本陣の間にはまだ少し距離がある。

 そのためお互いに声を張らなければ届かない。

 おそらく、この絶妙な位置取りは城壁のレアたちにも聞こえるようにというイライザの配慮だ。


「お久しぶりです。エルネスト陛下」


「生きていたのなら、どうしてそう教えてくれなかったんだ! 私は、私は──」


 教えるも何も、エルネストとかいう元王様の動向はレアもライラも把握していなかった。存在自体を忘れていたからでもあるが、いずれにしても一般人が容易に見つけ出せるようではレジスタンスの頭など務まるまい。どうやって探し出して教えろというのだろうか。


「事情があったのです、陛下」


「そ、そうか。そうなのだろうな。お前が私に隠し事などするはずがない!」


〈……若干気持ち悪いな。なんでこう、色ぼけた人って気持ち悪い方向にいっちゃうのかな〉


〈他人事だからそう見えるんじゃない? これが例えば、自分の好きな人に言ってもらえたんだったら、ああ私信じられてるなって感じで嬉しく思ったりするもんなんじゃないかな〉


〈……全然理解できない〉


〈まだ早いのかな──って歳でもないよねもう。安心は安心だけど、大丈夫なのかな我が妹は……〉


 ライラにだけは言われたくない。


「いや、お前が生きてくれていたのであれば、そのようなことはいい。さあ、こっちへ来てくれイライザ! 話したい事がたくさんあるんだ!」


「いいえ、行けません、陛下」


「何故だ? 何も恐れる事はない。ああ、こちらはガスパール陛下だ。ウェルス王国の王で、今は手を取り合いこの大陸を異邦人から取り戻すために共に戦っている。そういえば、イライザはなぜその都市に? そこは異邦人どもの巣窟だぞ。今すぐ離れた方がいい」


「……陛下は、この都市を攻め滅ぼすおつもりなのですか?」


「もちろん、そのつもりだ。お前に手をかけた異邦人たちは全て駆逐しなければならない。この国はその第一歩だ。ここを滅ぼし、ウェルス王国を再興し、ペアレ、ポートリーと順に開放していき、そしていずれは悪の根源たるオーラル王国を──」


「お考え直し下さい! 陛下! というかそれは本当にやめてください!」


 ここに来て焦ったようにイライザが叫んだ。


〈ちょっと素が入ってない?〉


〈不意打ちでオーラルの名前が出たからかな。てか、何でうちが悪の根源なんてことになってるんだ〉


〈事実じゃん〉


〈だから問題なんだけど。何で疑われてるんだろ。うちだけ被害受けてないからかな。だからと言ってうちが全て画策したとは限らないと思うんだけどな〉


〈それが彼にとって一番都合がいい「真実」だったんじゃない? そんなものだよ人間なんて〉


〈生意気言っちゃってもう。そんなに言うほど人生経験ないでしょ〉


 エルネストは突然様子が変わったイライザに面食らっている。


「な、何を言うんだイライザ! 君をあんな目に遭わせたのは他ならぬ異邦人だろう! それをなぜ庇う!」


 オーラルへの攻撃ではなく、異邦人を駆逐するという点に反応したと思われたらしい。


「それは……。それは、私を助けてくれたのもまた、異邦人の彼らだからです!」


「助け……? どういうことなんだイライザ!」


 そこからイライザの長い話が始まった。


 城壁の外側にはほぼレジスタンスしかいないため小康状態だが、街の中では激しい戦闘が繰り広げられている。神聖帝国側のプレイヤーたちは誰も彼もそれなりの実力者ではあるが、レジスタンスは数が多く、なんとか対等に戦えている。それに危ういところはジャネットやライリーたちがサポートし、うまく戦況をコントロールしていた。

 プレイヤーたちも公式大規模イベント期間でもない今、死ねば経験値を失う事になる。死は恐れずとも経験値の消失は恐ろしいらしく、大戦時と比べるとかなり消極的な戦いをしているのも戦況の拮抗の要因になっていた。

 仮に死を恐れずに戦ったとしてもそういう者は死ぬたびに少しずつ弱くなる。死亡がリスクになるのは神聖帝国もレジスタンスもある意味では同じである。


 そうした状況をよそに呑気に思い出話とは恐れ入るが、その不自然さにはエルネストもガスパールとやらも気付いていないようだ。


 イライザの話によれば、ゾルレン近郊のクラール遺跡群で死亡したイライザの遺体は異邦人たちによって回収され、このグロースムントに運ばれたらしい。そこで貴重な蘇生アイテムを用いて蘇生を受け、その後もここで療養していたという事だ。

 イライザを殺した異邦人はその罪を悔やみ、貴重な蘇生アイテムをイライザのために使った。悔いているのならということでイライザはその罪を許し、以降は二度とこのような悲劇が起きないように、異邦人と共に大陸の平和のために活動していく事を決めた。

 とかそんな話だった。


 なぜこんな遠くまで遺体を運んでくる必要があったのか、タイミング的にはその頃グロースムントはウェルス王国残党と戦争中だったのではないか、そもそもイライザ、あるいはエルネストを殺そうとしたのは何故だったのかなど、気になるところは色々あるが、エルネストにとって重要なのはそういう設定ではないようだった。


「そんな、イライザを救ったのも異邦人だと……!? し、しかし、そもそも殺したのは異邦人だし、罪を悔いたからいいというものでもない!

