第414話「降石確率30%」(教授視点)





「いや、しかしウルスス殿の知識の深さは実に素晴らしいな!

 なるほど、魔物の革と魔法金属を組み合わせた複合鎧か。それならば今よりもコストを抑えた上で高性能化することも夢ではない!」


 このケラ・マレフィクスにやってきてから数日。


 基本的にメルキオレはヨーイチたちと狩りをし、森エッティ教授は城に残って書物を漁るという生活を続けているのだが、夕餉などはこうして同じ席につく事が多い。

 ヨーイチたちとは信頼関係を深めるため、そして教授からは色々と直接話を聞くためだろう。

 老ドワーフのマウリーリオがメルキオレに上げている報告は当たり障りのない内容にさせているため、突っ込んだ話が聞きたければここで教授に聞くしかない。


「他にも、別々の金属同士を『錬金』で融合させ、素材そのものの性能を引き上げたり、まったく新しい金属を生み出すという手法もある。これはまだ研究段階だが、例えば鉄に少量の炭素──例えば石炭や木炭などを融合させれば飛躍的に硬度が増す事などが確認されているね」


「なんと、木炭で!? 他の金属でも可能なのか?」


「さて。それはどうだろう。あちらの大陸も今は色々と物騒でね。私も研究途中だったのだが、急遽こちらの大陸の調査をしなければならなくなってしまったのでね」


 アダマスとミスリルの合金についてはマグナメルムの機密のひとつであるため話すような事はしないが、中央大陸で一般的に使われている技術であれば流しても問題ない。炭素鋼は『鍛冶』スキルのみで作成可能なため一般に流通している。それ以外も通常の手段で作成できる合金であれば大した内容でもない。

 魔法金属を使うとなると『錬金』スキルが必要になるようで、すなわち『大いなる業』が必要になり、作成難度も跳ね上がるためほとんど流通していない。

 地底王国に流してもいい知識レベルのボーダーラインはそのあたりだろう。


「その研究というのは、この城で続きを行なう事は出来ないだろうか。ウルスス殿が必要だと言うなら、可能な限りあらゆる設備を揃えてもいいのだが……」


「不可能ではない、とは思うが、ご期待に沿えられるかどうかは確約できない。未知なる分野の開拓である以上、多額の金貨を使った挙句に何の成果も得られませんでしたなんてこともあり得るからね。あちらの大陸では、幸い私は金貨や設備に困るような環境ではなかったからいろいろと試行錯誤もさせてもらえたが、こちらでも同じようにというわけにはいかないだろう」


 メルキオレはどうしても教授から知識や技術を吸い上げたくて仕方がない様子だ。

 得られるかもしれない成果を出汁にすれば、多少の融通は利かせてもらえるかもしれない。

 別に金が無くて出来ないというほどの事もないが、他人の金で研究できるならそれに越したことはない。


「……ふむ。ダメ元、というとウルスス殿に対して失礼かもしれないが、成果が上げられるかどうかは別として、やれるだけやってみてはもらえないだろうか。

 ウルスス殿が必要だと言うのなら、こちらで準備できるものは何でも用意しよう」


「成果は二の次で良いというのであれば、私としては断る理由はないな。設備次第ではあるが、要はあちらの大陸でやっていた事と変わらないしね。同時にこちらの大陸の事情も調べられるというのなら言う事はない。

 ──外部環境の調査については、すまないが君たちに依頼してもいいかね?」


 黙って食事をしていたヨーイチとサスケに振った。

 本来その程度の事ならマウリーリオに聞けばいいし、偵察代わりにコオロギを数匹放ってもいい。

 わざわざこの2人に何かを頼む必要はないが、ここで声を掛けないのはいささか不自然である。


「俺たちの修行の片手間でよいのならな。主に生息している魔物についてはもう知っているかもしれないが、他にも何か変わったことがあれば伝えよう」


 ここ数日、こうして食事を共にしていた事もあってか、ヨーイチの口調からも敬語は消えていた。

 一般的には距離が縮まったということなのだろうが、不思議と何も嬉しくない。そんなことより何でもいいので丈が長いボトムスを穿いてほしい。


「よし。では早速明日から必要な物を準備させよう。

 具体的な内容については、そうだな。マウリーリオにでも伝えてくれ」


「そうしよう。ところで、ずっと気になっている事があるんだが」


「何かな。ウルスス殿の知識には我々もずいぶん助けられている。これからもっと助けてもらう事になるだろうし、何でも聞いてくれたまえ」


「では遠慮なく。この城についてなんだがね。地下空間の下から上までを貫くように建造されているようなのだが、城の中心部は一体どうなっているのかな。もしかしたら私が嫌われているだけなのかもしれないが、誰に聞いても教えてくれなくてね」


