第422話「代償が重すぎる」
〈おおお落ち着いてくれたまえレア嬢! そんな事をしたら、私も一緒に死亡してしまう! それにユーベル氏が本気でブレスを撒き散らしたら、そこにいる真祖吸血鬼だとて無事では済まないかもしれないぞ!〉
〈わかってるよ。別に本気でやるつもりはないよ。あれはハッタリだ。ただ、その気になればいつでもやれるというだけのことだよ〉
〈それが怖いのだが!〉
実際にやったところでレアにメリットはほとんどないためやらない。やると脅しをかける事で、黄金怪樹の意識を上に向けさせることが狙いだ。
それにもし本当に王国の人類をすべてキルしてしまった場合、黄金怪樹にとって守るものが無くなり、行動が読めなくなる恐れがある。
今、軽くじゃれ合ってみた感触からすると、行動が読めようが読めまいがレア1人なら何とかなるレベルである。しかし守るべきものがあるのは黄金怪樹だけでなくレアも同じだ。それを考えると闇雲に戦うのはあまり望ましくない。
突然の城の崩落に驚き、上で戦闘の様子を窺っている地底王国民も、出来れば無理のない範囲で生かしておいてやりたい。
始末してしまえばそこで終わりだが、生きてさえいればいずれ他の使い道もあるかもしれないからだ。
牧場とはそういうものだ。
「──オノレ、ナント卑劣ナ……! ヤハリ貴様ハ人類ノ敵ダ!
ダガ、ソノ程度ノ脅シニ我ガ屈スルトデモ思ウタカ! ナラバ貴様ヨリ先ニ、上ノ蜥蜴モドキヲ始末シテヤルダケノ事!」
黄金怪樹は穴から顔を出すユーベルを貫かんと、金色に光る根を天に向かって伸ばし始めた。どう見ても枝なのだが、先ほど本人が根と言っていたし多分根なのだろう。
顔も逆さまだし、あれが根だというのなら理由は不明だが逆立ちして戦っているということらしい。ふざけるのも大概にして欲しい。
ただとりあえずハッタリは功を奏したようで、レアたちを威嚇していた分の根もそちらに回している。
戦った感じからするとこの状態でもレアをしっかりと視てはいるのだろうが、少なくとも何かをしようという余裕があるようには見えない。
「……レアさん、私ならもう大丈夫よ。今のうちにこいつを攻撃しましょう。私とレアさんが力を合わせれば、きっとこの化け物も倒すことが出来るはず……」
「そうかもしれないけど、ただ倒せるというだけでは不十分かな。それほど時間があるわけじゃないし、戦闘は出来るだけ早く片を付けたい。
相手は世界樹と同格の魔物に、さらに黄金龍の力がプラスされた存在だ。どれだけLPがあるのかわからない。普通に戦ってたんじゃ、倒せるのはいつになるか」
攻撃力は大天使ほどはないようだが、手数はあれ以上だ。まさか50体以上のレイドボスより手数が多い敵と戦う事になるなど想像もしていなかった。おまけに防御やLPについては未知数である。
仮に世界樹といつかのウツボを掛け合わせたくらいのLPを想定するとなると、このままちまちま戦っていたのでは削り切るのに相当な時間がかかる。
「時間? レアさん、さっきから何を……」
「だから少し賭けになるけど、残りLPに関係なく即死に近いダメージを叩きこむしかない。いや殺しきれなかったとしても、せめて一撃で行動不能に持っていきたい。そのためにはジェリィ、少しの間、わたしを守ってくれないか」
仕様上、即座に発動するという事は出来ない。
わずかながらも無防備になる時間が存在するため、邪魔をさせないようガードしてもらう必要がある。
しかも今回は前回とは違い、相手の射程外からぶっ放せるわけではない。
いやそれも不可能ではないかもしれないが、狙いが甘くなる恐れはある。その結果根元まで消し飛ばしてしまったら台無しだ。
