第454話「廃都争奪戦」(ウェイン視点)





「──我々は、【正統なる断罪者】である!

 そして私こそ、ウェルス国王ガスパールである!

 これより、ウェルス王都に巣食う魔物を征伐し、王都を解放し、この地に再びウェルス王国の旗を立てんと強く願うものである!

 そちらは何者か!」


 軍隊の先頭にいた青年がよく通る声でウェインたちに問いかけてきた。

 たった4人に対してもわざわざ身元を明かして確認するなど、かなりちゃんとした軍隊のように思える。出来ればこういう常識的な相手と事を構えるのは避けたい。

 敵だと認定した相手に対して問答無用で攻撃を仕掛けてしまった、その結果があの大戦だとも言えるからだ。

 ペアレの第一王子オーギュストを倒した時の後味の悪さは、今もウェインの中に残っている。


 ただ、そうは言ってもどうしようもないこともある。

 今の青年の言葉通りなら、やはり青年は亡国ウェルスの第一王子ガスパールであるようだ。なぜ国王を名乗っているのかはわからないが、この王都を取り戻しにやってきたのは間違いない。


 神聖アマーリエ帝国がウェルス王国滅亡の上に成り立っている以上、神聖帝国とウェルス王国が並び立つことはない。


「──こちらは神聖アマーリエ帝国に所属するプレイヤー、異邦人のビームちゃんだ! 今はこの旧ウェルス王都に巣食う魔物たちの討伐に来ている!

 この周辺は神聖アマーリエ帝国の領土ではなく、誰の土地でもないため、貴方がたの行動を止める権利は我々にはない!

 しかし、ここは神聖アマーリエ帝国の国境に極めて近い場所だ! 軽率な軍事行動は控えていただきたい!」


 ビームちゃんはこの旧王都をなるべく保存しておきたいと考えているくらいである。その胸の内にも葛藤があるのだろう。

 お互いの立場を考えればすぐに戦闘に突入してもおかしくないはずだが、その中でも精一杯の落とし所を探ろうとするような言い方だった。

 これはつまり、軍事行動さえ伴わなければ、例えば交渉などの結果という形でならウェルス王国残党の要求を認める道もあるという事を示唆している。


 しかし、相手方にとってはこの気遣いさえ無用であるようだった。


 異邦人という言葉を聞いた瞬間、見てわかるほど相手の軍が殺気立つのが感じられた。

 獣人が多い事が関係しているのだろうか。

 プレイヤーに恨みを持つ獣人たちと、神聖帝国によって国を奪われたウェルス王国残党が行動を共にしている。

 彼らがもし同じ目的で行動しているとしたら、その狙いは単純にウェルス王国復興というだけでなく、プレイヤー全体に対する恨みを晴らす事である可能性が高い。

 そのための橋頭保を築く意味でこの旧ウェルス王都を狙ってきた、という事だろうか。


「──そちらが簒奪者、神聖帝国ゆかりの者だと言うのであれば是非もない!

 我らは我らの行動に正統性を主張するものである!

 このウェルス王国は我が国、我が領土、ウェルスの民のものである!

 断じて異邦人のものではない! この地で我らウェルスの民が自由に行動することに、何の問題があろうか!

 それを他ならぬ神聖帝国の者が妨害しようというのなら、我らは義を以てそれを打ち破り、自らの正しさをを証明するものである!

 ──同志たちよ、構えい!」


 やはり、彼らは神聖帝国や異邦人と戦うための軍隊のようだ。

 ビームちゃんとしても、立場的に旧王都を無抵抗で差し出す事は出来なかった。最初から彼らが神聖帝国と戦うつもりでいたのならこの結果は避けようがなかったと言える。

 たとえここで衝突しなかったとしても、近いうちにどこかで戦う事になっていただろう。

 巻き込まれた形のウェインたちにとっては困った事態だが、神聖帝国設立についてはまったく無関係でもない。

 大戦末期のあの時、神聖帝国側に付いてウェルス王都に攻め入ると決めた以上は、その責任は負うべきだ。


「……やっぱりこうなったか!

