第443話「天に輝く七つ星」
戦闘はそのまま、聖地の前の空間で行なうことになった。
本来であれば魔戒樹に捧げる戦いとかそういう感じだったのだろうか。
しかし残念ながらその魔戒樹は黄金龍の端末と共に滅ぼしてしまったし、その更に子であろう苗木はレアのインベントリの中だ。
「──わたくしは魔族領総代アルヌスが曾孫、ドロテアと申します。
魔王様。胸をお借りします」
「ああ。どこからでもかかってくるといい」
せっかく出した翼や角だったが、体幹のバランスが崩れるのが嫌だったので仕舞う事にした。結局何のために出したのか。
このドロテアが魔法攻撃主体で戦うのであれば別に出しておいてもよかったのだが、見たところ近接戦闘の方が得意なようだ。
業物らしい漆黒の剣と盾を手にしている。おそらく街のリグレス・ドワーフの手による作品だろう。材質はアダマスに見える。中央大陸とは素材レベルも技術レベルも段違いである。
「真剣じゃないか! レア様のお肌に傷がついたらどうするんだ!」
「貴女はちょっと黙ってなさいよ。もし傷が出来てしまった時は私が舐めてあげるから問題ないわ」
なんてことだ。
これはかすり傷さえ貰うわけにはいかなくなった。
ドロテアは剣を抜き、盾を構えて戦闘態勢を取る。
MPの高さから言ってもINTかMNDも相当高いのだろうし、おそらく魔法剣士とかそういう戦い方をするのだろう。
「魔王様は武器を持たなくてもよろしいのですか?」
そう聞かれ、いつか作った薙刀でも出そうかとも思ったが、あれはマーレのインベントリに入っている。
よく考えたらレアは武器らしい武器を持っていない。
インベントリにも錬金系アイテムか、その素材か、何かの死体か、バラバラの扉か、とにかくろくな物が入っていなかった。
だが、武器が必要ならいつでも『魔の剣』で生みだす事が出来る。
別になくても問題ない。
「気にしなくてもいい。魔王とはそういうものだからね」
魔王の最大の武器はそのMPをそのまま攻撃力に変換できる『魔の剣』である。
魔力を上げて物理で殴るという意味不明な戦い方がメインになるが、ダーク・エルフ出身のドロテアも近接戦闘が得意らしいところを見るに、元々そういう種族傾向なのかもしれない。
もっとも、格下相手の立ち合いに『剣』など持ち出すつもりもないが。
「──その傲慢さ、まさに魔王にふさわしい態度ですが……。
さすがに私を舐めすぎ、です、よっ!」
ドロテアが一瞬で距離を詰めてきた。
開始の合図とかは無いらしい。別に構わないが。
しかし実力差と言うか、はっきり言えばLPの差さえ見えていないということは、彼女は『真眼』は持っていないようだ。『鑑定』してみれば持っているのかどうかはわかるが、仕合の前に相手の手札を覗き見るのは行儀がいいとは言えない行ないだ。
ドロテアの踏み込みの速度は実に素晴しかった。
不自然な動きもないし、スキルを発動したりもしていないとみえる。素の能力値と鍛錬によるものだろう。
いつか戦ったバンブの打ち込みの速度を超える速さだが、レアの本体はあの時戦っていたマーレとは比べ物にならない能力値を備えている。
止まって見える、とまでは言わないが、剣先を摘み取るくらいは造作もない。
ただそこまで露骨な真似はしない。
今の言い方からも彼女は相当自分の実力に自信があるようだし、そういうタイプは下手に鼻っ柱を叩き折ってしまうと翌日から稽古に来なくなる事がある。
ドロテアもたった1人でこの領域にまで至ったとなれば相当な鍛錬を積んできたのだろうし、それを一瞬で無にされてしまってはショックも受けるだろう。
レアは若干の余裕を持って左側に避けた。
ドロテアは右手に剣を持ち突進してきたため、彼女からすれば背中側になる。
無防備な背中だが、ここで攻撃してしまうと死んでしまうかもしれない。
相手は真剣だしおそらく殺すつもりでかかってきているが、だからと言ってこちらもそれに乗ってやる義理はない。
