第435話「耐性がないのは甘え」(ライラ視点)
連邦首都上空。
ライラは『迷彩』や『隠伏』を切らさぬよう注意しつつ、『邪なる手』を駆使してスエルトディオス、いや、黄金偽神アクラト・バルタザールの行動を妨害し、悪魔の軍勢のサポートをしていた。
──今私、これまでにないくらい協力プレイしてるな。まあその協力者の誰にも認識されてないんですけどね。
ライラにとっては別に、黄金なんとやらに首都が破壊されようが大陸が滅ぼされようがどうでもよかった。
ただ大陸が破壊されてしまっては先ほど助けた研究者たちも全員死ぬことになる。それは少し困る。
それにもし、黄金偽神がこの調子で悪魔たちを吸収し、無限に強くなるとしたら。
あるいは大悪魔の心臓を取り込み、手がつけられなくなる領域まで達してしまうとしたら。
いずれ黄金龍を倒さんとしている妹の目標にも影を落としかねない。
もしそうなれば、この黄金偽神を生み出すきっかけをあちらこちらにばら撒きまくったライラが何を言われるか。
独り暮らしを始めたのは妹に拒絶されたからという理由もあった。あの頃は、これで結構落ち込んでいたのだ。
もう二度とあんな思いはごめんである。
黄金偽神を止めるにあたり、配下を沢山『召喚』してやろうとも考えたが、ライラの配下はたいていが忙しい。
暇そうなのはレーゲンヴルムかアビゴルくらいである。
レーゲンヴルムも異形悪魔たちが相手なら戦えない事もないが、有利に戦えるのは地の利を得ている時だけだ。本物のジャングルの中ならともかく、首都のようなコンクリートジャングルでは一方的に戦果を上げる事はできない。
その前に敵は悪魔ではなく黄金偽神である。下手にここに呼び出して悪魔と潰し合いにでもなってしまっては逆効果だ。
アビゴルであれば悪魔たちとは初対面だし問題ないかもしれないが、黄金偽神の相手になるとは思えない。
ここにいる異形悪魔たちの奮闘を考えれば居ないよりはマシかもしれないが、確実に死ぬことになるだろう。
久々にお呼びがかかって行ってみたらそこは死地でしたというのは流石に可哀想だ。ライラにもペットに対する情くらいある。
そういうわけで、主な戦闘はやる気満々の悪魔たちに任せ、ライラは陰ながらサポートに徹することにしたのである。
「──奴はもう、ブレスは撃てぬ! 距離を取れ! 魔法で攻撃するのだ!」
大悪魔のスレイマンが配下の異形悪魔やいつか見た女悪魔に指示を出し、押さえつけていた黄金偽神から距離をとった。
黄金偽神はそうはさせじと手を伸ばそうとするが、その手はライラの『邪なる手』によって押さえられ、スレイマンを捕えることはなかった。
「今だ! 『ヘルフレイム』!」
「『ブレイズランス』!」
ついでにライラも便乗して『フレイムデトネーション』あたりをかましておこうかとも思ったが、アクティブな魔法やスキルを発動した場合、『隠伏』が解除されてしまう恐れがある。継続的なMP消費があるとはいえ『迷彩』や『邪なる手』がパッシブ扱いなのがおかしいのだ。
「グウ! オノレ! 失敗作ドモガ……!」
下顎を吹き飛ばされているというのにどうやって話しているのだろう。
中のアクラージオが話しているのだろうか。だとしたら黄金偽神のドラゴンの口から現れたあの顔は誰なんだ。
ダメージを与えているらしいのはいいのだが、悪魔たちも被害なしというわけにはいかない。
不用意に近づいた個体や運のない個体などは数体、尾に薙ぎ払われて死亡してしまっているものもいる。
そのたびに黄金偽神は汚れた心臓を吸収し、少しずつその力を増し、大きさをも増している。
ライラとしては正直、ここは大悪魔級の方々だけに残ってもらい、異形悪魔の皆様におかれては退却していただきたいところである。正直居たところで相手の力を増すだけだ。彼女らの奮闘で黄金偽神にダメージを与えるケースがないわけでもないが、それ以上に倒されて吸収されてしまう方がデメリットが大きい。
このままでは一進一退だ。
黄金偽神が徐々にパワーアップしている点を加味するとジリ貧とも言える。
