第436話「島の救世主」(ブラン視点)





 ブランが問題視していたのは、インディゴに経験値のみを与えることで幼い内面のまま成長してしまい、身勝手でわがままな大人になってしまうことだ。

 経験値にしろ食べ物にしろ、自分自身で勝ち取ってこそその意味もあれば価値もある。


 というわけで、インディゴが白アリを1匹倒して食べるごとに経験値を与えていく方針に転換した。

 与えている経験値は、本来インディゴの能力値と白アリの実力からすればとても見合わない量だ。

 ただ、今こうしている間にもエルンタールや旧シェイプ王国領でブランの眷属たちが経験値を稼いでいることもあるし、正直インディゴが倒した事による経験値がどのくらいなのかわからない。わからない事を理由にブランは若干多めに経験値を与えていた。


「よーしよしよし。おいちいでちゅかー?」


「こうして見ると可愛いな、です。何となく親近感みたいなものも感じる気がするです」


 今や馬ほどの大きさにまで育ったヒヨコの毛並みを撫でながらエンヴィが言った。エンヴィはリヴァイアサンであり、幼鳥ジズとは無関係というわけではない。

 親近感を覚えるということは、元々敵対する関係ではないのだろうか。

 空と海とで生息域が分かれているため、ことさらに争う必要はないということなのかもしれない。


「可愛いのはいいんだけど、何でヒヨコのままでっかくなってるんですかね。普通鳥ってこう、もっとシュッとしてるっていうか、頭が小さくて羽根が大きいものだと思うんですけど。てか、飛べるんですかこの子」


「飛べません!」


 ヴィネアの質問にそう答える。

 インディゴのスキルには『飛翔』も『天駆』もない。


〈そういった形状変化をするためには転生が必要なのでしょう。おそらく幼鳥の状態では飛ぶ事はないと思います。賢者の石でしたらいくつか持っていますが……〉


「ありがとうスガルさん。でもまだ大丈夫。とりあえずこのまま食べさせていって、成長が止まったらそこで考えるつもり」


 成長しきらないうちに転生させてしまって、大人になった時に本来あるべき大きさになれなかったら可哀想だ。


 集落に近づく白アリはすべてこうして餌にしているため、例の精霊たちからも感謝されている。

 素晴らしく順調だ。わざわざ極東まで来てよかった。









 そう言えたのは最初の1日くらいだった。

 というのも、集落の周辺をうろついていた白アリたちはすぐに狩りつくしてしまったからだ。

 どこかから偵察に来ているというよりは、白アリたちも単純にこの辺りで無計画にエサを探していただけのようで、その集団を狩りつくしても他の白アリが増援に来るような気配はなかった。


 やはりターマイトたちは組織的な行動は取れていないらしい。

 ヒヨコのまま大きめの熊ほどに成長したインディゴだったが、ここで成長が打ち止めかどうかはまだわからない。

 経験値だけ与えてしまえばいい話なのだが、それはブランの教育方針に反する。

 となると新たな狩り場が必要だ。


「村長さん、この周辺のターマイトたちはあらかた狩りつくしちゃったみたいです」


「おお、そのようだな。ほんに、何と礼を言ったらいいのやら……。報酬は後ほどと言っとらしたが、わが村は見ての通り、大した産業も無いでな。渡せるもんだったら何でも渡すんだが、別の大陸? とかいうとこから来なすったあんたらが満足するようなもんがあるのかどうか……」


 そう言えばそんな話もしたような気がするが、元よりブランは報酬など求めていない。何ならこれまでインディゴが食べた白アリこそが報酬だったようなものである。

 ただ、無償で害虫駆除をしたというのも少々怪しく思われるだろうか。少しは何かこちらにも利があったと思われておいた方がいいかもしれない。


「いやあ。報酬に関してはお気になさらず。今回はその、初回限定の無料サービスといいますか、体験版みたいなもので。今後もこういうことがあったら是非当社をお呼びください、みたいな。

 マグナメルムカンパニーにはその、損して得取れみたいな社風があってですね、こちらが得る物がないように思えても、その時の行動がいつかはさらに大きな利益となって返ってくる事もあるかもしれないっていうか」


