第456話「憎しみの連鎖」(バンブ視点)
ライラから借りた鏡にはワイルドな雰囲気の男性が映っている。
顔色が一般的でないというか、全体的に赤いのだが、それ以外は概ねリアルのバンブと似た造形だ。
当初ゴブリンでゲームを開始すると決めた時にはこんな事になるとは思っていなかったため、キャラメイクでとりあえずスキャンデータを流用したせいだろう。
リアルの知り合いとゲーム内で遭遇するかどうかはわからないが、これなら念のため今後も顔は隠しておいた方がいいかもしれない。
ワイルドに見えるのはバンブのもともとの雰囲気というだけでなく、ア・スラという種族の特徴もある。
現実の顔よりも眉が太く、目尻もやや吊り上がり気味だ。犬歯も長く、モミアゲも顎の方まで伸びている。
まるで旧世紀の熱血ロボットアニメの主人公のような髪型だが、バンブは大して気にしていない。
というか髪が生えている事が単純に喜ばしい。ミイラの時にはほとんど抜け落ちていた。
ゴブリン系ミイラとも言えるデオヴォルドラウグルの頃には小さな突起程度でしかなかった角も、ややはっきりとした形状になりつつある様子だ。
とはいえ特性として角があるわけでもないため、データ的にはただの雰囲気でしかないようだ。今後の成長に期待である。
必要経験値的に災厄級となるであろうこの次の阿修羅王にはきっと特性として存在しているはずだ。
聞いたところによればだが、レアやライラ、ブランなどの災厄級は超美形なる特性も持っているらしい。人類系の種族は貴族階級くらいから持っていたりもするらしいが、魔物では稀だ。しかしブランは生粋の魔物であるし、彼女が持っているのならこの後バンブにも発現してもおかしくない。
つまり、自分に似たこの顔がイケメンになるということだ。
早急な転生が求められる。
そのためにも、さてどこで魂を狩るかと思案していたところ、実験だか検証だかを済ませたらしいライラが声をかけてきた。
「ところでバンブ、これから暇?」
「いや、早めに転生しておきたいしな。どっか適当なところでたくさん殺しまくらねえと。どっちかってと暇じゃねえな」
「暇ならちょっと手伝って欲しい事があるんだけど。ほら、このエリアを君に譲るお礼にさ」
「暇じゃねえっつってんだろ。俺の意見を聞く気がねえなら最初から聞くんじゃねえよ。あとお礼って普通こっちから言い出すもんだろ」
しかし、そういう言い方をされてしまったら断るわけにはいかない。借りっぱなしは気分が悪い。
このエリアを譲ってくれたのはこうやってバンブを都合よく使うためであるようだ。
「で、何だよ手伝って欲しい事って」
「この子のお守りかな。まあお守りが必要なほど弱くはないはずだけど」
ライラは祭壇から1人のエルフの女性を降ろしながら答えた。
試してみたい事とはこのエルフを祭壇に座らせてみることだったようだ。『召喚』で呼んだのだろう。
「いや、エルフじゃないな。ハイ・エルフか」
「おっと、乙女の秘密を覗き見るのは感心しないな。そう、この子はハイ・エルフのイライザだ。
今祭壇を使わせてみたんだけど、転生先が精霊しかなかった。
レアちゃんはハイ・エルフから魔王にいきなりなったって言っていたから、条件を満たせば祭壇でもそういう事が可能なのか気になったんだよ。魔王はともかく、魔精かダーク・エルフに転生できないものかとね」
魔精やダーク・エルフというとエルフ系の邪道ルートだったか。
条件というのは確か、同系種族を一定数キルすることだとか聞いたことがある。
その条件を満たした上で再び祭壇に座らせ、結果が変化するのかどうかを確認したいという事だ。
「ふうん。じゃああれか。お守りってのは、その娘さんがエルフを何百人だかキルするのを見守れって話か」
「その通り。それなら君の用事と並行して進められるでしょう」
確かに『死霊術の儀式』を使うのであれば自分で殺す必要はない。
あれは一定範囲内で死亡したキャラクターの魂を集めるだけの効果しかないが、『魂縛』と併用すればその魂は全てバンブがストック出来る。
