第390話「自分で行け」





 ライラがユーベルの背から顔を出し、大きく深い穴の底を覗き込んだ。


「──ちょっと、やりすぎじゃない?

 でもギリギリセーフかな? 穴の底の方に何か金属の床が見える。あれたぶんおもちゃ箱の天井だな。あぶないところだった……」


「つか、レアは大丈夫なのかよ。このドラゴンがいなかったら、俺らも多分ダメージ受けてたと思うんだが」


「ひゃー! すごいすごい! これってさっきレアちゃんが呟いてた魔法が使えればわたしでも出来るのかな?」


「いや、同時発動が必要なようだから、発声を伴わない何らかの発動手段を持っていなければ難しいのではないかな。……しかし、あれを使えばあるいは……」


 もう安全だと判断したユーベルがゆっくりとレアのいる高さまで降りてきた。

 背中の観客たちも今の一大スペクタクルの感想を言いあっている。


 少々疲れたレアはユーベルの背に腰かけて息を吐いた。

 これは思った以上に大変な技だ。

 遊び半分に放つものではない。


「──まいったな。正直な事を言うと、今少し後悔している」


「ものすごいハイテンションだったもんね。それに見合った破壊力ではあったけど」


 ライラからローブを受け取り、翼を引っ込めて羽織った。


 確かに凄まじい破壊力だった。

 効果範囲は小さめの大森林、いや広めの森ひとつ分ほどで、威力は不明だ。

 威力が不明というのは、効果範囲内にある全ての物が消えて無くなってしまったからである。

 少なくともプレイヤーやモンスター、森の木々の耐久力を容易に上回る威力があるのは確かだが、それ以上はわからない。


「……バンブが言った通り、気を付けないと余波で自分がダメージを受けるな。あれだけ離れていたのに、盾が1枚削れてしまった」


「あ、ほんとだ」


 4枚の盾のうち、1枚がかなりダメージを受けていた。

 余波でさえこのダメージだ。効果範囲内にいれば、レア本体もただでは済まなかっただろう。

 もともとのINTの高さや『魔の理』をはじめとする数々のパッシブスキルのブースト効果により、通常よりもかなり威力が上がっていたと考えられる。

 『魔の理』は消費MPが増える代わりに、魔法の判定と効果に大きなボーナスがつくスキルだ。

 あれがもし、ひとつひとつの魔法に対して効果を発揮し、さらにそれを融合させることによって重複した効果を得ていたとしたら。

 今の異常な威力の高さと、異常に消費されたMPも説明がつく気がする。


「……それと、消耗の激しさも問題だね。MPだけで言っても、今のをもう一度撃つためには回復にしばらくの時間が必要だ」


 数発しか撃てない、どころではない。

 1発撃ったら終わりである。

 そしてそれ以上にも大きな問題がある。


「もうひとつ。さっきバンブは何も言ってなかったけど、リキャストの計算も別枠みたいだ。

 事象融合そのものにクールタイムのようなものが設定されているかはわからないけど、少なくとも今使った6つの魔法はリキャストタイムが見たことのない数字になってる」


 それぞれの魔法に1時間ほどのリキャスト時間が表示されていた。ただし通常のリキャストとは違い、すべての魔法の時間が同時にカウントされている。

 通常、魔法のリキャストカウントはひとつずつしか処理されない。

 別の魔法を使ってリキャストが割り込むことになれば、後から使った魔法の方からカウントが進み、先に使った魔法のカウントはその間停止する。

 同時にカウントが進んでいるのは全ての魔法を同時に発動した判定になったからだろうが、それが通常ありえない時間になっているのは事象融合のせいだろう。


「そうなのか。なるほどな。確かに実戦で使おうと思ったら、クールタイムの検証も必要だな。今のとこ全く実用性がなかったから考えもしなかったぜ」


「現状だとレアちゃん以外じゃ、数人の眷属を集めて儀式みたいに発動するしかないもんね。そういう手間がかかるタイプのテクニックだっていうなら、この威力も消費MPもリキャストタイムの長さも頷けるかな」


