第410話「フードは脱ぐけど猫はかぶる」
地底王国という場所には大いに興味があった。
しかし、複数のメンバーで同じ場所を調べるのはあまり効率がいいとは言えない。報告を聞いたところではレアのやり方とは違う方向から攻めているようだし、余計な手出しはしない方がいい。
地底王国は教授に任せ、レアは別の街を探すべきだろう。あればだが。
いやその前に、余所様の大陸に足を踏み入れたのだから、まずはこの大陸の主人に挨拶をしておくべきだ。
町長とグスタフに港町の経済強化を任せ、レアはケリーとマリオンを連れて町を出た。
真祖吸血鬼ジェラルディンがいる始源城は大陸中央にあるという話だったし、とりあえずは西を目指して歩いて移動する。
しばらく歩いて町が見えなくなった辺りでユーベルを『召喚』した。
西方大陸がどの程度の広さがあるのか不明だが、徒歩で行ける距離だとは思っていない。
3人でユーベルの背に乗り、大陸の上空を西に向かう。
遠目に何度か、飛行するLPの塊を見かけたが、近づいてこようとはしなかった。
『隠伏』を発動している背中のレアたちはともかく、遮るもののない大空では隠れようがないユーベルは、かなり遠くからでも見えるはずだ。しかも飛行するタイプの生物の多くは『視覚強化』を持っている。にもかかわらず襲われないということは、どうやら災厄クラスの魔物に喧嘩を売るほどの度胸がある者はいないらしい。
しかし彼らも、度胸はともかく大きさやLPはかなりのものである。
中央大陸にはあのような飛行する大型の魔物はいなかった。西方大陸では陸上以外を生息域とする脅威も存在しているということだ。
他のプレイヤーたちが例え中央大陸で飛行可能な魔物を『使役』して連れてきたとしても、安易に行動できる環境ではなさそうである。
高い能力値や『高速飛翔』を持つユーベルの飛行速度はかなりのものになる。
それでも西方大陸の中心に向かうには相当な時間がかかるようで、日があるうちに到着するかは不明だった。
ログアウトするとなると面倒なため、目印としてウルルあたりを投下しておき、翌日また来ようかとも考えたが、落としたところがたまたま例の地底王国の真上だったりしたら目も当てられない。
さすがの教授も死亡するだろうし、機会が出来たら覗きに行きたいと考えている地底王国の景色も見ないまま終わってしまう。それは困る。
「ウルルを落とすかどうかは、行けるところまで飛んで行って、それから考えよう」
「あの、地上で普通に『召喚』なさればよろしいのでは」
「……なるほど。それもそうだね」
「……だからボスは隠密行動に向いてないって言った」
「というか、この高さから投下したらウルル死んじゃうかもしれないし、そうなったら蘇生する分手間が増えちゃうな。よし、ウルルを置いておく予定地点を決めたら一旦降りる事にしよう」
配下からの進言によって行動方針を若干穏便な方向に軌道修正しつつ、何気なく景色を見る。
上空から見下ろす西方大陸は、やはり過酷な環境であるようだ。
港町周辺こそ緑が豊かであったようだが、そこからしばらく進むと緑の量は徐々に減っていき、荒野か砂漠かというような乾いた大地が岩肌を露出させていた。
たまに生えている植物にも葉は全くなく、まるで木の根が空に向かって伸びているだけのように見える。
枯れ木の中にはかなり太い物もあったが、あれは西方大陸固有の植物なのだろうか。中央大陸でも現実でも見た事がない。
もう少し近ければ『鑑定』してもよかったのだが、これ以上高度を落とすと地上の生物に見つかってしまうかもしれないし、山を越える時などにまた上昇しなければならない。そこまでして知りたい事でもない。
他には植物のようなものは何も生えていない。雰囲気的にはサボテンくらいはあってもおかしくないのだが、そういうものもなかった。枯れ木しかない。
そんな荒野を時おり歩いている集団があった。
枯れ木と違って小さいため上空からではよく見えないが、あれは裸のオッサンだろうか。
裸のオッサンが集団で棍棒のようなものを持ち、うろついている。極めて重大な事案だ。
