第384話「実験って何かと爆発するイメージ」(バンブ視点)





 事象融合の研究は難航していた。


 あの時、レア・レプリカは確かに連続して魔法を発動していた。

 しかしそれを真似て同じようなタイミングで連続して発動キーを発言しても、魔法は2つ立て続けに発動するだけで何か妙な事が起きたりなどはしない。

 考えてみれば、一般的なプレイヤーでも戦闘中にいくつもの魔法を立て続けに放つような事もあるだろうし、それで発動するならすでに誰かが見つけているはずだ。

 となると、このやり方は間違っている。


 完全に同時のタイミングで発動する必要があるとすれば、1人では難しい。というか不可能だ。

 レア・レプリカがどうやってそれを成し遂げたのかについてはひとまず考えない事にする。レアなら何をしてきてもおかしくないし、そのくらいのことは普通にやってのけたとしても驚かない。


 1人で無理なら2人でやるしかない。

 しかし仮に2人で同時に発動したとしても、これもその程度のことなら誰かがすでにやっているはずだ。

 公式の過去スレをあさった限りでは、そういう技を狙っていろいろしてみても相殺や爆発くらいしか起こせなかったと書いてあった。わざわざ事象融合などと呼び名が設定されているくらいだし、通常の相殺とは違う現象なのは明らかだ。


「──自己鍛錬にしては随分と熱心に試行錯誤をされているようですが、何か目的でもおありなので?」


 近くでバンブが四苦八苦しているのを見ていたガスラークが声をかけてきた。


 バンブが今いるのは、スケルトイが盟主となってモンスタープレイヤーズクランMPCが建国した新国家、モンスタープレイヤーズクラスターの首都である、モンスタープレイヤーズキャピタルという街だ。要はかつてのポートリーの首都であるが、その中心部にある広場だった。

 国家や首都の命名はスケルトイだ。略称がすべてMPCになってしまうためややこしいことこの上ないが、リーダーを押し付けた手前無下にするわけにもいかずにそのまま認める事にした。他のメンバーからの受けも悪くなかったようであるし、どのみち決を採っても同じだっただろう。


 そのMPCの面々は、家檻が主導してオーラル王国南部の何とかいう街に襲撃をかけに出かけていた。

 バンブが1人MPキャピタルに残ったのは、事象融合の検証をしたかったというのもあるが、なんだか嫌な予感がしたせいである。


 家檻あたりは当然いぶかしんでいたが、元々バンブはこのタイミングでの街の襲撃に乗り気ではなかったこと、誰かひとりくらいは留守番をしている必要があること、それにイベント終了後ということで協力者に報告しておきたいというような空気を醸し出す事で納得してくれたようだった。


 バンブがそういう、意味深で思わせぶりな態度を取ると、家檻はわかっています今は言えないんですよねいつかは話してもらえますよね的な空気を出しながら意見を飲み込んでくれる時がある。これに目に見えて他のキャラクター──例えばタヌキなど──が絡んでくると途端に面倒くさくなるのだが、今回は最初からタヌキの姿が見えなかったためかスムーズに事が進んだ。


 騙しているというわけでもないが、もし家檻が何かを期待しているのだったら、マグナメルムの事は早めに話してやりたいとは思っている。 

 レアたち3人の方でも何やらプレイヤーからなる下部組織があるようなので、本格的に引き込むとすればそちらと同じタイミングだろうか。


 とにかく、そういう理由でMPCの面々は全員出払っているが、名目上はバンブの配下ということになっているガスラークを彼らに帯同させるわけにはいかない。

 ゆえにガスラークもバンブと一緒にキャピタルに居残りしていたというわけだ。


「ああ、まあな。目的っつーか、研究みたいなもんに近いか。新しいワザ、新しい戦闘技術を編み出したくてよ」


 編み出すというよりは、問題文と解答欄だけをカンニングして、それを繋ぐ計算式を模索している状態である。

 そういえば昔、スクール中等部の数学のテストの証明問題の解答で「証明問題として出題されている以上は命題が正なのは明らか」とか書いて職員室に呼び出された事があった。

 今にして思えば恥ずかしい限りだが、あれがいわゆる黒歴史、中二病と呼ばれる病の症状なのだろう。


「素晴らしい向上心ですな。さすがは陛下のご友人。しかし、それを私が拝見していてもよろしいのですか? うまく編み出す事が出来れば、切り札となり得る技術なのでは?」


「まあ、確かに切り札と言える威力のものかもしれないが……。もともと、この技術もアンタんとこの陛下のために研究してるようなもんだからな。アンタに見られる分にゃ問題ねえさ」


「なんと……。まさかバンブ様にそのようなおつもりが……。いえ、ご安心くだされ。このガスラーク、この件は胸のうちに秘め、決して他へは漏らしません。こういうことは、ご本人の口からお伝えになられるのがセオリーと聞きますからな」