 教授たちが借りている客室やこの食堂、そして書庫や武器庫、倉庫など、さらには使用人たちの部屋や厨房などに至るまで、この城の施設は全てが城の外縁部に円を描くように配置されている。

 廊下もそれに沿って丸く伸びているため、特に不便なことはないのだが、中心部に行くための廊下も扉もひとつもなかった。

 明らかに中心部には何かある。


 教授が城の使用人たちに嫌われているのかどうかはともかく、誰に聞いても教えてくれないのは事実だ。もっとも、教えてくれない理由についてはマウリーリオから聞いている。

 誰も知らないからだ。

 長く城で働く者たちでさえ、城の中心に何があるのかを知らないのだ。

 どう考えてもおかしい。


「──ああ、そのことか。それなら簡単だ。この城の中心には、実は柱が通っているんだよ。この地下空間を支える柱は無数に立っているが、中心部であるこの城はその中でも最も重要な柱としての役割も果たしている。

 だから、ということだな」


 メルキオレは薄く笑って答えた。


 以前にも見たことのある表情だ。

 メルキオレの掲げる過激な政策は国王の許可を得ているのかを聞いた時である。

 これまで様々な人物の顔色をうかがい、詐欺にかけてきた教授の直感が告げている。この顔は嘘をついている者の顔だ。

 もし仮にこの表情がメルキオレが嘘を付く時の癖だとすれば、国王の許可を得ているというのは嘘である。

 そして今言った、城の中心部には何もないというのも嘘だということになる。


 国王が許可を出していないにもかかわらずメルキオレが勝手に国の方針を決めているとなれば、国王はもはやメルキオレのすることに口を出すことさえ出来ない状態なのだと推測できる。国王についてマウリーリオでさえ知らないということは、例え生きていたとしても外部と全く接触できない状態なのだろう。

 一般的にはこれを幽閉という。


 つまり国王はすでに死亡しているか、生きていたとしても幽閉されている。

 ついでに、城の中心部には何かがある。

 例えばこのふたつの事実を結びつけてみると、ひとつの仮説が浮かび上がってくる。

 すなわち、国王が幽閉されているのは城の中心部なのではないかということだ。

 考えるまでもなく、外縁部には国王の寝所はないのだから、あるとすれば中心部しかない。


「なるほど柱か。確かにこれほどの空間を支えるとなれば、いくつか立っている柱だけでは物足りないのかもしれないね。実際に足りないのかどうかは柱の強度も考慮して計算してみなければ何とも言えないがね。その場合、この空間から地表までどのくらいの距離があるのかも重要になるな。それらの情報を知ることが出来れば、最低限必要な柱の本数も導き出す事ができるだろう」


 それを聞いた肝心のメルキオレの表情は変わらない。薄ら笑いのままだ。


「──ではもしかして、柱の材質やここの深さなどの情報さえ得ることが出来れば、柱を破壊する事で効率的に王国を崩壊させるなどといった事も可能になってしまうのかな。ウルスス殿にかかっては。それは恐ろしいな」


「まあ、そうかもしれないね」


 余計な一言だとわかってはいたが、ここでそんな事はないとは言えない。事実だからだ。嘘は必ず綻びを生む。人を騙す時に重要なのは真実を伝えない事であって、誤った情報を伝えることではない。もし誤った情報を信じさせたいのなら、直接それを言うのではなく相手が勝手に誤った情報に辿り着くよう誘導するべきである。


