第453話「ウェルスの亡霊」(ウェイン視点)





「とりあえずここらは片付いたな」


「周辺には魔物はいない、みたいだね」


「ふう。お疲れ様。でも、王都は広いし、すべての魔物を倒し切るのはちょっと無理じゃないかなこれ……」


 何度目かの魔物の群れとの戦闘を征し、ウェインたちは息をついた。


 ここは魔物の巣窟と成り果ててしまった、旧ウェルス王都の中である。

 魔物たちは建物の中にも入り込んでいる場合があるため、油断していると奇襲を受けかねない。休憩するのであれば野外ではなく建物の中をクリアリングして出入り口を固めた方が安全だ。


「まあな。1体1体は大した強さじゃないが、数がな。ここもダンジョンとして認定されればプレイヤーも来てくれるのかもしれないけどよ、何でかそういうふうでもねえし」


 ビームちゃんが肩を回しながらぼやいた。

 確かに、この魔物の密度でこの弱さなら、中堅くらいのプレイヤーにとっては恰好の狩り場になるだろう。

 人気がないのは知名度のなさと、アクセスの悪さのせいだ。


「ボスとかいるんかな。ボスを倒せばダンジョン内のほとんどの雑魚はいなくなるから、掃除って意味じゃ手っ取り早いんだが」


「だからダンジョンじゃないって」


「見たところ、この王都は出てくる魔物の種類はまちまちだ。ボスを倒しても雑魚が消えないタイプのダンジョンなんかにはそういうところもあるみたいだけど、それを考えると、仮にここがダンジョン化したとしても問題の解決にはならないかもね」


「そっか。そりゃそうだよな。ダンジョン化するってことは、ここが魔物の領域だって正式に認定されるってことでもある。そうなっちまったら例え魔物を全滅させたとしてもすぐに復活しちまう事になるし、王都を何とかしたいと思うならダンジョン化なんてしないほうがいいのか」


 ダンジョンが実装されてからかなり時間も経っている。

 これまでに、ダンジョンを攻略した、という話はウェインもいくつか耳にした事がある。


 その報告によれば、ダンジョンのボスを倒すと、そのダンジョン内の全てか、ほとんどの魔物は一斉に死亡するらしい。

 この時自動的に死亡した魔物は、ボスを倒したパーティでなくても剥ぎ取りや死体漁りが可能であるため、度々トラブルになったりもしているが、それだけに攻略が予想されるダンジョンにはプレイヤーが多く集まったりもする。

 ただそのボスも、3時間後にはリスポーンする事になる。

 さらにその1時間後には雑魚もリスポーンするため、ダンジョンでは基本的に雑魚モンスターはボスの眷属であるのだろう。

 まれにボスをリスキルしようと考えるパーティも出るが、そういった行為は他のプレイヤーのダンジョン攻略を妨害する事になるため、そのダンジョンに挑む他の全てのプレイヤーの反感を買うことになる。場合によっては、その後そのダンジョンでターゲットになるのはダンジョンのモンスターではなく、リスキル目当てのプレイヤーパーティになる。結果的にデメリットの方が大きいようで、継続的にそれを生業にしているプレイヤーの話は聞かない。


 マグナメルムの息のかかったダンジョンについては難易度に関わらずボスだけが異様に強く、あるいは劣勢になるとボスが複数現れたりもするため、表に出ている情報では攻略出来たという話は聞こえてきていない。

 ただそれだけにわかりやすく、セプテムやノウェム、オクトーの姿が確認されていないダンジョンであっても、難易度の割にボスが強すぎる場所などはマグナメルム絡みなのだろうなと推測する事が出来ていた。

 そういった事情から、マグナメルムダンジョンについてはボス部屋前で引き返すことで、暫定的に攻略扱いにするというローカルルールも生まれていた。


「なんにしても、こりゃビームちゃんがひとりでどうこうできるような作業じゃないぞ。敵は大して強くはないから、時間さえかければいつかは駆逐できるかもしれないが……」


 ただ、大戦後から今までの間にこれほど魔物が増えてしまった事を考えると、時間がかかると討伐ペースが増殖ペースを上回れない可能性もある。


「そりゃわかってるんだけどな。なんつーか、俺の自己満足みたいなところもあるし、あんまりハセラたちには言いづらくてよ……」


 確かに、今さら旧王都を綺麗にしたところで何か意味があるというわけでもない。

 それどころか、仮に放っておいた結果旧王都がヒルス王都のようにダンジョン化した場合、その方が神聖帝国にとってメリットが大きいとさえ言える。

 何しろ神聖帝国の首都、聖都グロースムントとこの旧王都はもともと衛星都市だった事もあり、距離が近いからだ。管理できる範囲でダンジョン化する分には、首都近郊のアトラクションとして非常に優秀だ。

