第409話「前から行くって言ってたし」





 メンテナンスに際しての告知やFAQはSNSでもかなりの物議を醸していた。


 まずは転移サービスについてだ。

 大陸外への転移について言及されたという事は、大陸外ですでに転移が必要になるほど活動しているプレイヤーがいる事を意味している。

 この事実に対し、西方大陸への進出に消極的な姿勢を取っていたプレイヤーも、何割かは置いていかれる事を恐れて海を渡る手段を探し始めた。


 この件でレアが個人的に面白く感じたのはここからだ。

 ブランの配下からの情報によれば、現在シェイプのライスバッハ周辺において、渡航詐欺なる犯罪が多発しているらしい。

 西方大陸への船を用意すると偽り、手付金だけ受け取って姿を眩ますという事例である。

 同様の手口で金貨ではなく命を奪うケースもあるようだ。渡航費が用意出来ないプレイヤーなどはこちらの被害に遭う傾向が強い。

 手口の類似性と発生のタイムリーさから、おそらく組織的な犯罪集団が関与していると思われる。ブランは知らないとの事だったので、ブラン配下とは別の組織だろう。


 シェイプの元王都にはバーグラー共和国とかいうプレイヤーの国家が建国されている。

 大陸全体で見ても上位の規模の国で、主に食品などの加工貿易で生計を立てているようだが、それにしては治安が悪い。またこの共和国の周辺では盗賊などによる被害が多いという噂もある。

 国の名前の通り、この共和国に関わるプレイヤーが元々アウトローなプレイを好む者たちだった場合、渡航詐欺についても彼らの組織によるものである可能性が高い。

 国家をあげて略奪や詐欺を行ない、表向きは食品加工を隠れ蓑にしているということだ。


 しかしそんな治安の悪さがあっても、全体的な景気の良さからNPCの移住者も増えていると聞く。

 もっともシェイプではこのバーグラー共和国とブランの支配するクリンゲルの街以外にはまともに人が住める街は無いため、ある意味では当然だと言えるが。


 ゲーム内に新たな展開が訪れ、多くのプレイヤーが小魚の群れのごとく進む方向を変えている。

 そしてそれを嗅ぎつけた別のプレイヤーが、小魚の群れの向かう先に網を張っておく。

 準備の良さから考えて、名もなき墓標で伯爵の話を聞いたプレイヤーがSNSで西方大陸について書き込んだ時には、もう詐欺を働く算段を考えていたのだろう。

 かなり時流を読む能力が高い。実に面白いプレイヤーもいたものである。





 また、国家についてのFAQも話題を呼んでいた。

 質問する前にちゃんと説明を聞いておけという意見が大半だったが、重要なのは質問者の迂闊さではなく質問内容の偏りだ。


 新サービス稼働後の国家における存続の条件と滅亡の条件。


 質問はこれらに関することばかりだった。


 こうした方面での質問が多く寄せられるという事は、他人の国家を侵略し滅ぼそうと考えているプレイヤーが一定数存在している事を意味している。

 そして今回のFAQにより、そうした事が可能である事が運営によって丁寧に説明されてしまった。

 運営の説明によれば、経済力でも武力でも国家を侵略する事は可能だという。


 もちろん侵略出来たからと言って、それは直接的には自分の国を成長させる事にはつながらない。

 しかし多くの力無きNPCにとって、庇護してくれる国家が強いかどうかというのは重要なファクターになる。

 多くの国を侵略し実績を積んでいけば、自国への所属を望むNPCを増やしていく事につながるはずだ。所属国民が増えていけば領土を広げていく事も出来る。

 そういった方向でのプレイングを望むプレイヤーも今後は現れてくるだろう。


 さらに言うと、どれもチュートリアルNPCとも呼べるヘスペリデスの乙女たちから聞ける内容である事から、こうした展開を狙ったプレイヤーたちが敢えて質問を投げたという可能性もある。





 ダンジョン難易度の表示上限変更についても注目されている。

 別に難易度の算出基準が変わるというわけではなく、要はこれまで上限だった☆5の中で3段階に分かれるというだけの話なので、☆4以下のダンジョンには変化はない。


 レアとしてはこれが一番気になる内容だったので、こっそり転移装置を見に行ってみた。

 ヒルス王都は☆5のままだった。

 これはつまりジークの調整が絶妙である事を意味しており、それを指示したレアの手腕と言えなくもない。素晴らしい結果だ。


 トレの森はカンストの☆7だった。

 これについてはもう仕方がない。あの領域はダンジョンというより闇鍋だ。困ったら全て放り込むことにしているせいで、今や種族に関係なく様々な魔物がはびこっている。

 たまに見た事がない魔物も混じっているため、おそらくライラあたりも適当に何か置いているのだろう。アビゴルの件もあるし、そろそろ家賃を徴収したほうがいいかもしれない。


 空中庭園は☆6だ。

 ☆5のつもりで調整させていたのだが、サイズ調整のためにロックゴーレムに経験値を与えたりしていたせいで、少々計算が狂っているようだ。実際はロックゴーレムは倒す必要はない、というか倒してしまうと逆に登れなくなってしまうため表記通りの難易度ではないはずだが、その分は庭園上部の中天使を増やして調整してやるべきかもしれない。


 リーベ大森林も安定の☆7である。

 あの領域はなによりもその広さが素晴らしい。

 広さを生かして女王級の訓練場にしているため、あの森では中ボス感覚で女王級が現れる。

 もともとプレイヤーの客も少ないので難易度表記が上昇してもそれほど影響もないだろうが、あの森を狩り場にしていたプレイヤーにとっては相対的に箔が付くと言えるだろうか。


 ついでというわけでもないが、MPCたちのダンジョン、モンスタープレイヤーズキャピタルも見ておいた。配下も含めて数が多いためか、☆5ということだった。

 マグナメルムの下部組織としては十分な実力を備えていると言えるだろう。

 バンブからの報告で判明したことなのだが、あのダンジョンのボスはスケルトンだかスパルトイだかいうプレイヤーの眷属であるらしい。

 そのスなにがしが建国システムを先に利用したため、ライラ同様自動的に眷属がダンジョンボスに指定されたということだ。

 つまり国でありダンジョンであるという初めての例である。

 国家の領地に指定できるのはフリーの土地だけだと考えられていたが、これを見る限りでは最終的な支配者が同じであるなら既存のダンジョンであっても指定できるということらしい。

 だったら支配者をいちいち分ける必要などないように思えるのだが、運営を突ついてやったらそのうち緩和されるだろうか。





 新天地を望むプレイヤーは西方大陸を目指し、かつてシェイプ王国と呼ばれていた地に集っていった。


 国家運営に関するFAQは、プレイヤー同士に軍事的な対立や同盟の可能性を考えさせる結果に。


 そしてダンジョン難易度の表示上限変更は、ダンジョンに対するプレイヤーたちの興味を改めて集めることになった。


 システム的に大がかりなアップデートをしたというわけでもなく、ただFAQを公開しただけでプレイヤーたちの行動方針を大きく変えさせるとは、運営の手腕はさすがの一言に尽きる。

 ただそれに乗るのも悔しい気がしたので、レアはその行動を変えたりはしなかった。


 西方大陸の様子を見に行くのは以前から考えていた事だ。アップデートは関係ない。









 一応報告はしているものの、レアもライラも色々やらかしてはいるし、お茶会を開催しなければならないタイミングではある。

 しかし前回からさほど時間も経っていないし、今作業を中断するのは困るというメンバーもいる。

 レア自身、発信する情報はともかく、知りたい情報は特になかったので、開催は見送ることにした。

 ライラはまだ南方大陸に到着していないようだし、西方大陸については人伝てに聞くより自分の目で見に行ってみたい気持ちもある。


「──じゃあ、わたしはしばらく留守にするから、ここの防衛は任せたよ」


「お任せを陛下。ときに、ヴィネア殿はどちらに?」


「たぶんペアレかな。届け物を頼んだんだけど、それ自体は届け先から連絡もらったから終わってると思うんだけど、本人が帰ってこないんだよね。まあ、念の為スガルをお目付け役として向かわせてるから、妙な事にはならない、はず」


「……しょうがありませんな」


「ほんとにね。とにかく、任せたよ」


 ディアスに空中庭園の事を任せ、レアは西方大陸の東端にある港町に『召喚』で移動した。

 一抹の不安が残る旅立ちになってしまったが、ヴィネアと言えどさすがに何かあれば連絡してくるだろう。そうでなくてもスガルから連絡があるはずだ。









 先行して西方大陸に渡っていたケリーたちのところへ飛んだ。


「お疲れ様、ケリー、マリオン」


「ああ、ボス。お疲れ様です。気が付きませんでした。『範囲隠伏』は効果を発揮しているようですね」


「それはよかった。『魔の盾』が仕様上同行者扱いになるのは今でも納得いかないけど、自分本体以外は全て別のオブジェクトということなのかな。一応独立したLPも持っているわけだし、処理としてわからないでもないけど」


 いつかペアレの遺跡で遭遇した変態たちが2人そろって気配を消していた時。

 あの気配の消し方はヴィネアの持つ『隠伏』と同じだった。

 であれば変態たちも同じスキルを使用していた可能性が高い。またレアが投げた『魔の剣』による短剣で牽制した時には、2人同時にスキルが解除されていた。

 2人ともがたまたま同じタイミングで解除したという可能性もないではないが、それだったらどちらか片方のスキルによって2人とも消えていたと考えた方が自然である。

 そこでもしかして複数対象に『隠伏』を発動させる手段でもあるのかと色々試してみた結果、ツリーの先に『範囲隠伏』を発見したというわけだ。

 アンロック条件は協力プレイ前提の連携に関わるスキルであり、そうと知っていなければ、協力プレイなどしたことがないレアでは絶対に取得出来なかった。『範囲隠伏』もソロでは普通は必要ないスキルであるため、当然と言えば当然なのだが。


 ともかく、そうして『範囲隠伏』を取得したレアは、ようやく『真眼』による視線から完全に逃れる事が出来るようになったというわけである。

 教授が運営から貰ったアイテムのように一般人に偽装する事まではできないが、5つの光が煌々と輝いているよりは光が全く無い方がまだマシだろう。


「ケリーにもマリオンにも『隠伏』は取得させてあるし、隠密行動という意味ではわたしたち3人はかなりの水準にあると考えていいのではないかな。これはこれから西方大陸で行動するに当たって、大きな力になってくれるはずだ」


「ええと、はい、まあ、そうだと言えばそう、かもしれんね……」


「……なんだよ。煮え切らない返事だな」


「ボスはそもそも隠密行動に向いてない。ていうか目立たないのが無理。ケリーはそう言いたいんだと思います」


「うぐ」


「こら、マリオン!」


 確かにそういう一面はあるかもしれない。

 これまでも、『真眼』は別としても、隠れて行動して最後までうまくいった事など数えるほどしかない。


 しかし人とは常に前を見て歩いていく生き物だ。

 昨日の自分より今日の自分、そして明日の自分の方が、より先を歩いていなければならない。

 隠密行動が苦手だからと言って、避けてばかりもいられない。


「……まあ、誰しも最初は素人だ。初めからうまく出来ることなんてあんまりない。とりあえず最低限のスタートラインには立ったと考えて、少しずつやっていけばいい。

 どうせこの大陸にはわたしを知っている者なんてほとんどいないし、わたしを知るプレイヤーが増えてくる前にいくらでも練習する機会はある」


 『真眼』によって確認される異常なLPのような、そういう悪目立ちさえしなければ、多少失敗して妙な行動をとってしまったとしても大した問題にはなるまい。


「さて。

 こっちにはきみたちと同じ便で教授が来たと思うのだけど、彼はもうこの町にはいないのだったね。

 西にしばらく行ったところに地底王国なる物があると報告を受けているのだけど、この町には地底王国について知っている者はいないの?」


「はい。この屋敷の主、町長のような立場の者も町の外についてはほとんど知らないようでした。

 町周辺の地形や環境くらいは知っているようですが、ある程度内陸まで入ると魔物に襲われてしまうということで……」


「そんな状況でよくやっていけるね。食糧とかはどうしているの?」


「食糧は町の敷地内で作られている農作物と漁で獲れる魚で賄われているようですね。漁は常に出来ると言うわけではなく、海が落ち着いている時しか出来ないということで、取った魚は干したり塩漬けにしたりして、長期的な備蓄として利用しているようです。貿易で訪れる船に売る食糧もメインはこれらですね」


「ふうん」


 現実であれば、保存食ばかりの食生活を長期にわたって行なえば壊血病をはじめとする各種疾患に罹る恐れがあるが、ゲーム内であればさすがにそれはないのだろう。

 例えば壊血病に関して言えば、数ヶ月以上の長期にわたってビタミンCが欠乏しなければまず発症はせず、スキルの効果で短期間で航海が終わるゲーム内ではそこまで栄養が偏ることはない。そもそもビタミンなどが細かく設定されているかもわからない。

 ゲーム内でも数ヶ月も航海にかかるようでは、おそらくビタミン不足の前に魔物に襲われて死亡するだろう。もし本当に栄養失調による病気が存在するとしても、それがわかる前に別の要因で死ぬことになる。


「教授が言っていた通り、やはりこの町は自活できない町みたいだね。しょうがないからわたしたちで管理して、しっかり儲けが出るようにしてあげよう」


 これからプレイヤーたちがこの大陸を目指してくるようになれば、放っておいても勝手に潤っていくようになる。

 何しろプレイヤーは貿易船の積載量に関係なく物資をいくらでも運んでくる事ができるからだ。

 その代わり彼らに食糧を買わせるといった商売はできないが、別の物、例えばこの大陸特有の魔物素材などはいくらでも売れるだろう。


 この町を拠点にして周辺で狩りをするプレイヤーも出てくるはずだ。

 そういうプレイヤーから素材を買い取り、この町で加工して装備品として売ることが出来るようになれば、この町の経済を発展させていく事も不可能ではない。

 中央大陸から生産系のプレイヤーがやってくる可能性も考えれば、今用意すべきは貸し出し用の生産設備や中間素材だ。

 魔物素材がメインになるなら、革なめし用のにかわや縫い針などを用意しておくのがいいだろう。またこちらの大陸特有の鉱石も発見されるかもしれないし、金属武具の修理依頼もあるかもしれない。鍛冶用の炉や燃料も準備すればしただけ売れるはずだ。


「よし、ケリー。屋敷の主を呼んでくれ。これから起きる事とすべき事について、わたしから説明しておこう。グスタフもいた方がいいな」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る