西方大陸。何と危険な場所だろう。
怖いもの見たさというか汚いもの見たさというか、そんな不思議な気分でなんとなくその集団を眺めていると、突然サソリが地中から現れてオッサンたちを襲撃した。
この距離からでもはっきりとサソリだとわかるとは、かなりの大きさだ。マーガレットに融合したものとは比べ物にならない。
サソリはオッサンたちを鋏で纏めて薙ぎ払い、肉塊に変えると、ちまちまと口に運び始めた。食事目的だったようだ。オッサンはサソリにとって餌でしかないらしい。
なるほど教授が言った通り、中央大陸に比べて人類の生存が難しい環境なのは間違いなさそうである。
そのまましばらく枯れ木と荒野のエリアを飛行していると、やがて終わりが見えてきた。
荒野の次は山岳地帯のようだ。
山脈はそれほど高くはなく、それだけに多くの生物が生息しているように見える。
こちらには水源があるのか緑も多い。というか、森や林にしては緑色が多すぎると思ってよく見てみれば、緑の茂みは樹木ではなかった。
あれはおそらく草だ。茎まで青いし、少なくとも樹木ではない。
これで進んでいるのが地表にもっと近い位置ならば、まるで自分たちが小さくなったかのようなメルヘンな気持ちに浸れたのかもしれないが、この高さからではただただ異常な光景にしか見えない。
そんな異常なサイズの草が風にそよいでいる。
と、思ったがこれも錯覚だった。
あの大きさの草が揺れるほどの風など吹いていない。
あの草たちは自分で動いているようだ。なぜそんな事を、と思って見ていると、蕾の部分を口のように開いて地面を歩く裸のオッサンを食べようとしているのだった。
食人植物だ。マンイーターとかそういう種族だろう。
トレント以外の魔物植物は初めて見る。これは非常に興味深い。なんとか種を入手して、トレの森に根付かせられないだろうか。
食人植物に狙われている事に気付いた裸のオッサンたちは手に持った棍棒で応戦を始めた。本格的な戦闘に入ると食人植物のLPも輝き始めた。捕食中は擬態か『隠伏』でも使っていたのだろう。
遠すぎてまるで現実味がなく、ただじゃれているようにしか見えない。ある意味では巨大な花の蕾と戯れる裸のオッサンたちというメルヘンチックな光景ではあるが、本人たちは命がけだ。
初撃を外してしまった食人植物は数で勝るオッサンたちには大した抵抗も出来ず、囲まれて棒で殴られていた。オッサンの勝利だ。
オッサンたちは倒した食人植物を根元から引っこ抜き、どこかへと運んで行った。食べるのだろうか。もしかしたら自分たちの仲間を食べたかもしれない植物を食糧にするとは、ちょっと中央大陸の人類とは倫理的に隔絶している印象だ。
そうこうしているうちに山頂は越え、山脈の向こう側へと景色は移り変わっていった。
熱心に下を覗き込むレアに配慮してか、ユーベルは若干速度を落として飛行してくれていたらしい。山脈を越えて少し速度を上げたのがわかった。
山脈の向こうには沼地が広がっていた。
こちらも緑豊かであることから一瞬湿地かとも思ったが、あの緑は浮草の一種だろう。背が低すぎるし、全体的に平らすぎる。
ここにも面白生物がいるのだろうかと見ていると、またしてもあのオッサンたちの姿が見えた。
「いや、オッサンはもういいんだけど。なんなんだ。人類にとって過酷な環境とか言う割には、普通にオッサンたちが裸で出歩いてるじゃないか」
「……いえ、ボス。あれはオッサンではなく、大きめの豚なのでは……」
そういえば、教授がチャットでオークがどうのと言っていた気がする。
なるほどあれがそうなのか。
「オークか。西方大陸特有の雑魚モンスターとか言ってたかな。だからどこにでもいる感じなのか」
裸のオッサンではなく、そういうモンスターなのだと思えば不思議と嫌悪感も薄れてくる。
見ている限りではゴブリンよりも知能が低そうに見えるが、その分VITやSTRに振られているのだろうか。
裸のオッサン改め沼地のオークたちは、沼のほとりに立って棍棒で水面を叩いていた。
何をしているのかと思ったら、どうやら魚を獲っているらしい。