「……レアさんには、あの樹を一撃で行動不能にする策があると言うの?」
「ああ。即死も狙える、とは思うけど、それはやってみないとわからないな。でも少なくとも行動出来なくはなると思う」
あの根がすべて無くなってしまえば行動も何もないだろう。
再生するとしても、普通に考えれば幹を再生してからでなければ根は再生できないはずだ。
つまり、幹ごと根を消し飛ばしてやれば行動不能は確実である。
ローブを脱いでそこらに投げ捨て、翼を広げて両手を構える。捨てたローブは教授が回収しに来た。この期に及んでは、岩陰に隠れているよりもレアの近くの方が安全だと考えたのだろう。必ずしもそうとは限らないのだが、それはどこにいても同じ事だ。誰だってどこにいたって、死ぬ時は死ぬ。
「……たぶんいけると思うけど、このパターンはやるのは初めてだ。ちゃんと発動するかは賭けになるけど……。うまくいけば、根元を残して幹より上だけを消し飛ばすことが出来る、かもしれない」
『魔眼』の『魔法連携』を意識し、発動する魔法を選択していく。
「『イヴィルスマイト』、『セイクリッドスマイト』……」
事象融合は複数の魔法を同時に発動するという仕様上、魔法を選択した段階では特に何も起こらない。融合が存在しない組み合わせもあるが、それはこの段階ではわからないのだ。事象融合のための発動待機状態になって初めて、融合の組み合わせが存在しているとわかるのである。
「『イヴィルスマイト』、『セイクリッドスマイト』、『イヴィルスマイト』、『セイクリッドスマイト』……」
一度選択した魔法を続けて選択していく。
通常同じ魔法を撃とうとすればリキャストタイムに阻まれ、それが明けるまでは発動する事は出来ない。
しかし最初の一回で同時に複数回発動してしまえばその制限は関係ない。その場合は後でまとめてツケが来るというか、リキャストタイムがバグった数値になってしまうかもしれないが、事象融合に利用すればどのみちリキャストはバグる。同じ事だ。
「──貴様、何ヲスルツモリダ!」
マナの動きは見えなかったとしても、突然翼を広げて光り出したらそれは驚くだろう。
黄金怪樹はレアの妨害をしようと数本の根を下に伸ばそうとしてきた。
しかしすでにかなり上空まで伸ばしてしまっている根を今さら下に戻すのもすぐというわけにはいかないし、レアの前には赤い剣を構えたジェラルディンが立ちはだかっている。
あれは『血の杭』で生みだした剣だろうか。杭とは言うものの、その形状はある程度自在らしい。『魔の剣』で刀や薙刀を作ることが出来るのと同じだろう。
すべての魔法を選択し、発動を意識する。どさくさに紛れて9個目も選択しようとしたが、やはり腕が足りないと言われエラーになった。
《事象融合準備開始》
《魔法は発動待機します》
《待機場所は発動順に、標準腕部右、標準腕部左、追加腕部1、追加腕部2、追加腕部3、追加腕部4、追加腕部5、追加腕部6となります》
両腕と翼にマナが集束していくのがわかる。
やはり同じ魔法でも『魔眼』でなら発動可能であるようだ。別々の魔法であってもひとりでは『魔眼』が無ければ発動できない理由を考えれば、決して分の悪い賭けではなかった。何でも試してみるものである。
しかしこれは例えばそれぞれ違う対象を狙った場合、事象融合にはならずにそれぞれ発動するだけになるのだろうか。その場合リキャストタイムはどうなるのだろう。それとも事象融合扱いでなければ発動できないのだろうか。
これもいつか試してみる必要がある。
その前に、まずは目の前の黄金怪樹だ。
すでに根は目前にまで迫り、ジェラルディンが赤い剣で数本切り払っている。
「もうガードはいいよ、下がってジェリィ! わたしの後ろまで!
