第416話「ミッション・インベイジョン」(教授視点)





 森エッティ教授の期待を一身に受け、城に潜入したフェレス・ウーヌスだったが、あまり有用な情報は得られなかった。

 教授の元に届けられた情報といえば、どの侍女がおやつをくれるとか、どの兵士の撫で方が気に入らないとか、そういうどうでもいいことばかりだった。

 本当に大丈夫なのか不安になるが、教授の指示をきちんと理解していたらしいことは伝わってきていたし、多少猫っぽさが過ぎる方が警戒されなくていい。そう無理やり納得することにした。


 肝心のメルキオレは別に猫が好きというわけではないようで、見かけても一瞥するだけで特に何もしてこないらしい。

 その様子から少なくともメルキオレは『魔眼』を持っていないのだろうことが分かる。


 ヨーイチたち2人は相変わらず精力的に狩りを続けているようだが、メルキオレがそれに同行するケースは減ってきていた。

 彼らにも教授同様異常な量の討伐依頼が申し付けられているはずだが、それを期待されていると勘違いしたのか、ヨーイチたちの狩りのペースはメルキオレでさえちょっと引くほどの勢いであるらしい。

 他にする事がないのか他の生き方を知らないのか、ヨーイチたちは依頼された仕事を驚くほどの早さで片付け、さらなる仕事を求める始末だという。

 最初に増やされた依頼というのが教授が言われた製鉄依頼と同レベルの仕事だとすると、常軌を逸した仕事量だと言える。

 直接教授に何か関係するわけではないのだが、一途な変態というのはそれだけで本能的な恐怖を感じてしまう。


 そうして外回りの仕事をヨーイチたちに押し付けたメルキオレは、逆に暇になってしまったようだ。

 忙しいとか理由をつけてヨーイチたちへの狩りの依頼を増やした手前、ほいほい付いていく訳にはいかないのだろう。ウーヌスからは彼が城でぶらついている事が増えたと報告があった。


 それならば多少は冒険してもいいだろうということで、機会を見つけてメルキオレを尾行するよう申しつけておいた。

 ただし、尾行するのは城の中だけだ。メルキオレが城の外、街に出た場合は別の猫に尾行させる事にしている。

 メルキオレがそんな細かいところまで気にするかはわからないが、長距離に渡って尾行させる際は適度に人員を入れ替えるのは基本である。もとい、猫員を入れ替えるのは基本である。





 そんな街担当の1匹、黒猫のフェレス・トレースから連絡が来た。

 メルキオレが教授の鍛冶場に向かっているようだ。

 その場合はマウリーリオからも連絡が入るようにしていたのだが、奴は何をしているのか。

 と思ったらフェレス・ウーヌスと城でのんびりお茶を飲んでいた。

 フェレス・ウーヌスは現在ある意味では自由時間なので別に構わないのだが、マウリーリオはしっかりしてもらわなければ困る。

 まあ休憩中のシフトの者と業務中のシフトの者を一緒に居させるのはよくないということだろう。これは経営者として注意しておくべき点だった。


 それはともかく、メルキオレが来るのなら見られて困る物は隠す必要がある。

 まず鍛冶場にいたトラ猫のフェレス・ドゥオを窓から外に出した。最近になってメルキオレも猫をよく目にするようになっているだろうし、違う猫とはいえ鍛冶場に猫がいたら関連性を疑われるかも知れない。

 猫を逃がしたら次はバルナバに指示を出し、適当に仕事の振りをさせる。

 特に意味のある事は何もしてはいないが、業務時間内は常に炉に火は入れておくようにしている。それに偽装用にたまに適当な剣を打たせたりもしていた。その続きをさせるだけだ。





「──やっているようだねウルスス殿。どうかな進捗は」


「これはメルキオレ殿。このようなところまでわざわざお越しいただくとは恐縮してしまうな。

 いや、頼まれていた鋼鉄の製造の方がなかなか片付かなくてね。今は完成した一部の鋼鉄を使って剣を打たせているところだ」


「そうだったのか、それは申し訳ない。別にあれは後回しにして、先に新技術の開発の方を優先してくれればいいのだが」


「そうしたいのは山々なんだがね。いずれやるべき作業が山積している状況というのはどうにも落ち着かなくて、研究に身が入らないのだよ。性分というやつだな。几帳面で繊細な我が身が恨めしい限りだ」


 暗に、お前が余計な仕事を押し付けたせいで研究が進まないのだと釘を刺しておく。

 教授を警戒するのはわかるし、それ自体は正しい判断だが、やり方が力技すぎる。


 しかしそのやり方が悪いと言いたいわけではなく、むしろ褒めてやりたいところではある。教授が面倒だと感じたという事は、つまり遅滞を目的としたハラスメントとして一定以上の効果を出したという事だ。