弱い魔物たちが群れて沼遊びをしているのだと思えば微笑ましいが、彼らの未来が明るくないであろうことは確定している。
なぜなら、沼地の浮草の下から、大きなLPを持った巨大な何かがオークたちを狙っているのが見えたからだ。
あれが何なのかはわからないが、オークたちでは太刀打ちできまい。
若干興味もあるし、ユーベルに少し止まってもらおうか、と考えて一瞬目を逸らした隙に、オークたちの姿は消えていた。
浮草が乱れて水面に隙間が出来ている。
どうやら今の一瞬で沼に引きずり込まれてしまったようだ。
少しだけ残念な気持ちになったが、これもわざわざ降りて確認するほどのことでもない。いつか見られる機会も来るだろう。
そう思い直して前を見た。
前方の空には黒い雲が厚く横たわっている。
そういう天気なのか、そういう地域なのかはわからないが、もしかしたらそこから先が真祖が支配するエリアなのかもしれない。
レアはユーベルを少し戻らせ、山脈と沼地の境界線あたりで一旦降りて、ウルルを『召喚』することにした。
ここならばオークくらいしかいない。ウルルを置いても問題は起きないだろう。
こんな所に巨大な神殿が出現してしまえば、オークがここを通るには沼地側か山脈側のどちらかに迂回するしかなくなり、その分危険にさらされてしまう事になるが仕方ない。一晩くらい我慢してもらう事にする。
*
沼地を越えた先は、見えていた通りに分厚い黒雲に常時覆われた、常夜の世界だった。
太陽の光も届かず、そのせいか普通の植物は生えていないようだ。
幹も枝も歪に捻じれ、葉もどす黒い紫色をした、一見して異常な植物ばかりがそこかしこに見られる。
おどろおどろしいとしか言いようのない環境だが、レアにとっては快適だ。
この周辺でなら常に目を開けていても問題なさそうだし、ローブも必要ないかもしれない。
地上には異常植物しか繁殖しておらず、沼地の辺りまでは何匹か飛んでいた飛行型の魔物の姿もまったく見えない。
上空にも地上にも生き物の気配というものが感じられない区域だ。
アンデッドが支配していると言われれば、なるほどそうかもしれないと思える空気である。
始源城があるとすればこのエリアの中心部だろう。
そしてそこが西方大陸の中心でもある。
景色は大して変わり映えもしなかったが、これまで以上の距離を飛び、ユーベルはようやく始源城に辿り着いた。
始源城の周辺は常に霧に覆われているようで、近づいてもその全容を見る事は叶わなかった。
真祖吸血鬼の能力がブランと同じだとすれば、この霧の範囲はすべて真祖の手のひらの上だと思って間違いない。
いや長く生きている分、ブランよりももっと優れた能力を持っていると考えるべきだ。
ユーベルに乗ったまま霧に突入すると言うのも危険だし、何より不躾なように思われたので、レアはユーベルを一旦大地に降下させた。
ここには挨拶のために来たのだ。あまり失礼な真似は出来ない。
ここからは歩いて向かうつもりだ。
地上を行き、霧に触れるかどうかというところまで近づいた時、霧の中から1人の人影が現れた。
デ・ハビランド伯爵が着ていたものとよく似たデザインの、どこか軍服めいた宮廷服を着た男性だ。非常に美しい容姿をしている。
よく見れば似ているのは服装だけではない。顔立ちもどことなく面影があるように思える。
間違いなく伯爵の関係者だ。
男は優雅な仕草で一礼すると、レアに話しかけてきた。
「──ようこそいらっしゃいました。いずこかの名のある御方かと存じますが、本日は我が主の城にどのような御用向きで参られたのでしょう」
レアはローブのフードを上げ、よそいき用の作り笑いを浮かべながら答えた。
「お出迎えに感謝いたします。わたくしは中央大陸でデ・ハビランド伯爵と親しくさせていただいております、魔王レアと申します。
この度はこちらの大陸にお邪魔する機会が得られましたので、真祖ジェラルディン様に一言ご挨拶をと思いまして──」
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