第424話「浜辺で焚き火」(ライラ視点)





 ベヒモスの操縦席でライラは不意に顔を上げた。


「──なんだろう、新しい雌猫が現れたような気がする」


 



 陸上最強が売りであるベヒモスで海を渡って大丈夫なのかは不安だったが、『完全無欠』が発動しないというだけで、他に何かデメリットがあるわけではない。

 ベヒモスの装甲はもともと硬いし、耐水や耐圧性能についてもかなりのもののようだ。

 泳ぐ事は出来ないが、海底を歩く事は出来た。

 砂や泥などの堆積物が多い辺りを歩くと沈んでいってしまうため、歩くルートには気を使う必要があったが、それさえ気をつけていれば移動に支障はない。


 時折ちょっかいをかけてくる雑魚も気にするほどのものはいない。どういう生物なのか、サメが回転ノコギリで装甲を削ろうとしてきたりもするが、ベヒモスには文字通り歯が立っていなかった。


 そんな愉快な海底探索を成し遂げ、ライラとベヒモスはついに南方大陸の地を踏んだのである。


 ルートにはある程度気を使い、ゆっくりとした移動だったため非常に時間がかかってしまった。

 これほどの時間があれば、レアあたりは下手をすれば今頃教授もろとも西方大陸を灰燼にしているかもしれない。

 ゲームの話は現実ではしないようにしているのでわからないが、軽めに話を振ると若干面倒くさそうな顔をするため、たぶんそのうち暴発してどこかを吹き飛ばすはずだ。姉の目は誤魔化せない。


 ともあれ、レアや教授が頑張っているのであればライラも結果を出す必要がある。

 具体的には騎乗できるメカだ。マシーンである。

 南方大陸を選んだのは他に誰も行きそうになかったからだが、中央大陸で見つからなかった以上はこちらの大陸に騎乗メカの手がかりがあるかもしれないという理由もあった。ベヒモスは中央大陸全体からすればかなり南寄りの位置に埋められていたからだ。

 元々こちらの大陸で製造されて、あちらまで移動したとも考えられる。


「海溝みたいなものもなかったし、多分だけど西の大陸や東の列島なんかと比べても格段に距離も近かった。思っていたより海も深くなかったし、もしかしたら、元々中央大陸と南方大陸は陸続きだった可能性もあるな」


 にもかかわらずこちらではなく西方大陸が交易のメインとされているのは、おそらくこちら側には取引相手が居ないからだ。

 数日前に教授から回ってきた報告メールには、西方大陸には東端に港町があったと書かれていた。

 一方でライラがたどり着いた南方大陸北端には文明らしき跡はない。

 取引相手が居ないのであれば、交易などしようもないということだろう。


 また、中央大陸の南端、元ポートリー王国の南部には欝蒼うっそうとした樹海が横たわっている。

 ライラたちからすれば大した魔物でもないが、人類にとっては脅威と呼べる程度の強さは持っていた。

 あれらが中央大陸の人類の南方進出を長らく阻んでいるのだろう。





 ライラは砂浜に乗り上げたベヒモスの操縦席から外に出た。

 久々の外の空気がおいしく感じる。

 そういえば今更だが、ベヒモスの内部の空気はどこから供給されているのだろう。


「──砂浜の向こうはすぐに森か。

 樹海というのも納得の密度だね。特に怪しいLPやMPは見られないけど……。この樹がトレント系の魔物だったとしたら見てもわからないな。いちいち1本ずつ鑑定するのも迂遠だし、どうせ誰もいないだろうからベヒモスカノンで試しに吹き飛ばしてみるか」


 ベヒモスカノンとはベヒモスの2本のカタパルトの事である。特に名前はなかったのでライラが勝手に命名した。

 このカタパルトの中に壁ゴーレムを『召喚』し、ベヒモスのスキルを使って射出するのだ。

 カタパルトによって一時的にスキル『天駆』と圧倒的な初速を与えられたゴーレムは高速で飛翔し、目標に体当たりを敢行する。この時に使用するベヒモスのスキルとは、搭乗する事で上書きされる『投擲』系の専用スキルであり、その事からもこのカタパルトが味方の機動力の補助ではなく完全に射撃攻撃目的でデザインされたであろうことがうかがえる。

