第423話「挟まる女」





 地底王国を辞したレアは、ユーベルに乗りひとまず始源城を目指していた。

 今後どのような活動をしていくかは改めて考える必要があるが、何にしてもまずはジェラルディンとゼノビアをどこかに置いてこなければならない。

 このまま連れて行動するのは少し、いやかなり面倒くさい。


「あんな胡散臭いなりをしているというのに、さすがはレアさんのお仲間ね! 転移魔法まで使えるなんて! 思ったのだけれど、あの魔法で一緒に連れて行ってもらえばよかったんじゃないかしら」


「あれは厳密には転移ではないからね。彼単体でしか移動する事は出来ない。それに移動先は東の端の港町だ。異邦人──世界の眷属たちもそろそろ上陸し始めているというし、あまり目立つと後が面倒だよ」


「あらそうなの。面倒なのは嫌ね」


「ジェリィ。君は昔、多種多様な世界の眷属を手元に置いてドリンクサーバーを作りたいとか言っていなかったっけ? その世界の眷属たちが来ていると言うなら好都合じゃないか。行ってきたらいいよ。こちらの事は気にしないで」


「その計画ならもう見直しを図ることにしたから結構よ。あれを味わってしまった今となっては、いくら無限に絞り取れると言っても有象無象の血液に興味はないわ」


「あれだって……? あ、まさか魔王の──レア様の血か! き、君、そんないかがわしい事をレア様に!?」


 そんないかがわしい事をされてしまったのだろうか。

 やはり早まった気がする。









 今度は城主も同行しているため、手前で降りて歩いていく必要はない。

 ジェラルディンの先導に従って始源城の中庭にユーベルを降下させた。


「──あ、ちょっと待って」


 そのまま城内に入ろうとするジェラルディンとゼノビアを止める。

 ブランからフレンドチャットが来た。


 何やら、船が欲しいらしい。

 船ならウェルスの港街モワティエに何隻か浮かんでいたような気がする。あれを適当に手配すればいい。

 何を思い立ったのか、ブランも極東列島に用があるようだ。

 そういう事ならエンヴィと一緒に行けばいいだろう。

 幸いというか、ゆっくりすればいいと言っておいたエンヴィもまだその港街モワティエでスガルとヴィネアと寛いでいた。

 ブランが何をするつもりかはわからないが、スガルとエンヴィの2人を同行させればよほど無茶なことはすまい。ヴィネアもひとりで行動させるのが不安なので、役に立つかどうかはわからないがそのままスガルに連れて行かせる。

 スガルとエンヴィは水棲を持っているし、海の上で誰かをサポートするにはもってこいだ。4人で東方旅行に行ってくるといい。


「──ごめん。待たせたね」


「今のは一体何なのかしら。考え事?」


「いや、異邦人には遠くにいる友達と会話ができる能力があるんだよ」


「え、そうなのかい? それって距離とか場所とかに制限はないの? 地下には届かないとか」


 長らく地下で引きこもっていたゼノビアが聞いてくる。旧世紀の携帯電話でもあるまいし、そのようなことはない。


「ほぼあらゆる場面で利用可能だよ。システ──世界に保証されたサービス、といったところかな」


「凄いのねぇ。さすがは世界の眷属よね」


「いや──」


 別にプレイヤーだけの特権というわけではない。

 今の所、NPCに対しては眷属以外には教えたことがないが、教えさえすればNPCでもインベントリは利用可能であるはずだ。

 この2人ならば、今後の事も考えれば連携出来たほうがいい。インベントリも役に立つだろう。

 性格的に若干不安な気もするが、INTも高いしバレないように注意するよう言いつければそこはきちんと出来るはずだ。


「後で2人にも教えてあげるよ。これは本来異邦人しか知らないことだから、決して誰にも言ってはいけないよ」


「……ちょっとドキドキするわね。2人だけの秘密ってことね」


「言うまでもないことだけれど、3人の秘密だよ。僕もいるから」


「言うまでもないことだと思うんだけど、異邦人は全員知ってるから。秘密なのは確かだけど、そういうアレじゃないから」


 インベントリを使えるようになれば、あのようにかさばる魔戒樹の苗を抱いたまま移動する必要も無くなるだろう。


「ところで、その魔戒樹の苗は植えておかなくてもいいの? どこで育てるのか知らないけど」


「ああ、そういえばそうだったわね」


 ジェラルディンが手の中の苗を見つめた。


「これ、最大であの化け物サイズまで成長しちゃうのよね。下手にそこらに植えちゃうと、私の城より目立つことになっちゃうわね……」


 ジェラルディンは面倒そうに言った。

 この樹は私が育てますとはなんだったのか。


「ていうか、ゼノビアが生きているのなら、元々の飼い主の貴女が面倒を見るのが筋よねこれ」


「待ってくれ。僕が飼っていた魔戒樹は例の黄金龍に食われてしまったし、その黄金龍はさっきレア様が討伐してくれた。つまり、その苗に関する責任はすでに僕にはないよ」


 押し付け合いまで始める始末だ。

 レアがこれまで会った事がある元首というと、さすがにもう少し厳格というか、まともな人格者が多かったように思うのだが、この2人の自由さは何だろう。

 ジェラルディンは厳密には城ひとつと広大な領地を持ってはいるが、その領地内では眷属のアンデッドたちが好き勝手しているだけのようだし、ゼノビアに至っては国家運営のすべてを放棄していた容疑もある。