 それに異邦人が大陸に混乱をもたらしているのもまた事実だ! あのような悲劇を起こさないためだというのなら、異邦人がここから居なくなるのが一番の近道ではないのか!」


 エルネストの主張は暴論だ。

 異邦人とひとくちに言って否定しているが、プレイヤーにだって色々な者がいる。

 レアたちであれば確かにエルネストが言うように大陸に混乱をもたらしている自覚はあるが、一方でそうさせまいと努力している者たちだっているのだ。残念ながらあまり実を結んでいないというか、混乱を助長する結果になってしまっている事も多いが。

 そう考えると別に暴論というわけでもないのかもしれない。無害なのは大勢にまったく興味がないエンジョイ勢くらいだ。


「いいえ陛下。憎しみ合うだけでは何も解決いたしません。私はこの街でそれを実感いたしました。

 ですから陛下、お考え直し下さい。異邦人を憎むのはやめ、兵を退いてください!」


「し、しかし……」


「──ええい、エルネスト! 先ほどから聞いておれば、何をぬるい事を!

 そこな女! イライザとか言ったか! 手を取り合い平和を願うとのたまうのであれば、まずはこの地を明け渡し、ウェルスを本来の後継者であるこの私に返すのだ! 不意打ちでいきなり国を奪っておいて、自分たちが勝ったから争いはやめようなどと虫が良いにもほどがあるわ!」


 後ろで見ていたガスパールが叫んだ。

 そりゃそうだ、と思った。

 聖女に人気で負けたから国を追われたのは事実だとしても、それ自体が不意打ちのようなものだった。何しろレアでさえ驚いたくらいだ。ウェルス王国首脳部にとっては青天の霹靂だっただろう。

 ある意味で人気投票、国民による選挙のようなものだと仮定するのならば、本来はきちんと告知して、お互いに当選後の国の展望について弁論を戦わせてからやるべき事だ。

 密かに草の根選挙運動をしていたような者を相手に、リコールに近い形で失脚させられた挙げ句、その直後にいきなり選挙をやったのでは負けて当然である。


「異邦人などにいつまでもこの地を奪われたままにはしておけぬ! ウェルスの民のためにも、王国の再興は絶対に譲るわけにはいかん!」


 さもウェルスの国民すべての意見を勝手に代弁しているかのような言い分だが、実はこれもまったくの的外れとは言い切れない。

 大戦時には聖女に対する支持を表明していたNPCの中にも、今となっては失われてしまったウェルス王国を偲ぶ者だっているであろうからだ。

 これまで何百年も変わらずに国がそこにある状態に慣れたNPCたちである。選挙前には国そのものが変わるという事が何を意味するのか理解していなかった者がほとんどだったに違いない。


 都市単位での統治が一般的である中央大陸においては、国が変わったからと言って各都市での行政サービスがそれほど変化する事はない。

 しかし商売は別である。同じ店でも「ウェルス王国の材木問屋」と「神聖アマーリエ帝国の材木問屋」では他の国での信用度が段違いだ。特に遠い地方に住むNPCなら、ウェルス王国なら知っているが神聖帝国など知らないという者がほとんどだろう。

 大戦によって国という垣根が低くなった大陸での商売においては、今後はよりグローバルな視点での営業が不可欠になってくる。新興国が無数に存在する情勢の中で、出来れば歴史ある国の商人を名乗りたいと考えるのは自然な事だ。

 これは商売に限らず他でも同様の事例はあるはずだ。そういう部分で不便を強いられている住民は必ずいる。

 今は情勢を読んで表だって公言したりはしなくても、潜在的にウェルス再興を願っている者はおそらく少なくない。何ならガスパール本人が思っているよりもずっと多いだろう。

 それを読み切れず安易にペアレ地方の獣人たちを引き入れてしまったのはよくなかったし、この程度の戦力で決起してしまったのも焦り過ぎではあるが、彼らの主張自体は間違ってはいない。