 すまん、お前ら! 来るぞ!」





 まず攻撃を仕掛けてきたのは、敵軍のヒューマンたちだった。

 最も数が多い獣人たちは動こうとせず、ヒューマンの兵士が攻撃を始めるのを待っているようだった。

 ウェルス王国はヒューマンの国だから、まずはヒューマンの手で戦闘の火蓋を切る必要があるということだろうか。

 あるいは獣人たちはあくまで数合わせのエキストラであり、ハッタリのためだけに同行しているという可能性もある。

 そうだったらよかったのだが、しかしやはりそんなことはなかった。


 ヒューマンの兵士の放った矢がギルの盾に当たると同時に、獣人たちも雪崩を打って戦闘に参加してきた。

 こちらは兵士然としたヒューマンやエルフと違い、装備も動きもバラバラでいかにも傭兵といった風だ。

 ウェインたちはあっという間に敵の軍勢に飲み込まれ、一気に乱戦になってしまった。


 何人いるのかもわからない敵大部隊に対してウェインたちはたった4人ではあるが、個々の実力の差は歴然としている。

 ウェインたちも最近はあまり経験値稼ぎをしていなかったとはいえ、それこそ大戦時にはトップクラスと言われていたプレイヤーである。たとえ戦闘を生業にしている兵士や傭兵と言えど、死んでしまえば後がないNPCとは成長の効率が段違いだ。

 次々と飛んでくる矢や魔法を剣で打ち払い、突撃してくる兵士を斬り捨てた。ウェインの剣ならこの程度の兵士であれば鎧ごと斬り裂く事も可能だ。

 さらに魔法も使い、確実にキル数を稼いでいく。


 大戦のあの日、ウェルス王都で斬った兵士もこの中にいるのだろうか。あの王都から逃げ延びた第一王子がこの軍を率いているのであれば可能性はある。

 いや、大半の騎士は国王や第二王子が倒れると同時に倒れていたような気もする。


 ヒューマンの兵士は死を恐れている様子がないことから、おそらくは騎士だろう。

 しかし獣人たちはそうではないようで、ウェインたちの戦闘力の高さを見たことでかなり腰が引けたように見える。

 これならば、彼らに勝つのは無理でも、その勢いをいでやる事は出来るかもしれない。

 ここで勢いを殺してやれば旧王都の魔物平定にも影響するだろうし、そこでもたついている間に神聖帝国は聖都グロースムントの迎撃態勢を整える事が出来る。

 彼らがどこの都市からやってきたのかはわからないが、ここで旧王都を取る事が出来なければ、聖都に攻め入るのは現実的ではなくなるはずだ。

 そうなれば、この軍隊と神聖帝国との全面衝突をほんの少しだが先延ばしに出来る。


 だが、敵の数が多すぎるというのはそれだけで脅威でもある。

 たとえ戦闘力に大きな差があったとしても、物理的な数の差はそれを容易に覆すこともある。

 ウェインやギル、ビームちゃんのような近接戦闘に秀でた者なら単騎でも戦闘を行なう事が出来るが、明太リストのような魔法使いタイプにはそれが顕著に表れる。


「なっ!? いつの間──うわあ!」


「明太!?」


 敵の姿に遮られて見えていなかったが、明太リストが囲まれていた。

 いや囲まれているのはウェインたち全員がそうなのだが、いつの間にか明太リストだけが分断されて離されていたのである。

 おそらく、魔法使いタイプである明太リストを先に始末するために意識してそう動いたのだろう。

 こちらは4人しかいないため、ひとりでも落とされてしまうと戦力は大きくダウンしてしまう。


「大丈夫か! 明太!」


 返事がない。


〈──ごめん、やられた! 今リスポーンしたとこだけど、気をつけて! 獣人たちの中に異常な戦闘力の奴が混じってる! LPも見えなかったし、暗殺系の傭兵かもしれない! 一撃だった!〉