 切り札としてなら十分以上の性能を秘めているが、普段使い出来るような技ではない。

 事象融合はそういうタイプのもののようだ。


 ただし、レアにしか発動できないと考えるのは早計だ。

 教授が何やらぶつぶつ言っていたのがすこしだけ聞こえていた。

 気にならないでもないが、今わざわざ聞くだけの気力もない。


「──とりあえず、下に降りて確認してみよう。ユーベル、頼むよ」









 何もない穴には、本当に何もなくなっていた。

 空気も澄んでいるような気さえする。


「残念だけど、アンチの人たちはレアちゃんに名前を覚えてもらえなかったねえ」


「わたしだけに限定しないでよ。あの人たちはマグナメルムに覚えてもらいたかったんだから、別にブランが覚えてあげてもよかったと思うんだけど」


「いやあ、わたしはなんて言うか、そういうアレじゃない感じじゃない? 『霧散化』したら記憶も霧散しちゃうみたいな」


「ああー……」


 ブラン以外の4人の声が重なった。


「あれ? 冗談だからね? 笑うところだよ? 感心するところじゃないよ?」


 実にありそうな話だし、真面目に言っているのかと思っていた。


「みんなして酷いな……。

 あ、それよりあれがライラさんが言ってた石室の天井かな? 何かちょっと丸く窪んでるね。普通のおうちであんな構造してたら屋根の真ん中に雨とか溜まりそう」


 下を見てみると、どうやって加工したのか、アダマスらしき金属光沢のある素材が滑らかな曲面を描いている。

 確かにくぼんだ中心に水が溜まりそうな形状だ。何か古代の建築家のこだわりでもあるのだろうか。


「あれ? いやいや、そんな変な形はしてなかったと思うんだけど──って、これ今出来た穴の底だよ! さっきレアちゃんに消し飛ばされた形に沿ってるだけだ! あっぶな! 本当にぎりぎりじゃないか!」


 『天変地異』は超古代から残るアダマスの石室さえも抉ってしまったらしい。

 威力の最低値は上方修正する必要が出来た。

 アダマスは雷属性以外の魔法に対して高い耐性を備えていたはずだ。

 もしかして複数の属性が混じり合った『天変地異』に対しては、すべての属性の耐性を持っていなければ耐える事はできないのかもしれない。


「……言っておくけど、ライラがやれって言ったんだからね。お礼もちょうだいよ」


「……そうね。そうだったね」


 ちょうどよい破壊というのも難しいものだ。


「──で、あの中に超大型メカ生体があるんですね!」


 石室の屋根には、中央から少しずれたくらいの位置に人ひとり分くらいの縦穴が空いている。

 あれがライラが掘った侵入口だろう。


「ユーベル、あの辺りに降ろしてくれ。ユーベルは中には入れないだろうから、ちょっとここで休憩でもしていてね」









「──うおおおお松戸マツドさんだー!」


「誰だよ」


「そういうメカがいたみたいだよ昔ね」


 アダマスの石室に封じられていたその巨大な要塞は、確かにライラの言った通り、鋼鉄で出来たトリケラトプスのような容姿だった。

 と言っても本当に鋼鉄で出来ているわけではない。

 材質は不明で、鉄でもミスリルでも、アダマスでもないように見える。魔鉄や聖銅、魔法超硬でもない。アーティファクトであるためか『鑑定』も通らない。

 また、アーティファクトであるのは明らかであるにも関わらず触っても何もわからなかった。


 全体的なビジュアルは確かにトリケラトプスなのだが、完全にトリケラトプスというわけでもない。特に違うのは頭部の3本の角だ。

 レアの角のような形状ではなく、太さも根元から先端まで変わらずまっすぐ伸びていて、やや角張っている。これでは角というよりは、戦艦の主砲、その砲身のようである。


「……この角、穴も空いてるな。中は空洞か。本当に砲身だな」


「ああ、それ? 仕様書によると、突進系のスキルが使えるキャラクター用のカタパルトみたいなものらしいよ。空を飛べないキャラクターでも、このカタパルトからスキルを使って飛び出せば、空中を走って目標まで突撃できるみたい。一時的に『天駆』の効果を付与するバフ装置みたいなものかな。かなりの初速も与えられるみたいだから、バフはAGIにもかかるのかな」