 数々のスキルの補助を受けて射出された壁ゴーレムは、目標に着弾すると破壊を撒き散らしながら自壊する。

 そのため同じ弾は連続して使用できないが、弾のストックはそれなりにある。問題ない。


「よし、では第一射を──発射」


 高速で撃ち出されたゴーレムが付与されたエネルギーの余波で木々を薙ぎ倒しながら飛んで行く。

 普通であれば視認できない速度であるが、ライラほどAGIが高ければ問題なく見える。


 そして着弾する瞬間を見計らい、ゴーレムに自分中心に『タイダルウェイブ』を発動するよう指示を出した。

 タイミングを計って眷属に魔法やスキルを発動させるというアイデアはバンブの事象融合の実験を見て思いついたものだ。

 これによってベヒモスカノンの破壊力は飛躍的な向上を見せた。


 着弾する寸前、ゴーレムは周囲に大量の水を生み出した。

 直後に目標に衝突し、ゴーレムの周辺には衝撃によって高温・高圧状態が生まれた。

 この空間に水が入り込むことで一瞬で大量の水蒸気が発生し、水蒸気はゴーレムを包み込むように広がっていく。

 水蒸気爆発である。


 そうして爆発を起こしたゴーレムは、着弾地点に大きなクレーターを残して死亡した。


「ほんの少し、ゴーレムに申し訳ない気持ちもあるけど、やっぱり爽快だな……。大昔の文明は何考えてこんな危ないもの作ったのかな」


 ゴーレムの射出によって樹海に出来た道を、とりあえずクレーターを目標にして歩かせ始めた。

 トレントがいたのかどうかはわからないが、少なくとも新しく出来た道には何もいないのは間違いない。

 衝撃と爆風で揺れた木々からは数多くの鳥たちが飛び立っていくのが見えていた。魔物はともかく、生物自体は豊富にいるらしい。

 ベヒモスに搭乗している状態では『魔眼』は使えないが、生体レーダーのようなものとして『真眼』に似た機能が搭載されていた。

 それによれば細かい光点がいくつも森を行き来しているのがわかる。ただ『真眼』と違って光点の主が強いのか弱いのかまではわからない。


 クレーターまで到着すると、次の道を作成するために次のゴーレムを装填しようと外に出た。

 この作業はベヒモスに乗った状態では出来ない──搭乗することによって『召喚』スキルは上書きされて消えてしまうため──ので、一度操縦席から出る必要がある。


 ハッチを開けてカノンまで歩いて移動していたところ、『魔眼』と『真眼』が空中を移動して近づいてくる何かを捉えた。


 鳥や虫ではない。もっと強く大きな何かだ。いや鳥系や虫系の魔物という可能性はあるが。

 しかもひとつふたつではない。

 何十という数が編隊を組み、ベヒモスに向かってきている。


 それらは編隊を維持したままベヒモスを包囲するように空中で静止すると、集団の中から小さな影が進み出てライラに声をかけてきた。

 小さな影というか、他が大きすぎるためそう見えるだけで、おそらく成人の女だろう。


 コウモリのような翼。

 大人の外見。

 災厄級のLPの輝き。


 『鑑定』するまでもない。大悪魔だ。

 別に大悪魔に会いに来たわけではないのだが、いきなりビンゴである。


 しかし、これが大悪魔だとしたら、この彼女が引き連れてきた後ろの編隊は何なのか。

 普通に考えれば悪魔なのだろうが、その姿や大きさは普通の悪魔とはまったく違っている。

 レアから聞いた話では、悪魔や天使はどれだけ経験値を与えても中学生程度までしか成長しないらしい。それ以上の外見的成長を求めるのなら、大天使や大悪魔に転生させる必要がある。

 あの女悪魔を大悪魔だと判断したのはそれが理由だが、それにしては彼女が連れてきた悪魔たちの姿は異常に過ぎた。


 大人の姿どころか、人の形さえしていないものばかりなのだ。大きさもどれも2メートルはゆうに超えており、中にはジャイアントコープス並の大きさの者さえいる。

 ほとんどは動物をモチーフにした造形のようで、山羊や猫、犬やイノシシなど、その種類は多岐にわたっている。

 ちらりと数体『鑑定』したところでは種族は悪魔とされているが、その特性は──


「──よもや、海を移動して背後から奇襲をかけてくるとはな……。人類の癖に小癪なことだ。

 これまでに見たことがないほどの大きさの鎧獣騎だが、まだそんなものを建造できるほどの余力があったとは驚きだ。しかし、それもここまでだ。いかに巨大とはいえ、たった一騎で出来ることなどタカが知れておる。それが人類どもの作戦なのか貴様の勇み足かは知らぬが、後悔しながら死んでいくがいい」


 大悪魔が何か勘違いをしている様子で話しかけてきた。

 しかし、実に有益な情報をくれた。

 今の言葉から推測できる事実は無数にある。


 まず、背後から奇襲をかけてきたという言葉から、この悪魔たちの軍勢は何者かと戦争状態にあると推察できる。そしてその相手は南方大陸のさらに南の方に住んでいるようだ。そちらを正面だとすれば、ベヒモスが上陸した砂浜のある北側は背後になるというわけだ。

 次に人類の癖にという言葉から、その戦争相手とは人類種であることもわかる。

 つまりこの大陸は悪魔と人類が戦争を繰り広げている地域ということだ。何と危険な大陸だろう。おちおち樹海で焚き火も出来ない。

 また、ライラを一見して人類だと断定したことから、この大陸にはイービル・ヒューマン系の邪道種族は存在しないか、していてもノーブル系と協調して暮らしているだろう事がうかがえる。もし邪道種族が人類と決別して生存しているようであれば、悪魔たちも人類とは別勢力としてカウントするだろうからだ。イービル系転生の経緯からすると両者が仲良くするのは考えづらいため、おそらく邪道種族は存在しないのだろう。