 この魔物たちの様子を見る限りでは☆3を超えるダンジョンになってしまう可能性は極めて低いだろうし、ダンジョン化しても十分管理していけるだろう。









「──よし。今日はこんなところにしとくか。悪かったなウェイン、ギル、明太。付き合わせちまってよ。

 俺はしばらくは暇を見つけてここの掃除をソロでもやってくつもりだが、お前らこれからどうすんだ?」


「んー。別にこれと言って目的があるってわけでもねえしな。気晴らしみたいなもんだったし。

 どうするウェイン」


「気晴らしは気晴らしだけど、ギルが料理コンテストでリベンジするって目的はあるだろ。次のコンテストまでの間、俺たちはここでビームちゃんと魔物を狩って、ギルはキャンプで料理を作る、っていうプランでも構わないけど。明太は?」


「僕もそれでいいと思うよ。となると暫定的な拠点はグロースムントか。いろいろ様子を見に行きたいところもあるし、むしろちょうどいい感じかな」


 何の様子を見に行くつもりなのか。

 おそらく明太の金策が関わっているのだろうが、深く突っ込んで聞くのは少し覚悟がいるような気がするためなかなか聞く気になれないでいた。


 聖都に帰るため、旧王都から出た。距離はあるが、ウェインたちの能力値なら走ればすぐだ。

 しばらくこの辺りで活動するなら馬を買ってもいいかもしれない。

 馬に代表されるような、使役しやすい魔物は人気が高い。課金アイテム前提なのでSNSでは賛否両論だが、リアルマネーを使う事に抵抗がないなら買わない理由はなかった。

 確か聖都にも専門ショップがあったはずだ。ちらりと見たところでは、聖教会が運営しているとの事で他都市に比べて値段はややリーズナブルだった。


「じゃあ聖都に宿を──」


「──待て! 何か大勢で王都に近づいてくる気配がある!」


 ギルが一行に警告を飛ばし、直後にウェインも気がついた。


 整然というほど整然と並んでいるわけでもないが、隊列を組んでこちらに向かってくる集団がいる。

 レイド級、などという規模ではない。もっと多くの人間だ。

 まるで軍隊、これから戦争でもするかのような雰囲気である。

 彼らの向かう先に旧王都がある事を考えれば、あの軍隊の目的地は旧ウェルス王都だろう。


 何の目的で魔物しかいない廃都に向かって進軍しているのか。

 あれがプレイヤーである、というのは考えづらい。

 さすがに公式SNSを使わずにこれほどのプレイヤーを招集するのは無理だろうし、もし公式SNSを使っていたとしたら何かしらの話題に上がっていたはずだ。いくら最近は書き込みを控えていると言っても、閲覧していないわけではない。


