第415話「猫の手も借りた」(教授視点)





 マウリーリオを通じて伝えておいた生産設備はほどなく用意された。

 さすがに鍛冶設備を城の中にというわけにもいかなかったのか、市井の鍛冶場を借り上げたようだ。城からも近く、アクセスはしやすい。裏を返せば城から様子見に行きやすいという事でもある。


 設備が要ると言ってはみたものの、鍛冶場など用意されても森エッティ教授は『鍛冶』系スキルを持っていないため正直困る。

 借り上げたのなら元の持ち主もいるだろうということで、『鍛冶』についてはその人物をサポート要員として雇い入れ、その彼に指示する事で炭素鋼などの合金を作成する事にした。


 面倒だしリスクもあったが、この鍛冶屋の男、バルナバも『使役』しておくことにした。

 『錬金』で研究をする事もあるし、目の前で実験しても問題ない相手で周囲を固めておく必要がある。

 抜き打ちでメルキオレが視察に来るような場合は城に残したマウリーリオから連絡が来る手筈になっている。

 バルナバもドワーフであり、聞いたところではまだ青年と言える若さらしいが、顔の下半分を覆う豊かな髭のせいで全くそうは見えない。

 ドワーフの顔の区別がよくわからない教授にとっては、マウリーリオの色違いという印象しか持てなかった。


 例の、消息を絶った侍女については何の続報もない。

 メルキオレにも変化はない。

 同僚が彼女の行方についてメルキオレに尋ねてみたところ、教団の重要任務を申しつけたため詳細は話せないと言われたらしい。

 それ以上突っ込んで聞こうとすれば、モデスタが探りを入れている事をその同僚の口を通してメルキオレに知られてしまう可能性がある。どのみち同僚もそれ以上は知らないようだし、侍女の事は不幸な事故だったと思って忘れるしかないだろう。


 メルキオレのあまりの変化のなさからすると、もしかしたらこれまでも国王の行方について興味を持った人物はこうして消されてきたのかも知れない。

 教団の重要任務につかせた、あるいはまさにその国王の世話をさせるなどとうそぶいて、その存在を抹消する、という形で。


 何にしても、ライラを真似て間接的に人を操り積極的情報収集を試みてはみたが、これ以上この方向から何かを得るのは難しそうである。

 国王の居所についてはまた別のアプローチを考える必要がある。


「まあ、その前に仕事だな。

 この大量のクズ鉄をすべて炭素鋼に変えてくれとは、なかなか遠慮のない事を言ってくる」


 鍛冶場には山と積まれた鉄製品が聳え立っていた。

 エサやパシたちがこれまでに港町で仕入れてきた武器や防具のなれの果てだ。

 一部は修復して使っているという話だったが、修復しきれないほど破壊されてしまった物たちだろう。いずれ修復用の素材として使うつもりだったのかもしれないが、より上位の素材に変える事が出来るのなら今やってくれということだ。


 あくまで優先すべきは新技術の開発であり、炭素鋼の生産についてはいつまでかかっても構わないからゆっくりやって欲しいとは言われたが、無理ならやらなくていいとは言われなかった。

 見たところ純度もまちまちで、まずは不純物を取り除くところから始めなければならない。

 真面目にやろうと思えば気が遠くなるほどの時間が必要になるだろう。


 だとすると、本当に全てを炭素鋼にして欲しいというよりは、この作業、この場所に教授を縛りつける事で余計な詮索をさせないようにすることが狙いだと思われる。

 ヨーイチたちにも以前にも増して魔物の討伐や周辺の警戒などの仕事を依頼しているようだし、例の侍女を焚きつけたのが誰なのかまでは特定できてはいないようだが、やはり中央大陸組が怪しまれているのは間違いないようだ。

 メルキオレはどう出るだろう、という疑問の答えがこの物量作戦ということだ。


「質さえ問わないのであれば、この程度の仕事は今の私のMPならば1日で終わるが……」


 クズ鉄から鈍鉄を製錬し、そこから炭素鋼を作る作業自体は『錬金』系スキルだけで行なえる。『鍛冶』を使った場合との違いは出来栄えの違いだ。『鍛冶』スキルを使えば、手間がかかる分質のいい物が出来る。

 『鍛冶』スキルの代用が出来る仕事をするには『錬精』や複数の魔法系スキルが必要になるが、これは少量ずつしか行なう事が出来ない。一度にまとめて片付けたいのであれば『哲学者の卵』も併用する必要がある。

 ただし、この方法では品質は『鍛冶』で精錬したものの平均値を少し下回る程度になってしまう。普通はそんな効率の悪い事はしない。

 このやり方は本来、鉄を使って魔鉄などの魔法金属を作成するための技術だからだ。『アタノール』のマナの炎で熱すれば品質は数段階上昇する傾向にあるが、これらを使って鉄を『錬精』すると完成品はもれなく魔鉄になってしまう。

 一般的な常識では魔鉄はマナの濃い地域の鉱山から自然に算出される鉱物とされているが、優れた器材──スキル『哲学者の卵』や『アタノール』の事であるが──があれば自宅でお手軽に用意する事が出来るのだ。

