第394話「念願の鳥獣族モンスター」(ジャネット視点)
ドラゴン。
やはりファンタジーと言えばこれだろう。
幻想世界に生息する幻想生物、その代表格とも言えるモンスターだ。
ドラゴンは強く、格好いい。
作品によってはどちらかというと恐ろしいとか不気味だとかの傾向が強いものもあるが、このゲームは格好いい寄りの魔物のようだ。
少なくとも何度か会った、マグナメルムで飼われているドラゴンはいずれも格好よかった。
格好いいというのは素晴らしい。
しかし本音を言えば、ペットにするなら格好いいより可愛らしい方がいい。
もちろん格好いいドラゴンもたまに可愛らしい仕草をしたりもするのだろうが、出来ればそこに、モフモフ成分が欲しい。
可愛い仕草をするのなら撫でてやることもあるだろうし、その時モフモフによってこちらも癒されるのなら言うことはない。
というわけでジャネットたちが望んだのは、第一に毛の生えたドラゴン。それが無理なら毛の生えたドラゴン並の生物。それも無理なら毛の生えた何か。だった。
おそるおそるそれをマグナメルム・セプテムの配下のライリーという女性に言ってみた。
ライリーは少し考え込むようなそぶりを見せた後、色々考えてから主に伝えるので待っていてほしい、と言ってどこかに消えた。
悩ませてしまったようで申し訳ない。
*
「──話はライリーから聞いているよ。待たせてしまったね。元気だった?」
「はい! 今元気になりました!」
立ち上がって叫ぶマーガレットの襟首を掴んで椅子に座らせた。
ライリーに少し待っていてほしいと言われてから数日が経つが、まさかセプテム本人が来るとは思わなかった。
レイドボスフットワーク軽すぎ問題である。
セプテムはエリザベスが勧めた椅子に座り、辺りを見渡して言った。
アリソンもきょろきょろしているが、何度見てもオクトーは来ていない。諦めろ。
「……おや? ところで熊さん主教はどうしたんだ?」
「ベラ主教ですか」
「そういう名前だったっけ。どこかに行ったの? 確か、経過を見ておくようにお願いしていたと思うんだけど」
これについては申し訳ないとしか言いようがない。
ジャネットは手紙を1枚、セプテムに差し出した。
先日、ライリーがどこかへ去ってすぐのことだ。
ベラが隠れ家から消えた。
彼女はおそらくライリーの実力の高さを見抜いていたのだろう。
監視役でもあったライリーが居なくなった事で行動の自由を得たベラは、置き手紙を残してジャネットたちの前から姿を消したのだ。
手紙にはこうあった。
──総主教たちに裏切られ、失意の底にあった自分を助け、励ましてくれた事には感謝している。ジャネットたちがいなければ、自分は絶望のあまり自ら命を絶っていたかもしれない。
そんなジャネットたちに何も言わずに立ち去る自分を許してほしい。
総主教に騙され、テンプルナイツを名乗って悪事に加担してしまったという罪悪感はジャネットたちも同じだと言うのに、自分だけがこうして逃げ出してしまうのは本当に申し訳ない。
しかし、自分はジャネットたちほど強くはない。
知らない土地をひとりで旅し、いちから自分を見つめ直したいと思う。
いつか、自分の過ちを心から認め、世のため人のために生きていくのだと胸を張って言えるようになったら、また会いに来ます──
「──なにこれ」
手紙を読んだセプテムが形の良い眉をひそめた。
SNSでは、マグナメルム・セプテムの眼が開いているところを見た者は死ぬ、などと言われていたが、このようにさすがに文字を読む時などは眼を開く。
決して眼鏡を外さないと言われる人物でも、ラーメンを食べる際には外す事もある。そういうことだ。
セプテムの眼が恐ろしいのは、それが輝く時であり、単に開いているだけならば見ても害はない。
「……はぁ……はぁ……ふつくしい瞳……」
一部には強い魅了効果を発揮するようだが、基本的に見ても害はない。
「それが1枚だけ置かれていて、ベラ主教の姿は消えていました。
私たちもその、色々事情がありまして、常に起きているというわけにもいきませんので……」
「ああ、そうだったね。それは理解している。いや、別に咎める気はない。
手紙を読んだ限りでは経過については問題なさそうだ。会話と違って、文章というのは表に出すのにいくつか余計なプロセスが必要になる。そのため会話よりもよく考えてから表現するのが普通だ。その文章でもこの様子なら、彼女の洗脳はうまくいったと判断してもいいだろう」
怒ってはいないようだ。
ジャネットは少し安心した。
「ベラ主教本人の行方については……」
「気にしなくてもいいよ。わたしも別に気にしていない。この様子なら目立つ事はしないだろうし、目立たないならペアレ聖教会残党として追われる事もないだろう。彼女にはぜひ、その旅で本当の自分を見つけてもらいたいものだね」
セプテムは他人事のように言い、手紙を返してきた。
