第383話「情報の対価」(ライラ視点)





 ライラに声を掛けられても、尾行していた3人は答えようとしなかった。


 3人とも額に脂汗を浮かべ、緊張した面持ちで押し黙ったままだ。

 とてもこれから楽しいPKをしようという風には見えない。

 であれば彼らがPKだというのはライラの思い過ごしだったのだろうか。


「あ、あんた……」


 レンジャーの女が口を開いたが、緊張で渇いた喉がつっかえたのか、一度ごくりと喉を鳴らした。


「その異常なLP……。あんた、マグナメルム・オクトーだね」


 なるほど、やはり『真眼』を持っているらしい。

 であればライラを見て攻撃を仕掛けようなどと思わないのは当然だ。

 彼らの実力では、たとえ奇襲が成功したとしてもライラのLPを削り切る事は出来ない。


 それよりもライラが驚いたのは、ひと目で正体を看破されたことだ。

 現段階ではまだレアほどの知名度はないと考えていたのだが、そう捨てたものでもないらしい。


「──よく知っているね。その通り。私がマグナメルム・オクトーだ。君たちはあれかい? 先日妹が更地にしたあの王都にでもいたのかい?」


 この森の雑魚モンスターや他のプレイヤー同様、問答無用で『手』でキルしてしまわなくてよかった。

 自分の事を知っているプレイヤーに会ったライラは少しテンションが上がった。


「殺さないの? あたしたちを……」


「殺す? どうして?」


 ライラの姿を認めた時、そして対峙した時、彼らはライラを恐れて緊張こそしていたが驚いた様子はなかった。

 つまり初めからライラの正体を知った上で追跡して来ていたということだ。

 ライラが誰だか知っていて、見つかれば殺されるという覚悟を持って、それでもこっそり跡をつけてきた。


 これはもう、ライラのファンと言っても過言ではないだろう。

 ならば多少は付き合ってやってもいい。


 面倒なハイキングならさっさと終わらせてしまいたいと考えていたが、ファンとの触れ合いなら話は別だ。


「……警戒に値しない雑魚、ってこと?」


「いやいや、理由もないのにむやみに攻撃したりはしないだけだよ」


「じゃ、じゃあさ、その、ちょっとお話聞かせて欲しいなーなんつったら、話してくれたりしちゃうわけ?」


「お、おい!」


 憧れのアイドルの情報を何でもいいから得たいのだろう。気持ちは分かる。

 ただし、何にでも言える事だが、情報をタダで手に入れる事は出来ない。その入手ルートによっては大きな代償を支払う覚悟が必要になる。

 しかしそれは言う必要はない。その真理自体も対価が必要な情報とも言えるからだ。これは多くの場合、経験と後悔がその対価に当たる。


「もちろんだとも。何でも聞いてくれていいよ」


「……マジかよ、どうする?」


「……チャンスよ。ここで得た情報を拡散すれば、あたしたちの名もちょっとは売れるかもしれない」


「……シュピ何たら団も落ち目だしな。ここいらで有名プレイヤーの総入れ替えを狙うのも悪くねえか」


 こそこそと話しているが丸聞こえだ。

 フレンドチャットを使わないのは切り替えるのが面倒だからだろう。

 多くのプレイヤーはあの機能を遠方との連絡手段として使い、目の前に相手がいるなら内緒話で済ませようとする傾向にある。

 それはそれで雰囲気も出るため、ライラたちも普段はそうしている。『聴覚強化』を持つ者がいれば筒抜けになるが、聞かれても構わない内容なら問題ない。つまり、内緒話というのはそういうポーズに過ぎない。

 このプレイヤーたちもおそらくそうだろう。


 ライラから聞いた話を拡散するという事は、ファンの間でライラの情報を共有しようとしているという事だ。

 そういう事なら話せる範囲で話してやってもいい。

 ファンサービスという奴だ。

 ただし、その情報の取得に大きな代償を支払った場合、この彼らがそれをやすやすと公開する気になるかどうかは別の話だが。


「えっと、だな。まず気になってるのは、あんたの名前だ。オクトー、って名乗ってるが、セプテムは妹なんだよな? なんで姉のあんたが8番目で、妹が7番目なんだ」


 レアに関する事は本人の個人情報なので、ライラが勝手に話すのは本来よくはない。

 しかしこの程度なら構わないだろう。


「その事か。別に、生まれた順番に数字が振られるとは限らないだろう? 例えば妹が7歳だったとしたら、そのひとつ上の姉は8歳だ。妹の体重がリンゴ7個分だとしたら、それより胸が大きい姉の体重がリンゴ8個分だとしてもおかしくない。そんなような話だよ。