 極めつけの情報は「鎧獣騎」というワード、そして建造という言い回しだ。


 つまり、この大陸の人類はベヒモスに似た何かを建造し、運用するノウハウを持っている。


 大悪魔には用はなかったが、ライラにとってビンゴであるのは間違いなかった。


「──少し落ち着きたまえよ。大悪魔の君。先に断っておくが、私は君たちに敵対するつもりはない。

 森を焼いてしまった事については謝ろう。何しろ遠く隣の大陸から海を渡ってきたのでね。身体が冷えてしまっていたんだ。

 別大陸から渡って来たばかりの私にはまるで状況がわからないのだが──」









「──まったく。ヴィネアちゃんと同じ大悪魔だというから優しくしてやれば。まあ、人の話を聞かないところは似ていると言えば似ているか」


 とりあえず、大悪魔という種族は人の話を聞かない傾向にある事が分かった。


 ライラによる交渉は失敗に終わった。

 独りで愚痴をこぼしてはいるものの、ライラとしてもあれで相手が話を聞いてくれるとは思っていなかった。

 話していたのは単に時間稼ぎのためだ。

 そうして自身に注意を向けさせておき、その隙に密かに『邪なる手』を伸ばして樹海の中にレーゲンヴルムを『召喚』した。『召喚』は発動位置を視認して指定する必要がある上、あまり術者から離れた場所は指定できない。しかし座標指定型のスキルの特徴として、例外的に自分自身が存在する座標に限っては視認する必要がないというものがある。加えて『邪なる手』はライラの身体の一部であるため、これを使えば『召喚』地点をかなり自由に設定してやることが出来る。


 ライラの無意味な話に業を煮やし、大悪魔が攻撃命令を出したところで、ライラも配置したレーゲンヴルムに一斉に命令を下した。

 レーゲンヴルムは飛行する事は出来ないが、その純粋な筋力で跳躍する事は出来る。

 甲殻が重いためそれほど高く跳べはしないものの、ベヒモスを包囲するために低い位置で対空している悪魔たちを捉えるには十分だった。


 樹海から何匹ものレーゲンヴルムが跳び上がり、異形の悪魔の編隊を喰いちぎった。

 その状況に驚き、対処に追われる大悪魔の隙をついて操縦席に潜りこむと、ベヒモスのスキル『地中潜航』を発動させ、樹海の地面の下に潜り込んだのである。

 それほど深いところまで掘れるわけではないし、地中での移動スピードはベヒモスが歩くより遅くなるが、一度潜ってしまったベヒモスを追跡する事は出来ない。森や樹海のように樹が多い場所だと根を避けるために限界まで深く潜る必要があるが、そもそもわざわざ潜って浅い位置を移動する理由はない。

 そうやって一旦悪魔たちの前からベヒモスごと姿を眩ませ、地中を南に向かって移動し始めたところである。


 地中を移動できるというのは非常に優れたシステムである。おそらくレアでもこの状態のベヒモスを発見することはできないだろう。

 大地という障害物に阻まれて、『魔眼』も『真眼』も通らないからだ。

 ゆえにいかに地上で人類と悪魔による戦争が繰り広げられているとしても、ライラは落ち着いて考え事をする事が出来るのだった。


「大悪魔ちゃんの名前聞くのを忘れていたな。あの様子だと、大昔から災厄だったというには少し弱いような気もするし、他にも大悪魔はいる可能性があるか。あるいは戦争の中で命を落とし、何度か代替わりをしているとか。それにしても……」


 大悪魔が引き連れていた、あの悪魔たちの異形の姿は気にかかる。

 例えばああした軍団を、レアが連れまわしていたとしたらそこまで気にはならない。

 好きそうではあるし、実際にやりそうでもあるからだ。

 しかし全く関係ない勢力に大量に存在しているとなれば話は別である。

 それはつまり、レア以外にアルケム・エクストラクタかそれに類するアーティファクトを所持している存在がいるという事に他ならない。

 そして大悪魔という災厄と結び付けて考えると、その人物があの大悪魔を生み出した親である可能性が高い。

 共に高度な『錬金』の技術が必要だからだ。


 そんな勢力と戦争をしなければならないとは、この大陸の人類には同情する。


「悪魔勢力も気になるところだけど、それよりも先に人類だな。鎧獣騎とやらは実に興味深い。あんな異形悪魔を生み出すような勢力と戦うとなれば人類にもそれなりの戦力は必要になるだろうし、その答えが鎧獣騎とかいう兵器なんだろうね。ベヒモスと似た仕様だとしたら、誰が乗ってもある程度の戦闘力は手にできる。戦争に使うにはもってこいだ」





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