──そうら、別荘だけでなく、今度は本体の風通しもよくしてやるぞ! 『クアドラプル・カオスイレイザー』!」
ネーミングからすると単に4つ分重ねただけのものだろうか。
ただし4発の融合魔法が飛んでいくというわけではなく、両手と全ての翼から放たれたマナはレアの前方で一ヶ所にまとまり、そこから灰色のエネルギーが一直線に発射される形になっている。消費されたマナも単純な4つ分よりも多い。事象融合をさらに融合した、ということだろう。これは効果にも期待できる。
「──ア──」
放たれた灰色の帯は周囲の色と光を消し去りながら、即座にメルキオレの顔に突き刺さった。そのまま何の抵抗もなく幹を貫通し、その向こうまで道を広げる。どこまで届いているのかはわからない。
一瞬遅れて灰色の帯の周囲が丸く、帯よりひと回り大きいサイズで消滅した。
次の瞬間、またひと回り大きなサイズの穴になる。
そしてまた次の瞬間穴は広がり、次の瞬間、次の瞬間と段階的に広がっていき、最後には穴は黄金怪樹の幅を超え、支えを失って落ちてくる根をも触れる端から消し去っていった。
ほんの数秒、灰色の光の帯としてその場に残っていた『カオスイレイザー』が消えた後には、もはや何も残されていなかった。
「──何なの、今の……」
「……ふう。知らないの? 事象融合って言うんだけど」
「それは知ってるわよ! 問題なのは事象融合そのものではなくて、それを1人で、しかもこれほどの短時間で発動させた事よ!」
知っているとは驚きである。
先日はそんな余裕がなかったが、もし始源城に事象融合に関する文献があるようなら一度読ませてもらいたい。
1人で発動させたのが信じられないというのは、やはり本来複数のキャラクターを揃えて合同で発動させる前提の技だからだろう。
時間がかかるような事も言っているが、担当者が増えればその分作業が煩雑になるのも頷ける。
「それについてはまたいずれね。それよりも今は、邪王陛下のご遺体だ」
「あ……。そう、そうね。ちゃんとしてあげないといけないものね……」
ジェラルディンは涙をこらえているが、別に泣く要素はない。
ただ時間も押しているため、その説明も後回しにする事にした。
幸い、根元の檻に残されていた邪王の遺体は『カオスイレイザー』の被害を受けた様子はなかった。
と言ってもぎりぎりのラインで、檻のすぐ上の幹はもう滑らかな断面を上に向けて晒している。賭けだったのは確かだが、やはりあまり知らない魔法をぶっつけ本番で撃つものではない。範囲魔法の『
レアとジェラルディンは黄金怪樹の切り株に近づき、檻の枝を1本1本引き倒した。上部分が消し飛びかけているものも多いため、大した抵抗もなく破壊出来る。
切り株からも、この檻からもあの禍々しい黄金の光はもう見えない。
行動不能になればいいかと考えていたのだが、どうやら完全に倒すことが出来たようだ。
そうやって檻を破壊し始めてすぐのことだった。黄金怪樹の切り株が徐々に光り出した。
もしやまだ生きていたのか、とジェラルディンの腰を抱えて飛び
警戒の眼差しで睨むレアたちの目の前で、黄金怪樹の残骸は端の方から少しずつ、光になって消え始めた。
まさかリスポーンか、と思ったが、少し違う。
これは大天使が死亡した時とよく似ている。
「──まさか死体が残らないタイプの……魔法生物なのかこれ。魔戒樹がそうだったのか、それとも黄金龍に侵蝕されたからそうなったのか。もうわからないな」
「……いや、そうでもないかも知れないぞ。レア嬢、あれを見たまえ」
教授が黄金怪樹の残骸跡地を指さした。
黄金怪樹の根元は少し浮くようにして地面に根を、いや枝を伸ばしていたため、無数の穴が開いてはいるものの大きな穴が開いているわけではない。
その跡地の中心付近に光るものがある。