 大抵の場合、純粋な力量や物量で攻められるのが一番対応しづらいものだ。


 ただそれはそれとして、やられる方としては文句のひとつも言いたいというだけである。


「そういう事ならば仕方がないな。すぐに言ってくれれば取り下げたのだが」


「いやなに、鍛冶場を貸してくれた時には材料がすでに山と積まれていたのでね。それにもういくらかは進めてしまったし、一部は研究にも使っている。やりかけた仕事を放り出すのも性に合わないし、今さら取り下げられてもかえって困るな。元より成果については不確定なプロジェクトだ。気長に待っていてほしい」


「それもそうだね」


 そう言いながらメルキオレは例の薄笑いを浮かべた。

 それもそうだねなどとは微塵も思っていない様子だ。


「ところで、最近はあの2人と狩りに行かないのかね。ずいぶんと仲が良くなった様子だったが──」


「いや別に仲が良いわけではないが」


「そうかね? 初めて会った日などは、初対面にもかかわらずハグを──」


「そうだったかな記憶にないな」


 メルキオレから薄笑いが消え、真顔になっている。明らかな嘘だが、断固たる決意を持ってこの答えを真実にするという意思が感じられる。

 食い気味の反論からも必死さがうかがえる。

 まあ気持ちはわからないでもない。


「私も毎日狩りばかりをしているわけにもいかないのでね。最近はあの2人だけで行ってもらっている。それにしても彼らは実に素晴らしい人材だよ。まさかあれ程のペースで魔物を始末してくれるとはね。忙しくて同行できないのが実に残念だ」


 よく言う。薄笑いが引きつっている。


「ほう。そのような貴重な時間を割いてまで私の研究を見に来てくれるとは実に光栄だ。と言っても今はまだほとんど『鍛冶』しかしていないがね」


 しかも実際にやっているのはサポート要員の現地民バルナバである。


「こちらに寄ったのはついでのようなものだ。気にしないでほしい。

 それではそろそろ私は失礼するとしよう。鉄の処理のほうは程ほどにして、なるべく早く研究を進めてくれると助かるな」


「善処しよう」


 メルキオレは薄笑いを浮かべたまま去っていった。納得はしていないが教授を言い負かすいい言い回しを思いつかなかったのだろう。

 長きに渡り国民をうまく誘導してきたのだろうが、これまで国民には教授のように言う事を聞かないタイプは居なかったとみえる。あるいは現れてもすぐに始末して来たのかもしれない。


 メルキオレの足音が教授の強化された聴覚から完全に消えた後。


「──フェレス・トレース、彼の尾行を。いや、交代しておくか。フェレス・ドゥオ、彼の尾行を引き継いでくれ。フェレス・トレースはバックアップだ。よろしく頼むよ」


 鍛冶場の外からにゃあにゃあという了解の意を含んだ鳴き声が聞こえ、2匹の眷属がメルキオレの後を追っていった。


 教授たちがこのケラ・マレフィクスに来てから、メルキオレは毎日のようにヨーイチたちと狩りに出かけていた。そのルーチンと違う行動をとるようになったのはここ最近になってからだ。

 行動パターンが変わるというのはそれだけで警戒に値する。もしかしたらヨーイチたちに同行しなくなったのは、単に一緒に居たくないからとか彼らに仕事を押し付けたいからというだけでなく、そろそろ幽閉している国王の元へ行く時期だからなのかもしれない。

 教授の読みでは国王は城の中心部にいるはずだが、あえて城の外にいるという可能性も考えられなくもない。確かに城の中に幽閉していたのでは、いかに注意していても城で生活する誰にも知られないというのは難しいだろう。


「マウリーリオは思っていたほど使えるわけではなかったが、彼から得られた情報も多い。今のところ、私の打った手に無駄はなかった、と思う。無駄がないという事はミスをしていないという事だ。つまり最善を尽くしているという事だ。

 人事を尽くして天命を待つ、だったかな。やれるだけの事をやっているのであれば、あとは結果を待つしかない」









「……ほう「最高の空」か。まさか西方大陸の文献に残されているとは。確か、ブラン嬢が気にしていたのだったな。……ふむ、産卵周期は500年か。この文献が書かれた時期を考えると、そろそろか?」


 レイドボスとしてデザインされているコンテンツなのか、あるいは別の何かなのかは不明だが、ゲームサービスが開始されるタイミングを考えるとそろそろ産卵時期が来るのは間違いないだろう。