このイライザに必要なのが「エルフを殺した」というフラグだけならば、お互いにとってこれほど都合がいいことはない。
「エルフの獲物が要るってんなら、ポートリーで残ってる適当な街を襲うか。こっからだとどこが近かったかな──」
「まあ待ちたまえよ。実はちょうどいい狩り場をレアちゃんが知ってるんだ。私も誘われてるから一緒に行こうじゃないか」
「一緒に行くならお守りいらねえだろ……。まあ、俺としちゃ助かるからいいけどよ。
で、どこなんだそれ。レアが呼んでるんならヒルスか? エルフなんてそんなにいたか?」
「ちっちっち。まあヒルスにもポートリーから逃げてきたエルフはいるみたいだけどそうじゃない。
レアちゃんが誘ってくれてるのはウェルス地方だよ。
バンブは会うの初めてだったかな。マグナメルムの下部組織として活動してくれてるプレイヤーのパーティがいるんだけど、その子たちが私たちのために準備してくれたみたいなんだよ。
面白そうなお祭りイベントをね──」
*
ライラが用意したドラゴンに乗り、ウェルス王国を目指す。
このドラゴンは見覚えがある。いつか、レアに勧誘された時だったかに乗せてもらった。元気そうで何よりだ。以前より少し恰幅が良くなったようにも見えるが、それだけ強化されているということだろうか。
初めて乗った時にはこのドラゴンの能力を知る術を持っていなかったため、比較はできないが。
ポートリーからウェルスまではそれなりに距離があるが、ヒルス王国を中継するならさほどの時間はかからない。
ライラもバンブもヒルス地方の数か所に眷属を置き、いつでも移動できるようにしてあるからだ。主にお茶会の為だが、こういう事がたびたびあるようなら行く先々に取りあえず眷属を置いておいた方がいいかもしれない。
「そう言えばバンブってトレの森には来た事なかったんだっけ。あれば話が早かったんだけど」
「トレの森ってな、世界樹が植わってるとかいうところか。
「いや、この子が普段そこで昼寝してるからさ」
「……レアの庭じゃねえのかその森。何でお前の配下が
もしかしてあれか。
恰幅が良くなっているのは強化されているからではなく、食っちゃ寝していたせいで太っただけなのか。
どうでもいい世間話をしながらドラゴンの背に揺られる事数時間。
この世界にしては珍しく、真新しい真っ白い都市が眼下に見えてきた。
「──ほお。あれって確か大戦の前に俺たちが占拠してた街だよな。見る影もねえな。いい意味でだが」
「魔物たちに破壊された、って事にして、大改修したみたいだよ」
「ふーん、って、魔物たちって俺たちじゃねーか。
待て待て、確かに残されてた家財道具だの衣類だのは根こそぎいただいてったが、建物はそんなに壊してねえぞ。風評被害だ」
「今さらそんな風評気にしてる人いないよ。どうでもいいじゃん」
よくはないが、確かにグロースムント周辺についてはその後に建国された神聖なんとか帝国のインパクトが強すぎて、SNSでもそれ以前の事についてはほとんど触れられていない。
「まあ、プレイヤー以外の関係者っつーか、街の住民はみんな死んでるだろうからいいけどよ」
「住民以外でなら、関係者は生き残ってるけどね」
「誰だよ」
「ウェルス王国の第一王子殿下さ。もっとも彼の認識としても、かつてグロースムントを制圧した魔物集団よりも今居座っている神聖帝国の方にヘイトが向かってるみたいだけどね。ほら」
ライラが指さす方向に目を向けてみれば、旧王都方面から何やら土煙を上げて進軍する大部隊が見えた。
「──もしかして、あれがその第一王子か。確か、俺らがあの頃戦ってたのは第二王子の何とかって奴だったと思ったが、そいつはもう居ねえんだったな。
てことはその兄貴が弟と父親の仇打ちで神聖帝国に攻め込むって構図か。
マグナメルムの下部組織が計画したお祭りってな、これのことか? こんなもんよく焚き付けられたな……。ちょっとした公式イベント規模じゃねえか」