 単体でかなり強い能力を持つ者たちでもあるし、そうした自由に振る舞えるだけの環境が彼女らをこのような自由な性格にしているのだろうか。


「……ふたりともいらないっていうなら、その子はわたしが貰ってもいいかな。

 わたしもこう見えて魔王の端くれだし、魔戒樹のひとつも持っておきたい」


「どうぞどうぞ!」

「どうぞどうぞ!」


 ふたりして声を揃え、苗をレアに差し出してきた。


「仲良いなきみたち!」


「それはそうと、今の言い方から察するにレア様は魔戒樹とあまり縁がない様子だけれど、ではどうやって魔王に……?」


 ハイ・エルフなどの正道ルートに世界樹が絡んでいた事を考えると、本来エルフの邪道ルートには魔戒樹の存在が不可欠であるのだろう。

 そういうことであれば、やはりこの樹はマグナメルムで管理しておいた方がいい。下手なところに植えてしまって、見知らぬ誰かの転生条件を満たしてしまうのも困る。

 それほどこだわりがあるわけでもないが、今のところ魔王は稀少種のようだし、このオンリーワン感は大切にしていきたい。


「アイテムの力で無理やりにね。一部代替だいたいできない条件はあるけど、だいたいの条件なら無視できるアイテムがあっ──る、から、んふっ」


 賢者の石や転生の祭壇のことだ。

 ああいうアイテムはこちらの大陸にはあまりないのだろうか。

 人類勢力はかなり厳しい環境におかれているようだし、そうした高度な文明とでも呼ぶべきコミュニティは成長しづらいのかもしれない。


 賢者の石をゲーム内で未だに見た事がないが、現実の錬金術の歴史や伝承などを調べる事ができないNPCではあの材料を特定するのはまず無理である。

 知性あるアンデッドにでもなるか、災厄級にまで至るとかでもない限りNPCには寿命があるし、限られた時間で研究を完成させるのは難しい。仲間たちと情報を共有しようにも通信手段がない以上、現実の研究者のようにもいかない。

 知性あるアンデッドや災厄級などになってしまった者にとっては錬金アイテムなどもう必要ないだろうし、よほどの物好きでもなければそんなものの研究などしないのだろう。


「そのようなアイテムまでお持ちとは……。さすがはレア様だね。魔王でありながらあの、死を告げる竜なんてのも支配しているし」


 ユーベルの種族、ウロボロスは、誕生時のアナウンスでは「死を告げる竜」と呼ばれていた。

 ユーベルの時は実際にはアナウンスはキャンセルされているが、ジェラルディンもゼノビアも同様の呼び方をしているということは、そちらの名前が共通の知識として定着しているということだ。それはかつてどこかでウロボロスが誕生していたということを意味している。

 災厄級であれば一部を除いて寿命で死ぬことはないだろうし、誰にも倒されていないのなら今でもどこかにいるのかもしれない。


「そういえばゼノビアの眷属の人たちはどうしているの? かなりの数が魔戒樹に取り込まれていたようだったけど、たぶん今頃復活してるよね」


「ああ、彼らなら、きっと地底王国の復興にとりかかってるんじゃないかな。もうずいぶん昔の話になるけれど、地底王国を適度に繁栄させて適度に維持しておくように命令してあったから。そのあと何にも命令してないから、目を覚ましたらそのまま続けると思う。そういう風に教育してある」