近づいてみるとそれは、黒ずんだ水晶のようなもので出来た小さな苗と黄金の塊だった。
ドロップアイテムだ。
『鑑定』によれば、黒水晶の苗の方は【魔戒樹の苗】、黄金の塊の方は【外なる黄金 アウリカルクム】とある。
「……魔戒樹の苗、ということは、これが魔戒樹のドロップアイテムか。ドロップアイテムを残すのであれば、魔戒樹はそれそのものが魔法生物だったということ。となると、立ち位置としては世界樹の対になる存在なのだろうけど、出自は植物ではなくゴーレム系ってことなのかな。そういうパターンもあるのか」
ゼノビアの遺体を抱きかかえ、レアを追って歩いてきたジェラルディンが苗を見つめて言った。
「これが魔戒樹の……。
決めたわ、レアさん。この樹は私が育てます。死んだゼノビアの、生まれ変わりだと思って……」
「……偶然なのか必然なのか。最近同じような子から同じようなセリフを聞いたような……。
まあともかく、死んだ邪王陛下の代わりにそれを育てるというのなら少し待った方がいい」
「えっ」
レアは現在時刻を確認した。
まだ少し余裕がある。賭けに出てまで急いだ甲斐があった。
「『
『復活』を発動しようとしたが、選択さえ出来なかった。
同一の魔法を無理やり同時に複数発動させたツケがこれのようだ。
『イヴィルスマイト』や『セイクリッドスマイト』だけでなく、ツリーの大元の『暗黒魔法』と『神聖魔法』がまるごとリキャスト対象になっている。
今からおよそ8時間はどちらの魔法も全て使用不能である。
「……ちょっと代償が重すぎるな……。しょうがない。じゃあアイテムを使うか」
幸い予備はまだ持っている。
こういうケースがあることを知ったからには、もう少しストックを増やしておくべきかもしれない。
今後も何が起きるかわからない。備えはしておくに越したことはない。
ジェラルディンに言ってゼノビアを仰向けに寝かせ、ザグレウスの心臓を取り出した。
それをそっと、ゼノビアの胸に置く。
邪王の胸に置かれた宝石は、光と共に溶けていく。
そしてその胸を中心に、徐々にLPの輝きが全身に戻っていった。
「……──ん、んう……」
「ゼノビア!? レ、レアさん、そのアイテムは……!」
「大したものでもない。ただの蘇生アイテムだよ。大天使を倒すと落とすんだけどね」
「大天使!? そんな貴重なものを……。あ、ゼノビア! ゼノビア! 私がわかる!?」
目を覚ましたゼノビアはジェラルディンを見て、辺りを見渡し、そしてゆっくりと頷いた。大まかな状況を把握したのだろう。黄金龍は消えてしまったが、今やこの地にも日の光は燦々と降り注いでいる。状況を見るのに苦労はしないはずだ。
目を覚ましたゼノビアに、ジェラルディンがかなり色々端折りながらここで起きた事を説明した。
あまりに端折り過ぎて実際に実行したレアですら何を言っているのかよくわからなかったが、ゼノビアは頷いていた。よくそれでわかるものだ。
長年の付き合いによるものだろうか。
何というか、その関係は少しだけ羨ましく思えた。
*
「──ええっと、魔王レア陛下、でいいんですよね。この度はその、お世話になりました。
ザグレウスの心臓なんていう稀少品を使ってまで僕を生き返らせてくださったなんて……」
「気にしなくてもいいよ。邪王ゼノビア陛下。稀少と言ってもまだ持ってるし、その気になればいくらでも稼げるし」
「いいえ。そのような気を使っていただかなくても結構です。わかっていますとも。あのアイテムがレア様にとっていかに大切なものだったのかは……」
「……うん? いや、だから別にそんな言うほどの」
「わかっています。大丈夫です。──それほどまでに大切なアイテムを使ってまで蘇生させるほど、この僕が貴女にとって必要だった。そういうことですよね?」