 日記の他に仕様書なんてものもあるらしい。前精霊王もそのくらい丁寧に仕事をしてくれれば楽だったのだが。

 もしかしたら、触れても何もわからない代わりに仕様書が用意されているのかも知れない。


「人間砲弾かよ。古代人ってのはイカれてんのか」


 それにしては口径が大きすぎると言うか、ジャイアントコープスや武者髑髏でさえ射出できそうなサイズであるが、一体何を撃ち出すつもりで設計したのだろう。


 また、ベヒモスの全身を覆う装甲は相当に厚いようで、生半可な攻撃は通しそうにない。

 材質不明ながら、巨大化したレアやライラの鎧よりも防御力は高そうだ。

 乗り込んで操作すると言っても、これなら1個のキャラクターというよりは名前の通り要塞として扱った方がいいくらいである。


「しかし、全体的に大きいな。エンヴィ──うちのリヴァイアサンよりもかなり大きい。生物的に柔軟な行動が取れない分は大きさと質量でカバーするみたいな思想なのかな」


「教授が言ったみたいに、対リヴァイアサン用に開発された兵器なんだとしたら、だけどね」


「そういうの、日記だの仕様書だのには書いてないの?」


「書いてないね。何に使うつもりで開発された兵器なんだろこれ。目的も用途もなくこんなもの普通は建造しないと思うんだけど。触った時も乗り込んで操作するって事しかわからなかったし」


「え?」


「え?」


 先ほどレアが触っても何もわからなかった。ライラは何を言っているのか。

 バンブや教授の表情からも、彼らが触れても何も起こらなかったのは間違いない。


 レアはもう一度、しゃがんで足元のベヒモスをぺたぺた触ってみた。

 しかしやはり何も起こらない。


「……触っても何もわからないんだけど。ライラは何、幻覚でも見てたの? 乗り込んで動かしたいとかっていう願望が高じて……」


「失敬だな! 私は正気だよ! 確かに最初に触った時は──あ」


「何?」


 何か心当たりがあるらしい。


「そういえば、最初に触った時に、所有者登録とか何とか言ってたな。もしかして所有者登録をすると、所有者以外にとっては何の価値もないアイテムになるってことなのかな」


 非常に重要な情報である。

 なぜ言わないのか。





 その後調べたところによれば。


 やはり所有者登録をすると、それ以外の誰かが触れてもアーティファクトとしては起動しなくなるようだった。

 ライラが言っていた、操縦席で操縦するというのも本人にしか出来ないようで、このセキュリティは眷属に対しても有効だった。本当に本人以外には使えないらしい。ライラは「またそのパターンかよ」と言っていた。

 日記や仕様書も見せてもらったが、他に特に有益な情報は無かった。

 この格納庫を建てるにあたりいかに苦労したか。日記の主な内容はそれだった。

 仕様書というよりは研究成果の覚書のような感じもするし、もしかしたらベヒモスはこの格納庫を建てた者たちが作ったわけではないのかもしれない。


 わかったこととしては、このベヒモスの兵装や一部の性能くらいだ。


 頭部の角はリニアレールカタパルトという名で、これが2門ある。

 ライラが言った通り、装填したキャラクターにスキルを付与して射出する効果を持っており、控えめに言って頭がおかしいとしか言いようのない設計思想の兵装である。かなりの大きさのキャラクターでも撃ち出せるようで、硬度のあるゴーレム系のモンスターを砲弾として撃ち出せばかなりのダメージが期待できるだろう。お互いに。


 鼻先にある角、マナチャージキャノンは魔法の発射に使用するらしく、搭乗者が使用可能な魔法スキルに、ある程度バフをかけたものがその角から発射される。この時、搭乗者側で切り替える事で魔法の射出ではなくリニアレールカタパルトから射出する砲弾に魔法付与が可能という話だが、それはキャラクター相手にやっても大丈夫な事なのか。撃ち出す前に死んでしまったりしないのだろうか。試してみたいが、さすがにためらわれる。


 頭部には他にマナシールドレプリカというのもあった。名前からして魔王の『魔の盾』を模したものだろうか。

 搭乗者のMPを使用してダメージ減衰のバリアを張る事が出来るようだ。しかしこれほどの巨体では、想定される被ダメージも相当なものになるだろうし、あまり有効ではなさそうである。


 また腹部にひとつ、肩部にそれぞれひとつずつ、3連装マナカノンというものもあった。

 これは搭乗者のMPを消費し、無属性射出型の魔法を3連装で撃ち出す事が出来る兵装らしい。トゥルードラゴンのプライマルブレスのようなものだろうか。


 固定兵装はそのくらいで、あとは背部や腰部にウェポンマウント用のジョイントがあるらしいが、アダマスの部屋の中を探して見ても他にそういう兵器は見当たらない。今あっても仕方がない拡張機能である。