「申請してれば通ったかもね。してなかったみたいだけど」
この街道はかつてMPCがグロースムントからウェルス王都へ攻め込む際にも通った行軍路だ。
そこをかつてのウェルス王国の第一王子が、今度は聖女の国を討つために逆侵攻している。
歴史は繰り返すというか、しかしあのころとは逆になっている構図を見ると、なんとなく、螺旋を描く憎しみの連鎖が幻視されるような気がしてくる。
噂ではあるが、このゲームは高度なAIを無数に使用した大規模なワールドシミュレータであるとも言われている。
もしそのシミュレーションの結果がこれだと言うなら、やはり人というのは争わずにはいられない存在であるという事なのか。
前回の戦争はマグナメルム側から惜しみなく火種を提供し、その結果起きたとも言える。
しかしそうだとしても最終的に戦う事を決断したのは各国の首脳部である。現に戦争に積極的に参加しなかった国もあった。仕掛け人であるライラの国なので比較対象としては適切ではないが。
この第一王子の挙兵にもマグナメルムの下部組織が関わっているのだとしても、それだけでいきなり戦争を仕掛けたりはしないだろうし、やはり王子たちの強い意志があったのだろう。
ひとたび憎しみによって火をつけてやれば、後は勝手に周囲を巻き込み、螺旋を描いて燃え上がり、どちらかが滅び去るまで連鎖は終わる事はない。
人が人である限り逃れられない
「──なるほど。こりゃ確かに面白え」
「でしょう? この良さがわからないようなら突き落してやろうかと思っていたけど、わかってもらえて良かったよ」
ライラなりの試験か何かのつもりだったのだろうか。相変わらず性格が悪い。
ライラの同類だと思われるのは心外だし、趣味が悪いとは思うが、憎しみに駆られて神聖帝国を滅ぼさんと進軍する彼らの姿はバンブの目にも好ましく映った。
毒されてきているな、という自覚はあったが、別に悪い気分でもなかった。
「ん? よく見ると半分くらいは獣人だな。ペアレくんだりからわざわざこっちまで来たってのか? 神聖帝国とペアレ王国は別に関係なかったと思うが……」
「よく知らないけど、例の子たちは獣人だから、その関係でお隣さんから連れてきたんじゃないかな。ペアレの人らもプレイヤー全般を恨んでる人は多いみたいだし、神聖帝国がプレイヤーみ強い国なら破壊しようって事なんじゃない?」
「ボーズ憎けりゃケサまで憎いってやつか」
「……んんん? 合ってるのかなその言い回し……」
「で、あいつらにさっきのイライザとやらをぶつけんのか。少ないがエルフもいるみたいだし。
さすがにあの軍勢を1人でってのは無理だと思うが」
「おっとそうだった。まずはイライザをグロースムントに置いてこないと」
ここからでも軍勢が見えるという事はグロースムントでもすでに把握しているだろう。
警戒しているはずの聖都にどうやってイライザを潜入させるのか、と思いながら見ていると、何を思ったかライラがドラゴンの背から飛び降りた。
「お、おい!」
「──大丈夫だよ。私は飛べるし『隠伏』も『迷彩』もある。見つからずに安全に着地できるから!」
見る見る小さくなっていくライラがそう叫んだのが聞こえた。
「お前の心配なんてしてねえよ! このドラゴンどうすんだよ! 俺だけ残されても困るわ!」
しかしバンブの声は聞こえなかったようで、返事はなかった。
あるいは聞こえてはいたが無視したのかも知れない。
バンブはライラと違って飛べないのだが、こんな上空に他人のペットと2人きりで残されてどうしろというのか。
イライザのお守りをしろとか言っていたが、上空に残されては守りようがない。
ふと視線を感じて前を見ると、ドラゴンが首だけをこちらに向け、同情するような視線を投げかけてきていた。
何となく、このドラゴンとは仲良くなれそうな気がした。
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