確かに、これ以上ジャネットたちやマグナメルムが出来る事はないだろう。
それなりに愛着も湧いてきていたため、今となっては寂しい気もするが、自立したいというなら応援するだけだ。
「ベラさんの事はどうしようもないし、セプテム様もいいっておっしゃるならいいとして。
あの、あたしたちのご褒美はどうなったんですか? ライリーさんに色々ダメ元で言ってはみたんですけど」
「こ、こらエリザベス」
「いや、かまわないよ。
ご褒美だったね。しかしせっかく色々考えてきたというのに、なんだ、あれはダメ元で言っていたのか」
どうやらライリーだけでなく、セプテムも悩ませてしまったらしい。
申し訳ないというか、それ以前に仮にも上司に向かって「ダメ元で言ってみた」はさすがにない。真実そうだったとしても言うべきではない言葉だ。
ジャネットはエリザベスの脳天に拳骨を落とした。
「あいた!」
「ふふ。いや、いいよ。何でも言ってくれと言ったのはわたしだしね。それに交渉というものは、何であれ、最初は大きく出ておいた方がいい。そうすることで、それが通らなかったとしても、相手に無意識のうちにこちらが先に譲歩したと印象づける事が出来、その後の交渉で有利な結果を得やすくなる」
これはドアインザフェイスとかいうテクニックだ。ジャネットも話に聞いたことがある。
だとしてもそれは言わないからこそ効果があるのであって、エリザベスのように口に出してしまっては意味がない。
しかしそういった事までまるで教えるように話してくれるセプテムの姿は、おそらくジャネットたちと同い年くらいの外見なのだろうが随分と大人びて見え、優しげに感じられた。
このセプテムの姿は、ペアレ王都で戦ったという多くのプレイヤーや、ファンクラブとかいうミーハーな連中、あるいはどこかの森でダンジョンごと消滅させられたプレイヤーたちでは決して見る事が出来ないものだ。
その事実に不思議な満足感を覚える。
「さて。それでご褒美だったね。さっきも言ったが、色々と考えてみたのだけど、やはりきみたちの要望を満たすには問題があってね。
そこで今日はいくつかの選択肢を用意してきた。この中から選んでほしい。申し訳ないのだけれど、面倒だから4人で相談して同じものに決めてくれ」
セプテムは背筋を伸ばし、指を立てて選択肢というのを話し始めた。
見蕩れるほど美しい姿勢だ。
不意に思ったが、セプテムとはどういう人物なのだろう。
立ち居振舞いや会話の内容から、高い教養を持った人物であるのは明らかだ。
ただの魔物であるとしたら、そのような教育を受けているとは考えにくい。
どこかの国の貴族か、あるいは王族出身なのだろうか。
各国の王族を太らせて収穫させてまで、世界中の恐怖を独占したいと考えていたほどだ。この大陸の国の関係者とは思えない。
だとしたら別の大陸の、やんごとなき生まれの人物、とかかもしれない。
もう少し彼女の信頼を得る事が出来たとしたら、そのあたりの事も話してくれるだろうか。
「──ライリーから聞いた要望からすると、きみたちはドラゴンのような力強さというよりは毛が生えている事のほうを重要視しているように感じられた。
毛の生えた動物で飛行可能と言えば普通は鳥類だが、残念ながら人を乗せて飛べそうなほどの大きさの、純粋な鳥類にはわたしも心当たりがない。
そこでまず選択肢として、ハーピィというのはどうかと考えた」
「はーぴー……ですか」
半分人間、半分鳥というあのハーピィだろうか。目撃情報はSNSで見たことがあったが、プレイヤーが活動しにくいポートリーでの話だったのであまり情報展開されていなかった。
その後ポートリー王国の前政権──前々政権の藪蛇行為のせいで、このセプテムに最寄りの都市が破壊され、プレイヤーがハーピィと接する機会が激減した事で完全に情報は途絶えていた。
「サイズ的には翼を除けば人とあまり変わらない。広げると……そう、ちょうどわたしが翼を広げたくらいの大きさだが、ちゃんと強化してやれば人ひとりくらい運んで飛べるはずだ。多分わたしもそのくらい出来るだろうし。やったことはないけど」
ハーピィを愛でる。
というのはいささか問題があるような気がする。
どこを撫でても絵面的にまずい事になりそうである。
いや愛でるのが主目的ではないのだが。
「ふむ。いまいちといった表情だな。では次だ。
きみたちもよく知っている天使という種族があるのだが、これを──と、これもあまり乗り気ではなさそうだね。もしかして人の顔というのがまずいのかな」
察しが良くて助かる。
ベースが人型となると、仮にそれに乗って飛ぶとしても、どういう形で乗るのかは問題になる。
天使というとあのひどい形相の幼児なのだろうし、いくら力があると言ってもあれに運ばれるというのは外聞がよろしくない。
「……あの、わがままばかりですみません」
「かまわないと言ったでしょう。最近はそういう、わがままを言われるのにも少し慣れつつあるしね。
