第451話「聖都の休日」(ウェイン視点)





「──ダメでした……」


 肩を落とすギノレガメッシュを明太リストと2人で慰めた。


「そう気を落とさないでよ。今回は残念だったけど、別にこれで終わりってわけでもないしさ。この規模のイベントだったらしょっちゅうやるでしょ。

 なんかイベント会場も急ごしらえって感じしないし、明らかにイベント前提で建設された建物だよねこれ。え、このために建てたのかな……」


 明太リストが言う通り、現実に存在する開放型のイベント会場を模して作られているらしいこの建物は、鉄らしき金属の骨組みでしっかりと組み上げられており、少々の悪天候でも問題なくイベントが開催できそうな安心感がある。

 料理コンテストの為かどうかはわからないが、各種イベントを問題なく開催出来るように建築系スキルを駆使して作られたものであろう事は明らかだ。

 他の建物とのデザイン的な差異もないため、都市デザインを行なった人物がこの会場も設計したのだろう。

 つまり国策ということである。

 国のトップはハセラやビームちゃんたちなので、彼らがプレイヤーズイベントをそれだけ重要視しているということだ。


「明太明太、話が逸れてるぞ。

 俺たちも外野で見てただけだけど、出場者の人らはバフ無し部門でもかなり気合入った人ばっかりだったみたいだしね。

 NPC──現地の人も出られるんだよねこれ。明らかにプロの人とかいるけど」


 バフ無し専門と言っても、ゲーム内世界に住む人たちも食事のたびにバフが必要というわけでもないはずだ。

 バフ付き料理には専用のスキルや専用の道具が必要になるという事は、それだけ費用がかかるという事でもある。普段の食事はバフ無しの物をるだろうし、一般向けにそういうリーズナブルな食堂を営んでいるNPCやプレイヤーもいる。

 普段から料理を生業にしているプロフェッショナルが参加していたのなら、趣味で料理をしているだけのギルが太刀打ちできないのも仕方がない。

 事実、バフ無し部門優勝者は大戦の折にウェルス王都から避難してきたNPCの料理人のようだった。


 ちなみにバフ有り部門で優勝していたのもNPCだったらしい。

 プレイヤーも大勢が出場していたようだが、中には料理を爆発させて退場になっていた者もいた。ゲームならではの刺激的な味を開発したかったなどと供述していた。


「──そうだな。今回のこの悔しさはまた次回に活かすとして……。

 もともと気分転換の為に来たんだ。コンテストの結果の事は忘れて、どこかのダンジョンにでも潜ろうぜ!」


「そうだね。

 っていっても聖都グロースムントはもともと比較的安全な立地の街だし、近くにダンジョンなんて確か無かったけど」


 このグロースムントはかつてはウェルス王国の王都の衛星都市に過ぎなかったが、大戦の直前に壊滅し、そこから神聖帝国の首都として全てを新しく作り直した街だ。イベント会場を都市計画に盛り込めたのもまるごと再建したからである。

 安全であったはずのグロースムントがなぜ壊滅するに至ったのか。

 それにはプレイヤーが絡んでいる。

 と言ってもウェインたちのような一般的なプレイヤーではない。

 魔物としての生を選んだ、つまり人類国家を敵に回す事を選んだプレイヤーたちだ。


「しかし、いくら魔物は進化しやすいって言ってもよ。

 あの短期間でよく街一つ壊滅させられたよな。ええと、その後王都にちょっかいかけて、ペアレに入ってゾルレンを襲って、最終的にはポートリー王国を滅ぼしたんだったか。

 普通に考えてプレイヤーに出来ることなのかそれ」


「災厄級のNPCがバックについてるんじゃないか、って噂もあるよ。

 ほら、この国だってシステム上はハセラが国家元首だけど、現地人とか他国に対する表向きの建前だと聖女様がトップに君臨してるって事になってるでしょ。そんな感じ。

 いきなりウェルスを襲ったのも、そのボスが実は聖女様と何らかの因縁がある魔物で、聖女様もその魔物との戦いで光を失ったんじゃないかなんて話もあったかな」


「それ本当なの?」


「だから噂だって。辻褄は合わなくもないけど、根拠も何もないただの噂だよ」


 そんな雑談をしながらイベント会場を離れ、街の中心にある転移装置に向かう。

 一度壊滅したという経緯から、この街には実は傭兵組合はない。

 ただ一定数以上のNPCが暮らしているという条件は満たしているため、転移装置は存在している。

 その転移装置は街の中心、聖城の前の広場にある。


 傭兵組合がない事による問題は転移装置だけではない。当然の事だが、傭兵の生活のサポートをしてもらえない事もである。

 もともと魔物の領域やダンジョンも近くには無かったため傭兵の数も少なかったのだが、傭兵の仕事は魔物退治だけではない。傭兵はあらゆるトラブルの解決のために求められる。

 そういった、街なかの些細な問題を依頼としてまとめて傭兵に斡旋するのも組合の役割だ。


 しかしこの聖都グロースムントにおいてはその問題さえもクリアされていた。

 傭兵組合の代わりに聖教会がその業務を代行しているためだ。

 建国当初こそ慣れない仕事のためか細かいトラブルが頻発していたようだが、その頃はまだグロースムントにも神聖帝国に参加しているプレイヤーか聖教会関係者くらいしかいなかった事もあり、逆にスタッフによるテスト期間としてうまくノウハウを蓄積する事が出来たらしい。

