第391話「同志を求めて」(エルネスト視点)





 野宿。

 略奪。

 殺し合い。


 そのどれもが、エルネストにとっては慣れないものであり、決して楽な道ではなかった。

 しかし自分についてきてくれる騎士たちのためにも、弱音を吐くわけにはいかない。

 いや、もう彼らは騎士ではなく、自分は王ではない。

 それでも。









「──陛下。領主館までのルート、クリアしました。障害はありません」


「ご苦労。では行くぞ」


 夜闇に紛れ、エルネスト率いる元ポートリー王国近衛騎士団は、元ウェルス王国領土内のとある都市に潜入していた。

 この都市についてはここ数日の間に調べてある。





 あの忌々しい大戦の後、この地には神聖アマーリエ帝国なる異邦人による国家が樹立された。

 異邦人でありながら身の程知らずにも建国など、最愛の人を彼らに奪われたエルネストにしてみれば腸が煮えくりかえらんばかりに我慢がならないことではあったが、力無き今のエルネストには出来ることはない。


 異邦人とは、この大陸に突然湧いた害虫のようなものだ。平和で幸せだったあの頃を取り戻すには、奴らを大陸から一掃しなければならない。

 しかし大義を貫くには、何者にも負けることのない強い力が必要だ。

 その冷たい現実をエルネストは誰より知っている。

 そのためにはまず、憎き異邦人たちと同じステージに立つ必要がある。


 大戦後、いくつもの都市が小さな国家として再出発したらしいという噂はエルネストの耳にも入っていた。

 まずはそうした都市を制圧し、個人ではなく組織として力を蓄え、そして害虫どもを打ち払うのだ。


 この元ウェルス王国領は、そのほとんどの都市は前述の神聖アマーリエ帝国なる国家に連なるものであるが、例外も存在する。


 今エルネストたちがいるこの都市もそのひとつだ。

 異邦人たちに頭を垂れる事をよしとしない領主はこのように、元ウェルス王国領内であっても単独の都市国家として生きていく事を選んだのだ。


 その志はたとえヒューマンであったとしても賞賛されるべきものだ。

 いやヒューマンだろうとエルフだろうと、高潔な者は高潔であり、愚劣な者は愚劣である。

 イライザを射ぬいた者たちの中には異邦のエルフも混じっていた。

 重要なのは種族ではなく、その心だ。





 騎士たちの先導で領主館へと侵入し、静かに領主の書斎へ向かう。

 家人は寝静まっているのか、廊下を歩く者はいない。


 あらかじめ調べてあった書斎に近づいていくと、エルネストの強化された聴覚に話し声が聞こえてきた。

 誰かが勝手に書斎でおしゃべりをしているのでもない限り、おそらく何者かと領主が会談をしている。


 扉に耳をつけ、中の様子を探る。


「……ころでは、王都は荒れたまま、放置されておるようですな。異邦人どもはかつて魔物の軍勢に滅ぼされたグロースムントを復興し、そこを新たな首都として国を興した模様です。

 殿下がお立ちになるのであれば、まずはかつての王都を掌握し、再建するがよろしいかと。あの地の再建に成功すれば、旗印としてこれ以上ないものになりましょう」


「……しかし、王都とグロースムントの距離は近い。敵の本拠地と目と鼻の先ではないか。そんなところで復興や再建などをしていては、すぐに見つかってしまうだろう。

 いかに奴らが間抜けだとしても、ウェルスの正当な後継者、唯一の王族である私の事は警戒しているだろうし捜索しているはずだ」


 会話の内容から察するに部屋にいるのは領主と、おそらくウェルスの第1王子だ。いや、元ウェルス王国の、と言うべきか。亡国の唯一の正当なる血筋となると、エルネストと全く同じ境遇の者と言える。


