第441話「邪であるということ」
ログアウトをするときだけヒルス王都へ帰り、ログインしたらすぐに始源城へと移動する。
そうして忙しい日々を過ごしていたレアだったが、ようやく次のステージへと進む準備が出来た。
何の準備をしていたのかと言えば、邪王ゼノビアの経験値稼ぎである。
魔戒樹とメルキオレによって経験値的に衰弱してしまっていたゼノビアは、いわゆる災厄級としてはギリギリ程度の能力値しか持っていなかった。
せっかく救ったというのにまた死なれてしまっては寝覚めが悪い。
このままでもそれなりの強さは持っていると言えるが、中央大陸ならまだしも西方大陸で生き抜いていくには少々心もとない。準災厄級の大型モンスターにちょっと囲まれてしまえば普通に死の危険が待っている。
もちろん西方大陸と言えどさすがにそんなモンスターが群れをなしていることはないが、この大陸の準災厄級ともなれば『真眼』を持っている個体も多い。
遠目にゼノビアのLPを検知すれば寄ってくる事もあるだろう。誘蛾灯のようなものである。
また邪王という種族自体が直接戦闘に向いていない事もある。見かけ上の能力値は十分でも、それで生き延びられる保証はなかった。
これでライラくらい狡猾で悪辣なら放っておいても死なないのだろうが、あれと比べれば大抵の人物は素直で正直だと言える。そういう例を知っているばかりに、レアの目にはゼノビアは少々頼りなく見えていた。
「牧場に帰れば配下もたくさんいるのだから、帰ればいいのに」
「配下は確かにたくさんいるけど、僕の居場所があるわけでもないからね。お城もないし、お城の周りにまとまって建ってたお屋敷なんかも崩れちゃってるだろうし」
「……ねえ、それって貴女の配下の子たちも家がないってことなんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、そのくらい子供じゃないんだから何とかするでしょ」
「だったら貴女もレアさんにおんぶにだっこじゃなくて自分で何とかしなさいよ!」
「おやジェリィ。嫉妬かな? これはどっちに嫉妬してるのかな?」
「う、うるさいわね! ぶっ叩くわよ!」
「……あの、それわたしを挟んでやる必要ある? 場所変えてもらっていいかな」
実際のところ、ゼノビアの配下たちの生活については問題なかった。
あの後リスポーンしたのはゼノビアの配下だけではない。
教授の配下の枢機卿や巫女もだ。
枢機卿や巫女は、ゼノビアやその配下たちが地下で捕らえられていた何百年もの間に地底王国内でそれなりの地位を築いていたこともあり、あの王国ではかなり強い発言力がある。対抗できるのはもう1人の銀の枢機卿とかいう人物だけだったが、この人物は誰にも『使役』されていなかったため、城と共に天に召されている。
現在は事実上の行政トップであるドワーフの枢機卿が指揮をとり、城や国の再建に力を入れているという。
人手不足のためという名目でゼノビアの配下たちを全員雇用し、各々がその才能を振るい国家再建に寄与しているらしい。
そう教授から報告を受けていた。
「何を言っているんだレア様。こんな事ふたりでやってたらただ単にイチャイチャしてるだけになっちゃうじゃないか」
「今だってただ単にイチャイチャしてるだけにしか見えないんだけど。わたしを挟む必要ないでしょって事だよ」
「あらやだ。レアさん嫉妬かしら。うれしいわ」
「面倒くさいなもう!」
いっそ呪いをかけて強制的に眷属にしてやろうかとも思ったが、そうしてしまえばこのやり取りも二度と出来なくなる。
面倒くさく、鬱陶しくはあるものの、無くなってしまうとなると一抹の寂しさも覚えないでもない。
ブランと伯爵の関係の事もあるし、多少煩わしいとはいえこれは別にこのままでもいいか、とレアは考えていた。
「……まあいいや。
ゼノビアも全盛期ほどではないだろうけどそれなりに能力値も戻ってきたようだし、そろそろわたしも次のエリアに旅をしたいんだけど。
確か、この大陸の西側にはダーク・エルフの国があるとか何とか」
この情報はゼノビアから聞いたものだ。
地底王国のあった周辺の国々には様々な言い伝えや伝承などが伝えられていた。
その中に、禁忌を犯したことで死の国の向こうへと追放された者たちがいる、という逸話がある。
その者たちは魔族と呼ばれ、この大陸では人類にとっては魔物と同様の敵対勢力として認識されているということだ。
その言い伝えを残していた周辺国家というのは黄金龍襲来の頃にすでに滅び去っているが、一部の文献や伝承は細々とした交流を通して地底王国へも持ち込まれている。
ゼノビアが語ったのはそのひとつである。
また似たような内容は教授からも聞いていた。
教授は地底王国に潜伏していた間、書庫などでそういう情報を集めていたらしい。
中央大陸よりも書物の数は少ないが、時代的には古いものが多く、大変価値があったと言っていた。
なんなら城の崩壊を一番嘆いているのは教授かもしれない。何しろ本来の城主であるゼノビアはこの有様である。
「お! 魔族の国を滅ぼしに行くのかい? ここからなら、あのユーベルちゃんなら1日ってところだと思うけど」
「ということは、地底王国のちょうど反対側って感じか。じゃあ伝承にあった死の国ってもしかしてこの始源城の事なのかな。
