第455話「伝説はファンタジー」(バンブ視点)





 バンブはお茶会の後、ライラに案内され元ポートリー王国のとある魔物の領域の奥に来ていた。


 転移サービスリストには載っていない場所だ。

 転移の仕様が変更された今、もしこの領域がリストに記載されるとしても、それはここに一度でも来た事のあるプレイヤーのリストにだけである。


 そう考えてみると、あのアップデートによって今後新たに実装されるダンジョンは全てプレイヤー自身で見つけていかなければならない事になる。

 どちらかと言えばダンジョンを経営する側であるバンブたちにとってはあまり関係ない話だが、積極的な集客を望むのであれば適切にアウトバウンド営業活動をしていく必要があるだろう。

 そのためにも今後は定期的に転移装置にアクセスし、自分の支配地域の中に新たにダンジョン認定された領域がないかどうかはチェックしなければならない。


「──ああ、ちなみにこの領域はもう転移リストに載ってたよ。たぶんこの間のアップデートからかな。SNSには情報は出てないから、他のプレイヤーでここに来た事がある人はいないみたいだけどね」


「……エスパーかよお前は……」


「転移装置見ながら考え事してるみたいだったし、そのくらいわかるよ。その程度の事を賢しげにレアちゃんに教えたりしてドヤ顔されるのも気に食わないし」


 今まさにバンブにドヤ顔で話している奴が何を言っているのか。


 しかしこの領域が転移先として設定されているのであれば、運営の方針としてはやはりプレイヤーに転生による成長を促したいということだろう。

 最初にこういった遺跡を発見するプレイヤーが誰になるのかはわからないが、その人物が独占しようと考えたりしなければすぐに広まっていくはずだ。


「……確か、この辺の……ああ、あったあった。

 そこの茂みの裏に岩あるでしょ。それをどかすと階段が出てくるんだよ。ほら、早く早く」


 ライラの指さす方向には、蔓に巻きつかれ苔むした岩があった。

 かなりの大きさだ。

 言われてみれば怪しい気もするが、苔や蔦のおかげで周囲から浮いているというわけでもない。

 初見でこの下に階段があるなど普通は思いもしないだろう。


「よく見つけたな、こんなもん」


「ちょっとね。さあ、とっととどかしてよ。か弱い女の子に力仕事までさせるつもり?」


「……いや1回は自分でどかしたんじゃないのかこれ……。まあいいけどよ」


 岩に手をやり、力を込めて少しずつずらす。

 高いSTRのおかげで大した労力でもないが、これなら破壊した方が話が早かった。

 よく見てみれば周辺の地面には石畳が敷かれているようだ。長い年月放っておかれたせいか石畳にも苔や下草が生い茂っているが、特に隠そうという気は見られない。

 となるとこの岩は単純に魔物などの侵入を防ぐ程度の目的で置かれていたのだろう。

 魔物が勝手に入り込んで勝手に転生するようなことがあるのかどうかわからないが、もしあるとしたら問題だ。

 そう考えると扉代わりのこの岩は破壊しない方がいい。

 面倒くさがりのライラも前回は自分で岩をどかしたのだろうし、その時破壊していないのはそういう理由からだろう。


「──うし、どかしたぜ。これどうするん……って、何してんだお前……」


「岩をインベントリに仕舞ってるんだけど。てか、何してんだはこっちのセリフだよ。なんでわざわざ手でどかしてるの?」


「そういう──、言えよそういう事は先によ! てかそれだったらか弱いもクソもねーだろ!」


 結果的にライラが岩をインベントリに仕舞ったのならバンブの作業は全くの無意味だったことになる。あと1分早くやってほしかった。

 いや、ライラがいかにも力仕事というような言い方さえしなければ、バンブも手で動かそうとは思わなかっただろう。

 巧妙にミスリードされたとも言えるが、こんなどうでもいい事でそんなテクニックを使う必要がどこにあるのか。


「面倒だからこの岩は処分しておこうか。この遺跡は今後誰でも利用できるフリーなスポットにしようじゃないか」


「この領域の魔物が勝手に入ったらどうするんだよ。そいつが勝手に転生するとまでは言わねえが、遺跡を破壊されるような事でもあったらコトだぜ」


「遺跡を破壊出来るほどの戦闘力を持った魔物なんてこの辺りにはいないと思うけど……。

 そんなに心配なら、この領域は君が管理すればいい。ここにこういう遺跡があるって宣伝もすればプレイヤーもたくさん来るだろうし、最近稼ぎが落ち込んでるバンブ君にはちょうどいいんじゃない?」