 ここには異邦人に対するレジスタンスを組織するため、領主に種族を超えた協力を仰ぐ事を目的に潜入していた。

 異邦人たちはどこに紛れているかわからず、また異邦人同士でどんな遠方にあっても連絡を取る事が出来ると言う。

 そうであればこそこうして非正規な手段で潜入するしかなかったのだが、まさか同じように異邦人から隠れている王子までいようとは。


 ウェルス王と第2王子は王都での戦闘で没したと聞いていたのでてっきり第1王子もそうなのかと考えていた。

 生きていたという事は、そういう意味でもエルネストと同じ──大切な者を異邦人に奪われた同志とも言える。


「……まだ、殿下自らが王都に赴かれる必要はないでしょう。再建は人を雇ってやらせておき、殿下は護衛を雇って今しばらく、身を隠しておいでになったほうが」


「……そうだな。しかし、護衛と言っても私には騎士はおらぬし、信用のおける者と言っても」


 ここでエルネストは扉をノックした。

 そして返事を待たず、素早く部屋に入る。

 続いて同行していた騎士2名も入室すると、扉を閉めた。


「なっ、何者だ!」


「曲者!? しかもこのウェルスにエルフだと!? 貴様異邦人か!」


「──違います。我々は異邦人などではありません。ウェルス王国第1王子、ガスパール殿下……でしたね。確か昔、一度だけお会いした事があったはず。殿下はずいぶん成長されたようですが、私の容姿はそう変わってはいないと思いますが」


 以前、まだ異邦人たちもおらず、この大陸が平和だった頃。

 それほど活発というわけではなかったが、大陸の中心であるオーラルやヒルスを会場に各国の首脳があつまる会食などが開催される事もあった。

 ウェルス第1王子ガスパールとはその時に挨拶を交わした事がある。

 彼が覚えているかは不明だが、王侯貴族にとって最も重要な能力のひとつは人の顔を覚える事だ。

 生まれながらに優秀であるはずの王族であれば、あの頃から変わらないハイ・エルフのエルネストの顔は覚えていてもおかしくない。


「……その顔……、もしや、ポートリー王国のエルネスト王子か! まさか! 生きておいでだったとは!」


 やはり、覚えてくれていた。

 安心感からか破顔したガスパールはエルネストへと歩み寄り、その手を取って固い握手を交わしながら、肩を叩いてきた。もちろんエルネストもそれを返す。

 このように気軽に触れ合うなどヒューマンの野蛮な風習だが、ここは彼らの国だ。彼らの流儀に従うのが王族として尊重すべきマナーである。それに、エルネストはもう多少野蛮だからといって他種族を見下すような事はしない。


「お久しぶりです、ガスパール殿下。いや、もうウェルス王ガスパールとお呼びした方がよろしいか。この度はご愁傷様でしたね……。お悔やみ申し上げます」


「これはこれは、ご丁寧に……。そう、そういえばエルネスト王子も、一足早く王になられたのでしたね。これは失礼を……」


「はい……。しかしそんな私たちだからこそ、手を取り合える事もあるはず。

 どうやらガスパール王も、異邦人たちには含むところがお有りのようです。

 どうでしょう。この大陸から異邦人どもを一掃するために、ここは我らで手を取り合うというのは」









 あの夜、書斎で領主が言っていたように、ひとつの旗印としてウェルス王都を復興するというのは悪くない。

 しかしそれをするには今のエルネストたちには力が無さすぎる。

 今エルネストたちが持っている力と言えば、元ポートリー王国の近衛騎士団とここグリューンの領主擁する騎士団だけだ。


 あの大戦、そしてあの遺跡での悲劇からずっと、エルネストは異邦人たちから隠れながら、密かにその牙を磨き続けてきた。

 それも全てこの大陸から異邦人をひとり残らず消し去るためである。


 異邦人たちは強い。

 そしてしぶとい。

 失敗するわけにはいかない。


 準備には十分以上に時間をかけても、決行するとなればただの一太刀で。それで全てに片をつけなければならない。


 ならば今はまだ、雌伏の時だ。


 ガスパールの他にも必ず、異邦人に恨みを持つ者はいる。

 この大陸中からそうした力を集め、撚り合わせて、異邦人たちを大陸から叩き出す。


 きっと、亡くなったイライザもそれを望んでいるはずだ。





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