第442話「賞品の商品価値」





 魔族の国というくらいなのだからどれほどの魔境なのかと考えていたが、ユーベルの背中から見える光景は至って普通の国だった。

 中央大陸の国のように城壁があり、その中に街があり、その中心にはやたらと広い広場があり、そういう環境の中で、ただ肌が黒いというだけの人々が普通に生活しているように見える。


 城壁や街並みを見るに、むしろ中央大陸などより文明的には上なのではないかと思えるほどだ。

 少なくともこの大陸の玄関口だった港町よりは優れた建築技術を持っているようである。地底王国は立地条件が特殊すぎる上に、じっくり観察する前に半崩壊してしまったので比較しづらいが。


 しかし考えてみれば、エルダー・ドワーフと同格であろうリグレス・ドワーフが一般市民枠で生活しているような国である。

 技術レベルが高いのは当然と言えるのかも知れない。


「──降りるんだったら、あの真ん中の広場でいいのかしら? どうぞ降りてくださいと言わんばかりに開けているし、人もいないわ」


「やめた方がいいんじゃないかな。あれ確か、この国の聖地だよ。確か先代の魔戒樹が生えてた場所だったかな。苗木もあそこからくすねてきたんだ」


 かつて国宝が安置されていた聖地に、その国宝を盗んだ邪王が土足で舞い降りる。

 魔族の怒りの炎に油を注ぐようなものだ。

 どれほど煽り耐性が高い人物であっても殴りかかってくるだろう。


「なんか、だいたいゼノビアのせいって感じよね……」


「失敬な。だいたいはジェリィを想ってやったことなんだから、つまりジェリィのせいだよ」


「どっちでもいいよ。

 ゼノビアを連れてきた時点で友好的なコンタクトになるとは思ってないから、今さらその敵対心が増加しようが同じ事だ。

 せっかくだし、ファーストインプレッションは強烈さ重視で行こう。

 ──ユーベル。あの広場に降りて」


 高い建築技術で建てられた家々が並ぶ中にぽっかりと丸く広場が出来ている。

 レアは似たようなものを現実で見た事があった。

 そう、ヘリポートだ。

 であればあそこに降りるのが正解だろう。ご丁寧にヘリポートなんて用意している方が悪い。









 上空から街に影を落とし、徐々に降りてくる死を告げる竜の威容に、街の魔族たちも恐れながらも警戒し、遠巻きにだが広場の周りに集まってきたようだった。


 その人だかりの中から、1人のダーク・エルフ老人が歩み出てくる。

 広場に立ち、レアたちを降ろしたユーベルを見て膝が笑っているようだが、それほどの恐怖を感じているにもかかわらず前に出てきた勇気は称賛に値する。


「な、なんじゃ貴様ら! 聖地に土足で……あ! 貴様、まさか邪王ゼノビアか! 生きておったのか!」


「──ん? ごめん、誰だっけ」


 ダーク・エルフの老人であれば、もしかしたら以前にゼノビアが盗みを働いた時から生きているのかも知れない。

 しかし顔を見てすぐに思い至った相手の反応に対し、ゼノビアの方は適当なものだ。

 やられた方は容易に忘れる事が出来ないが、やった方はそうでもないという典型的な例と言える。


「……ちょっとゼノビア、そういうの一番傷つくんだから、やめてあげなさいよ」


「安心してよジェリィ。たとえどんな事があろうとも、僕がレア様や君の事を忘れてしまう日なんてこないから」


「やだ、やめてよこんなところで……。ねえレアさん」


「……そうだね。確かにこんなところでやることじゃないかな。あと『邪なる手』で肩を抱くのもやめてもらっていいかな」


 閉じていた眼を開き、ゼノビアを軽く睨む。

 ライラのように腰に手を回してこないだけマシではあるが。

 もしやられていたら手が出ていたかもしれない。


「貴様! ゼノビア! どの面下げてこの街に……! 魔戒樹様の苗木はどうした! 貴様の──お、おお……?」


 老人が殴りかからんばかりの剣幕でゼノビアを怒鳴る。

 しかしその途中でゼノビアの隣にいたレアと目が合うと、その勢いも急に衰え、何度も目を瞬かせて呆然とした。


「あ、あなた様はもしや……。も、申し訳ないが、そのフードを取ってもらってもいいじゃろうか……」


 フードを取っても別に変わったことなどない。

 プレイヤーであるレアとこの老人が知り合いということはあり得ないし、顔を見たところで意味はない。

 であれば老人はレアの顔が見たいというわけではなく、別の特徴を確認したいのだろう。


 何となくそう察したレアはローブごと脱ぎ、脱いだローブをゼノビアに手渡すと、角と翼の特性を解放した。


「──やはり、その瞳は……! 魔を統べるものの証たる『魔眼』! あなた様は伝承にある、魔王様ですな!」


 違った。老人が気になっていたのはレアの眼だったようだ。

 はりきって翼まで展開して馬鹿みたいである。

 ただ今さら引っ込みもつかないので、とりあえず出したままにしておいた。


「この国の伝承は魔王について語っているのか。もし良ければ、その伝承というのを聞かせてもらえないかな」


「もちろんでございます魔王様! ただ、この場所でというのは……」