彼女も胸を借りるとか言っていたし、それが本心かどうかはともかく、そう言われたのであればこちらは手加減してやるのがセオリーというものだ。
実際にレアとドロテアの実力差は相当なものである。
これは傲りではなく、厳然たる事実だ。
躱された事がわかった瞬間、ドロテアは左脚で突進を強引に止め、剣をレアのいる背中側へと横薙ぎに振るってきた。
突進の勢いの方向とは逆になるため、威力自体は全くない。ただその反応速度は大したものである。
レアはこの横薙ぎも軽く仰け反って躱した。
しかしドロテアの攻撃はそれで終わりではなかった。
突進の勢いを止めた左脚を軸に彼女は何らかのスキル──おそらく『縮地』──を発動し、体当たりを狙ってきたのだ。
左手の盾を構えているし、もしかしたら『シールドチャージ』か何かも発動しているのかもしれない。
どうやら優れているのは反応速度だけではないらしい。状況判断や思い切りの良さも大したものである。
こんな無茶な機動をしては軸にした左脚もただでは済むまいが、彼女がINTにも自信があるのなら自力で回復するだろう。魔法剣士と言ってもセルフバフ型に近いタイプというわけだ。
「──うふ」
殺意の高い攻撃を繰り返すドロテアに、レアは少しうれしくなってしまった。
迫りくる漆黒の盾に手を添え、軽く後ろに跳んで衝撃を逃がす。
ドロテアはその柳を相手にしているかのような感触に、戸惑いの表情を見せた。
こういう躱し方をする敵とは戦った事が無いようだ。
だがすぐに我に返り、左腕を振って盾に吸いつくレアを振り払おうとする。レアはドロテアの腕の動きに身体を任せ、横向きに振られる動きをうまく調整して真上に逃げた。
そして少し離れた位置に着地した。
「──いいね、きみ。その殺意と闘争心、素晴らしい才能だ。わたしの弟子にしてやってもいいよ」
この世界においては、マーレを一番弟子とするなら二番弟子だろうか。
こう見えても人に教える事は慣れている。
直剣と盾を使う戦闘スタイルにはあまり明るくないが、この様子ならアレンジ出来ない事もない。そういうセンスが問われるアレンジはライラの方が得意だが、手伝わせればいいだけだ。
「……まだです!」
ドロテアは距離が開いた隙にと『回復魔法』らしき光で自身の左脚を癒した。
そして再び剣と盾を構え、レアを睨む。
いい覚悟だ。
彼女のアピールタイムはまだ終わっていない。
「もちろんだとも。さあ、もっと見せてくれ。きみの動きはわたしにとっても勉強にな──」
「『イヴィル・スマイト』!」
レアが話し終わらないうちに、ドロテアは魔法を放ってきた。
こちらの隙を突くという意味では悪くないが、目上の人間の言葉を遮るのは礼儀上よろしくない。
戦闘中だからあえてそうしたのであれば問題ないにしても、普段からこういう事をしているのならそこは躾ける必要がある。
だが自分目がけてまっすぐ飛んでくるだけの魔法など、レアにとっては何の脅威にもならない。
『魔眼』でドロテアの魔法を睨み、『セイクリッド・スマイト』で迎撃する。
ドロテアは続けて色々な魔法を撃ってくるが、それら全てを相殺する事などレアには造作もない事だ。
何度かそうした攻防を続けた後、魔法に紛れてドロテアが突進を仕掛けてきた。
使い勝手のいい魔法が全てリキャスト対象になったのだろう。
悪くない判断だが、そうなるだろうことはレアにも予想出来ていた。同じだけのリキャストがこちらにもあるからだ。
だがその突進自体には目を見張った。一度目よりもさらに速度を増している。
今度は一度目には使っていなかったスキルを併用しているようだ。強化系の魔法も使用しているかもしれない。一度目の速度を想定していると痛い目に遭うというわけだ。
しかしそれがわかっていながら、レアは避けようとはしなかった。
ドロテアの目を見つめ、剣先が自身の身体の中央に来るように調整さえしてやった。