 明太リストは前衛のウェインたちに比べれば装備的にも能力値的にも耐久度は低めではあるが、それでも第一線で戦ってきたプレイヤーだ。

 それを一撃でキルするとなると、並の傭兵ではない。


「くそ、油断したか! 今さらだけど、固まって対処を──」


「──許すと思う?」


「何、うわ!」


 連携を取ろうとギルの姿を探すウェインの隙を突き、鋭く斬りかかってきた者がいた。


 獣人の女剣士のようだがその容姿は非常に美しく、一兵卒にはとても見えない。

 周りの獣人たちも、攻撃を終えた彼女の周囲を守るように立っている。明らかに指揮官級だ。

 その実力も他の獣人とは一線を画している。ペアレの貴族の生き残りだろうか。

 ウェインの印象では、ペアレ王国は他国と違い、貴族であってもそう極端に強いというわけでもなかったはずなのだが、例外もあるのか。

 というか、これほどの強さとなると、下手をすれば亡き第一王子オーギュストに迫るのではないだろうか。人の身でこのLPの多さは少し異常だ。

 もしかしたら貴族ではなく王族、オーギュストの兄弟か何かなのかもしれない。


「たった4人に手子摺てこずるなんて、ガスパール陛下が集めた手勢も知れてるって事なのかな。こんなところで足踏みしているほど、余裕がある行軍ではないと思うんだけど」


「く、獣人の……貴族か!」


 この指揮官の女の言い草からすると、ウェルス王国残党のガスパールと獣人たちは、協力体制にはあっても完全に同調した集団というわけではないのかもしれない。

 うまくすればそこに付け入る隙が生まれる、かもしれないが、彼らがプレイヤーを憎悪している事だけは共通している。そうなると仲間割れが狙えるとしてもそれは神聖帝国との戦いの後になるだろう。それでは遅い。


 しかし、斬りつけられた傷が深い。

 女指揮官が持つ剣は何という事のない数打ちの片手剣に見えるが、おそらく相当な業物だ。こちらの油断を誘うため、あえて何でもない装飾で偽装しているのだろう。


「あなた、異邦人なのよね。それなら、ここで死んでも本当の意味で死ぬことはない。

 戻ったら、神聖帝国のお仲間に伝えておきなさい。

 ウェルス国王ガスパールとポートリー国王エルネストは、命ある限り神聖帝国と異邦人を赦す事はない、とね」


「何──ぐっは……!?」


《抵抗に失敗しました》


 女指揮官に集中していたウェインは、突然背中に熱を感じて振り返った。

 ウェインの背後にも獣人の女が回り込んでいた。こちらは大きな盾を持っている。

 この女が背後からウェインの鎧の隙間を縫うようにして刺したのだろう。

 刃は背中からかなり深くまで入り込んだ感触があった。おそらく内臓にまで達している。すぐに治療しなければ動けなくなる恐れがある。

 前方の指揮官同様、背後の女の装備もみすぼらしく見えるが、その程度の武器ではウェインにこれほどの深手を与える事は出来ないはずだ。見た目通りの性能ではない。

 いやその前に、背後の女が持っている剣は斬るための剣だ。サイズ的にはバスタードソードだろうか。刺したり突いたりすることには向いていない。

 刺された感触から言ってもスティレットのような刺突に特化した刃物だったように思えるが、別途サブウェポンでも隠し持っているのか。

 だとしたら今バスタードソードに持ち替えているのは何故なのか。


「く、そ……。ギルは……、ビームちゃんは……」


「他の2人なら、今ごろ始末されているはずだよ。あなたで最後。まあ、そのあなたももう終わってるけど」


「な、なに……どういう、いみ……あ、あれ、からだが……」


 全身から力が抜けていく。意識が飛びそうになるほどの脱力感がある。

 ゲームでもリアルでも体験した事のない感覚だが、直感的にまずいと感じる。生命の危機だ。


「これは……ど、どく、か……」


 刺されたスティレットに毒が塗られていたようだ。

 先ほどのシステムメッセージはこの毒の事を言っていたのか。

 毒を与えてくるような魔物が出るダンジョンに行くときは毒対策は十分にしていたし、最近はそういう事も少なかった。

 まさか人間相手に毒を受けるなど考えた事もなかった。しかもこのLPの減り方からすると相当強い毒らしい。

 前方の指揮官に斬られたダメージも、今刺されたダメージもある。

 長くはもたない。

 女獣人の言う、もう終わっているというのも間違いではない。


「ここ……まで……か……」





《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》






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