 これらの兵装を起動するには膨大なMPが必要になるが、通常ひとりのキャラクターがそこまでのMPは用意できない。

 このベヒモスには操縦席の他に補助席が多数ついており、MPが足りない場合はそちらに搭乗している補助キャラクターからも徴収する仕様になっているらしい。


 つまり、乗り込んだキャラクターのMPをエネルギー源にして稼働し、また砲弾としてキャラクターを撃ち出す機動要塞。

 それが超弩級完全無欠移動要塞ベヒモスである。

 まさに人を人とも思っていない兵器と呼べるだろう。


「……古代人は何と戦ってたんだ……」


 一瞬、世界の外から飛来したという黄金龍に対抗してのものかとも思ったが、建造されたのが前精霊王より前の時代であるなら違うだろう。

 黄金龍がどのくらいの期間、世界を危機に陥らせていたのかは知らないが、これがそのために作られたものだったとしたら、わざわざ前聖王が命を賭して封印したりはしないはずだ。

 となると前回の対黄金龍戦に参加した王たちはこれの存在を知らなかったと考えるのが妥当である。


「……まあでも、もしもわたしたちが黄金龍と戦う時が来たら、その時は大いに役立ってくれそうだ」


 手札は多いに越したことはない。

 ライラにしか操縦できないとしても、MPタンクとしてなら協力できるはずだ。

 もっともおそらくだが、レア自身が普通にMPを使って攻撃した方が効率がいいが。


「──すごいなー。いいなー。わたしもベヒモスとかリヴァイア=サンとか欲しいなー」


 ベヒモスの背中を走り回って色々見ていたブランが戻ってきた。

 満足したらしい。


 この常軌を逸した兵器については色々調べてみたい事もあるが、それは今皆でやらなければならないことではない。

 レアにも他に予定はある。ブランやバンブもそうだろう。


「よし、じゃあブランも戻って来た事だし、各々の報告も終わった事だし、締めに入ろうか。

 今後のそれぞれの行動予定についてだ」


「レア嬢。ナチュラルに仕切っているが、今回はバンブ氏召集のお茶会だった気がするのだがね」


「あ、そうだった。どうぞ、バンブ」


 ついいつもの癖で仕切ってしまった。これはバンブに失礼だった。


「え、あ、いや、そう改めて振られるとなんつうか、困るんだが。でもそうだな。俺が呼んだ以上は、俺が最後まで仕切るべきだな」


 バンブはこほん、と咳払いをした。


「まずは、運営の管理AIを召喚する手段だな。前回の話じゃ、落ち着いた頃にイベント主催希望者として応募するって話だったが、そろそろ──」


「あ」


「なんだよ。やっぱりレアが話すか?」


「いや、そうじゃなくて。その件て、眷属にダンジョンの経営権を移譲する方法のことだったよね」


「そうだよ。それがわかんないとわたしたち建国出来ないし。まあ、別に出来なくて困ることもないんだけどさ」


「それだったらこの間管理AIとたまたま話す機会があったときに聞いておいたよ」


「おおい、言えよ!」


 ブランの言う通り、別に建国すること自体にはそれほど旨味が感じられなかったため忘れていた。

 むしろ、本来はリスポーンまでの時間が1時間である眷属たちをダンジョンの主にしてしまうと、リスポーンまでの時間がダンジョンボスの3時間に伸びてしまう恐れがある。

 どうしても国が欲しいというわけでもないのならデメリットしかない。


 ただ、どうしても国が欲しい者もいるかもしれないし、一応伝えるだけは伝えておいた。

 同時に眷属をシステム上もボスにする場合のデメリットも説明しておく。


「──というわけで、冷静に考えたらやらないほうがいいかなって」


「なるほどー……。たしかにそれは面倒かも。でも、別にダンジョンボスとして設定したからと言って、その子をバカ正直にそのダンジョンに置いておく必要なくない? 表向きのボスは全然関係ない子を置いておいて、本来のボスは別の安全な所に匿っておけばそんな心配いらないんじゃない?」


