第411話「真祖の真相」
始源城内部は驚くほど荘厳だった。
インテリアは全体的に黒系でまとめられており、落ち着いた印象を受ける大人びたデザインの物が多い。
城全体を構成している素材が何かはわからないが、床材や柱には黒大理石が使用されているようで、どれも顔が映るほど磨きあげられている。
廊下に敷かれた絨毯も金のステッチで縫われた黒い生地が使われており、アクセントとして赤いラインが入ってはいるが、ここにも黒へのこだわりが見える。
玄関ホールでローブを脱いだレアは城の主の黒へのこだわりに敬意を表し、角と翼と金剛鋼をオンにした。
白いドレスとの対比が強調されるため、自分でも気に入っている。
随行しているケリーとマリオンが手に鏡を持ち、レアに向けてきた。
こんなサポートをどこで覚えたのか。
こういう時などはやはり、配下を連れて行動した方が便利でいいなと感じる。
身だしなみに問題がないことを確認したレアは、『範囲隠伏』を解除してイケメン吸血鬼の後について廊下を歩きはじめた。
踏みだした絨毯はレアの革のブーツを優しく受け止め、沈みこませる。
色やデザインだけでなく、やはり素材も一級品らしい。誰が作ったものなのだろう。
高い天井からはシャンデリアの光が降り注いでおり、黒い中にも時おり混ぜられている金の装飾が光を弾いて
その様子を磨き上げられた漆黒の床や柱が鈍く映し出しており、最低限の光で最大限の視覚効果を生み出せるよう計算し尽くされているのがわかる。
真祖吸血鬼という存在がいかほどのものなのかは不明ながら、少なくとも芸術的センスにおいてはレアの完敗と言っていいだろう。
城は別に本人が自ら建てたというわけでもないのだろうが、やはり歴史の積み重ねによるものなのだろうか。今の中央大陸の文化水準ではこれを真似ることさえ難しい。
そんな事を考えながら、みっともなく見えない程度にインテリアを鑑賞しつつ、しばらく城内を歩いた。
するとやがて、これまた黒光りする重厚なデザインの巨大な扉の前に出た。
イケメン吸血鬼が扉に近づくと、扉はひとりでに開いていく。
重い振動のようなものは感じるが音は鳴らない。摩擦箇所の手入れも怠っていない様子だ。
開かれた扉の向こうに、まばゆいばかりの生命力とマナの輝きが見えた。
他人ではなかなか見られない規模の力だ。
死にかけの海皇とは比べ物にならない。いや、例の鉾とセットであればギリギリ並べなくもないだろうか。それほどの存在感である。
やはり挨拶に来ておいて正解だった。
このクラスの存在を敵に回すとなればそれなりの覚悟が必要になる。
イケメン吸血鬼に促され、扉をくぐった。
椅子というより豪華なソファのようなものに斜めに腰かけていた、美しい少女が立ち上がる。
緩やかにウェーブを描いて肩から胸元に流れる髪は金色で、切れ長の目に浮かぶ瞳は血のような真紅だ。レアに似た白い肌に引かれたルージュも瞳と同じ色である。
どこか冷たさと怖さを感じさせる雰囲気から発せられた声も、見た目の年齢に比べて随分と落ち着いた印象の声色だったが、内容は歳相応に落ち着きがなかった。
「──ようこそ。あー、あの、ええと、すみません、どちら様でしたっけ……?」
*
「なんだ。ジェフの知り合いなの。びっくりした! どこの破壊神が攻めて来たのかと思ったわ!