 ただ具体的な産卵場所は書かれていないため、それを知るにはまた別のヒントを探す必要がある。

 同時期に書かれた文献が他にもあるとしたら、可能性が高いのはレアが向かった始源城だろうか。

 あるいは他にも残っている街があるだろうか。


 城の書庫で文献の内容をメモしていると、待ち合わせの相手であるマウリーリオが話しかけてきた。


「──その文献でしたら儂も目を通した事がありますが、どこまで本当の事なのかわかったものではありませんぞ。そもそも、そんな魔物など見たこともありませんしな」


「そりゃそうだろうね。ここは地下だよ。最高がどうとか以前に、空さえ見えない。この国で見たことがあったとしたら問題だよ。

 それより、今日ここに来たのは君に少し聞きたい事があったからなんだ」


 あの日フェレスたちがメルキオレを追って行った先にあったのは、一軒の屋敷だった。

 城からも近く、教授の鍛冶場からさほど離れていない場所だ。あの屋敷が何なのかは現段階では不明だが、心当たりがないでもない。

 メルキオレが地底王国に亡命してきた際、一時的に住んでいたという屋敷である。

 その屋敷があれだとすれば、未だにそこに用事があるというのは実に怪しい。何しろ亡命したのは何百年も前の話だ。ちょっとした忘れ物があるなどとは考えられない。

 マウリーリオを呼んだのは、その屋敷が本当にメルキオレのものかどうかを照会したかったからだ。


「メルキオレが以前住んでいた屋敷、ですか?」


「一応、”様”は付けたまえ。普段から呼び捨てにしていると、いざという時とっさに出なくなるよ」


「失礼しました。メルキオレ様が以前住んでいた屋敷でしたな。それでしたら現在もメルキオレ様が使われております。まあ別荘のようなものですな。おひとりで管理されておりますが、清掃などのために人を入れることはあるようですが……」


 フェレスたちからの報告では、他の屋敷と違い人の気配はまったくしない感じだということだった。

 その場所に国王を幽閉しているとすれば、人の気配がまったくしないというフェレスたちの報告は気になるが、わざわざ時間を作って訪れているくらいだ。何かあるのは間違いない。


「後で詳しい場所を教えてくれ。私が目をつけている屋敷と同一かどうか照会する。それと、その清掃業者がどこの誰なのか知っているかね?」


「いえ、そこまでは……。調べますか?」


「そうだね……。ではこの国の国庫を管理している人物に当たってくれ。聞き方には注意するように。メルキオレの屋敷というワードは決して出さず、あくまで国家予算からの使途不明な支出について調べていると言うんだ」


 独裁者というのは組織の金と個人の金を混同しがちな傾向にある。横領を指摘する者が存在しないからだ。

 メルキオレに独裁という意識があるかどうかはわからないが、個人資産と国有資産を分けていない可能性はある。自分自身への給料も自分で支払う事になるのだから、所得の申請をする必要がない以上、いちいち分ける意味は薄い。そうでなくても、定期的に必要になる出費なら国庫の方から出しているかもしれない。

 元々が亡命王族だったということは、初期の生活費は正式に国から支払われていたという事も考えられる。国の上層部が居なくなった事でそれ以降の指示も出なくなり、なし崩し的に今でもそれが続いているとしても不思議ではない。


 以上の事から教授は、屋敷に清掃業者を定期的に入れているのなら、その金は国から支払われている可能性は低くないと考えた。

 しかし国の財産全てをメルキオレが完全に管理するのは現実的ではないし、管財人は別にいるはずだ。

 であればその管財人なら知っているだろう。清掃業者がどこの誰なのかを。





 半ば賭けにも近い可能性だったが、教授のこれらの考えは大筋で当たっており、管財人は屋敷の清掃業者を知っていた。

 清掃業者というか、本来はハウスキーパーのような人材を派遣する業務を主に行なっている業者のようだったが、常駐する必要がない屋敷に対してはそのように清掃や炊事、洗濯などの為だけに短時間での派遣も行なっているらしい。と言ってもそうしたケースは多くない。ハウスキーパーの派遣についても主には城の外で暮らす教団関係者に限られており、要はメルキオレの一派の相手を専門にしている商売ということだ。


 教授は初め、この清掃業者を『使役』するつもりでいた。

 しかしもし仮にメルキオレと関係が深い業者であったとしたら、扱いには注意する必要がある。

 例の侍女ではないが、今後その業者が知る必要のない事に不用意に近づいたせいで始末されてしまった場合、死ななくなっていたのでは問題だ。


 仕方なく教授は新たに『使役』したハチワレ猫のフェレス・クァトルに屋敷を見張らせ、清掃業者が来るのを待った。

 誰も来ない日を狙って猫に探らせてもよかったのだが、屋敷は文字通り猫の子一匹侵入できないほど厳重に施錠されていた。鍵を開けるのも無理ではないかもしれないが、メルキオレが何らかの技術で鍵自体にもセキュリティをかけていたら面倒だ。正体がわからない相手に対してはいかなる油断もすべきではない。身軽なプレイヤーのひとり旅なら多少の冒険もいいかもしれないが、今の教授はそうではない。





 後日、清掃業者が屋敷の清掃にやってきた。メルキオレから受け取ったのだろう鍵で屋敷に入っていく。

 換気の為か、清掃員はまず屋敷中の窓を開けた。

 隙を見てフェレス・クァトルが、開け放たれた窓から屋敷に滑り込み、隠れる。

 後は清掃の進捗に応じて隠れ場所を変え、施錠されるまで待てばミッションは終了である。






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