「──ガスパール陛下に退くおつもりはないようですね。でしたら私も退くわけにはまいりません」


 イライザを黙らせようと剣を抜く元ウェルス騎士団に、イライザも迎撃すべく構えを取った。


「ま、待ってくれイライザ! ガスパールも! なぜ私たちが異邦人などの為に争わねばならんのだ! 冷静になってくれ! おかしいだろうこんなの!」


 エルネストは混乱している。

 気持ちは分かるが、ガスパールにもイライザにも退くつもりはない。

 ガスパールはここで退くくらいならそもそも決起していないだろうし、イライザは単にエルフを1人でも多くキルするのが目的だからだ。


「そこをどけ、エルネスト! 冷静になるのはお前の方だ! その女はもう駄目だ、諦めろ! 異邦人に操られておるのだ! 手遅れだ!」


 素晴らしい洞察力である。

 事前に聞いていた情報ではエルネストの方が優秀そうに思えたものだが、人の上に立つという意味では意外とガスパールの方が有望なのかもしれない。


「騎士たちに命じよ、エルネスト! その女を排除しろと! 殺させろとまでは言わん! 無力化して捕らえさせよ!」


「し、しかしガスパール! あれはイライザなのだぞ! そんな、そんな乱暴な真似など……!」


 エルフの騎士たちも戸惑っている。

 彼らはエルネストの眷属なのだろうし、エルネストの命令以外は聞かないはずだが、この場において一番冷静で正しいのはガスパールだということもわかっているのだろう。しかし何とか主君に正しい判断をしてもらいたい。そういう戸惑いだ。


「──たとえかつては同じ志を持っていた仲間だったとしても、今私の前に立ちふさがるのであれば容赦は出来ません!

 大陸の平和のために、その最後の犠牲になってもらいます! 『セイクリッドスマイト』!」


 まだ実際には何の実力行使も受けていないというのにイライザがいきなり魔法を撃った。

 実力行使を受けていないというか、仮にイライザが神聖帝国側の人間だとするなら、すでに街が攻撃されているので当然の反撃ではあるし、むしろこれまで呑気におしゃべりしていた事の方が異常だったわけだが。


「ち、攻撃してきたか! 者ども、応戦せよ!」


「やめろイライザ! なぜこんな事をする!」


「申し訳ありません陛下! しかし、私の邪魔をするというのであれば、たとえ陛下でも!」


 イライザが今度はエルネストを狙って魔法を撃った。

 当たりはしなかったがかなり近い位置に着弾し、飛び散った土くれがエルネストを汚した。

 外れたというよりわざと外したのだろう。


「っ! エルネスト陛下! 陛下の御身をお守りするため、我々は応戦せざるを得ません! お叱りはいかようにも!」


 それを見たエルフ騎士団がイライザに殺到した。

 ヒューマンの騎士団もそれを追うか、と思いきや、彼らはガスパールを守るように展開したまま動こうとしない。

 エルフの始末はエルフに付けさせると言わんばかりだ。

 大将を放り出して敵を倒しに行ってしまうような愚かな事はしないらしい。

 エルフ騎士団は少々冷静さに欠けているとも言えるが、状況が状況である。エルフ騎士たちとしてはまずはイライザを黙らせない事には何も出来ないと考えているのだろう。


「やめろ! イライザ! お前たち! やめるんだ!」


 エルネストが叫ぶ声が虚しく戦場に響くが、誰の元にも届いていない。

 少なくともこれを聞いた騎士たちは今すぐ行動を止めるべきなのだが、主君に対する脅威が目の前でその戦闘力を振りかざしているからか、命令に従う様子はない。主君の命令より主君の命を優先しているのだ。

 これはシステムの穴だな、とレアは思い、隣のライラを見るとニヤニヤしていた。そういう事例を知った上でけしかけているらしい。


 ライラの底意地の悪さはともかく、イライザがエルネストの命を脅かす脅威であるのは間違っていない。

 彼女は短剣を抜き、目にも止まらぬ速さでもってエルフの騎士たちを次々にキルしていた。もちろんレアの目には普通に見えているが、エルフの騎士たちが対応できない速度であるのは間違いない。

 これに一番驚いているのはエルネストであるようで、ぽかんと口を開けたまま、叫ぶのも忘れてしまっている。


 可哀想なエルフの騎士たちは、主君が呆けている間にも次々とその数を減らしている。

 騎士ならそのうちどこかでリスポーンしてくるのだろうが、それまでは無残な死体を晒したままだ。


「──イ、イライザ、何だその力は……! いや、そうではなくて、やめてくれ! なぜ私たちが争わなければならないんだ!」


「申し訳ありません陛下! しかし、もはやこうするよりないのです!」


「いい加減にしろエルネスト! 現実を見ろ! お前がそうやって益体もない事を言っている間に、お前の騎士はお前のために命を散らしているのだぞ!」


「イライザ! やめてくれイライザ!」


 しかしイライザは止まらない。

 戦場にはエルフの血が霧のように舞い飛んでいた。









〈これ全部殺せば条件満たせそう〉


〈よかったね。エルネストは残しておくの?〉


〈うん。あれ殺っちゃったら終わっちゃうからね〉


〈バンブの分も終わるかな〉


〈街の中でもドンパチやってるし、余裕で足りるんじゃない?〉


〈そういえば、姿が見えないけどバンブってどこにいるの?〉


〈上だよ。アビゴルと一緒に文字通り高みの見物さ。イライザが危なそうならフォローしてもらおうと思って連れてきたのに、全然役に立ちゃしない〉


〈呑気なものだねまったく……〉


〈本当だよ〉





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