「わかってないなこれ。待ってくれ。本当に大したものでもないんだ。今は──たまたま他には持ち合わせてないけれど、帰ればたくさんあるから」
心臓は予備だけ残し、他は『神聖魔法』が取得可能な仲間たちに配ってしまっていた。
全てを使い切ったというわけではないが、残った分は空中庭園でサリーが管理している。教授が実験で使うかもしれないとか言っていたせいだ。
「そんなに必死に否定するほど、僕に気を使わせまいと──」
「違うから。なんなんだ。ちょっと思い込みが激しいっていうか、はっきり言うと面倒くさいな!」
ジェラルディンに魔王の血をプレゼントするため、本人には何も言わずに独自に魔戒樹を育て始め、そのせいで本人には嫌われたと思われて距離を置かれ、挙句黄金龍に囚われて死にかけた──というか死亡した──理由もわかる気がする。
全てゼノビア本人の思い込みの激しさのせいだ。
「ゼノビア? レアさんはお忙しい方だから、申し訳ないけれど貴女に構う余裕はないと思うわ。稀少なアイテムを使って貴女を生き返らせてくれたのは間違いなくレアさんの慈悲の為せる業だけれど、それは貴女ではなく、友人を喪った私を慮ってのことよ。勘違いしない方がいいわよ」
「……ジェリィ。君は昔からそうだな。どうしてそう、自意識過剰なんだい? レア様がどうして君のために僕を生き返らせるのさ。しかも超希少な秘宝を使ってまで。いいかい、君の話からすると、レア様は魔王でありながら『神聖魔法』も使えるんだよね? だとすればだ、君のためだと言うのなら魔法で蘇生させれば済む話のはずだ。にもかかわらず、あえて貴重な品を使ってまで僕をこの世に呼び戻した。これはもう、そこまでしてこの僕が欲しいという、秘められたレア様からの愛のメッセージだと──」
「妄想も大概にしなさい! 貴女さっき「僕に気を使わせまいと敢えて否定した」とか言ってたじゃない! それでどうしてわざわざメッセージなんて秘めるっていうのよ!」
「それは! 言いたいけれども過度に気は使わせたくないっていう──」
「だったら──」
「──アウリカルクムと言っていたかな。私では『鑑定』出来ないが、単に金色の銅、というだけの意味ではなく、おそらくこれがこの世界における「オリハルコン」の事なんだろうね。エンドコンテンツに繋がる強力エネミーを討伐してようやく得られる素材なわけだし、これが金属素材の頂点だとみていいだろう」
「待って、今『鑑定』出来ないって言った? 教授が鑑定できないという事は、これは普通のアイテムなのか」
「おや、向こうはまだ盛り上がっているようだが、もういいのかね」
「……付き合いきれないからね」
「両手に花で、羨ましい限りだね」
「うるさいな。ぶっ飛ばすよ。……それより、エネミーの時点では『鑑定』出来ない、つまりシステム外扱いだったけれど、ドロップアイテムは『鑑定』出来る通常のアイテム、となると」
レアの言葉を教授が引き継ぐ。
「……うむ。おそらくあの黄金龍に関わるエネミーは、はじめから非プレイヤー専用種族として設定されているということだろう。魔王や邪王、真祖吸血鬼ならばプレイヤーでもやり方によって至る事が出来るが、黄金龍には手出し無用というわけだな。あのメルキオレが生まれたのもサービス開始どころかアルファテストより昔の話のようだし、案外このために運営が用意した特別なNPCだったのかもしれないな。
彼が誰も『使役』していなかったのは黄金龍と融合したせいだろう。『使役』を通じて眷属を増やしてしまうと、黄金龍の力が無限に拡散される恐れがある。それを防ぐための運営のセキュリティのようなものかな」
「彼の出生がわからない以上、もう何とも言えないけどね」
レアは教授からアウリカルクムの塊とローブを受け取った。
しかしインベントリには仕舞わない。
こちらを覗き見ている観客がいるからだ。