 ブランの言う通りだ。

 それなら確かに、事実上デメリットは無いようなものだ。


「……そりゃ、ひとりでいくつもダンジョン持ってるお前さんたちだから出来る事だろうが。

 まあ、どのみち俺は建国には興味もなかったし、もう少し様子見しておくか」


「その方法なら問題無さそうだ。でもわたしはすでにいくつか国も持ってるし、どうしても自分で建国したいって事もないし、わたしも少し様子を見ておこうかな」


 レア自身はどうでもよいが、ライラは未だにプレイヤーだとバレたくないようだ。

 であれば建国について具体的に行動するにしても、NPCでも建国する方法がわかってからでも遅くはない。全く世話の掛かる姉である。


 ブランもシェイプに小さな国を持っているため、抜け穴を提案しては見たものの、それほどやる気があるわけでもなさそうである。

 バンブも元々、MPCで建国するために必要だっただけだ。すでに別の人材にそれを任せた以上は緊急の件でもない。


「──結局、もう誰にとってもどうしても必要な情報じゃなかった感じか。じゃあ、イベント申請の件は見合わせでいいな? 冷静に考えて当たるまで出すとかリスクが高すぎる。運営に荒らし認定されたらアカウント凍結だってあるかもしれんのだし」


「やだなあ。あれは冗談だよ」


「そうかよ。……そうか? そういうテンションじゃなかった気がするが……」


 レアは運営に新たに聞きたいことも出来ているが、あれを果たして運営に聞いてしまっていいのかどうかは少し迷っていた。

 溶岩ウツボの謎のバグ表示だ。

 あれがもし仕様だったとして、あれが何なのかを探るところからゲームの味付けになっている場合、運営に聞いても答えは返ってこないだろう。そしてその場合、そういう謎を追うコンテンツであるということが否が応にも判明してしまう。

 それは少しもったいないような気がする。

 逃げられてしまった以上、今すぐ聞かなければならない事でもない。地下のマグマを伝って逃げて行ったのであれば、下手をするともうこの大陸周辺にはいない可能性もある。


「まあ、幸い今後も定期的──かどうかはどこかの誰か次第だけど、時々運営と話せる機会もありそうだしね。わざわざ無理して呼ばなくてもいいのは確かだよ」


 何とかいう名前のカードゲームの売上は順調なようである。

 であればそのうち、また使用権の相談の件で連絡があるだろう。


「じゃあ、それについちゃ今回は無しということでいいか。

 最後に今後のマグナメルムの行動予定についてすり合わせをしておこう。まずは俺から。

 ひとまず、個人的な目標だった事象融合については一段落して、レアに渡すことが出来た。前回話したグライテンへの襲撃も終わった。予定通り、失敗だったけどな」


 ちらり、とレアを軽く睨んでくる。

 ユーベルのことだ。

 失敗したのは直接的にはユーベルのせいではないし、予定通りだったのなら問題ないはずだ。


「まずは地盤を固める必要がある。MPCの方針としちゃあ、しばらくはポートリー周辺のダンジョンだの街だのをなるべく支配下においていくようにして、勢力拡大に努める感じだな。グライテンを攻撃したMPCがプレイヤーだって事はかなり怪しまれてるし、ポートリーの元首都が拠点だって事も結構知られてるみたいだ。もしかしたら襲撃を受ける事もあるかもしれん。その警戒もする必要がある。

 そんなところか」


 実に堅実で良い事だ。

 もし、MPCのメンバーがイベントに飢えているようなら、バンブとマグナメルムとの関係を明かし、レアが──マグナメルム・セプテムが顔を見せに行ってやってもいい。


「わたしもしばらく塔に籠りきりかな。伯爵が心配なのもあるけど、普通に塔の事も気になるし。

 あ、そうだ。あの塔の埋まってたところに、前の精霊王さんの部下の人が眠ってたんだけどさ。今は伯爵がNTRして伯爵の部下になってるけど。

 確か、ディアスさんって昔は精霊王さんの部下だとか言ってなかった? 知り合いとかじゃない?」


 以前、ディアスはかつての統一国家の軍隊は、第四騎士団以降は兵卒とそれほど変わりがないというような事を言っていた。

 となるとその元部下というのはおそらく第二騎士団の元団長だろう。

 ディアスやジークに聞いてみて、知己であるようなら塔に会いに行かせてもいいかもしれない。

 空中庭園はヴィネアとサリーがいれば問題ないし、ヒルス王都にしてもこれまでジークの所にプレイヤーが来た事はない。別にいなくてもそれほど問題あるまい。


「そういうの、さっきの報告のときに言ってほしかったんだけど……。まいいか。

 じゃあ今度、メガネウロンにでも2人を塔の天辺まで送らせる事にするよ。さっき腰を抜かしてたデスナイトがそれでしょう?」


「そうそう! ヴィンセントさんって言うの。ガイコツみたいな見た目してるくせしてキザっていうか、やたらと食事に誘ってきたりするんだよね! その度に伯爵に怒られてるんだけど、食事に誘われてもわたし火が通ったものって食べてもしょうがないし、ヴィンセントさんは飲食出来ないし、何しに行くんだっていう」