 最近稼ぎが落ちているのは確かだが、それは誰にも言った事はない。

 全くこの女は何をどこまで知っているのか。


「……それなら自分でやればいいだろ。何企んでるんだお前」


「別に。ただ面倒なだけだよ。いいからさっさと行くよ」


 ライラの真意がどこにあるのかはわからないが、せっかく見つけたこの重要エリアをバンブに譲ってくれるのは確かであるようだ。

 バンブの配下たちを転生させたい場合や、あるいはMPCの幹部級のメンバーの事なども考えると、こうした場所を支配下に置けるのは非常に助かる。

 また、一般プレイヤーに公開する方向で運営するとしても、うまくやればライラが言ったように経験値稼ぎも見込めるだろう。


 バンブの勢力を強化する事はマグナメルム全体の強化にもつながるし、ひいてはレアの役にも立つ。

 おそらくそういうつもりなのだろうが、それはそれとしてライラが自勢力の資源のひとつを譲ってくれた事は事実だ。

 礼くらいは言っておくべきだろう。


「……わりいな。助かる。ありがとよ」


「そういうのいいから」


 ライラは聞く耳を持たないといった様子で1人で遺跡の階段を下りて行ってしまった。

 照れ隠し、のように見えなくもないが、ライラに限ってそれはあるまい。


「あ、いや、聞いたことがあるな。もしかしてこれが伝説のツンデ──ぐっは!」


 衝撃と痛みを感じてたまらず身体をくの字に折り曲げた。

 見ればバンブの腹に黒く平たい何かが突き刺さっている。LPも3割以上削れていた。洒落にならないダメージだ。ここ最近ではバンブがこれほどまでに大きなダメージを受けた事はない。