 逆に言えば『アタノール』さえ使わなければ魔鉄にはならないのだが、たかが炭素鋼のためだけに『哲学者の卵』を使うという時点でMPコストパフォーマンスは最悪である。


「一部はバルナバに手作業で製錬させるために残しておくとして……。他はすべて先に片付けてしまうか。進捗を聞かれたらそこから完成品を少しずつ渡せばいい」


「こんくらい俺が一晩で! と言いたいところですが、さすがに無理ってもんですな。教主さまも無茶を言いなさる」


「……そうか。そうだな。よし、自分でやるのも面倒だし、君に一晩でやっておいてもらおう」


「え」


 そう言うなり、教授はバルナバに経験値を与え、『鍛冶』や『錬金』の技能を上昇させた。スキルの達成値に関わるDEXも上昇させる。『鍛冶』ではSTRも参照するが、これを上げるとLPも上がってしまう。数日で見て分かるほどLPが上昇してしまってはさすがに怪しまれるためSTRは触らずにおいた。面倒なことに、最近の教授の周辺には『真眼』を持っている者が多いのだ。









 正面から探るのが難しいのであれば搦め手を使うしかない。

 以前、マグナメルムのお茶会でレアに言われた事がある。


 もしかしたら今後、課金アイテムで小動物を『使役』して情報収集を目論むプレイヤーが現れるかもしれない。

 そういう時のために主要なメンバーはPC、NPC問わず全員『真眼』を取得し、怪しい動きをする小動物を発見した場合は速やかに始末する事、と。


 今のところ教授はそういうケースを見ていないが、相手がやってくるかもしれないということはつまりこちらがやっても構わないということでもある。

 しかし地底王国は密閉というほどではないにしろ、ある程度閉じられた空間であるせいか普通の街に比べて小動物が少なかった。

 特にネズミだ。1匹も見かけない。

 あれは雑食である人類と食性が似ているため、こういう狭い空間で繁殖されると食糧があっという間に食い尽くされてしまう。また病原菌を媒介するケースも多いため、ネズミの繁殖は衛生環境の悪化にもつながる。そうした理由で特に優先して駆除されているのだろう。メルキオレは何も言っていなかったが、あるいは出入り口の香草にはネズミ除けも混じっているのかもしれない。


 ただ街の至る所で猫はよく見かけた。

 聞けば特に誰かが飼っているというわけではなく、国家政策として街全体で飼育しているということだった。ずいぶんと昔からの事であるらしく、理由は今ではよくわからないということだが、おそらく元はネズミ対策だったのだろう。殺鼠剤などがないためか物理的な手段で対策を講じているようだ。

 国で飼っているというなら野良猫とは言えないのだろうが、決まった住処はないという。地底では雨が降る事も大風が吹く事もないため、寝床は適当でも構わないのだろう。


 そういうことなら数匹くらいちょろまかしてもわかるまい。ということで、教授は出かけた際に見つけた三毛猫を1匹『使役』しておいた。


「──よし、いいかねフェレス・ウーヌス君。君は今日から私の手足となって城を探る、腕っこきのスパイだ。私の言う事がわかるかね?」


 にゃ、と猫──フェレス・ウーヌスは神妙な顔で頷いた。フェレス・ウーヌス君と呼んではいるが、彼女は雌である。

 INTはそこらの魔法使いもかくやというくらいまで引き上げてある。言葉は理解しているようだ。


「これから君は、誰にも怪しまれないよう城に潜入し、臥せっていると言われる王の居所を探らなければならない。申し訳ないが、ヒントや手がかりはない。唯一わかっているのは、その場所はメルキオレという金髪の男が知っているらしいという事だけだ。そして残念な知らせだが、君がもっとも警戒しなければならない相手もこのメルキオレだ。

 これは非常に重要かつ、繊細さと慎重さが求められる任務だ」


 にゃ、とこれにも頷く。フェレス・ウーヌスはやる気に満ちている。

 実に頼もしい。


「君のその愛らしさがあれば多少の事はごまかせるかもしれないが、決して油断してはいけない。

 愛らしいだけでは切り抜けられない事もあるというのは私もよく知っている。──何? 私は別に愛らしくないだって? 何を言うんだね。こう見えても私は──、いや、またにしよう。いずれ見せる機会も来よう」


 INTを上げると自動的にMPも上昇してしまう。もし『魔眼』を持つ者がいれば、フェレス・ウーヌスが城をうろついているだけですぐに警戒されてしまうだろう。もしかしたら問答無用でキルされてしまうかもしれない。

 しかしそうなったらそうなったで、城に『魔眼』を持つ者がいるという証明にもなる。

 教授の知る限り、あのスキルは今のところ災厄級の人類種にしか確認されていない。そんな物を持つ存在がいればそれだけで警戒の対象になるし、もしかしたらそれが国王である可能性もある。


 そうした注意事項も言い含め、鍛冶場の窓から猫をはなった。


「──期待しているよ、フェレス・ウーヌス君……」




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