それがドロテアにもわかったのだろう。
舐められている、と感じた彼女はその目を怒りに染め、さらに突進の勢いを増した。
「──っ! 何……!?」
しかし剣先がレアに達する事は無かった。
レアの身体に触れる直前、ドレスに触れるか触れないかというところでぴたりと止まったのだ。
「──それがきみの全力の一撃かな?」
レアは自然体であり、その両手はだらりと下げたままだ。剣にもドロテアの身体にも触れていない。
しかしドロテアがいくら力を入れても剣はぴくりとも動かない。まるで目に見えない何かによって空中に固定されてしまったかのようだ。
あまり大きな実力差を見せつけてしまうとショックを受けてしまうかもしれない。
そう考えていたのは確かだが、しかしこれから弟子として教育していくつもりなら話は別だ。
最初に立場というものを教え込んでやる必要がある。
その見た目から侮られがちなレアにとって、これと決めた門下生に対しては必ず行なう儀式のようなものである。
どうやっても覆せないほどの実力を見せつけてやり、レアという人物が自分の上に立つに相応しい存在であるとわからせてやるのだ。
そうして初めて、指導や助言を素直に受ける事が出来るようになるのである。
自分に自信がある人間に対してはどうしてもそういう面倒くさいプロセスを踏む必要がある。
「な、なんで……! 剣が──!」
「剣が動かないのは、わたしが摘んでいるからさ。なかなか楽しめたけど、今のきみの実力はわたしにとってはこのように剣先を容易に摘める程度のものでしかない」
もっともこの言葉にはレアの痩せ我慢も含まれている。言うほど容易な事でもなかった。
普通に指で摘むのであれば容易だったかもしれないが、未来の弟子の手前、レアも少し格好つけてみたくなったのだ。
レアがしたのは、いわゆる白刃取りだった。
しかも使ったのは自分の肉体ではなく、周囲に展開している『魔の盾』だ。
ドロテアの突進に合わせて『魔の盾』を前方に展開し、うまく剣が挟まるように盾を動かしたのである。
『魔の盾』はある程度は動かせるが、身体からそれほど離す事も出来ないし、自由自在というわけでもない。
剣先が身体の中心に来るよう立ち位置を調整したのもこのためだ。
かなり神経を使う技だったが、ぶっつけ本番で出来て良かった。
おそらくかなり格好良かったはずだ。
それは外野できゃいきゃい騒いでいるジェラルディンとゼノビアの様子からもわかる。
普段ベタベタされるのは鬱陶しいが、こうして騒がれるのは悪い気はしない。
ドロテアは戦意を喪失し、盾を取り落とし剣から手を放した。盾はそのまま地面に落ちたが、剣は浮いたままだ。
レアはその刃先を指で摘み、落ちた盾を拾い上げるとドロテアに差し出した。
「きみがわたしの弟子になるというのなら、きっと今よりもっと強くなれるはずだ」
ドロテアは剣と盾を受け取り、レアに跪いた。
それに合わせ、周囲で戦闘を見守っていた魔族たちも一斉に跪き、レアに頭を垂れた。
あの老人の宣言通り、力を示してみせたレアに忠誠を誓うということだろう。
この国を本気で支配するつもりなら全員『使役』してしまえばいいだけだが、そうしなくても忠誠を誓ってくれるというのであればそれもいいかもしれない。
何しろこれまでにあまりそういう事はなかった。
こう見えて、バンブがプレイヤーのクランから尊敬されている様子などは若干うらやましくもあったのだ。
スキルで強制的に従わせずとも忠誠が得られるというのは悪い気分ではない。
念のため数人の眷属は用意するが、他はそのままでいいだろう。
「──では、今日からこの地はわたしの帝国、ということでいいかな。
名前は、そうだね……。【魔帝国 セプテントリオン】なんてどうだろう」
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