「なんと、そんな……。確かにわが村にはお礼に払える報酬はないだが、それでもやっぱり何も返さずに済ますなんてわけには……」


「あ、じゃあこうしましょう。

 村長さんが知ってる中で、他に白アリに困ってる村とか集落ってありませんかね。

 それを教えてもらうことで、我が社は更なるシェア拡大のチャンスを得られますし、村長さんもお礼を返した気分になれるでしょうし、他の困ってる村も助かる。まさにWin‐Winの関係ってやつですよ」





***





「──これほどの事をしてくだすったというのに、実質何のお礼も受け取ることなく去って行ってしまわれた……。

 損して得取れ、か。聞いたことのない言葉だが、あの様子だと、たとえ自分たちが損をしてでも相手の得になる事をしろ、とかそういう意味なんだろうなぁ。

 マグナメルム、と言いなすったな。きっと、別大陸とかいう場所でもさぞかし徳の高い方々として有名であるに違いない」





 それから少し経つと、極東列島に点在する精霊たちの村々の間でマグナメルムの名が徐々に知れ渡っていくことになった。

 遠く聞こえてくる噂話はそのどれもが好意的な内容であり、マグナメルムの気高い奉仕精神を讃えるようなものばかりだった


 そうした噂を聞くたびに村長は、そのマグナメルムが最初に立ち寄った村こそ自分の村なのだと、誇らしい気持ちになるのだった。





***





「──もうそろそろ成長も打ち止めかな……」


 ターマイトを探して東へ西へ。いや違った。列島は南北に伸びている。正しくは南へ北へだ。


 とにかくそうして狩りを続けているうち、ついに経験値を与えてもインディゴが大きくなる事がなくなった。

 そのため一旦白アリ狩りはストップし、今後の動きについて考える事にした。

 ただこの列島はどこに行っても白アリがいるようで、村単位で駆除したところで焼け石に水だ。

 妙な刷り込みになってしまったのか、インディゴは白アリを見ると餌だと認識して襲いかかるようになってしまったので、現在は落ち着いて話し合うために白アリの少ない場所を求めて何やら禍々しい雰囲気の島に来ている。


 この島に向かうと決めた時にスガルが何やら言いたげにしていたようだったが、今回の旅の方針は基本的にブランに一任されている。ブランがそう決めたのなら、という様子で結局は何も言わなかった。


「インディゴちゃんもずいぶん大きくなりましたね。小さかった頃の面影は……まあありますけどっていうかそのままですけど」


「大きくなっても可愛らしいままなのは羨ましいです」


 インディゴの体長はすでに3メートルを超え、かなり遠目で見なければヒヨコだとはわからないほどになっている。

 遠目で見たとしても初見では目を疑うだろう。普通は3メートルの藍色のヒヨコなどいない。


 幼鳥でありながら戦闘力も相応に増しており、今ではポーンターマイトなど容易に蹴散らしてしまうし、上位種と思われるナイトターマイトやビショップターマイトであっても物の数ではない。