「そうだね。すまない。──ユーベル、しばらく空で待っておいで!」


 ユーベルを上空へと移動させ、レアもジェリィとゼノビアを連れて広場──聖地から出た。

 こちらを尊重してくれる相手に対して礼を失するというのはいい事ではない。


「……魔王様。ところでその、そちらの邪王ゼノビアとはどういった……?」


「ああ、彼女は、ええと、なんて言ったらいいかな。友人の知人というか、よく知らない子──うそうそ冗談だ。そんな顔しないで。

 まあ、友人だよ。彼女を叱るなら後にしてやってくれ」


 ゼノビアに対する敵対心を増幅させて相手から攻撃させ、反撃によって屈服させるという当初のプランは廃棄した。

 どうやらレアにだけは友好的なようだし、そんな回りくどい事をする必要はなさそうである。









「──魔王様というのは、いずれこの街を支配すると言われている伝説上の存在です。

 魔を統べる力を持ち、すべての魔の頂点に立つという。ただ頂点に立つと言っても従えるという意味ではなく、単に実力的に誰より上であるというような意味らしいのですが……」


 元々魔王は配下をあまり持たず、単体で強い種族だと聞いている。老人の言い様も何となくわかる。

 この情報も元は伯爵から聞いたのだった。

 そう思って隣をちらりと見ると、目があったジェラルディンがにこりと笑いかけてきた。それを見たゼノビアがなになにといった風に顔を寄せてくる。

 余計な事をするんじゃなかった。


「その、魔王がいつかこの地に来るとか言い伝えがあったとか? だからさっきわたしを見てもしやとか言ったのかな」


「いえ、特にそういう話は。ただ、外からにしろ我々の中からにしろ、もしも魔王様が現れる事があれば、その時はこの街が魔帝国として生まれ変わる事になるだろうと……」


 この街からも生まれる可能性があったという事は、この街はもしかしたら魔王を誕生させるための養殖場だったのかもしれない。

 リーベ大森林のスガルと同じだ。

 いつかプレイヤーがこの地までやってくる日が来る。

 その時までに魔王が生まれ、魔帝国を建国してプレイヤーを待ち構える。

 そういうシナリオだったのかもしれない。


 ところがそうなる前に、色気を出したどこかの邪王が余計な横槍を入れて、この街の養殖場としての機能が停止してしまった。

 それでこの街は今日まで生まれる事のない魔王を愚直に待ち続けてきた、ということだ。


 これだけの広大な世界を舞台にしたゲームだ。

 シナリオ担当者もひとりやふたりだとは思えない。

 もちろん、NPCが独自に思考して行動する前提での話だろうし、必ずしもシナリオ通りに進行すると期待しているわけでもないだろうが、それだけにこうしたバッティングも時には発生する事もある、ということなのかもしれない。

 全てレアの憶測に過ぎないが。


「そんな中に突然わたしが現れた、と。ふむ──」


 レアは辺りを見渡した。

 広場の周辺には街中の住民が集まってきているのではないかというほどの人だかりが出来ている。

 レアと老人の話が聞こえたのか、それともやはりレアの目や姿を見た事で魔王だと判断したのか、その人々の目には尊敬と崇拝の色が見える。

 彼らにとって重要な意味がある広場に、天空からドラゴンで乗り付けたというのもあるのかもしれない。


「──それで、きみたちはわたしにどうして欲しいんだ。伝承通りに、この地に魔帝国とやらを建国して欲しいのか?」


 中央大陸が本拠地であることを考えると飛び地もいいところだが、それはそれで悪くない。

 国民の全てが最低でもダーク・エルフかリグレス・ドワーフであるというなら、中央大陸の国やこちらの地底王国と比べても格段に強力な国家となり得るだろう。


「そうしていただけるというのであれば、はい。それに勝る喜びはありません。ですが──」


 老人が一歩下がった。

 そして人だかりの中から1人の女性が歩み出てくる。

 ダーク・エルフでもリグレス・ドワーフでもない、この女性の種族は。


「──本当に伝承どおり、我々の上に立つに足る存在であるのかどうか、それを証明していただきたい。

 この者は自力で魔精にまで至った、わしの自慢の曾孫です。

 これなるを下し、わしらにその力を示して下されば、わしら全員は魔王様に頭を垂れ、忠誠を誓いましょう。

 ただし、もし上に立つに足らぬとわかったときには」


 老人は鋭い目でゼノビアを睨みつけた。


「そこな邪王を引き渡していただきたい」


 ゼノビアの所業については忘れていなかったようだ。


「──ああ! なんということだろう! レア様がこの僕を守るために戦いに身を投じることになるなんて!」


「……確かにそういう風にとれなくもないけど、どちらかというとゼノビアのせいで余計な苦労を背負い込んだって感じじゃないかしら」


 ゼノビアのために戦う、という風に見えてしまうのはいささか業腹だが、戦闘自体は嫌ではない。

 人型の敵と一対一で戦うのも久しぶりだし、たまにはこういうのも面白い。






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