「──さて! わたしたちの用事はあらかた済んだのだけれど。きみたちはまだ何か用があるのかな!」
レアが声を張り上げると、潜伏しているのがバレたとわかったヨーイチたちが遠くで『範囲隠伏』を解除した。
ジェラルディンとゼノビアがそれを見てギョッとしている。
ゼノビアは『魔眼』を持っていないのだろうか。あるいは持ってはいても、あの違和感に気付けなかったのか。
この距離であれば『聴覚強化』があったとしても、彼女らがレアさんだのレア様だの言い争いをしていたのは聞かれてはいないと思うが、いざとなれば珍しい種族だからそういうニックネームを付けられたとか言えばいいだろう。少し苦しいし何だか珍獣扱いされている感が否めないが。
「マグナメルム・セプテム! メルキオレとあの樹を、倒したのか」
ヨーイチたちが叫びながら駆け寄ってくる。
警戒はしているようだが、武器を抜く様子はない。
やり合うつもりはないらしい。
もっとも、そのつもりなら先ほどのように矢で挨拶をしてくるのだろうが。
「見ての通りだよ。跡形もなく消し飛ばしてやった。きみたちも彼の事が気に入らなかったようだし、今回ばかりは利害が一致したようだね。
──わたしに矢を射てきた事は許すわけにはいかないが、わずかなりとも共闘した事に免じて、その落とし前をつけるのはまた今度にしてやろう。お疲れ様」
ヒルス王都での一件も問いただしてやりたい気持ちもあるが、それも含めてまた今度だ。
急いでいるわけでもないが、魔戒樹の苗やアウリカルクムなど、変態たちより優先すべき事はたくさんある。
「……メルキオレは確かに危険な存在だった。あれが俺たちとお前の共通の敵だったというのは、否定する気はない。
だが、いくら何でもやり過ぎだ! 見ろ!」
ヨーイチが上を指さした。
上には地底王国がある。いや、あった。
しかし、今この場の多くを日の光が照らしていることから分かるように、もはやこの地は地下ではない。
レアの放った『カオスイレイザー』が黄金怪樹もろとも地底王国の半分と、その天井をも消し飛ばしてしまったせいだ。
あの角度ではこうなるのも仕方がない事である。
レアが根元のゼノビアの遺体を傷つけまいとしていた以上、この結果は避けようがなかった。
「……見たけど、というか知っているけど、あれがどうかしたの? しょうがなかったんだよ。必要な犠牲だった」
「必要な犠牲だと!? それほどの力が、お前ほどの力があれば、他にいくらでもやりようはあったはずだ!」
それはその通りなのかもしれないが、レアは時間制限と射角制限を考えてベストな方法を選択しただけである。
「わたしを高く評価してくれるのは素直に嬉しいけれどね。わたしにも目的があって、そのために必要な手を打ったというだけだよ。
もし、この結果が気に入らないというのなら、次からはきみたちが自分たちの力だけで解決して見せるといい」
ヨーイチが悔しげな様子で睨んでくるが、それ以上何も言おうとはしない。彼も自身の力不足を痛感しているのだろう。
レアが言った通り、ヨーイチたちが先にメルキオレに勝てていればこの結末にはならなかった。
別にレアとしてはどちらに転んでも構わなかったのだが、そうはならなかったからこうなってしまった、というだけの話だ。
王国民については残念ではあるが、半分も残っているなら上等だ。だいたいいつも結果は1か0であるし。
「──起きちまった事の是非はともかくとして、だ。問題なのは今この瞬間だぜ。
おいオッサン、あんた、なんでマグナメルム・セプテムと仲良くおしゃべりしてやがんだ? あんただって中央大陸から来たんだったら、そいつらの危ねえ噂くらいは耳にしたことがあるはずだ」
サスケが教授を睨みつけた。