 まあそれは冗談だとしてもだ。この世に誕生したのは確かに私の方が先だが、災いをもたらすものとして、ええと何だったかな。世界から警告が来たとかそういうのだったかな。そういう警告が来た順番が妹の方が先だったからというだけだね。具体的なナンバリングの数値は妹が滅ぼした人類の国から教えてもらったものだが」


「……メモっとけ! 数字の差は胸のサイズ差だってよ!」


「……でもよ、9番目の奴は標準的な体型だったって話だが」


「……そっちはまた、別のところがデカいんでしょ! 態度とか」


 うまく伝わっていない、ような気がする。

 例え話は失敗だったかもしれない。とはいえ今のはジョークなので構わない。

 問題ない、はずだ。


「まあ、あくまでそういう感じのようなってだけだからね。それで、他にないのかい?」


 誕生日とかスリーサイズとか、ファンなら知りたい情報はいくらでもあるだろう。

 もっともどちらも言うつもりはないが。


 ライラも無限に時間があるわけではない。

 調べるべき場所はここ以外にもいくつもあるし、あまり油を売っているとライリエネから小言が飛んでくる。


「えと、じゃあ弱て──じゃなくて苦手、そう、苦手っていうか、嫌いな攻げ、行動とか、えと、スキルとか魔法とか、とにかく嫌いなもの、って何かあるの?」


 なるほど。推しの好みを知るのは重要だ。

 ライラは自分の好むスキルを思い浮かべる。

 一番はやはり何と言っても『使役』だ。レアに教えてもらった技だからということもあるが、それ以上にその有用性によるところが大きい。究極的な話、あれをうまく使えば本人は何もしなくても結果だけを得る事が出来る。

 本当に、どうして今日はライラ自らハイキングなどする羽目になっているのか。

 しかし『使役』について話せることはない。

 となると次にお気に入りなのは『邪眼』を使った状態異常攻撃だが、これも──ではなかった、聞かれているのは嫌いなものだった。


 相手の嫌いなものを知るのは、コミュニケーションをとるにあたって地雷を踏むのを避ける上で重要だ。何なら好きなものよりも重視すべき項目と言える。

 それを聞いてくるあたり、このプレイヤーたちはコミュニケーション能力が高い者たちなのだろう。


「そうだね、嫌いなものは……。タヌキと、強いて言うならゴブリンかな。あいつらにはあんまりいい印象がない」


 理由は言うまでもない。


「……天敵がゴブリンてことか? くそ、討伐するには魔物プレイヤーと連携しろって事か」


「……たぬきって何? あの小動物の?」


「……わからんが、とりあえずメモっておこう。これからは、タヌキの乱獲が初心者の金策のスタンダードになるかもな」


 楽しそうで何よりだ。


「あそうだ、重要なことがあった! あの、あんたらの種族って──」


「──シッ! 静かに!」


 話しかけた男をレンジャーの女が止めた。

 理由はライラにもわかっている。


 しばらく前、このプレイヤーたちがライラと接触してほどなくの事になるが、別の反応が『魔眼』の知覚範囲に入ってきていた。

 ライラがこのプレイヤーたちに尾行されていたように、このプレイヤーたちもまた別のプレイヤー集団に尾行されていたのだ。

 レンジャーの女がその事実にようやく気付いたらしい。跡をつけるのは得意でもつけられるのは慣れていないようだ。生粋のストーカー気質である。熱狂的なファンとはそういうものなのかもしれないが。


 その新たなストーカー集団だが、この距離まで近付いてくればライラとの会話もギリギリ聞き取れていてもおかしくない。その気になれば奇襲もかけられる距離にいる。

 それでも何のアクションも起こしていないところを見るに、目的は目に見える戦利品や単純な経験値ではなく、ライラとファンの会話内容などの情報だろう。つまり、その者たちもライラが誰だか当たりをつけて尾行してきたという事だ。

 より正確に言えば、ライラが誰だかわかって尾行していたプレイヤーたちを、その目的まで知った上でさらに尾行してきたのである。


 なんということだろう。

 ライラは自分の人気の高さに驚いた。


「──ち、気付かれたみてえだな。お前ら、出ろ」


「──よかったら、俺たちにも近くで色々話しちゃくれませんかね、オクトーさんよ!」


 レンジャー女の反応を見て、気付かれた事に気付いたらしいストーカーたちが隠れていても無駄だとばかりに次々姿を現した。


「こ、こんなにいたの?」


 レンジャー女が驚いている。新たなストーカーの数は10人以上、レンジャー女たちとは比べ物にならない数だ。

 それに力量もレンジャー女より上らしい。

 『真眼』は肉眼の視界に依存する。枝葉程度ならともかく、体が完全に木の陰に隠れているような者は感知する事が出来ない。新ストーカーたちはレンジャー女の視界を見切り、巧妙に隠れてここまで近づくだけの技術を持っているという事である。