ていうか、別に滅ぼしに行くわけじゃないけど、なんでそんなバイオレンスなんだ」
「そうよね。魔族っていうならゼノビアだって同じようなものだし、なんでそんなバイオレンスなの?」
「レア様の真似するなよ。聞き慣れない言葉だから使ってみたくなっちゃったの?」
「うるっさいわねぶっ叩くわよ!」
「ぶっ叩くのはいいけど、わたし越しに叩こうとするのはやめてくれない?」
ゼノビアに手を上げるジェラルディンがレアに覆いかぶさっているように見えるためか、ケリーとマリオンが2人そろって両手で目を覆い、指の隙間からこちらを見ている。
「おおこわいこわい。
えっと、それでバイオレンスな理由だっけ」
「貴女も使ってるじゃないの! 真似するんじゃないわよ!」
「話の腰を折らないでよ。
実は僕、魔族って言うかダーク・エルフの人らとはあんまりいい関係じゃないんだよね。昔はまあ、ルーツは違うにしても立ち位置は近い種ってことで交流もあったんだけどさ。何百年か前、具体的に何年前かは囚われの身になってたからわからないけど、そう、黄金龍が現れる少し前くらいからかな。急激に関係が悪化してね」
黄金龍到来と時期を同じくして、状況に大きな変化が起きた。
となると、その魔族の国にも端末が魔の手を伸ばしているということも考えられる。
そこにもあのメルキオレのように黄金龍に浸食されたエネミーが潜んでいるのだろうか。
だとしたら何か攻略法を考えなければならない。
黄金龍への対策が満足でないまま対峙する事になれば、また国ごと消し飛ばさなくてはならなくなる。そういつもいつも火力に任せて解決していては、ライラに何を言われるかわかったものではない。
「と、いうことは、魔族の国にもやはり黄金龍の──」
「あ、いや関係が悪化したのはそれとは関係ないと思うよ。たぶんだけど、魔族の国の国宝だった魔戒樹の苗を僕が盗んだせいだね。
あの国にはダーク・エルフだのリグレス・ドワーフだのしかいないから、今さら転生に使うわけじゃないし魔戒樹の苗が無くなっててもわかんないだろうと思ってこっそり持って帰ってきたんだけどね。普通にバレたみたいで」
エルフからハイ・エルフへと転生する際の条件のひとつは、世界樹と何らかの契約を結ぶことのようだった。
同様にダーク・エルフへと転生する際には魔戒樹との契約が必要なのだろう。それ以外にも同種のキル数という条件も必要なため、魔戒樹があればダーク・エルフになれるというわけでもないが。
魔族の国にダーク・エルフやリグレス・ドワーフしかいないのであれば、生まれてくる子もダーク・エルフかリグレス・ドワーフになる。確かに魔戒樹を使って転生する必要はない。
しかし、だからと言って盗むというのはどうなのか。
邪王というのはやはり邪悪な性質の者しかいないのか。
「苗ってレアさんが持って行ったアレのことよね。あんなのが国宝なの? ていうか、樹そのものはなかったの?」
「あればわざわざ僕が牧場で魔戒樹を育てる必要もなかったんだけどね。
連中、魔戒樹を信仰してるみたいでさ。その時が来れば苗は自然と樹へと成長していくはずだから、そこに自分たちが介入すべきではないとか言っちゃって、全然育てようとしないんだよね。埒が明かないし、僕も連中が死ぬのなんて待ってられないから、持って帰って自分で育てる事にしたんだよ」
「死ぬのなんて待ってられない、ってどういう意味なの?」
ジェラルディンが不思議そうに聞いた。
「たぶん、こういうことだよ。
以前、魔戒樹は周辺の魂を吸収して成長するってゼノビアが言ってたよね。
その魔族たちが自然と成長するって言ってたのは、周辺での死者数が一定に達する事を意味してたんじゃないかな。でも、その時点で苗が成木になるには魂は全然足りてなかった。魔族たちがもっと死亡しないと苗は成長しないけど、ゼノビアはそれが待てなかったって事なんじゃない?」
「さすがレア様! その通りさ。
魔族ってあれで結構長生きだからさ。いつになるかわかんないってわけ。
かといって敵対してるわけでもない人々をキルして回るのも寝覚めが悪いし、魂はもう牧場でも作って用意すればいいかと思って、苗の移設をしたってわけだよ。
そうジェリィ! 他ならぬ君のために!」
「ちょっと! さりげなく私のせいにしないで貰えるかしら!」
この流れだと、つまり真祖吸血鬼ジェラルディンが魔王の血飲みたさに邪王を通じて魔戒樹を盗ませたかのように聞こえる。
確かに外聞が悪い。
とはいえ、人類から死の国などと思われている始源城の主にとって、今さら外聞など気にして意味があるものだとも思えないが。
「──でも、紆余曲折はあったけれど、そのおかげで君は魔王の血を口にする事が出来、僕らはレア様に出会う事が出来た。
これって素晴らしい事なんじゃない?」
「それは──そうね。確かにそうだわ。素晴らしいことね」
「……ちなみにわたしがここに来る事になった理由のひとつには、ジェリィの配下のデ・ハビランド卿から黄金龍に関する逸話を聞いたからっていうのもあるから、覚えていたら彼を労ってやってほしいところだけどね」
「そうね! 覚えていたらね!」
これはやらないな、と思ったが黙っておいた。
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