「であればさすがにそれらの情報について伝える事は出来ないな。もっとも、この城の中心を貫く軸がある以上は容易に崩壊したりはしないだろうがね」


 残念だ。だが当然の返答でもある。

 そしてうまく中心部の柱についても強調されてしまった。


「国防上問題があるというなら仕方がないな。強度計算は諦めよう。

 しかし中心部がまるごと柱なのだとしたら、国王陛下はどこでお休みなのだろう。いや、今さらご挨拶をなどとは言わないよ。単純に気になっただけだ」


「……陛下の安全の問題もある。陛下の寝所についても明かすことはできない」


 この言い方と、城の他の者が全く知らない事から考えると、国王の居所はメルキオレしか知らないのだろう。

 もし幽閉しているとなれば、何年、何百年も臥せったままの国王の世話を、メルキオレが1人でしているということなのか。

 さすがにそんな事はないはずだ。

 そのあたりをつついてやっても良かったが、メルキオレはずっとあの薄い笑顔を貼り付けている。

 これ以上突っ込んでも何も得られるものはないだろう。教授に対する不審感が増すだけだ。

 ここは大人の態度で引き下がり、しばし時を置くのが得策だ。


 いや、それは少し消極的に過ぎるだろうか。

 時間がないというわけでもないが、無限にあるわけでもない。

 聞けば、レアはすでにこの大陸に来ているという。

 レアのことだ。そう考えなしに西方大陸を破壊するとも思えないが、逆に言えば少しでも理由があればいくらでも破壊を撒き散らす可能性もある。

 例えば今ここでこうしている間にも、いきなり上空から質量兵器が降ってきたとしてもおかしくはないのだ。









「──消息が途絶えた? それは確かなのかね」


「ええ。間違いありませんな。彼女の同僚も誰も姿を見ていないとか」





 現在、このケラ・マレフィクスにおいて教授が『使役』しているキャラクターは2人。

 このマウリーリオと、神託の巫女モデスタである。


 神託を受けることが出来る『霊智』を取得している人物は地底王国にはこのモデスタしかいないようで、彼女が何も言わなければ災厄級が生まれたのかどうかさえわからない。

 ひとりを押さえておけばいいのであれば教授としては楽なものだが、有事の際の代わりがいないという状況は他人事ながら心配になる。

 ただこれにも理由がある。国民の不安を掻き立てかねない情報の拡散を恐れたメルキオレによって、『霊智』の取得が厳しく制限されているからだということだ。


 それにしても、モデスタはヒューマンであるにもかかわらずメルキオレに『使役』されていなかった。

 あれ程の実力を持ち、明らかにヒューマンより上位の存在でありながら、やはりメルキオレは誰も『使役』していないのだろうか。

 あるいはどこかに眷属はいるが、まだ教授が知らないだけなのか。

 なんであれ、モデスタを『使役』出来たのは僥倖だった。これで災厄級に関する情報は教授の望む内容を流すことが出来る。


 巫女がひとりだけというのも教授にとっては喜ばしい事だった。

 『使役』すべき対象は少ないほうが良い。

 こういう潜入捜査において何よりも重視すべきなのは、相手にこちらの情報を渡さないことだ。

 捜査しているという事実そのものからして決して知られる訳にはいかない。

 『使役』したキャラクターの数が多くなっていくと、何かの拍子にそれらの人物が死亡してしまうリスクも上がっていってしまう。

 死亡した眷属は1時間後にリスポーンする。

 死んだはずの人間であれば生きているのは問題だし、死んだはずの人間の死体が消えてしまうのも問題だ。死んだ事を誤魔化したいのであれば死体をインベントリにでも隠してしまえば時間が稼げるが、逆はそうもいかない。

 ひとたび死亡してしまえば、そしてそれを誰かに知られてしまえば、ケラ・マレフィクスに潜入している間は誰の目からも隠し通さなければならなくなる。


 そんなリスクを冒すくらいなら最初から『使役』しない方がいい。

 故に教授は眷属を最低限の2人に絞り、それ以外のキャラクターの行動は発言力のあるマウリーリオとモデスタを利用し、間接的に操る事で情報を得ようとしていた。





 消息が途絶えた、というのはそうやって間接的に操っていた下っ端の侍女の事である。

 マウリーリオを通じて一般的な絶対君主国のあり方について話してやり、長期に渡る国王不在というのがどれほど異常な事態なのかを教えてやったのだ。

 ただし、この国や教団において神にも等しいメルキオレを直接疑うような事は言わない。

 マウリーリオを使って無垢な侍女に一般常識を教えてやった後は、モデスタにこう話させたのである。


 おひとりで国王陛下のお世話をしなければならないなんて、メルキオレ様もさぞご負担でしょう。国王陛下の居所さえ教えて頂ければ、代わりに私たちがお世話することも出来るでしょうに、と。


 心優しい侍女は敬愛するメルキオレのためにと、おそらく国王の居場所について調べてくれるに違いない。

 代わりに世話をするのが目的なら、直接メルキオレに聞きに行くかもしれない。

 いずれにしても何らかの動きがあるだろうし、現在の停滞した状況に刺激を与える事も出来るはずだ。


 その侍女が消息を断った。

 考えるまでもなくメルキオレの仕業だ。


「何の罪もない侍女の存在を消してしまうとは。ひどいことをするものだね」


「まったくですな」


「……ツッコミとかは無しか。いや、なんでもない」


 ここがお茶会の場であれば、そもそも教授が侍女を利用したせいだろうとツッコミが入っていたところだ。

 無いなら無いでいいのだが、一抹の寂しさも覚えないでもない。


「さて。これまで国王の事など気にする事さえ無かった国民が、その所在を調べ始めるなどということが起きた。

 明らかに新しく現れた異物、つまり我々中央大陸民の影響だ。直接指示したとまでは思われないだろうがね。

 どう出るかな、メルキオレは」






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