第437話「通報案件」(ブラン視点)





 アンデッドを操るとなると、ブランにとってどういう敵になるか想像がつかない。

 またその老人は不確定ながら白アリたちにも何らかの影響を及ぼした可能性がある。

 最大限に警戒すべき相手だ。


 そう考えていたはずなのだがいつの間にか忘れていた。

 いや、忘れていたのはブランだけだ。この島に来る事を決めた際、スガルが物言いたげにしていたのはこの件だろう。


「しまったな……。

 白アリたちを餌にしてこのわたしを誘き寄せるとは、やはりアンデッドや蟲を操るという話は本当の──」


「絶対違うと思うです」


「こらエンヴィ! なんでも正直に言えばいいってもんじゃないのよ!」


「でもちゃんと敬語は使ってるです」


「敬語ならいいってもんでもないっていうか、そもそもちゃんとした敬語じゃないし。つか覚える気ないでしょあなた!」


 やいのやいの言っているヴィネアとエンヴィは置いておいて、インディゴの翼で強く打たれて死亡してしまったらしいアンデッド精霊を『鑑定』してみる。

 レムールの死体、と出た。即死に近かったせいか状態は悪くない。

 死体の状態はともかく、このレムールというのがアンデッド精霊の種族らしい。強さというか性能を知るためには生前の状態で『鑑定』してやる必要があるが、この周辺にはもういないようだ。


〈元凶を探して討伐しますか? 村人たちの脅威になっているのはターマイトたちだけではないはずですが〉


「うん? なんでそこで村人が出てくるの?」


〈……そうでした。別に村人たちを助けて回るのが目的というわけではないのでしたね〉


 優先順位を間違えてはいけない。

 ここへはインディゴの餌の確保のために来ているのだ。

 アンデッドなど煮ても焼いても食べられそうにない、というか、下手にインディゴがアンデッドを餌だと認識してしまうと、エルンタールやアルトリーヴァでブランの配下を食べてしまわないとも限らない。それはできれば避けたいところだ。


「でもアンデッドを操るとかいう老人には興味がないでもないな……。わたしまで操られちゃったら困っちゃうけど、考えてみればわたしも『死霊』でアンデッド操れない事もないし。そーれ『死霊』」


 レムールの死体に『死霊』を発動し、その魂を縛る。

 アンデッドの死体をさらにアンデッド化したせいか、生まれたのはレヴナントだった。


「弱くなっちゃったな……っていうか、レヴナントってもう弱い枠なのか」


 スクワイア・ゾンビと比べて強そうだとか考えていた頃が懐かしい。


〈ボスの配下のレヴナントも戦闘用としては運用しておりませんね。事務職です〉


 そういえば、以前にヒルス王城に招かれた時に給仕をしていたメイドが確かレヴナントだった。戦闘力に難があるからレアもお茶汲みなどをさせているということだろう。


「まあいいや。このレヴナント君は……。『使役』はしないで放っておこう」


 どこかに行け、と命じるとレヴナントはふらふらと茂みに消えて行った。どこかに行ったらしい。

 スキルで誕生させたアンデッドは創造者から『支配』を受けたに近い状態にあるが、『使役』せずに放っておけばそのうち野生化する。

 この島にはアンデッドが多いようだし、野生のレヴナントが1体増えたところで大して変化はないだろう。


「まあ、とりあえずインディゴちゃんの成長という当初の目的は達成できたし、もう帰ろっか。『召喚』でバビューン、ってわけにはいかないよね。レアちゃんに船返さないといけないし──」