 そうして今では他の都市の傭兵組合に引けを取らない組織的なサポートが出来るに至っているというわけである。

 これもプレイヤーである国家元首と聖教会トップであるNPCとの結びつきが強いおかげだろう。

 そういう特殊な事情もあってのことだが、この街はウェインが知る限りでは大陸で唯一、傭兵組合が入っていない大都市となっていた。





「──よお、コンテストは見てたぜ。残念だったなお前ら」


 聖城前の広場に着いたところで、ビームちゃんから声をかけられた。

 まるで柄の悪い男性のような話し方だが、アバターは小柄な少女である。中身が男性だからだという噂もあるが、所作については女性として違和感がないため、単に口が悪いだけの女性プレイヤーなのではという説もある。


 そんなビームちゃんはハセラの補佐として神聖アマーリエ帝国の運営に携わっているプレイヤーだ。

 一時は目が回るほど忙しいとこぼしていたが、今は実務の大半を聖教会のNPCがサポートしてくれるようになったとかで、かなり時間が出来たと言っていた。この街で積極的にプレイヤーズイベントが開催されているのも、そういった神聖帝国運営プレイヤーの手が空いてきたからでもある。


 プレイヤーズ国家というと、例えばシェイプ地方のバーグラー共和国なんかは国王としてNPCのドワーフを擁立してはいるものの、実際はプレイヤーたちが実権を握る傀儡国家だと言われている。

 そうしたパターンが主流な中で、この神聖帝国は逆にシステム上の国家元首こそプレイヤーであるハセラだが、実権を握っているのはNPCである聖教会という構図だ。

 トップに聖女を据えているところからしても、まるでNPCの方からプレイヤーに国を作らせたかのようにも見える。実にユニークな国であると言える。


「久しぶりだなビームちゃん。元気だったか?」


「見ての通りだ。元気は元気だけどな。忙しくなくなったのはいいんだが、ちょっと暇でよ。

 プレイヤーのイベント開催についちゃ運営もサポートしてくれてるし、あんまり俺たちがやることってねえんだよな。

 だから久々にどっかに暴れに行こうかと思ってたんだが、ハセラの馬鹿は聖女のそばから離れようとしねえし、他の連中はプレイヤーズイベントに参加してたりで、どうにも人数がな。

 見てりゃ、お前らこれからどっかに狩りに行くみたいじゃねえか。よかったら俺も連れてってくれないか?」


「聞いてたのか。それはいいけど……。

 僕らもこの辺の事よく知らないし、ダンジョンとかもどこが近いのかさっぱりでね。まあ転移で行くなら距離は関係ないんだけど、せっかくウェルスまで来たんだし、それっぽいところに行きたくてさ」


 明太のその言葉を聞くと、ビームちゃんは軽く考えるような素振りを見せた。


「……じゃあよ、旧ウェルス王都に行ってみるってのはどうだ。

 あそこは俺たちが──ってか、マグナメルムの白いヤツが王を倒した後、どっかから魔物が入り込んできたみたいで、今は荒れ放題になってんだよ。

 歴史的な建物も多いし、俺らで滅ぼしちまった手前、出来れば綺麗な状態で保存しておいてやりたいんだが、なかなか手が回らなくてな。傭兵に依頼しようにも先立つもんもないし、もし人手が集められるんなら自分で掃除しようかと思ってたんだが……」


 ウェインはウェルス王都にあまりいい思い出があるとは言えない。

 ウェインたちの行動によって王都は滅んだと言っても過言ではないし、セプテムに何度目かの敗北を刻みつけられた場所でもあるからだ。


 ただ、それだけにビームちゃんの気持ちも分かる。

 綺麗にしてやる義務があるとすれば、それはウェインたちも同じだ。

 自己満足に過ぎないが、そのくらいはしてもバチは当たらないだろう。


「──俺は構わないよ。むしろ、こっちからビームちゃんにお願いしたいくらいだ。あの王都を滅亡させたのは俺たちも一緒だし、手伝わせてくれ」


「お、そうか。ウェインはあそこで左腕バッサリいかれてたし、もしかしたらトラウマにでもなってねえかと心配してたが、大丈夫そうだな」


「ぐ、はっきり言うね……」


 通常の戦闘では、あそこまではっきりと部位破壊をされる事は少ない。

 痛みこそちょっとした信号程度にまで軽減できるとしても、自分の腕がまるごと無くなってしまう感覚というのはなかなかの恐怖だった。

 死亡したならリスポーンすればいいだけだが、もしも死なない程度に手足だけを切り取るような事をされた場合、プレイヤー相手ならかなりの恐怖を与える事が出来るのではないだろうか。程なく出血で死亡する事になるだろうが、それまでの間はそのプレイヤーにとって忘れられない時間になるはずだ。ゲームとは言え、誰もが迷いなく自決を選べるわけではない。


「──よし、決まりだな。暫定パーティだが、しばらくよろしく頼むぜビームちゃん。

 俺がタンク役で、ビームちゃんが近接アタッカー、ウェインが中衛で、明太が後衛でいいか」


「もう1枚、魔法専門職がいるとバランスいいんだが、それはしゃあないか」


「ウェインが2人分働けばいいだけだよ。中距離でヒットアンドアウェイしながら魔法も撃てば」


「無茶言うなよ……」


 なんだかんだ戦争時に稼いだ経験値で現在は『回復魔法』も取得しているウェインだ。ますます器用貧乏ぶりが加速したとも言える。

 戦闘中はやることが多すぎて、2人分の働きなどとても無理だ。





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