何かもうひとつ、戦況を打開する一手が必要である。
ライラが直接的に戦闘に参加するようにすれば多少は変わるかもしれないが、姿を見せた場合のデメリットを考えるとやる気にはなれない。
ライラが最も得意としている『邪眼』による状態異常も、本来格下をまとめて処理するためのものだ。
基本的にライラのビルドは格上を相手にする際の戦闘に向いていない。
これが人型で人間サイズであるのならある程度は能力差も覆せる自信はあるが、これほど異常なサイズと形状の敵が相手ではうまく戦えるかわからない。巨大化すると体感的に著しくAGIやDEXが下がるためだ。身体にかかる慣性の感覚もがらりと変わる。
何となく自分ならやれそうだという気もするが、やり過ぎた結果大悪魔や首都さえも全て叩き潰してしまう事も考えられる。ペアレ王都でハイテンションで暴れ回るレアはたいそう可愛らしかったが、自分自身でやるとなるとさすがにちょっと遠慮したい。
どうしたものか、と考え込んでいたところ、首都防衛のための鎧獣騎部隊が悪魔たちに向けて攻撃を始めた。
ペルリタの部隊もそれに参加している。当のペルリタは命令違反をしたためか隊の隊長に見張られながら渋々攻撃していた。申し訳ないと連絡が来たが、この状況でペルリタ1騎が参加しようがしまいが大差は無いため、そのまま流れに任せておけと指示しておいた。
首都を破壊しているという意味では、今では悪魔たちより黄金偽神の方が危険だ。
姿も一般的な鎧獣騎からはかけ離れている。下顎が破壊された状態のアクラージオの顔も、控えめに言っても恐怖を掻きたてる要因以外の何物でもない。
なにより放たれる禍々しい金色のオーラはどう考えても味方には思えない。
守備隊は何を根拠に黄金偽神をスルーして悪魔を攻撃するという判断をしたのだろう。
しかし何であれ、これは良くない事態だ。
鎧獣騎部隊は大悪魔やライラにとっては雑魚もいいところだが、黄金偽神と戦っている最中にあっては雑魚のちょっかいでさえ命取りになる場合もある。
異形悪魔にとっては鎧獣騎の攻撃も無視できないし、悪魔側の戦死者の発生がそのまま敵を利する結果になってしまう今、そういう不確定要素は極力排除しなければならない。
「ペルリタの部隊は避けるとして……。このあたりかな。よし。『邪眼』だ」
視線をうまく調整し、『邪眼』を発動した。
そしてすぐさま『隠伏』をかけ直す。『真眼』を持っているアクラージオや持っているかもしれない大悪魔たちはお互いしか見ていないし、一瞬なら気付かれる事もないだろう。
付与した状態異常は猛毒と疫病、衰弱だ。猛毒については神経毒、出血毒、筋肉毒の3種類を与えた。ステータスが鎧獣騎に置き換えられている守備隊にこれらが効くのかは不明だったが、少なくとも神経毒と衰弱はゴーレムなどの魔法生物相手でも効果を発揮するため、何も起こらないということはないはずだ。
しかし、『邪眼』の効果はライラの予想以上の結果を齎した。
「あれ?」
黄金偽神ががくり、と体勢を崩し、4本の足で大地に膝をついたのだ。
大悪魔たちとは相変わらず互角の戦闘を繰り広げていたし、その戦闘の結果とは思えない。
タイミングから言ってライラの『邪眼』による影響である可能性が大きい。
確かに、これほど巨大な姿なら視界に入れない方が難しい。大悪魔たちはなるべく見ないよう気をつけていたが、スレイマンと黄金偽神だけは自然と対象に取らざるをえなかった。
スレイマンには何の変化も見られない。彼女は抵抗したのだろう。全力で発動すれば話は別だが、この状態で同格の相手に『邪眼』を通すのは難しい。
「……もしかして、黄金偽神は状態異常耐性がない、のかな? あれは普通、特別に耐性とかを持っていなくても能力値で自動的に抵抗しちゃうものなんだけど……。いや、表示バグってるし能力値が実際いくつなのか知らないけど」
しかしその能力値の表示を見た際、つまり『鑑定』をしたときでも抵抗されたという感覚は無かった。