「おい待て。何か面倒な勘違いをしていやがるな? その手の勘違いはそこかしこに地雷が埋まってやがるから、もし起爆すると洒落にならん事になるぞ。違うからな? そういうのじゃないからな?」


「はい、もちろん。わかっておりますとも」


「わかってねえなこれ」


「それより、バンブ様は具体的には何を研究しておいでなのですかな。そういうことであれば、このガスラーク、協力は惜しみませんぞ」


「やっぱりわかってねえし、そういうことでないが、もういいわ……。協力してくれるってんなら助かる。

 いや実はな、複数の魔法を融合させて、強力なひとつの魔法として発動できないかって研究なんだが──」


 バンブはガスラークにこれまでに試した事と、今考えている事を話した。





「──なるほど、なるほど……。

 では例えば、まったく同じ座標にまったく同じタイミングで魔法を重ねたとしたらどうでしょうか。それであれば、いくらなんでも戦闘中に偶発的に起きる事もないでしょうし、狙ってやるとしても人の身では難しいでしょう。ぷれいやー同士で正確な座標情報をやり取りできるとは思えません」


「あり得るな……。いや」


 あの時レア・レプリカは両手にそれぞれ魔法をストックしていたように見えた。

 あれはつまり、それぞれの手を発動地点として魔法を発動していたのではないのだろうか。

 しかしどうすればこれを情報規制に抵触しないようにガスラークに伝えられるのかがわからない。


 少し考えたが、バンブはガスラークにうまく伝えるのを諦めた。

 ひとまずガスラークの案もやるだけやってみて、ダメなようなら改めて別の道を模索すればいい。もしかしたらこの方向で正解で、あの聖と邪のふたつの魔法だけが例外だった、という可能性もある。


「……とりあえず、その線で試してみるか」


 バンブが手で合図をすると、配下のホブゴブリンが広場の中心に瓦礫を積み上げていく。襲撃した際に破壊された建物の瓦礫だ。これなら街中にいくらでもあるので的にちょうど良い。配下を動員し、街の掃除も兼ねて広場に集めさせている。


「さっそくやってみましょう。まずは瓦礫に印をつけて……と。では、ここを目がけて魔法を放つ事にしましょう。座標発動型で、それほど強くないものがいいですかな。私は『フレイムトーチ』を」