死を告げる竜なんてものに乗ってきたって言うし、実際見てみればびっくりするほど生命力も高いし! 私よりも上位の生物なんて見たの、いつぶりかしら!」
真祖ジェラルディンは手のひらでぽんぽんとソファの隣を叩いた。
そこに座れという意味だろうか。
戸惑って見ていると何度も同じ仕草を繰り返すので、仕方なくレアは翼をしまってジェラルディンの隣に腰掛けた。
「──失礼します」
「あら、しまっちゃうのね。綺麗だったのに!」
「でも、少々邪魔でございましょう」
「そうかもしれないわね」
パーソナルスペースというかソーシャルディスタンスというか、一応気を使って少し離れて座ったのだが、ジェラルディンは一瞬で詰めてきた。何なんだ。
「よく見たら角も綺麗ね! 何かしらこれ金属光沢?」
「たぶんそうです。アダマスの特性を持たせてありますから」
「そうなの! すごいわ! じゃあこの角で突いたりできるのかしら」
「いや、どうでしょう……。やったことはありませんけれど……」
珍しくレアが敬語を使っているためという事もあるが、勢いに圧倒されてしまう。
何というか、そこはかとないブラン臭に、親戚のおばちゃん成分をブレンドしたかのような雰囲気を持つ女性だ。
どちらかと言えば厳格な印象が強い伯爵や、微動だにせず控えているイケメン吸血鬼とはまるで違うタイプの人物だが、伯爵がブランと仲が良い事を考えれば納得できるような気がしないでもない。
「いやだわ、忘れてた! ウォルター、こちらのお嬢様にお飲み物をお出しして!
ねえ貴女、えっと、レアさんだったかしら。飲み物は何がお好き?
いろいろ揃えてあるわよ。オークキングの一番搾りに、サイモゲルトラの醸造もの、あと珍しいところだと──」
響きが不穏すぎる。
たぶんレアの好むジャンルの飲み物ではない。
穏便に断っておく。
「あの、すみません。わたくし血液はちょっと」
「そうなの?」
「ええ、その、宗教上の理由で」
穏便に断る時の定番の言い回しだ。
もっともゲーム世界内で個人の信仰を尊重してくれるのかどうかは不明だが。しかも相手は真祖吸血鬼である。
「うふふふふ! おかしい! 宗教って、貴女どちらかと言うと崇められるほうでしょうに!」
思っていたのとは違ったが、とりあえず穏便に断る事は出来たようだ。
自分自身も信仰対象になるほどの存在だからだろうか。同格であるレアの言い回しを冗談だと感じたらしい。
少しするとイケメン吸血鬼のウォルターがトレイにグラスと瓶を載せて運んできた。
ジェラルディンのグラスには赤い何かが、レアのグラスには水が注がれた。
「それじゃあ、今日の出会いに乾杯ね! 本当はウェルカムドリンクをお出し出来ればよかったんだけど、出会いの衝撃でちょっと飛んでたものだから」
「いえ、おかまいなく。乾杯」
ジェラルディンは勢いよくグラスを呷り、上唇についた赤い液体を舌で舐めた。
客の前で行儀の良い振る舞いとは言えないが、あまりにも艶めかしいその様子には不思議な妖しさが滲み出ている。間近で目にしたレアは同性ながらどぎまぎしてしまった。
魅力的なその仕草を真似してみたい気持ちも湧いてきたが、そのためだけに血を
山ブドウと野イチゴのミックスジュースなどで代用できるだろうか。
「──ふー! 新しいお、お、お友達、と飲む血は最高ね!」
ちらちらと見てくる。
何だろう。ものすごく親近感を覚える。
この一瞬で一気に2人の距離が縮まった気がする。
「あ、はい。そうですね。お、お友達と飲む水は最高です」
「いやだ! もう、やめてちょうだい! お友達なんだから、敬語なんて! もちろんその、レアさんが敬語の方が自然体で話せるというなら構わないのだけど」
「そんなことはないけど……。じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
そう答えたレアを、にこにことジェラルディンは見つめてくる。
たぶん、敬語を使わないで何かを話してほしいのだろうが、急に話題など出てこない。
「あー、ええと、さっき、だけど。
わたしの事を、ジェフの知り合いとか言っていたけれど、ジェフって言うのはデ・ハビランド伯爵のこと?」