 ずいぶんシステマティックというか、ドライな関係のように思えるが、そうではないはずだ。

 少なくとも眷属たちのほうはそう思ってはいまい。

 そうでなければ、王国の維持だけを命令されていたにもかかわらず、主君を助けに地の底までやってきたりはしないだろうからだ。

 彼らはあの空間に来なければ、魔戒樹に取り込まれるような事は無かっただろう。

 仮にメルキオレが邪王の眷属を捕らえたいと考えていたとしても、地底王国にいる者の中の、誰が眷属で誰が眷属ではないのかはメルキオレにはわからなかったはずだ。


「あの場には異邦人──世界の眷属も2人ばかり居たんだけど、大丈夫かな」


「大丈夫じゃないかな。僕の眷属はどいつも口だけは達者だし」


 呑気なものだ。彼女の眷属の苦労が偲ばれる。


「じゃあ、魔戒樹はわたしがもらうことにして。

 この鉱物、外なる黄金アウリカルクムはどうする?」


「あの怪樹を倒したのはレアさんなんだし、それはレアさんの物でしょう」


「そうだね。あの怪樹には言いたい事もたくさんあったけど、死んで残骸になってしまったのなら罪はない」


 これと魔戒樹の苗をアルケム・エクストラクタに突っ込んだら黄金怪樹の再現は出来るのだろうか。

 おそらく無理だと思われるが、それはそれとしてその場合は何になるのかには興味がある。


 いや、それより苗を世界樹に与えてみるというのはどうだろう。

 もしかしたら天魔であるヴィネアやブランのところのグラウのように、相反するふたつの属性を持った新たな種を誕生させる事ができるかもしれない。


「ふたりがそれでいいなら。でもこれ、多分ものすごく稀少な素材だと思うんだけど、本当に貰っていいの?」


「全然かまわないわ! 私が持ってても飾るくらいしか出来ないし」


「稀少だと言うのならなおさらだよ。それがレア様がくださったザグレウスの心臓のお返しになればいいんだけど……。

 と言っても、物品的なお返しが出来たとしてもまだお気持ちのお返しが残ってるけどね」


「ありがとう面倒くさいね」


 口ではそう言うが、ゼノビアはジェラルディンのように物理的にはベタベタしてこない。適当にあしらっておけばいいタイプだ。





 魔戒樹の苗はかさばるが、植えるまではキャラクター扱いではないのかインベントリに仕舞う事が出来た。

 どこに植えるのかは置いておいて、とりあえずアウリカルクムもろともインベントリに入れ、始源城に入る。


 前回同様、幅広のソファのような玉座に座ることになったのだが、今回はレアを真ん中に左右にジェラルディンとゼノビアが腰を下ろした。

 普段はジェラルディンがひとりでゆったり優雅に腰かけているのだろうソファも、3人も座ればさすがに手狭に感じられる。


「……これじゃ、誰が主かわかったもんじゃないな」


「あら、レアさんだったら構わないわよ。自分の家だと思って、いつまでも居て頂戴。ゼノビアは用が済んだら帰っても良くてよ」


「おお、なんて冷たい事を言うんだジェリィ。知っての通り、僕が帰るべき家はあの黄金怪樹によって崩壊してしまったばかりだよ。それに僕はあの黄金龍と魔戒樹に命と一緒に力も吸われてしまったせいで、邪王になりたての頃くらいまで弱体化してしまっている。この過酷な大地で生きていくのは非常に厳しい。

 というわけですまないがしばらく泊めてくれ。部屋はレア様と一緒でいいよ」


「仕方ないわね。後で部屋は用意させておくわ。レアさんは新しく部屋の場所を覚えるのも大変でしょうし、この間のあそこでいいわよね?」


「どっちもよくないし、わたしは泊まらないけど」


 始源城でログアウトだけは絶対にすまい。


「ていうかさ、ジェリィ。君、僕に縋りついてあんなに泣いていたのに、その態度ってちょっとどうなの? そんなんじゃ、レア様にだって気の多い女だと思われてしまうと思うよ」


「なっ! 見てたの!? あ、貴女こそ私の為にあんな目にあってまで魔戒樹を育てたりしておいて、ちょっと美人に恩を受けたらすぐ転ぶってどうかと思うわよ! 移り気にも程があるでしょ!」


「君にだけは言われたくないし、あと別に僕は気が移りやすいわけじゃないよ。ジェリィの事もその、ちゃんと大事に思ってるよ」


「そっ……んなの私もおんなじだけれど……」


「ジェリィ……」


「──あの、わたしを挟んでいちゃつくのやめてもらっていいかな。なにこれ当て馬にされたってこと?」


「当て馬だなんてとんでもない! 私はレアさんの事も同じくらい大切に想っているわ!」


「もちろん僕も同じだよ!」


「いや別にそれはどうでもいいんだけど。面倒くさい人たちだな!

 それより、なんだかんだでばたばたしてしまって碌に話も出来ていないのだけれど、この大陸について色々聞きたい事があるんだ。ゼノビアもいるんならちょうどいい。それと、この城に書庫か何かがあるんだったらそれも見せてもらいたいな」


 地底王国はかなり大きな街で、かなりの規模のコンテンツだったと言えるが、西方大陸全体から見ると東の端の一部分にすぎない。

 この始源城が大陸の中心にあるとしても、ここに来るまでに様々な地形も見かけたし、色々な生物もいた。

 ここより西にも大陸は続いているし、北にも南にも広がっている。


 地底王国は少々残念なことになってしまったが、きっと他にもプレイヤーをワクワクさせるための生き物やロケーションが詰め込まれているはずだ。





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