「じゃあ俺はそこに『ドットフラッド』を撃つとしよう」


 ドットフラッドは単体対象の座標指定型の『水魔法』だ。

 1人に対して洪水級の水を浴びせかける魔法だが、洪水の恐ろしさというのは本来その圧倒的な水量にある。人ひとり分の水では大したことは出来ない。

 そのためダメージはおまけ程度しか見込めないが、対象の体勢を崩す効果がある。うまく使えば攻撃をキャンセルさせてやることも可能だ。

 もっとも実力差が大きい相手であれば普通に抵抗されてしまうし、常に有用な魔法というわけでもないが。


「いきますぞ……3……2……『フレイムトーチ』!」


「『ドットフラッド』!」


 2つの魔法を同時に受けた瓦礫はしかし、じゅっ、という気の抜けた音を立てただけで何も起きなかった。

 多少濡れたり焦げたりしているが、この程度では非戦闘員でもダメージらしいダメージは受けないだろう。効果が無効になったと言っていい結果だ。


「……相殺、のようですな」


「失敗か。まあわかってた」


 先の考えではないが、このくらいの事ならすでに他の者たちも試しているだろう。


「何がいけないのでしょうな……」


「さあなあ……。本当にこの方向で合ってるんだとしたら、タイミングか座標か、そのどっちかがズレてるのがまずいんだろうが……」


 これも先のガスラークの話ではないが、PC、NPCに関わらず、まったく別々の人物が完全に同期して行動するのは不可能だ。

 しかしそれは複数人では発動不可能であることを意味しており、ひとりで2つの魔法を同時に発動できない以上は、システム上実現できない技術であることをも意味している。

 そうだとしたら、何らかの手段を使って1人で魔法の同時発動が可能であるらしいレアの専売特許ということになる。事実上の専用スキルだ。そんなことがあるだろうか。


「しかし、今のはたまたま失敗したという可能性もあります。ひとまず納得ゆくまでやってみようではありませんか!」


「え。いや、まあいいけどよ……」









「『ドットフラッド』!」


「『フレイムトーチ』!」


「ダメか」


「バンブ様、少しずれておりましたぞ!」


「マジかよ」









「『ドットフラッド』!」


「『フレイムトーチ』! バンブ様、一拍早い!」


「アンタ、いやもういいや。お前が遅いんじゃねえのか?」










「『ドットフラッド』!」


「『フレイムトーチ』! おお! ご覧あれバンブ様! 濡れた跡も焦げ跡もほとんど残っておりませぬ! これはかなり完璧な相殺に近づいたと言っていいでしょう!」


「まじかよすげえな! ってちげえよ! 相殺は別に目的じゃねえっての!」


「そうでした!」


 大丈夫だろうか。

 バンブが会った限りでは、レアの配下たちはどれも有能な者ばかりなのだが、時々何というか、大丈夫かコイツとしか言いようがない感情を抱かされる時がある。

 例えば迂闊な行動をしたり、常人では思いつかないような残酷な仕打ちをさらりと言い出したり、手段の為に目的を忘れたりしたような時だ。つまり今である。


「うーん。このままやり続けたとしても、完全に相殺して消えてなくなるって結果以外は想像出来ねえんだが……」


「そうですな……。いや、それは完全な相殺を実現してから判断しても遅くはありますまい」


「だから完全な相殺が目的じゃねえっつの」


「いえそうではなく。完璧なタイミングで魔法を重ねた際に、果たして相殺されてまったく何も起こらないのか、それともそうではないのか。他の手段を模索するのは、それを確認してからでも遅くはないのではという意味です」


 それは自分が完全な相殺を見てみたいから言っているだけではないのか。


 ガスラークの能力値は高い。

 課金アイテムを使った対人限定の『鑑定』どころか、一昔前のタヌキがスキルで『鑑定』しても何も見る事が出来なかったほどだ。

 会話の感じからしてもINTも相応に高いのだろうし、つまりそれだけ頭も口も回るという事だ。

 レアほどではないにしろ、自分の欲望のためにこちらを少しだけ利用しようと考えて、うまい事を言っているだけの可能性はある。

 レアは教授やライラを詐欺師だ何だと言っているが、バンブのような一般人から見れば本人も相当なものだ。

 このガスラークはそのレアの眷属なのだ。油断はできない。


 しかし、ガスラークの真の目的がなんであれ、言っている事はそれなりに筋が通っているのは確かだ。


「じゃあもう少しユニゾンの練習を続けてみるか」


「いえ、それはもう結構。やはりまったく別々の意志を持つ生物が心をひとつにすることなど容易にできる事ではありませぬ」


「何だよ。じゃあ何だったんだ今の時間は……」


「まったく別々の意志を持っていては、これは容易には出来ますまい。しかし、ある程度統一された意志を持った者同士であれば、もしかすれば不可能ではないやもしれません」


「どういう意味だ?」


「バンブ様の眷属にやらせてみるのです。座標もバンブ様が命令し、タイミングもバンブ様が計り、同時に命令を下す。そうしてやれば、まったく違った意志を持つ2人がやるより、成功率も上がりましょう」


 それは確かに、今よりもマシな気はする。

 何しろバンブとガスラークはプレイヤーとNPCだ。タイミングを計ると言っても、バンブの脳とサーバーとの間の情報の伝達プロセスと、NPCのAIとサーバーとの間の伝達プロセスに違いがあれば、同期をとるのは不可能に近い。かもしれない。今の通信技術でそこにラグが発生するのかどうかは不明だし、あったとしてもそのラグ程度で同期しないようならそもそも不可能な技ということになるが。


 いや、それよりも根本的な問題として、バンブとガスラークの能力値の差の方が大きいような気がする。

 知覚能力に差があれば、ヨーイドンの感じ方だって異なってくるはずだ。

 これは非常に怪しい点である。もっと早く気がつけばよかった。


「……そうだな。一応、まったく同じ能力値のホブゴブリンメイジを2体、用意してやらせてみるか」









「──ただ今戻りました。ひどい目に遭いましたよまったく。何ですかあれは。マスターが来なかったのは正解でしたね。もしかして、何か知ってたんですか──って、何ですかこの惨状は! 何かに襲撃でもされたんですか!」


 遠征から帰ってきた家檻たちが、広場の惨状を見て驚いている。


 大戦当時は戦場にならなかったこの広場は、幾何学模様に整然と石畳が敷き詰められた実に美しい空間だったのだが、今は見る影もない。

 広場の中心にはちょっとしたクレーターが出来ており、割れた石畳や掘り返された土や岩がそこらに散乱している。

 さらにその周囲にはバンブの眷属のホブゴブリンが倒れていた。

 死んではいないが、見ての通り元気でもない。


「よう、帰ったか。いや、こいつは襲撃とかじゃなくて──そう、ちょっとした実験みたいなもんだ。古いアニメとかでよくあるだろ? 実験室が爆発するやつ。あれだよ」


「それにしても、何をしたらこんな……」


「まあいろいろとな。すまんが、そこらに倒れてるホブゴブリンにポーションをかけてやってくれないか。自分のは使いきっちまってな」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る