あれはこの状態になってもライラとそれほど差が無いからかとも思っていたが、今も肥大化し続けているLPやMPから判断するにさすがにそれはない。
「──まさか、抵抗判定のルールが一般的なキャラクターと違う? 表示がバグってる事と何か関係があるのか? もしかしてそれが、格下であったはずの聖王が、他の5人の力を借りたとしても黄金龍を封印出来た理由か?」
毒などのスリップダメージは入っていないようだが、それ以外の能力値低下や神経毒による麻痺は効いているらしい。心臓がコアであるなら筋肉毒による心停止もないかもしれないが、これだけのデバフを一度にかけられるというなら十分効果があると言える。
「っと、持続時間はさすがに短いな。5秒ってところか。でも互角の戦いで5秒も停滞するだけでも十分命取りだ」
理屈はどうあれ、効果があるならやらない道理はない。
ライラは続けて『邪眼』を発動し、黄金偽神の動きを連続して止め始めた。
持続時間は徐々に短くなっていったが、黄金偽神のさらなる不調を見てとった大悪魔たちの攻勢により、戦況は徐々に黄金偽神不利へと傾いていった。
一方の守備隊はこの頃にはペルリタの部隊を残して全滅していた。スリップダメージによるものだろう。どれが効いたのかはわからないが、検証はまたの機会だ。
*
「……──アア……。神ノ力ガ……。神ヲ殺スタメノ黄金ノ力ガ……。
ついに、無尽蔵にも思えた黄金偽神、アクラト・バルタザールのLPが尽きる時が来た。絶えず『邪眼』を発動し続けるライラのMPが尽きるのとどちらが早いかとひやひやしていたが、何とか多少の余裕をもって終わらせる事が出来た。
力を失った黄金偽神の身体が崩れ落ちていく。
生物的に見えた表面も、戦闘中こそある程度の弾力を持っていたように見えたが、今はひび割れて崩れていくのみである。
あの生々しさは黄金のオーラが生みだしていた性質だったのだろう。
サポートのみを行なって直接的な攻撃は大悪魔たちに丸投げというのはなかなか歯痒い状況だったが、これはこれで楽しめたと言える。
ライラの手助けを知らない大悪魔たちは時に慎重に過ぎる対処を取る事もあり、その度に自分のMP残量が気になるライラはガンガン行こうぜと声をかけたくなったものだが、彼女らの死は敵の強化を意味していたため、これは仕方がない。
あれほど光輝いていた巨大構造物が色味を失って崩れ落ちていく無常な様を見つめる。
死にゆくアクラージオは神の力と言っているが、黄金偽神という名前からすると、これは偽りの神だ。
アクラトという言葉やアクラージオという名前が正しさを意味するラテン語のアクーラーティオを元にしていたとすれば。
正しさを追及し、そのために神をも殺そうとした彼女自身が偽りの神となってしまったというのは、どこか皮肉めいた悲劇を思わせた。
「──ダガ、ナンダコノ感覚ハ……。消エテイク我ヲ……深淵デ待チ受ケテイル者ガイル……?」
最後に何か聞き捨てならない事を言った。
ライラは慌てて集中して『魔眼』や『真眼』で探ってみる。
しかし黄金偽神の生命力やマナはすでに尽きており、どこかに流れていくような様子はない。
いったい何の事を言っているのか。
もしかしてたびたび登場する魂とかいう謎のエネルギーの事を言っているのか。
深淵でアクラージオの魂を待ち受けている者とは何のことだろう。
それがアクラージオの魂をどこかにアーカイブしておくというような意味があるとしたら、あるいはアクラージオもいつか復活する事があるのかもしれない。
ただ、そうだとしても今それを止める事が出来るわけでもないし、大人しく見ているしかない。
結局彼女が言っていた神とやらが何だったのかはわからなかった。もしまた会うことがあれば、そのあたりを聞いてみてやるのもいい。
黄金偽神の身体は完全に崩れさると、光になって消え始めた。
何者かの眷属、であればこんなに早くリスポーンが始まるはずがない。
おそらくこれは魔法生物特有の死に方だ。ドロップ品を残すタイプというわけだ。
ライラは急いで残骸の場所へ飛んだ。