 真面目なディアスやジークとは随分と印象が違う人物のようだ。


「じゃあ、来る時にでも連絡入れてね。一応先に伝えておかないとまた腰が抜けちゃうかもしれないし」


「そうするよ」


「わたしはしばらくそんな感じかな」


 後はライラとレアだけだ。


「んー。私は本当だったらこの子に乗ってどこかしらない土地に冒険に行きたいところなんだけど」


 出無精のライラが冒険とは珍しい。

 しかしこのベヒモスを乗り回してみたいという気持ちはわからないでもない。


「まだこの大陸でやることあるんだよね。

 だからひとまずそれを終わらせてからかな。そっちが片付いたら、この子に乗って南の大陸に行ってみようかなって。

 何か樹海に大悪魔とかいるみたいだし、もしかしたらそっちの方にも天空城のホムンクルス製造機と似たものがあるかもしれないし」


 天空城やマトリクス・ファルサ、そして大天使を生み出したのは前精霊王だが、大悪魔を生み出したのが何者なのかははっきりしない。

 大悪魔は大天使より少し前に生まれたとの事だが、たまたま偶然、似たようなタイミングで似たような事をしていた錬金術師がいただけかもしれないし、そうではないかもしれない。

 前者であれば、確かに南の大陸に同様の施設が眠っているとしても不思議はない。

 何のヒントもなく探し出すのは骨が折れるだろうが、わざわざこのライラが言い出すくらいだ。何か考えがあるに違いない。


 その前にベヒモスが海を渡れるのかは不明だが、そのくらい自分で何とかするだろう。

 どのみち、この大陸に置いておくような場所がないというなら、別の大陸に持っていく必要がある。


「わたしはさっきも言った通り、東の海を制覇するつもりだ。と言っても自分でやるわけじゃないけど。もうすでにリヴァイアサンのエンヴィを海に送り込んである。

 あの子が探索している間に、ジャネットたち──マグナメルムの下部組織のテンプルナイツにご褒美の魔物を与えたりとか、細々した作業をやるつもり。あとはさっきの事象融合の研究の続きとか」


「テンプルナイツって名前まだ有効なんだ。ペアレ聖教会は滅び去ったのに」


「研究はいいが、気をつけろよ。そこらへんの地形とか気軽に変形させるんじゃないぞ」


「じゃあみんなしばらくはこの大陸にいる感じなんだね。伯爵はプレイヤーたちを西方大陸に誘導するみたいな事言ってたけど、うちからは誰も行かないのかー」


「そういう事も報告としてちゃんと言って欲しいんだけど。もうないよね?

 しかし西方大陸か。いつかは行く事になるだろうけど、今すぐはいいかな」


「そうだな。じゃ、今回のお茶会はこの辺で──」


「え、ま、待ちたまえ。本当に誰も西方大陸には行かないのかね?」


 そこに教授が待ったをかけた。

 会議の終わりがけに余計な事を言って引き延ばす行為は全員のヘイトを高める事になる。控えた方がいい。


「そう言っていたでしょう。みんなそれぞれやりたい事があるんだよ」


「しかし、他のプレイヤーが行くというのに、マグナメルムの誰も行かないというのはいささか……」


 これまでの付き合いで教授の性格はだいたいわかっている。

 新しいフィールドの新鮮な情報を、出来るだけ早く正確に聞きたいのだろう。

 SNSでの人脈を封印したに等しい教授にとって、生の情報が得られる場所は限られている。


「そんなに気になるんなら自分で行きなよ」


「むう……。まだまだ『錬金』でやりたい事もあるし、このベヒモスや事象融合についても色々調べたかったのだが……。

 いや、しかしそちらは正直キリがないしな。仕方ない。わかった。覚悟を決めよう。西方大陸には私が行ってこよう」





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