「そうよ! あの子ったら、自己紹介もしていないのかしら。ジョフロア・デ・ハビランドって言うのよ。長いから私はジェフって呼んでいるけど」
「そうだったんだ」
あの子、とは言うが、外見年齢では伯爵の方が年上のように見える。
このジェラルディンが伯爵の吸血鬼としての親に当たるのは間違いないのだろうし、ジェラルディンの方が長く生きている事も間違いないのだろうが、なんとなく少女が背伸びをしているような微笑ましい印象を受けた。
「じゃあ、今日はジェフの紹介で遊びに来てくれたってことなのかしら? あの子もたまには役に立つのね! ずっと音沙汰もないと思ったら、急にこんな素敵な女の子を寄こすだなんて、極端にも程があると思わない?」
「たまには役に立つ、ってことは、伯爵には何か命令というか、仕事を言い付けてあったりしたの?」
「そうよ! あのね、貴女「世界の眷属」って知っていて? 大昔にこの大陸にもちょろっとだけ現れたんだけど、殺してもすぐに復活する人たちっていうのがいるらしいのよ! どうもこっちよりお隣の大陸にたくさん現れるらしくて、それでジェフに探しに行ってもらってたんだけど……」
プレイヤーの事だ。大昔に現れたというのはテストプレイヤーか、あるいは開発会社のテスターだろう。
目的までは不明なものの、この辺りの事情はブランから聞いている。その裏が取れた形だ。
別に伯爵を疑っているわけではないが、このジェラルディンの口ぶりからも相当昔の話であるのも間違いない。もしかしたらこちらとあちらで認識にズレが生じている可能性もあった。
「そうだったんだね。
実はその世界の眷属というものには、わたしも心当たりがある。というのも、何を隠そうこのわたしもたぶん、その世界の眷属という存在なんだよ。あちらの大陸では異邦人とか呼ばれているけど」
「ああ! やっぱりそうなのね! なんだか不思議な雰囲気をしているから、そうなんじゃないかと思ったわ!」
何か、プレイヤーとそれ以外を見分けるコツでもあるのだろうか。
これまで誰かに看破されたことなどほとんどないが、ライラのように頑なにNPCムーヴを貫きたいと考えているなら気にかけておく必要がある。
もっとも、この様子ではジェラルディンからそれを聞き出すのは難しそうだが。
「ジェラルディンはその」
「ジェリィでいいわよ!」
「ジェリィはどうして世界の眷属を求めているの?」
何百年かは知らないが、ずっと音沙汰がなかった伯爵を咎める様子もないジェラルディンである。
その事からも大した理由はないだろうとは思われるが、少し気になったので聞いてみた。
レアにそう問いかけられたジェラルディンは目を細め、先ほど血を呷った時のように妖しく唇をてろりと舐めた。
その視線に射すくめられたレアは硬直した。
本能的な危機感を覚える。
高い戦闘力とかそういうものとは違う、あまり馴染みのない──ような、そうでもないような、なんならいつも感じているような、そんな不思議な感覚だ。
「──飲んでみたいからよ。その血を。浴びるほど。
だって、殺しても殺してもすぐに生き返るという事は、その身体は無限に湧き出る血の泉だって言い換える事も出来るでしょう?
そんな夢のようなアーティファクト、この私でさえ持っていないわ。ぜひ、手元に置いて味わってみたいの。
ところで──」
ずい、とジェラルディンが迫ってくる。
その目は焦点が合っていない、というより、レアの目を見ていない。どこを見ているのだろう。喉か、肩か、それとも首筋だろうか。
「レアさんて、魔王よね。それなのに、どうしてそんなに白いのかしら。死を告げる竜なんて連れているし、もしかして何か特別な存在なの? だとしたら、その血もやっぱり特別なのかしら。血の色も違ったりするの? 右眼と同じ赤色なのかしら、それとも左眼と同じ紫色? 自分の血って舐めたことある? どんな味がするの?
もし良かったらだけど、ほんの少しだけ、一滴だけ、舐めさせてもらう事って出来ないかしら。
あ、人目が気になるようなら、あっちの私の寝室に──」
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