大悪魔たちは未だ警戒して黄金偽神の残骸を睨みつけている。
「──あのベルタサレナが、とうとう死んだ、か。
……いや、なんだ? 奴が残した金属塊がひとりでに浮き上がって……?」
怪奇現象として済ませてしまってもよかったが、このままインベントリに仕舞ったりなどして彼女らの目からドロップ品が消えた場合、その事が後々プレイヤーに伝わってしまうと面倒なことになりかねない。
イベントの最後でもあるし、せっかくなのでここは姿を見せて挑発しておくことにした。
「お、お前はあの時の!」
女悪魔が『迷彩』を解除したライラを見て叫んだ。『鑑定』によればシトリーという名前らしい。なぜこいつだけまともな見た目をしているのかと思ったら、変態を持っているようだった。
この女悪魔の名前がシトリーということはもしかすると、この大悪魔たちの中にはあの名前の悪魔もいるのかもしれない。今さらどうでもいいといえばどうでもいいが。
「──しばらくぶりだね。大悪魔のお姉さん。人類の、いや世界の敵の討伐、ご苦労様。私もずいぶん楽が出来たよ」
言うほど楽でもなかったが、直接手を下さずに済んだのは確かである。もしライラ1人であれと戦う羽目になっていたとしたら、容易に勝てたかどうかわからない。その場合は眷属を大量に呼び出して似たような戦いをすることになっていただろうが。
「お前! ベルタサレナではないとしたら、お前は一体何者なんだ!」
「言わなかったっけ。私はこの大陸に来たばかりの旅行者だよ。北の方から来たんだけどね。んっふっふ」
期待の機体で北から来たのだ。
「──北だと? もしや、北の大陸で生まれた災害生物のひとりか!」
スレイマンが身構えた。
盗み聞きした時も思ったものだが、ひとりだけその事実を知っていたという事は『霊智』系のスキルを持っているのだろう。
だとしたらここ数カ月はさぞかしうるさかったに違いない。
「たぶんそのうちのひとりで合ってると思うよ。初めまして先輩。親交を温めたいのは山々だけど、今はしなければならない事もあるし、またの機会にしておこうかな」
それにライラが手に持っている金属塊、アウリカルクムも重要だ。外なる黄金とかいう大層な枕詞がついている。
名前からしても他で入手できるとは思えない。ここで他人に渡してしまうのは惜しい。
今はライラの登場に驚いてあまり意識が向けられていないようだが、話が長引けばアウリカルクムの所有権についても問題になるかもしれない。
「……つまり、シトリーが見たのがこの災害生物だったとしたら、人類を攻撃したのはわらわの勇み足だったと……? いやしかし、現にベルタサレナの作った機械の神は現れた。偶然、タイミングがよかったとでもいうのか……?」
ベルタサレナ──アクラージオが黄金偽神になったのはライラが大量の汚れた心臓を納品したためだ。
そしてアクラージオが急いでその心臓の合成を進める事になったのは悪魔たちが攻めてきたせいである。
偶然タイミングがよかった、というにはライラが担った役割がいささか大きすぎるが、それは別に言わずともいいだろう。
出来る女というのはことさらに自身の功績を吹聴したりはしないものだ。
ただ、功績に見合ったご褒美はあってもいいのではないかと思う。
「私も忙しいから、今回はこれで失礼するよ。また会う事もあるかもしれないけど、その時はよろしく。ではね」
そう言い残し、悪魔たちの反応を見る間もなくライラは樹海のレーゲンヴルムをターゲットに『術者召喚』を行なった。
悪魔たちは人類に対する攻勢に全勢力を投入しているようだ。
であれば彼女らの家は今頃手薄になっているに違いない。
悪魔たちにとって敵対する相手は目の前の人類しかいない。留守中に襲撃される可能性など考えていないだろう。
往々にして、そういう油断を狙って空き巣というのは現れるのである。
ここはひとつ、大災厄の先輩に防犯意識の大切さについて教えてあげようと思う。
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