「なんだあれ……。ただ事じゃねえぞ」


「……僕も知らないな。向かってきている方向からすると、少なくとも聖都から来た軍隊じゃないみたいだけど」


「そりゃそうだろ。聖都から、神聖アマーリエ帝国から軍隊が派遣されるなんて話、俺は聞いてねえ……」


 首脳部のひとりであるビームちゃんが知らないのであれば、やはり神聖帝国は関係ないとみていい。

 旧ウェルス王国内で、神聖帝国と関わりがなく、それでいてあれほどの軍隊を用意出来るような勢力などあっただろうか。


「──ありゃ、獣人か? もしかして、この間の戦争の続きでもしようってのか?」


「続きって、別にウェルスとペアレは直接やりあっちゃいねえだろ! そりゃ宣戦布告はされたけどよ、攻めるんだったらポートリーかシェイプじゃねえのかよ!」


「ポートリーに攻め入るためにはヒルスを抜けなきゃならないからね。

 ていうか、獣人だけじゃないみたいだよ。ヒューマンと……少ないけどエルフもいるな」


「混成軍か。ドワーフが居ないのは何でだ」


「単純にドワーフが多いシェイプが遠いからか、あるいはドワーフを構成員に出来ない理由でもあるのか……」


 話しているうちにも軍隊はどんどん近付いてくる。

 もう逃げるのも難しい距離だ。

 もし穏便に済ませる事が出来なかった場合、死に戻りしか手がない。

 ここの魔物がそれほど強くなかったことや、ここ最近あまり戦闘で稼いでいなかったことなども考えると、正直今のウェインたちにデスペナルティは痛い。


「もうここまで来たら直接聞いてみるしかねえな……。最悪の場合、どうする?」


「最悪の場合っていうと?」


「あの軍隊がどこかの国の正規軍とかで、しかも戦闘が避けられない場合の事だよ。抵抗するのか、無抵抗でリスポンするのか、どういう対応を取るのかは決めておいた方がいいだろ」


 タンクとして肝が据わっているギルは、最終的な判断こそウェインや明太リストに投げてくる事が多いが、その判断のための道筋はこうして用意してくれる。

 あの軍隊が正規軍だった場合、抵抗するという事はその国と敵対するという事だ。

 心当たりがある国がない以上、すぐには決断できないが、もうそんな時間もない。

 仮にウェインたちの知らない国があったとして、一国を敵に回す覚悟があるのかとギルは問うている。


 普通に考えれば無抵抗で命を差し出した方が賢いだろう。

 プレイヤーの命は軽い。経験値1割のペナルティは重いが、取り戻せないほどのものでもない。

 だが、神聖帝国重鎮であるビームちゃんの存在は問題だ。

 彼女もここで死亡したとして、その事が公にならないのであればまだいい。

 もしその事実が公になった場合、例えこの謎の軍隊を敵に回さずに済んだとしても、代わりに神聖帝国が敵に回ることになるかもしれない。

 ウェインたちが投降した結果殺されるという事は、ビームちゃんの身柄を相手に差し出すのと同じ事だからだ。ある意味自分たちだけリスポーンで逃げるようなものである。


 かといって、抵抗して相手に損害を与えてしまうのもいいとは言えない。

 ビームちゃんがこちらにいることで、その行動がもし神聖帝国の意志だと判断されてしまった場合、あの軍隊と神聖帝国との間で衝突が起きる可能性がある。


「くそ、見つけた瞬間逃げときゃよかったぜ」


「言っても仕方ないだろ。最悪の場合、俺たちがどうするかはビームちゃん次第だ。下手をすると神聖帝国を取り巻く国際問題になりかねない」


 決断を投げてしまうようで申し訳ないが、こればかりはどうしようもない。

 ギルも明太リストも、ビームちゃんの判断に従うと決めたウェインの決定に従ってくれるようで、神妙な顔つきでビームちゃんを見つめている。


 そのビームちゃんはしばらく眼を閉じて考える素振りを見せていたが、やがて眼を開き、答えた。


「──まずは話を聞いてからだが、もしあいつらが旧王都を制圧しようとするってんなら、退くわけにはいかねえ」


 軍隊で街を目指しているとなると、考えられるのは軍事力による制圧くらいだ。

 今や魔物しか住んでいないこの街を制圧して得がある勢力などいるのだろうか。


「まさか……、いや、でも……」


「なんだよ明太。心当たりあんのか」


「……確か、ウェルスの第一王子って、死亡は確認されてなかったよね」


 あの日。

 ウェインたちは乱心した国王と戦った。

 その戦いの結末はセプテムが強引に決めてしまったが、あの時セプテムの即死魔法によってキルされたのは確か第二王子だった。

 第一王子についてはよく知らないが、もし死んでいないとしたら。

 いや、考えてみれば、この地に軍を率いてやってくるとしたらウェルス第一王子以外にはないだろう。


 その事に思い至っていたらしいビームちゃんが、絞り出すように言う。


「……あれが第一王子だったとしたら、ウェルス王国の亡霊ってことだ。俺ら神聖アマーリエ帝国っつーのはウェルス王国にとっちゃ仇敵以外の何者でもねえ。もしそうだった場合、ここで一戦交える事になるって点については、さっきフレチャでハセラたちにも了解をとった。

 お前らにゃ悪いが、穏便に済ますってのは無理かもな……」





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