「──ワシの島に足を踏み入れて、生きて出られるとでも思っているのか」





 ブランたちに突然、しゃがれた声がかけられた。

 驚いて全員でそちらの方を向く。


 『真眼』では全く見る事が出来ない。

 近づいて来た事さえわからなかった。


「『隠伏』か……!」


「知っているのかヴィネアちゃん!」


「自分の生命力やマナ、存在感を周囲に溶け込ませるスキルです……! 姿を消すことはできませんが」


 誰も気付かなかったのはそのせいだろう。

 存在感がゼロでは、このようにくたびれた老人ひとりが歩いていたところで気付くのは難しい。視界に入っていたとしてもアンデッドだと思っていたかもしれない。


 しかし「ワシの島」というあの言い様。

 やはりこの島が村長の言っていたアンデッド被害の始まりの島で、あの老人がその化けモンとやらだ。


「──ほう、『隠伏』を知っているとはな。若いのに感心な事だ」


「おっと! 見た目で人を判断しちゃいけないってママに習わなかったかな? こう見えてもヴィネアちゃんは見た目通りの歳ではないぜ!」


 ヴィネアは若いどころの話ではない。何せ生まれてまだ1年も経っていないからだ。


「カカカ。確かにな。何しろ、このワシもそうだ」


「いや爺さんはどう見ても爺さんだけど。何ならもう死んでるって言われても不思議に思わないレベル」


「カカカ! 愚かな! ワシこそは死さえも超越した存在よ。貴様らもそれを狙ってきたのではないのか? ん?」


 テンポよく会話が進んでいるのはよいことだが、話が噛み合っていないような気もする。


〈……ブラン様。この老人は危険です。うまく言えませんが……。とにかく危ない存在です。ここは逃げた方がよろしいかと〉


 見ればヴィネアもエンヴィも老人を警戒して身構えている。

 そんなにヤバい奴なのかとブランも『鑑定』してみることにした。


「──えーと、名前は……パスカル・フォン・ペルペンロート? 長い名前だな……。

 能力値やスキルは──なんじゃこりゃ読めねえ! あ、これが文字化けってやつか! うわ初めて見た! 現代のツールで文字化けって! 石器時代の文字コードでも使ってんのか!」


 かつては掲示板の見方さえ知らなかったブランだが、それはここ数カ月のたゆまぬ勉強によって克服している。

 もちろん、かつてのインターネット上のサイトで文字化けという不具合が頻発していた事も予習済みだ。何なら当時のネットスラングさえ解読できるほどである。


「ワシを『鑑定』したか。だが無駄だ。見る事はかなうまい。わけのわからぬ事を言って動揺をごまかそうとしているようだが……」


「わけがわかってないのはじじいの方だろ! 自分のステ画面がバグってることさえ気付いてないのかよ! 耄碌するにもほどがあんでしょ!」


 何であれ、バグがあるのなら通報するのが正しいプレイヤーの姿である。

 このボケ老人は運営に通報して一旦しょっ引いてもらうのがいいだろう。


「えっとー、GMコールは、と……」


〈お、お待ちくださいブラン様! 何をなさるおつもりかわかりませんが、せめてその前に一度ボスに相談を……〉


「え? ああ、それもそうかも」


 運営に通報する事でブランたちマグナメルムの活動が公になってしまわないとも限らない。

 不具合として適切に対処された結果、それが起きた場所が発表されてしまっては面倒だ。極東列島にすでに到達しているプレイヤーがいるということを多くの人が知ることになる。


〈──あ、もしもしレアちゃん? わたしわたし。いや詐欺じゃないって。実は今さー……〉









〈──いや、大丈夫。何でもかんでも任せっきりっていうのも不健全な関係だし、こっちはわたしに任せておいて! あ、不健全って言ってもいやらしい意味とかじゃなくてですね〉