ではつまり、人の顔を持たず、翼があり、かつ人が乗っても問題ないほどのサイズのモンスターが欲しい、ということなのだね」
「ええと……。はい、まあ」
「そうなると、申し訳ないが選択肢は減ってしまうな。
心配しないでくれ。確かに人というのは毛が少なめだし、そう言われる事も想定して魔物は用意してある。ただ、きみたちが気にいるかどうかわからないが」
セプテムはそう言うと椅子から立ち上がった。
「いくつか、わたしの配下の強化も兼ねてだが、試しに生みだしてみた魔物がいるんだ。ちょっとそれを見てもらうとしよう。
猛禽類と四足獣を組み合わせた魔物なのだけどね。うまく猛禽の上半身と獣の下半身を持たせる事ができたんだ。きみたちのために数種類試してみたのだけど、中でもこれはわたしも非常に気に入っている魔物だ」
猛禽類の上半身と四足獣の下半身、と言えば。
間違いない。グリフォンだ。あるいはヒポグリフかもしれない。
どちらにしてもドラゴンに匹敵する知名度の幻想生物と言える。そんな魔物を騎獣として『使役』しているプレイヤーなど他にいまい。
これはテンションが上がる。
「少しサイズが大きいので家の中では色々破壊してしまうな。庭に出ようか」
*
「──このあたりは人があまり住んでいないのか。好都合だが、なんだか
人があまり住んでいないのは、大戦時の度重なるプレイヤーによる襲撃に加え、直後にすぐそばの王都が更地になったせいだ。
プレイヤーたちの襲撃自体はベラ主教の奮闘によって全て防がれたが、街の一部が破壊されてしまったのは事実である。
それによって住居を失ったNPCもいたし、他の住民も壊滅した王都におののき、次々と街から逃げ出していった。
王都の北に位置するこの街で、王都の悲劇を恐れて逃げるとしたらさらに北に行くしかない。
折しも北には、プレイヤーが独立を宣言したルート村という集落があった。
そこに身を寄せる事で、大陸大戦という悲劇を乗り越えようとしたのである。
プレイヤーによって家を壊された住民が、別のプレイヤーの庇護を求めて避難する。
この事態はNPCたちに大きな意識改革をもたらした事を示していた。
プレイヤーという存在をひとまとめにせずに、自分たちの助けになる存在、自分たちの敵となる存在、その線引きをして、それぞれを個人として認めたのである。
同様のケースは大なり小なり、大陸の各地で散見された。
これまでもプレイヤーたちをそれぞれの人間として扱っていたNPCももちろんいたが、広く一般的な考えとしてこうした意識がNPCたちに根付いたのはこのイベントがきっかけになったと言えるだろう。
そういった事情でこのパストの街は現在人口減少が加速している状況なのだが、ペアレ王都を更地にし、住民たちの心を決壊させる止めを刺したのはセプテム自身である。
この街の寂しさの一端はセプテムの影響がもっとも大きいとも言える。
それに気づいていないのか皮肉で言っているのかわからないが、そのちょっとズレたようなミステリアスさもこの人物の魅力のひとつだ。
「ではここに呼び出そう。『召喚:オミナス君』」
セプテムのスキル発動により、彼女の背後の空間が歪み始めた。そこに「オミナスクン」というモンスターが現れるようだ。
『召喚』といえば、ギャンブル性が強い割に大した事が出来ないスキルとして有名である。
しかしセプテムはどうやら配下を狙って『召喚』できるらしい。
このあたりの話も聞けば教えてくれるだろうか。
やがて空間を渡って現れた魔物は、セプテムの倍ほどの体高がある、毛足の長い熊だった。
ただし顔はフクロウだ。本物のフクロウ同様に、時折小刻みに首を動かしている。そこだけ見れば愛らしいのに、マッシヴな上半身が全てを台無しにしていた。
異常に太く、長い腕には羽毛がびっしりと並んでおり、広げれば翼になるのだろう事が伺える。発達した大胸筋はその翼を支えるためだろう。
翼には始祖鳥のような鉤爪が生えている。普通の腕として利用するのも可能なようだ。
これがもし熊の腕力そのままで振るわれるとしたら、鉤爪の鋭さやリーチの長さから考えるに、元になった熊よりも遥かに高い攻撃力を備えていると思われる。
愛らしいフクロウの顔が乗っかった、逆三角形の上半身と翼を持つ熊。
それがこの魔物だ。
「オウルベアのオミナス君だよ。この子はわたしの配下だからあげることはできないが、同種の魔物は用意できる。空も飛べるし、戦闘力も抜群だ。さすがにドラゴンほどではないけどね。それに何より可愛いだろう」
思ってたのと違った。
★ ★ ★
簡単に言うと、ラ○ュタのロボに毛が生えたみたいな魔物です。毛が生えたと言ってもプラスアルファという意味ではなく、物理的に羽毛が生えているという意味です。ビームは出ません。
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