 黒い何かはするすると階段の下へと戻っていく。ライラが伸ばした手だったようだ。


「──死にたくなかったらあんまり馬鹿な事は言わない方がいいよ。それより早くおいで」


 昨今はコンプライアンスも厳しくなっているから過度な暴力によるツッコミは批判の対象になるぞ、と思ったがこれは言わなかった。

 今のがもう2本飛んできたら、今度こそバンブの命はない。









 長い階段の下には石垣で構成された通路が伸びており、その先に部屋があった。

 部屋の入り口の、おそらく扉があったと思われるところは破壊されていたが、ライラがやったのだろうか。

 もし一般プレイヤーたちをここに誘導するのであればこの部分はもう少し整えておく必要がある。


 遺跡の地下室は意外なほど広く、中心には祭壇のようなものが鎮座していた。天井も高く、祭壇の上にも広く空間が設けられている。

 ゲーム内にはいろいろな魔物がいるため、そういった者たちでも使えるようにだろう。

 ただここに来るためには地下通路を通る必要があるため、通路を通れない大きさの種族ではどのみち利用できないが。


 遺跡や祭壇についての感想でも言おうかと思ったが、そういうのはいいから早くしろと言われてしまった。

 相当イラついているらしい。

 まさにライライライラである。

 いやそんな下らない事を口に出して言った日には、今度こそ命を奪われてしまうだろうが。


「ここに座ればいいのか? ──よっこらせ」


「おっさんかな? 歳がばれるから気を付けた方がいいよ。え、本当におっさんなの?」


「うるせーな。まだギリギリお兄さんて呼ばれる事もあるわ──。お」


 システムメッセージとはまた違う、不思議な感覚で祭壇の使用方法が脳裏に流れ込んできた。

 その中にバンブが転生するために必要な条件や転生先の種族なども含まれている。


「次の種族はなんだった? 何が必要だって? 今すぐなれる?」


 矢継ぎ早にライラが尋ねてくる。ただ質問内容は要点を押さえてある。

 ブランが一度祭壇で転生したと言っていたし、だいたいどういうものなのかは知っているらしい。


「次の種族は「ア・スラ」だとよ。必要経験値は特に言われなかったが、魂が20個いるな」


「ア・スラか……。古代インドのやつかな。生に非ず、みたいな意味、というか、まあアンデッドって事だよね多分。もともと俗説だったって聞いたような気もするけど、それは今さらか。

 古代インドの魔物なら阿修羅とは違うんだろうけど、阿修羅道の食事って最後のひと口が泥に変わるんだっけ? バンブにぴったりじゃん。泥舐めるの好きなんでしょ」


「泥は関係ねえだろ別に好きで舐めてたわけじゃねえわ」


 シャーマン系の種族の固有スキルに『死霊術の儀式』というものがあった。

 現在のバンブはシャーマンではないが、取得したスキルは消えずに残っている。

 これと『魂縛』を同時に使う事で、自分でキルした魂だけでなく、スキルの範囲内で死亡した全てのキャラクターの魂を手に入れる事が出来る。

 以前にポートリー王国を攻め落とした時、これらを利用して周囲の魂を回収しておいたのだ。

 現状では魂を視認する手段は発見されていないが、もし見える者が居たとしたら、その者にはポートリー王国で魔物に殺された人々の魂がバンブに吸い込まれていくおぞましい様子が見えていたことだろう。


 デオヴォルドラウグルを正規の手段で生み出すためには大量の魂が必要になる。先日バーグラー共和国を襲った時に使った軍勢を作るためにかなり消費してしまったが、100や200程度ならまだ残っていたはずだ。20個なら余裕である。


「今出来るならすぐやりなよ。いつやるの? 今で──」


「言わねえし言わせねえよ。だが、まあそうだな。見た目が変化しちまう可能性もあるし、正直ちょっと抵抗がないでもないが……」


「女子か! 今より悪い見た目なんてそうそうないだろ!」


「おま、今結構ひどい事言ったぞ! くそ、わかったよ。転生する」





《転生を開始します》









「──って、これあれか。次がある時はすぐ言われんのか。座ったままだからか?」


「次があるんだ。なんなの?」


「ええとな、次は「阿修羅王」で、必要経験値は──3000だと? さすがにねえよ! そんなにいるならもっと早く言えよ! 余計な事に使っちまったわ!」


 具体的には例のデオヴォルドラウグルの軍勢の作成に使ったわけだが、あれは余計というほど余計なことでもなかった。

 アンデッド系精鋭部隊としては十分な実力を持っている。今後も重宝するだろう。

 しかしいずれにしても、もうそんな経験値など残っていない。


「魂を追加で消費すればある程度軽減できるんじゃなかったかな」


「ん? ああホントだ。元が100個だが、1個につき必要経験値が5減るのか。てことは、合計で700個の魂がありゃタダで転生出来るのか?」


 今のバンブなら、真面目に経験値を稼ぐより適当な街を滅ぼした方がおそらく早い。


「しゃあねえ。そこらでたくさん殺してくるか」


「結局阿修羅になるのか。つくづく泥に縁がある奴だね。まあ何でもいいけど。

 それより、用が済んだのならどいておくれ。私もすることがあるから」


「そういや、試してみたい事があるとか言ってたな」


 祭壇から立ち上がる。

 気のせいか、少し動きやすいような感じがする。

 能力値が上がったせいもあるだろうが、関節も滑らかで筋肉も柔らかい。

 手の平を見てみると、少し前までミイラのような外観だったそれは今は普通の人間のようなものになっていた。爪が分厚く伸びて先端が尖っているくらいだ。


「……ライラ、鏡持ってねえか?」


「いいから早くどきなって言ってるだろナルシストかよ!」





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