第452話「分裂、合流、新党結成」(ジャネット視点)
ガスパールとエルネスト。2人の自称国王陛下の率いる軍に参加して幾日かが経った。
ジャネットたちは貴族と
領主館の客室を貸してくれるという話を受けたのだが、さすがにそこまで彼らを信用する事は出来なかったため、ライリーが手配してくれたらしい街の高級宿屋で寝泊まりする事にしていた。
ゲームの中ではこうした高級な宿には泊まった事がなかったが、サービスも行き届いており、それでいて秘密保持という点でもしっかりしているようで、たとえ国家が相手でもジャネットたちのプライバシーが侵害される事は無いようだった。
ペアレとウェルスというお国柄の違いもあるのか、かつてキーファの宿屋に用意してもらったマイホームめいた個室と比べても非常に快適に感じられる。
ガスパールたちのレジスタンスとは日に一度、時間を設けて会談を行なっていた。
ジャネットたちから聞いた話を重要視したガスパールは工作員をペアレ方面へ向かわせ、プレイヤーに恨みを持つ獣人を大勢スカウトさせる方針に切り替えたようだ。
国内ではもうレジスタンスへ賛同する人数は増やせないらしい。神聖帝国はもともとウェルスにいたNPC国民の人気の高さによって樹立したようなものなのだから、反神聖帝国色が強いこの街で人数が頭打ちならそうなるだろう。
ペアレの獣人たちを引き入れる事にエルネストは難色を示していたようだが、まずは戦力を確保しなければ何も出来ないというガスパールの意見に押される形で了承していた。
この様子から見る限りでは、2人はある程度対等な関係であるらしい。
ジャネットの認識ではエルネストは一応は亡国の王であるが、ガスパールは亡国の王子に過ぎない。であればたとえ見かけ上の年齢が近いとしてもその立場の差は歴然であるはずだ。
ちらりと見かけたレジスタンスの構成員もエルフよりもヒューマンの方がかなり多かったようだし、エルネストはもしかしたらあまり戦力を持っていないのかもしれない。
この都市がペアレ国境に近いという事もあり、ガスパールとエルネストの放った工作員は、かなりの数の獣人たちを
工作員はヒューマン、エルフ、獣人と3つの種族で構成されていたため、各種族が連携して行動を起こそうとしているとアピール出来た事もペアレ獣人たちの信用を得る助けになったのだろう。
しかしジャネットたちが言うのも何だが、工作員を任せられるほどの獣人の協力者などウェルスでよく見つけられたものである。
と思っていたらその工作員とはモニカの事だった。
会った時、目があったモニカはジャネットたちに深々とお辞儀をしてきた。
どうやらジャネットたちを貴族だとする設定をどこかから聞きつけ、それを前提に行動しているらしい。工作員として協力しているのも貴族であるジャネットたちに報いるためだ、と後でガスパールから聞いた。
スカウトされてきたという獣人たちの中には普通にライリーも紛れているし、これはつまり、いざとなったらセプテムが助けてくれるということだろうか。
甘えるのは良くないが、何かあったら上司が責任を取ってくれると考えれば気が楽になる。
実際のところ、ジャネットたちがガスパールたちにした話はSNSで得た情報や又聞きの話ばかりだった。
しかし、立場はともかく情報の正確さという意味ではプレイヤーのSNSは一定の信頼性がある。明確に間違った事実が書き込まれれば別の誰かによってすぐに訂正されたりするためだ。もちろん真実を誰も知らない事柄についてはその限りではないが。
そのため、嘘から出た真と言おうか、ペアレの獣人たちの多くはジャネットが言ったようにプレイヤーに対して憎悪を滾らせており、直接的に戦ったわけではない神聖アマーリエ帝国のプレイヤーたちに対しても快く思っていないのは事実であるようだった。
少なくとも、このように徒党を組んで襲撃しても心が痛まないという程度には嫌っているらしい。
そうして集結したレジスタンス軍の割合は、エルフが1割、ヒューマンが4割、獣人が5割といった構成になった。
一応貴族だという事になっているため、ジャネットたちは獣人たちの部隊のリーダーを任されていた。
プレイヤーに恨みを持つペアレの獣人たちの中には貴族はいないようで、そのことに反対する者はいなかった。むしろペアレを蹂躙した異邦人たちに鉄槌を下すための旗頭になってほしいと懇願されたほどだった。
これでは絶対にプレイヤーだとバレるわけにはいかない。
もしバレれば囲まれて袋叩きにされてしまう。
*
地方の都市国家が管理しきれる軍隊の規模など、たかが知れている。
レジスタンスがその範囲を大幅に超えてしまった以上、いつまでもそのままでいるわけにはいかない。軍隊というのは、何もしなくてもただ持っているだけで凄まじい金が消費されていくものだからだ。
小国の軍隊の規模を超えたレジスタンスの力をその手にしたガスパールは、ついに決断した。その決断には盟友たるエルネストの意志も絡んでいるのだろう。
決起の時が来たのだ。
「──ついに、虐げられた我らが、世にその存在を知らしめる時が来た! あの大戦の屈辱を思い出せ! 異邦人どもに、愛する者を理不尽に奪われたあの悔しさを!