報告ではあまりそういう印象は受けなかったが、どうやら教授は変態たちと仲良くなったらしい。作戦とは言えこの外見の者たちと仲良く出来るとは、少し教授との付き合い方を考える必要があるかもしれない。
「……ふむ。なるほど確かにそうだね。
マグナメルムと言えば、先の大戦の裏で暗躍しいくつもの国を滅ぼした張本人たちだ。中央大陸出身で、その存在を知らないものなど稀だろう。
それに近頃はどうやら、ここ西方大陸にもその魔の手を伸ばそうとしているようだ。これは一大事だな。
なんでも、事前に工作員を送り込んで情報収集をしておいて、目的に近づくための手掛かりが見つかれば即座にセプテムが喚び出される手筈になっていたらしいよ」
「だから、あんたは何を呑気に──お、おい待ちやがれ……。事前の工作員だと? 何でそんな事を知っていやがる! まさか、てめえ……」
「ふむ」
教授は片手でステッキを地面に突き立て、口髭をもう片方の指で撫で付けて、モノクルを嵌め直して言った。
「実はこの私、ウルススがその工作員だったのだよ。
私の名は正確には【マグナメルム・ウルススメレス】と言う。改めてよろしく頼む」
「馬鹿な……ウルスス殿が……マグナメルムだと……」
サスケも顎が外れんばかりに驚き、ヨーイチも大変ショックを受けたような顔をしている。
どうやら教授はただ仲良くするだけでなく、この2人に対してかなりの信頼度を稼いでいたらしい。中々やるものである。
レアはさりげなく一歩動き、教授から距離を取った。
「──さて。話はそんなところかな。私に言いたい事もあるかもしれないが、それはまたの機会にしてもらおう。この場は先に失礼させてもらうよ」
〈一旦港町に戻るよ。王国が無事なようなら、しばらくここで調べ物をしてもよかったのだがね。城も崩壊してしまったし、ここですべきことはもう無さそうだ〉
〈だからと言って正体をバラす必要は無かったと思うんだけど。まあ、あの状況じゃ言い訳もしようがないのも確かだけど〉
〈私もやってみたかったのだよ。かっこいい名乗りというやつをね。そのうち、バンブ氏にも何か舞台を考えてやってくれたまえ。ではね〉
そして教授の姿が歪んで消えた。
確かに
「消えただと!?」
「……まさか、転移魔法……!?」
「──ではわたしたちもそろそろ失礼しようかな。ユーベル!」
その言葉が直接聞こえたというわけではないが、上空を旋回していたユーベルが急降下し、レアの隣に舞い降りた。地下とは言え、元は世界樹に匹敵する大きさの魔戒樹が鎮座していた空間である。ユーベルの降下地点としても十分な広さを持っている。
「……ジェリィ、ゼノビア、ユーベルに乗って。ジェリィ、苗を落とさないようにね。
じゃあね、露出度の高い異邦人たち! 今回と、それといつかの礼はまたいずれしよう! その時まで首を洗って待っているといい!」
と言ってもこの変態たちなら、呼んだり探したりしなくてもまた向こうから首を突っ込んできて邪魔をしそうではあるが。
*
上空から見る地底王国──元地底王国はかなり悲惨な状況だった。
まるで片側だけが屋根に覆われた、巨大なスポーツ競技場か何かのようだ。それが屋根スレスレまで地面に埋まっている状態と言えば近いだろうか。
やはりあの時の枯れ木は魔戒樹の枝、いや根だったらしい。今は周辺に同様のものはない。
それどころか、ところどころにゴロゴロしていた岩石も無くなっている。
もしかしたらあれも魔戒樹の眷属のロックゴーレムとかだったのだろうか。
城も崩れ去り、レアたちが侵入に使った屋敷ももはや瓦礫の下だ。
魔戒樹も光になって消えていった。
注連縄に擬態していた黄金龍の端末も滅ぼした。
メルキオレという男が生きた証は、もはや地底王国のどこにも残されていない。
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