 ついでに言えば、レンジャー女たちと仲が良いグループではないようだ。

 レンジャー女たちはライラから得た情報を流す事で、SNSでの地位向上を目論んでいたようだし、それらの情報の横取りを恐れているのかも知れない。


「まさか、私にこんなにもファンがいたとはね」


「え? ファン?」


 レンジャー女が怪訝な顔をした。

 しかし残念ながら、今さらそれは通らない。


「私のファンだと思ったからこそ、これまで気持ちよく話をしてあげていたんだが──まさか、違うのかい?」


「あ、いえ、違わない! 違わないです! ファンです! 大ファン!」


 わかってもらえたようでなによりである。


「……あいつ、なんか妙なこと言ってるぞ」


「……おい、あれ本当にマグナメルム・オクトーなんだよな?」


「……あの姿、SNS情報を見る限りじゃ間違いないはずだ。それ以外であんなLPの奴がそこらにホイホイいるもんかよ」


 新規のストーカー組も目当てはライラで間違いないようだ。


「──しかしだ。こういうものは得てして早い者勝ちだし、いち早く声をかけてくれたファン、いや、信者は出来るだけ優先してやる必要があるよね」


「え?」


「私の信奉者を公言する君たちには、最大限の配慮をしてやるべきだと言っているのさ!」


 ライラは敢えて大声を出した。周囲の全てのキャラクターにはっきりと聞こえるように。


「人類など私にとってはゴミみたいなものだが、私を慕ってくれるというのなら話は別だ! どうやら後から来た者たちとはそれほど仲が良くもないようだし! ここは綺麗に私が掃除してやろう!」


「え? え?」


「ちょ、何?」


 レンジャー女たちは付いてこられていないが、周りにいる新規ストーカーたちはすぐに思い至ったようだ。


「──そういうことか! あいつら、情報の為に人類の敵に魂を売りやがった!」


「くそ! 3人ぽっちで抜け駆けしたのはこのためかよ!」


 色めき立つ新規ストーカーたちを見て、レンジャー女も気付いた。


「あ、ちが、違う! そういうつもりじゃ──」


「うん? じゃあどういうつもりだったんだい?」


 しかし、それはライラが許さない。


「い、いや、違うっていうのは違くて……」


「安心したまえ! すぐ終わる!」


 最後にもうひとつ大声で叫ぶと、フードを上げて顔を晒した。

 そして近くにいるレンジャー女たち3人だけをうまく視界に入れないようにし、首を回して『邪眼』で新規ストーカーたちをロックオンしていく。

 付与した状態異常は猛毒と疫病だ。毒は筋肉毒である。

 即効性は無いが、この程度のキャラクターなら確実に死に至らしめる事が出来る。目玉2つで付与するのであれば最も致死性が高い組み合わせである。

 疫病と毒のスリップダメージで死亡しなかったとしても、時間内に解毒する事が出来なければ筋肉の異常収縮によって心臓が止まる。

 筋肉毒はスリップダメージと共に被害者に即死判定を強要する毒だ。いわゆる死の宣告というやつである。この判定はスリップダメージの度に毎回行なわれ、被害者の抵抗力は毒によって低下するSTRと共に徐々に下がっていく。

 疫病はうまく使わないとこちら側まで感染してしまう事があるが、このくらい離れていれば大丈夫なはずだ。ソーシャルディスタンスは重要だ。


 疫病による全能力値低下と筋肉毒によるSTR低下で、新規ストーカーたちは一斉にうずくまった。うまく全員にヒットさせる事が出来たようだ。


「……あ……が……?」


「……え……おく……」


 彼らはもうしゃべることさえ出来はしない。邪王の与える毒はそんなに甘くはない。

 甘くはないがしかし、ある意味では優しいとも言える。何しろ、苦しみの時間はそう長くない。

 疫病によって抵抗値が下がり続ける彼らの肉体は、通常よりもはるかに早く限界が訪れる。


「どうかな。君たちのために、邪魔な者どもを始末してやったぞ。

 ──さて、静かになったところで、話の続きをしようじゃないか」


 正確にはまだ彼らは死亡していない。薄れゆく意識のなかで、今のライラのセリフは聞こえたはずだ。

 そしてそれはこのプレイヤーたちの中に、人類系の種族でありながら人類を裏切るプレイヤーがいるという疑いを持たせる事になる。


 先ほどの彼らの発言から、すでに疑うに足る状況証拠が揃っているのは間違いなかった。

 この範囲攻撃はダメ押しだ。

 彼らは死亡するが、レンジャー女たちは死亡しない。

 それは彼らにとって、何より確かな根拠になるはずだ。

 このレンジャー女たちが人類の敵に与する者だとSNSで認定されるのも時間の問題だろう。人数の差も圧倒的なため、ひとたび広まったその認識を覆すのは容易ではないはずだ。