それほどの仕打ちをした異邦人どもは、今は何をしている!? そうだ! あのグロースムントに聖都なる不遜な名をつけ、聖教会と結託し、毎日のように飲めや歌えの馬鹿騒ぎだ!
我々の命を、存在を足蹴にしておいて、そのような事が許されるのか!
否! 断じて否だ!
これは聖戦だ! それも異邦人どもが騙っていた偽りの聖戦ではない! 真なる聖戦だ!
そうだ! 聖なるは我らであり、聖女を騙るあの詐欺師や異邦人どもでは断じてない!
この大陸から異邦人どもを駆逐し、在りし日の安らぎをこの手に取り戻すのだ!」
ガスパールの宣言を聞き、集まったレジスタンスは皆
思いこみが激しいだけのお坊ちゃんかと思っていたが、扇動者としての才能はあるらしい。そういう教育だけは受けていたのだろうか。
言っている内容もそれほど的外れでもない。
聖女が詐欺師かどうかは知らないが、セプテムが倒したウェルス王の種族は聖王だったと聞いている。そうであれば、ゲーム設定的には確かにその子であるガスパールは聖なる種族の血をひくものと言えるだろう。
また、飲めや歌えの馬鹿騒ぎかどうかは知らないが、少なくとも連日のように聖都グロースムントで料理コンテストやファッションショーなどのプレイヤーズイベントを開催しているのも間違いない。
どれも観客としては興味があるが、事情が事情のため見学はできていなかった。
演説を終えたガスパールが下がり、入れ替わるように壇上にエルネストが立った。
レジスタンスに参加すると決めた時に覚悟はしていただろうが、獣人たちの雰囲気がこころなしか固くなる。
野次や暴言が飛ばないのはジャネットたちが自制するよう言っておいたからだ。
「──私がこの場にいることについては、思うところがある者もいると思う。
だが聞いてくれ! あれは、あの戦争こそは、全てが仕組まれたものだったのだ!
あの戦争はエルフと獣人による種族的な対立が主な原因とされているが、それは違う!
全てはそれを狙ったオーラル王国と、その王国に手を貸した異邦人たちによる陰謀だったのだ!
見よ! この場を!
ここではヒューマン、エルフ、獣人が、それぞれ志を持って自分の足で確かに立っている! これだ! これこそがこの世界の正しい姿なのだ! 種族が違うというだけで争い、差別するのは間違っている! 私たちは手を取り合って発展していけるのだ!
それを快く思わないオーラル王国が、我々を分断しようとあのような陰謀を仕掛け、異邦人たちが面白半分に手を貸した!
そのせいで、こんな間違った世の中になってしまったのだ!
過去の遺恨は忘れろとは言わない。
だが今この時だけは! せめて異邦人を叩き出し、オーラル王国に思い知らせるまでは! どうか手をとり、共に戦ってもらいたい!」
こちらも何となく正しい事を言っているような気がする。
ただ、プレイヤーたちが面白半分に行動するのは当然の事でもある。彼らにとっては「この世界に来る」という行為自体が娯楽に他ならないからだ。
ジャネットたちにももちろんそういう気持ちはある。
現在で言えば、それに加えて「推しに仕える悦びを満喫しているところ」と言えるだろうか。
レジスタンスの彼らに協力しているのも娯楽の一環である。
その意味では、彼らは面白半分に大陸を掻き回す者たちのお陰でこうして決起できたのだとも言える。
レジスタンスに参加している種族のうち、半数以上は獣人だ。
彼らはジャネットを貴族だと思っており、この集団のリーダー的存在だと認識している。
そのため、エルネストの後にジャネットたちが登壇するのを期待しているようだった。
だが彼らにとっては残念な事にこれが叶う事はなかった。
ガスパールはジャネットたちを協力者と認めてはいても、組織の主導者としては認めていないらしい。ジャネットに演説の機会が回ってくる事はなかった。
別にジャネットも演説がしたいわけではないしどうでもいいのだが、これは後々さらなる軋轢を生むかもしれない。
エルネストは壇上で、大戦の経緯については「過去の遺恨」として終わった事のように話していたが、それはあくまで加害者側の理論である。
そのせいで自国の王子を殺され、戦争によって大量の国民が死ぬことになったペアレ王国にとって、過去の遺恨では済まされない問題だ。
異邦人に危害を加えるという目的のために集まったこのレジスタンスに、スカウトされたからというだけでペアレ地方からわざわざ参加しにやってきた獣人たちである。
おそらく彼らが戦争で亡くしたのは、自国の王子だけでなく、近しい家族や友人たちもなのだろう。
ガスパールやエルネストたちは耳触りのいい事を言っているが、彼らの中に未だ根強い差別意識があるのはおそらく間違いない。
なんとなく、獣人たちを下に見ているような雰囲気を感じることがあるからだ。
リアルではヒューマンに近く、獣人と言ってもアバターだけの話であるジャネットがそう感じるくらいである。生粋の獣人たちならもっと敏感に感じ取っているに違いない。