 大型種のルークターマイトでさえ餌に過ぎない。


「やっぱりそろそろ転生させてあげる時期になったってことかなあ」


 このままマスコットヒヨコとしてブラン陣営の癒し枠にするという選択肢もないでもないが、空が飛べないままなのは可哀想だ。

 何よりインディゴは将来の最高の空としてレアにも期待されている。

 ブランも親として子供の将来の選択肢を狭めてしまうのは憚られる。


〈ではこちらをどうぞ〉


 スガルが賢者の石を差し出してくれた。


「ありがとう。請求は……シェイプ王国にいる適当なマフィアに回しておいて。たぶんわたしの陣営だとあそこが一番お金持ってるから」


〈おそらく必要ないと言われると思いますが、一応ボスに伝えておきます〉


 ブランは受け取った賢者の石をインディゴに見せた。


「ほーら。これがインディゴちゃんをさらなる高みへと成長させてくれる魔法の──あっ」


 しかし、餌と勘違いしたインディゴはブランの腕を咥えこむと、赤い卵をそのまま飲み込んでしまった。

 後には唾液まみれのブランの腕だけが残された。


「うわあべっとべとだ……。ていうか、食べちゃってもいいのかなアレ」


〈ボスの話では、野生の熊などが食べる事で転生した事例もあるようです。問題ないのでは〉


「あれを餌だと勘違いしたって事は、スガル先輩とブラン様の話を聞いてなかったって事ですよね。ホントにちゃんと成長してるんですかねこの子……」


「まだ幼いからしょうがないです。小さい頃は食べれる物は何でも食べないと死ぬです」


 そんなに食べ物に不自由させた覚えはないのだが。

 ただ食べてしまった事自体は問題なかったようで、インディゴの身体はすぐに光に包まれた。


《眷属が転生条件を満たしました》

《あなたの経験値300を消費し「大妖鳥ジズ」への転生を許可しますか?》


「おお? 安い! ラッキー! 認める認める!」


〈……安いという事は、まだまだ終わりではないという事でしょうね〉


 ブランたち4人の見守る中で、インディゴを包む光は徐々に強くなっていき──


「おわ! 膨らんでる! ちょっと、みんなどいて、逃げた方がいいかも!」


 以前に見た空を覆わんほどの大きさに今すぐなるわけではないだろうが、元々のヒヨコが3メートルもあったのだ。家一軒ほどの大きさになっても不思議はない。

 そうなった時にすぐ側に障害物があった場合どうなるかわからないが、邪魔をしないに越したことはないだろう。


「退避ー退避ー……って、ちょっとそこの人! そこにいると巻き込まれるかもしれないよ! 危ないからこっち来ないで!」


 インディゴの放つ光に吸い寄せられるかのようにふらふらとやってくる人影がある。


「──ううう……。うがああああああ!」


 しかし人影は、ブランの警告も無視して襲いかかってきた。


 しかもよく見れば人影はひとつではない。

 何人もの顔色の悪い精霊たちが血走った目で牙をむき出しにして近づいてくる。


「ええ!? 何なんだよ! どうなっても知らないからね!」


 一般人が襲いかかってきたところでブランには何の痛痒も与える事は出来ない。

 ブランは全身を霧に変えると襲い来る人影の突進をすり抜けた。

 スガル達はと言えばとうに上空に逃げている。

 それを見たブランも霧のまま空へと昇った。


「……まったく。何なんだあの人たちは」


「ブラン様のファン、とかじゃないかな、です。今までいろんな村で感謝とかされてきたです」


「いやーそれはないんじゃないかな。あ、インディゴに弾き飛ばされた」


 突進を敢行してきた精霊を弾き飛ばしたインディゴはそこで成長が止まったらしく、光が徐々に薄れていった。


 そして現れたのはまさに大妖鳥と呼ぶにふさわしい、堂々たる体躯の鷲のような姿の鳥だった。

 鷲と言うには首や尾羽が長めだろうか。藍色の羽毛と相まって実に妖しいイケメンぶりを醸し出している。

 とはいえ先代ジズが卵を産み落として命も落とした事を考えれば、一子相伝というかそういう生態の生物なのだろうし、そう考えるとインディゴもおそらくメスなのだろう。イケメンというのは少し違うのかもしれない。


 ──ケエェェェ……!


 インディゴが翼を広げて一声鳴いた。

 その翼を叩きつけられ、謎の精霊の集団の残りも弾き飛ばされていった。


 邪魔者も居なくなったのでブランたちも地上へと降りる。

 するとインディゴはブランを見据え、頭を下げてすり寄せてきた。


「おおっと。転生早々甘えたさんかな?」


「……うーん。これ、褒めてほしいんじゃないです?」


「え? 何で急に? 転生頑張った的なご褒美ってこと? やっぱり甘えたさんでは」


〈いえ、違いますね。今インディゴが弾き飛ばした者たち、どうやらアンデッドのようです。主人を襲おうとした不埒者を追い払ってくれた、ということでしょう〉


「アンデッド? なんでこんなところに──、あ」


 そう言えば、そんな話を聞いたような気がする。


〈はい。ここが最初の村の村長が言っていた、謎の老人が支配する死霊の島、ということなのでしょう〉






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る