 レンジャー女たちは引き攣った表情でライラを見てきた。

 ライラが何を考えていたかまではわからないにしても、これから自分たちがどういう立場に置かれるのかはわかったという事だ。


 どうせプレイヤーなのだし、本当の意味で死亡する事などない。

 ならば事態を把握した時点で、捨て身でライラに攻撃してくればよかったのである。

 そうすれば、多くのプレイヤーに命を狙われるような事にはならなかった。


 どうでもよい情報の為に、彼女たちが支払った代償はあまりにも大きい。

 これで彼女たちも、情報を得るための対価の重さを勉強できた事だろう。









 それから少しの間、適当な雑談を一方的にして、ライラはレンジャー女たちと別れた。レンジャー女たちは目的を達成したからか目的を達成する価値が薄れたからか、死んだような眼をしてふらふらと森を出て行った。

 そんな足取りで大丈夫なのか他人事ながら心配になったが、子供でもないのだし自分で始末をつけるだろう。おそらく森の外にはライラにキルされたプレイヤーたちがリスポーンし大勢待ち構えているだろうが、くじけず頑張ってもらいたい。


 面倒なばかりのハイキングかと思っていたが、ずいぶんと楽しいイベントにすることが出来た。

 前回の戦争でもそうだったが、ライラはこれで意外とイベントプランナーの才能でもあるのかもしれない。


 そんなこんなですっかり人気の無くなった森を悠々と歩く。一度に大量の人間が固まって現れたせいか、森の魔物も周囲から姿を消している。

 ボスがいるとしたらそろそろか、というくらいの所まで歩いたところで一旦羅針盤を確認してみると、針は反時計回りにくるくると回転していた。

 辺りにはそれらしいものは一切見当たらないが、この真下に何かがあるらしい。


「……地下かよ。面倒くさいなあもう……」









 『地魔法』をうまく利用して器用に穴を掘り、地下へと降りて行ったライラは一枚の壁にぶち当たっていた。いや足元にあるのだし床と言うべきか。


 器用に穴を掘ったと一言で言っても、そこに至るまでに相当な時間がかかっている。

 どこまで掘っても一向に何も出てこなかったため、一時は羅針盤が故障しているのではという考えが浮かんできたほどだ。

 後ろからまたプレイヤーなり何なりがやってきても面倒だったため、掘った穴の入口は壁ゴーレムで埋めてある。あれも単体で『地魔法』を使えるため、うまくカモフラージュしてくれているはずだ。

 配下を呼んでやらせてもよかったが、レアと違ってライラの配下には穴掘りが得意な者はいない。誰にやらせても慣れない作業になるのなら、自分でやるのが一番早い。

 慣れや訓練が全くない平等な状態で勝負をするのであれば、ライラが誰かに負ける事などあり得ないからだ。


 しかし1人で時間をかけて苦労した割には、お粗末な結果だったかもしれない。

 もしもこの床がゲーム的な限界、いわゆる世界の壁のようなものだとしたら、これまでの苦労はすべて徒労だった事になる。

 しかし羅針盤は相変わらず、反時計回りに回り続けている。


 であればやはり、目的のアーティファクトはこの下にある。

 いや目的も何も、そもそも自分が何を探しているのかも定かではないのだが。


 とにかく、まずは『鑑定』だ。


 その結果は何と、驚くべき事に「アダマスの石室」と出た。

 となるとライラが立っている場所は床ではなく、石室の天井部分の上なのだろう。

 石室と言うからには正規の入口がどこかにあるのかもしれないが、それを探すくらいなら天井をぶち抜いた方が早い。


 どこかの遺跡の扉のように、破壊不能なアーティファクトだなどと言われたらお手上げだったが、単なるアダマスなら破壊するのは苦でもない。


 問題は厚さである。


「──なるほど、これは私に対する挑戦だな。

 まさか、イベントで稼いだ経験値を天井を蹴破るために使う事になろうとは思ってもいなかったが、いいだろう。羅針盤を信じてここまで来た以上、出来る限りの事はやってやる」


 その代わり、もしも何もなければ運営にメールだ。








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