まずうまくいかないとは思うが、もし万が一、この反乱軍が神聖アマーリエ帝国を倒し、ウェルスに王国を再建できたとしたら、その時レジスタンスはどうなるだろうか。
次はポートリーの開放に向かうのだろうか。
それとも隣のペアレだろうか。
いや、ガスパールがペアレやポートリーの開放に尽力するというイメージは湧かない。
なんだかんだと理由をつけて、新生ウェルス王国が安定するまで戦力を引き止めておくのではないだろうか。
そうなった時の為にジャネットたちがすべきことは何か。
もちろん、不満を燻らせている獣人たちを焚きつけておく事だろう。
王子であるオーギュストでさえ唆す事が出来たのだ。
あれよりINTも低く、ガスパールの配下たちの口車に乗せられてしまう程度の獣人たちであれば、造作もないことだ。
壇上には再びガスパールが登り、エルネストと2人で宣言していた。
「──これより、この地に集まった志を同じくする者たちで「正統なる断罪者」を名乗ることとする! そして異邦人──つまり異なる
*
決起と言ってもすぐさま神聖帝国に対して宣戦布告をするとかそういう事はない。行動は開始するが、神聖帝国に攻撃をしかけるわけではない。
神聖アマーリエ帝国は国家として世界から正式に認められ、運営されている。
システム的な事まで理解しているわけではないだろうが、ガスパールたちにもそれは何となくわかっているようだ。
まずはウェルスの旧王都を奪還し、その地を実効支配する事で正統性を主張し、しかる後に宣戦布告する、とガスパールは言っていた。
なんでも、崩壊し人が居なくなった旧王都は今、周辺の魔物たちの巣窟になっているらしい。戦争の影響で棲み処を追われたのは人類だけではないということだろう。
レジスタンス「正当なる断罪者」はその総力で旧ウェルス王国王都へと進軍を開始した。
実効支配の時点で正統性も何もあったものではないが、血筋だけなら確かにガスパールはウェルス王室の血統なのだろうし、その意味ではわからないでもない。
しかしプレイヤーとして俯瞰的な情報を持ち、現代的な教育を受けたジャネットたちにとっては、支持する国民の数が半減したことによって滅亡したとされるウェルス王国自体、そもそも正統性が残っているとは思えなかった。
仮に国家を土地由来のものだと定義するならば、これは言ってみれば選挙に負けて野党に転落した前政権が軍事クーデターを起こそうとしているようなものである。
異邦人のせいで全てを奪われた、という言い分はわからないでもないが、そうなってしまった一因には間違いなくウェルス王家の怠慢もあるだろう。王家がしっかりしていれば聖女に人気で負ける事もなかったはずなのだ。
神聖アマーリエ帝国の支持基盤が聖女のファンである以上、王家の人気が高ければ国が滅びる事もなかった。
もっともヒルス王国やシェイプ王国などの末路を見る限り、マグナメルムに目を付けられた時点で、王家がどうあがいたとしても滅亡という結果は変わらなかったのかもしれないが。
いやむしろ、それらの例と比較すれば王族であるガスパールが生存しているというだけで僥倖だったとさえ言えるのではないだろうか。
おそらく誰も詳細には調べてないだろうし調べようもないだろうが、サービス開始からこれまでの累計死者数で言えば、ウェルス地方はオーラル王国に次いで低い数値が出ているはずだ。
その上で王族まで生き残れているのなら、むしろうまくやっている方だと言える。
と、ジャネットはそのような内容を、少々マイルドにしてレジスタンス──正統なる断罪者の獣人たちに話して聞かせてみた。
ウェルス旧王都へと向かう行軍の間、暇だったからでもある。
もちろん、異邦人を擁護するような言い方はしない。
異邦人たちは許せないが、ウェルス王家の生き残りが彼らを目の敵にするのはただの逆恨みなのではないか。
他の国を見れば分かるが、シェイプもヒルスも王族などひとりも残っていない。ペアレ王国にしても、第二王子シルヴェストルは行方不明である。もちろんジャネットは王子の生存を信じて疑わないが、少なくともシルヴェストルよりもガスパールたちの方がはるかに恵まれた状況にあるのは間違いない。
五体満足に生き残っているガスパールとエルネストが何を言ったところで、本当に全てを奪われたものたちの心には何も響かない。
そういう具合にだ。
この説法には感銘を受けた者も多くおり、正統なる断罪者の獣人たちは日に日にレジスタンス上層部への不信感を募らせていった。
ガスパールもエルネストも、先がない身でありながらも精一杯準備してこのレジスタンスを組織したに違いない。
それが、元は身から出た錆とはいえ、ジャネットたちの暗躍によって崩壊してしまったとしたら。
ジャネットはワクワクしていた。
これぞ暗躍の醍醐味と言えるのではないだろうか。
セプテムが褒めてくれる姿が目に浮かぶようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます