第393話「危機管理能力に欠ける人物」(ヨーイチ視点)





 頭を冷やすため。

 そして今一度、自らのプレイスタイルを見つめ直すため。

 ヨーイチとサスケは2人、武者修行の旅に出る事にした。


 出来る事なら、ペアレ王国で贖罪を兼ねて活動したいところではあった。

 しかし真に償うべき相手である、ペアレ王都の民はもういない。


 大戦の引き金を引いてしまったという罪悪感もあるが、これも災厄──マグナメルムの手のひらの上だった。

 そうであれば、やはりあの災厄を討ち滅ぼさねば真の贖罪とは言えないだろう。


 奴らに負けないだけの力が必要だ。そのためには修行しかない。


 とはいえ分かりやすく修行が出来そうな場所、いわゆるダンジョンなどには、すでに多くのプレイヤーたちがいる。

 いたらまずいというわけでもないが、世話になったクランから逃げるように去ってしまった手前、人前に出るのは少し勇気がいる。

 どうせなら災厄たちを倒せるだけの力を身につけてから、災厄を倒し堂々と姿を見せたい。


 そういうわけで手ごろな場所を探していたのだが、なかなかそううまくはいかなかった。

 難易度や侵入方法がわからないことから人気がないと思われた空中庭園も、TKDSG率いるクラン「風林火山陰雷」が攻略の糸口をつかんだという噂が流れていた。

 これが噂に留まっている理由は、彼らがその事実さえも秘匿し、有料情報として販売しているからだ。

 もちろん販売の際に使用されるのはゲーム内金貨である。

 リアル世界で利用可能なあらゆる通貨は、これを使ってゲーム内で取引する事は禁じられている。

 風林火山陰雷は、最近では金貨の代わりに「カルタマキア」とか言うゲーム内カードゲーム用のカードでも取引をしてくれるようだ。

 このカードにはヨーイチやサスケも登場しているようで、カードが売れるたびに運営を通して小額だが金貨が支払われる手筈になっていた。

 そのお陰もあり金策をする必要があまりなく、修行に専念できるようになったのはよかったのだが、一体誰から支払われているのか不明な金貨だ。若干の不気味さはあった。





「……どうやら、足長おじさんがいるらしいな」


「なんだそりゃ。婉曲な自己紹介か? 言っとくが、別に足が長いわけじゃなくてスカートが短えだけだからな?」


「俺のことではない」


「わかっとるわ! 皮肉だバカたれ!」





 ともかく、人知れずこっそり修行をしたい2人にとって、プレイヤーたちで騒がしいダンジョンはあまり歓迎できる場所ではない。

 突如として現れた高い塔も、その内部形状から少人数での攻略に限定されており、まさにヨーイチたちにぴったりな修行の場だと言えるが、今は人気が高すぎる。


 ダンジョンがダメ、となると、どこで修業をすればいいのか。

 ダンジョンリストに載っていない魔物の領域であればプレイヤーはいないかもしれない。

 しかし何故いないかと言えば、そもそも知られていないからだ。当然ヨーイチたちも知らない。

 またそういった領域にはプレイヤーが少ないという理由からか、NPCの騎士や衛兵たちが間引きのために襲撃をかけることがあるらしい。少なくともオーラル王国ではそうだった。

 その時に魔物と間違えられて狙われてしまってもかなわない。

 ヨーイチはともかく、全身黒ずくめのサスケは攻撃されても文句は言えない。


 そうしたあれこれを考え、最終的にヨーイチたちが出した結論は、別の大陸に行く事だった。


 この中央大陸以外にも大陸があるらしい事はよく知られている。

 ただし魔物の強さや勢力は中央大陸とは比べ物にならないらしいという噂と、そもそも海を渡る手段が無いことから、これまでプレイヤーたちはあまり意識した事がなかった。


 しかし細々とではあるが貿易は行なわれているという話だし、渡って渡れない事はないはずだ。

 それに魔物が強いのであれば武者修行にも持ってこいである。

 2人は海を渡る事に決めた。


 オーラル王国にも港街はあるが、別の大陸──西方大陸との航路に近いのはシェイプのライスバッハという街らしい。そのためか、海洋貿易を生業とする商人はライスバッハに多い。他の国にも居ないわけではないようだが、多くの商人はライスバッハの貿易商から輸入品を購入しているとのことだった。


 そういう事ならと、2人はライスバッハに赴き、その実力を示して商人の護衛として雇われる事に成功し、海を渡る事になったのだった。









「──しかしなんか、動きづらくて敵わんな。これ着てないとだめなのか」


「最近分かった事なんだが、どうやら俺たちは目立つらしいからな。中央大陸にいた頃は知ってる者たちから姿を隠すため、そして西方大陸では無用な視線を集めないためにも、対策は必要だ」


 西方大陸の地を踏んだヨーイチとサスケの姿は、白と黒のローブによって隠されていた。

 理由はヨーイチがサスケに語った通りだ。

 なぜかどこにいても目立ってしまう姿をごまかすために、店にたくさん売られていたローブを購入したのである。白、黒、赤と3色あったが、丁度いいのでそれぞれがイメージしやすい色にした。

 これらのローブは人気があるらしく、特にプレイヤーがよく購入しているようだった。

 どう見ても怪しい格好だが、皆が買っていると言うなら目立つ事もないはずだ。

 森の遺跡で見た第七災厄が着ていたローブも、人に紛れてこうした店で買ったものだったのだろう。


「──ヨーイチ殿、サスケ殿」


「ああ、ネクラーソフさん。今回は我々のわがままを聞いていただいて、どうもありがとうございました」


「いえいえ、私どもは商人ですからね。お二方のような強い傭兵と知己を得られたとなれば、それに勝る利益はありませんとも」


 ドワーフの商人であるネクラーソフはそう言って帽子をとり、ぴかぴかの頭部をつるりと撫でた。

 船旅で長時間日光に当たるのを避けるため、長年帽子をかぶって行動しているネクラーソフの頭皮はすでに、修復不可能なレベルのダメージを受けてしまっている。


「しかし、帰路は本当に大丈夫なのですか?」


「ええ。この街にも私の部下はおりますからね」


 ヨーイチたちがネクラーソフから受けた護衛の依頼は往路だけだ。

 往復が前提の貿易ではありえない事だが、この街にもネクラーソフの商会の支店があるらしい。帰りはそこから護衛を見繕うという話だった。

 ネクラーソフが言うように、ヨーイチたちを敢えて雇ったのは人脈を作るためなのだろう。

 当然だが、馬である鵜黒うくろたちは船上ではロクに動く事は出来ない。ネクラーソフにとって、船での護衛で馬ごと雇うメリットなどない。デッドウェイトにしかならない積荷であるため、船賃も高くつく。

 そういう、依頼主にとっての面倒が多い仕事であるためか、報酬は異常に安い金額だったが、金に困っていないヨーイチたちにとってはどうという事もない。

 ヨーイチたちは海を渡る事が出来、ネクラーソフは往路のみとはいえ護衛代を節約する事が出来る。

 そういうお互いに利のある契約でもあった。


「ヨーイチ殿はこれからどうされるんですか?」


「俺たちは……そうですね。しばらくはこの街を拠点にして周辺を探索して、武者修行によさそうな場所を探します」


「そうですか……。もう一度言いますが、この大陸の魔物は中央とは比べ物にならないほどの強さと、数と、密度をもっております。ヨーイチ殿たちがお強いのは承知しておりますが、くれぐれも気をつけて……」


「ええ。ありがとうございます。ネクラーソフさんも、気をつけてお帰りください」


「ありがとうございます。また中央に戻られた際には、私どもの商会をぜひ良しなに」


 ネクラーソフは脱いだ帽子を振りながら、頭部を輝かせて荷の方に去っていった。


「……いい人だったな。明るくてよ」


「……それはどういう意味での明るさだ? 事によっては、本人に聞こえるかもしれんからあとにしておけ」


「そうだな。後にするわ」


 サスケを肘で小突き、積み荷の近くの倉庫に降ろされた鵜黒たちを迎えに行った。


 愛馬と合流したヨーイチたちは、港を出て市場の方へ向かう事にした。

 市場がどこかはわからないが、とりあえず人の多い方に向かえばいいだろう。

 そういった場所で物価の確認をした後、宿を探さなければならない。馬房がある宿屋となると限られてしまうかもしれないが、こればかりは仕方がない。最悪は野宿になるだろう。


 ふと見ると、同じ船から降りてきた商人と学者らしき紳士、それからその護衛と思われる2人の獣人が目に入った。学者と言っても直感的にそう見えたというだけで、本当に学者なのかどうか、そもそも学者という職業がこの世界にあるのかどうかもわからないが。

 ブラウン一色で揃えた高級そうなスーツに同系色のインバネスコートを合わせ、黒檀のような重厚な印象のステッキを携えて、中折れハットを頭に乗せた姿は、少なくとも戦闘や肉体労働を生業にする者には見えない。

 白い口髭とモノクルがまたよく似合っている。


 同行している商人と護衛の獣人もどこかで見たことがあるような気がしたが思い出せない。

 学者の方も知らない顔だが、『真眼』で見えるLPの割には随分と余裕のある態度だ。

 船でも船乗り相手に引かないような話し方をしていたし、中継地点の島でも単独で行動しているようだった。

 せっかくヨーイチたちさえ凌ぐほどの実力があるらしい護衛を2人も連れているのだから、危険な場所に行くのであれば彼女らを連れて行くべきだ。

 学者にありがちな、危機管理能力に欠ける人物なのだろう。


「……それは偏見か。自身の安全よりも優先すべき事がある、というだけの事なんだろうな」


「何がだ?」


「いや、あの学者先生さ。ずいぶんと余裕の態度だと思ってな。とても初めて海を越えたとは思えない態度だ」


「何回も来てるとかなんじゃないのか? 学者だってんなら、色々研究のために動きまわったりもするのかもしれんし。てか、学者とかいるんだな。そんな余裕なんてない世界だと思ってたわ」


「今そこにある危険を正しく知るという意味では、逆に必要な存在なのかもしれんがな。それにしては実力的に不安だが」


「ああ、それはそうだな。あれじゃ、ゲーム始めたての初心者に毛が生えた程度だ。戦闘が生業じゃないNPCだと思えば若干強めなのかもしれんが、戦えたとしてもゴブリン相手が関の山だろ」


 中央大陸であればそれでも地域によっては生き残れるのかもしれないが、この大陸では難しいだろう。

 と言ってもヨーイチもこの大陸の魔物について知っているわけではない。

 まずは知ることからだ。


「護衛の獣人の方はとんでもねえ強さみたいだったけどな。やっぱ、国とか組織に所属しない在野の実力者ってのはいるんだな。

 あんな大戦が起きちまったってのにすぐに他大陸に商売に行くくらいだし、そういう影の実力者はやっぱ商人関係に多いのかねえ」


「そうかもしれないな。さて、他人の事はいい。

 とりあえず、市場を探して、物価を確認しながら宿の場所を聞くぞ」


「おう。今回はお前の支払いでよかったよな?」


「何を言っている。前回払ったのは俺だ」


「嘘つくんじゃねーよ! 前回は間違いなく俺だ! ……お前もしかして今までもそれでちょろまかしてたんじゃねーだろうな!?」





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