「──ブラン様、たぶんお話し中? のところ申し訳ないんですが、囲まれました」


 ブランがレアとチャットで相談している間、敵もただ指をくわえて待ってくれていたわけではない。

 周辺に例のレムールを展開し、ブランたちの退路を断つよう布陣していたようだ。

 ヴィネアたちがそれを黙認していたのはブランとレアの話が終わっていなかったからだろう。指示なく勝手に戦闘に入るような事はしない、ということだ。

 一方でインディゴは呑気に嘴で毛づくろいをしていた。ヒヨコの頃と違って首が伸び、かゆいところに手が届くようになったからだろう。


「ごめんごめん。お待たせ。もうあらかた話はついたから大丈夫!」


〈どのような方針になりましたか?〉


「うん。通報はしない、レアちゃんは呼ばない、じじいは始末する! ポイントは大まかにこの3点です!」


「わかりやすくてとてもいいです!」


「警戒に値する敵であるのは確かだけど、負けるってほどでもないですしね!」


 スガル、エンヴィ、ヴィネアがそれぞれ戦闘態勢をとった。

 敵のレムールはそれだけで気圧けおされて後ずさる。

 爺に対する忠誠心は薄いようだ。先ほどのレムール同様、やはり『使役』されているわけではなさそうである。


「──カカ。このワシを始末すると? ずいぶんとデカい口を叩くものよ! 見るがいい! 死すら超越したこの姿を!」


 パスカルはそう叫ぶと跳び上がった。

 いや跳び上がったわけではない。

 パスカルの下半身がずるりと伸び、その結果パスカルの視線が上へと急激に伸びて行ってしまったのだ。

 伸びた下半身にはいくつもの節があり、まるで昆虫の腹のような姿をしていた。3対の脚も生えている。昆虫のようなというか、まるきり昆虫である。


 ただ下半身が伸びただけでなく、パスカルはその全身も巨大化していった。

 ブランやレアたちと違い、人型の上半身だけそのままになったりもしていない。丸ごと大きくなっている。

 巨大化したパスカルの顔はオレンジ色の甲殻に覆われていき、黒い2本の牙がクワガタのように生えてきた。

 最近よく見たこのシルエット、これはそう、白アリに似ている。


 ふいに視界が滲んだような気がしたブランは目を擦った。

 しかし見間違いではなかった。

 滲んでいたわけではないが、この白アリ爺は全身のシルエットから黄金の光を漂わせている。それが全体の輪郭を歪ませ、目が滲んだかのように錯覚したのだ。


「なんか光って──ってくさあ! くっさ! 何これくさい! あの金色の光ってにおうの!?」


〈光がにおっている、というわけではないようです。これは……腐敗臭ですね。単にこのパスカルという人物の肉体が腐敗しているのでしょう〉


 スガルの触覚がぺたんと畳まれ、頭部の毛の中に埋もれていた。

 もしやこれで匂いをシャットアウトしているのだろうか。

 匂いを感じるためだけの器官でもないはずだし、隠す事で他にも鈍くなってしまっている感覚があるのだろうが、それを差し引いても嗅ぎたくない匂いというわけだ。

 しかし、だとするとスガルの、甲殻で形成された人を模したマスクのような顔面の中央の突起はなんなのだろう。あれは鼻ではなかったのか。


「ていうか、単にくさいだけじゃないみたいですよ。わずかにですがスリップダメージが発生してます」


 あまりのにおいに気付かなかったが、確かにLPがわずかに変動している。

 と言ってもブランにとっては自然回復を超える事がない程度のダメージに過ぎない。

 バーガンディの持つ『死の芳香』に近い性質のものと思われる。あちらと違って本当に死ぬほどくさいため、アンデッドにも効くという事だ。

 そして昆虫らしい見た目の爺が発しているにもかかわらずスガルも影響を受けているという事は、蟲系だからといって効果が無効になったりはしないらしい。


「──コレゾ、永遠ノ命ヲ持ツト言ワレル「キングターマイト」、ソレガ進化シタ姿デアル「クィーンアスラパーダ」ヲ取リ込ンダワシノ真ノ姿ヨ! クカカカ!」


 相変わらずしゃがれており、しかもエコーがかった声で自己紹介しながらパスカルは笑った。


「……スガルさんって永遠の命を持ってたりするんすか?」


〈さあ……なにぶん、私も生まれてからそう時が経っているわけではありませんし……〉


「ていうか、キング何とかって種族なのに転生したらクィーンになるんですね。どういうことなんですかね……」


「海の中にも成長するとオスからメスに変わる魚とかもいるですよ。普通の事です」


 先ほどのレアの話では、この手の敵は追い詰めると近くの災厄級と合体して強くなるということだったが、こちらはどうやら追い詰めなくても最初から最終形態のようである。

 この島ではかなり昔から異常が起きていたようだし、それだけ時間があったのだから追い詰められるまでもなく準備をしておいた、という事だろう。レアからは合体してから倒した方がドロップがいいと思うよとアドバイスを受けているが、これは手間が省けたと言えばいいのか。


 しかしクィーンアスラパーダ──スガルと同種のモンスターをすでにその身に取り込んでいる、ということは、この地に居たという蟲の王とやらはもう居ないことになる。

 レアが自分の手でキルする事が出来なくなってしまったのは残念だが、代わりに蟲の王の正体が元キングではあるが蟲の女王であった事がわかった。

 つまり味方のスガルで代用可能だと確定したということだ。これは後で報告しておこう。





 後はブランたちがこのワールドエネミー──【黄金腐蟲 ペルペト・カスパール】に勝つだけである。








★ ★ ★


このように、オスとして生まれながら肉体の成長と共にメスに変態することを「雄性先熟」と言います。……このように?

多くは生殖のためで、代表的な種で言うと映画のファイティング何とかで有名な魚のクマノミ類が挙げられます。

エンヴィが知っていたのはこれですね。まあゲーム内生物なので、クマノミに似た魔物なのかもしれませんが。

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