第382話「似ちゃうのはしょうがない。うん」(ライラ視点)





〈──てなわけで、なんかそういう事みたい〉


〈……まあいいっていうか、最初っからそういう予定だったんならしょうがないし、ブランちゃんのお友達だし、私も知らない仲じゃないしいいけどさ。でもなんでこう、私が支配したエリアばっかりこんな事になるのかな……〉


 ライラはブランとのチャットを終了した後、ヒューゲルカップの廊下の窓から北を見た。


 その方角にはピュイの森があった。当然距離があるため、本来であれば見ることは出来ない。

 しかし今、ライラの強化された目にはうっすらと、聳え立つ塔のような物が映っていた。


「……まったく。次から次へと問題が起こるよね。これじゃあいつまで経っても探索に出かけられないじゃないか。困ったものだよ。ねえライリエネ」


「……そうですね」


 問題など起きていなくてもなんだかんだと理由を付けてダラダラしていたではないか。

 そういう感情がライリエネから伝わってきたような気がしたが、気づかないふりをしておいた。そろそろライリエネを弄るのも飽きた──というか普通に怒られそうだからである。


「まあでも、これ以上ライリエネの邪魔しててもしょうがないのも確かだし、出かけるか」


「自覚はおありだったんですね……」


 ピュイの森やそこに突然出現した塔の事は気にはなるが、ブランが付いていると言っていたし大丈夫だろう。


 ライラのブランに対する評価は実のところ、彼女の本来の実力よりもかなり高く見積もられている。

 評価が過剰である事はライラ自身も理解しているが、世の中には時に、実力を超えた結果を意図せず出す者もいる。ライラにとってあの風変わりな友人はそういう存在だった。


「じゃあ行ってくる。留守は任せたよ。何かあったら連絡するように」


「いってらっしゃいませ」


「……せいせいするって思ってる?」


「思ってません! 早く行ってください!」


 やはり怒られた。









 空をゆくライラは『迷彩』などで姿を消したりはしない。

 視界だけ誤魔化したとしても、『真眼』などのスキルの前では無意味である事はレアが懲りずに何度も証明している。

 別にやったからと言って不都合は無いのだが、ライラはレアほどMPが有り余っているわけではない。実力がある者ほど誤魔化せないというのであれば、やらない方が合理的だ。『迷彩』程度の消費で戦闘が不利になるほどMPが少ないわけでもないが、余計なことはしないに限る。


 ライラが向かっているのはとりあえず南の方角である。


 羅針盤に似たあのアイテムは仕様上、ヒューゲルカップの近くでは使えない。針は常にヒューゲルカップの地下に反応する事になるからだ。

 北には別のアーティファクトがあるのはわかっている。それにすぐそこでブランが伯爵と遊んでいるはずだ。邪魔をするのも悪い。

 東の方面もつい先日、レアが火山を噴火させたところである。そのせいでヒルス全体にプレイヤーの注目も集まっているだろうし、ライラも余計なギャラリーに姿を見られるのは望まない。

 大雑把に言えばあとは南と西になるが、まずは南から向かうことにした。


 さしあたって目指している場所は、オーラルのフェリチタとポートリーのケルコスのちょうど中間あたりになるだろうか。

 地理的に言ってもまさにオーラルとポートリーの国境線上にあるような場所で、この森を挟んで両国があるため、おそらく今までどちらの国も調査などはしていなかったであろうポイントだ。


 遺跡やアーティファクトについて、事前に調べようとはした。オーラルやポートリーにも当然古い書物はあったので、それらを配下を使って調べさせた。

 しかしペアレの書物のように、具体的にそういう場所を記した物は無かった。

 かと言って、シェイプのように王族に口頭で伝わっているというわけでもないようだった。

 つまりオーラル王家としては遺跡の存在など知らないということだ。これはライラが足元のレディーレ・プラエテリトゥムに全く気が付かなかった事からも明らかである。誰かが知っていれば『使役』した時点で教えてくれていたはずだからだ。


「──教えてくれたはず、だよね? いや忠誠心は大丈夫なはず……」


 帰ったらライリエネやツェツィーリアにもう少し優しくしよう。


 ともかく、オーラル王国とポートリー王国を事実上掌握していたライラでさえそうした情報を持っていないのであれば、この近辺に何かあるとすればオーラルにもポートリーにも伝わっていない場所、つまりどちらの国とも言えない場所が怪しいのではないか、と考えたのだ。

 そしてとりあえずの目的地として定めたのが、国境線上にある魔物の領域だった。





 目的地に近付くにつれ速度を落とし、ゆっくりと敢えて上空を通り過ぎてみたところ、森の直上で一瞬だけ針が反時計回りに一回転し、通り過ぎると北を指した。戻ってみればやはり、針は反時計回りにくるくると回転し続けている。


 間違いない。ここに何かある。


「それはいいんだけど……。なんか思ってたより人いるな」


 上空からでは判然としないが、地上を豆粒のような者たちが何名も蠢いている。


「あ、そうか。ここダンジョンリストに載ってるのか。そうか、それでか」


 以前ライラは、オーラル王国内にある、転移リストに載っていない領域を選んで支配下に置いていた事があった。今最も熱い大陸中央部、プランタンそばのピュイの森などがそれだ。


 元々そういう領域を支配したのは魔物の手駒を増やすためだった。

 ヒューマンばかりでは、いざ人類を襲おうとした時に色々と制約が出来てしまう可能性がある。

 その点魔物であれば、人類を襲うのに理由をつける必要はない。

 転移リストに載っているダンジョンを避けたのは、魔物の種類がかぶっている事から余計な詮索をされるのを避けたかったのと、支配の作業中にプレイヤーに見られる事を懸念したからだ。


「プレイヤーがいるのか……。面倒だな。どうしようかな」


 レアやブランと違い、ライラがプレイヤーの前に堂々と姿を現したのはペアレ王都での一件だけである。

 そんなライラが、マグナメルム・オクトーがここで突然、オーラルとポートリーの国境線上の森に現れたとしたら、彼らはどう思うだろうか。

 大規模イベント、大陸大戦が終息してすぐの事である。

 マグナメルムにとってのあの大戦の目的というものを、かなりの部分で正確に言い当てていた者がいた。その先にある最終的な野望についてはともかく、各国の王を転生させて収穫するという所までは正解だった。

 またオクトーに限って言えば、妹のために大戦を起こしたという意味ではだいたい合っている。


 そんなオクトーが、突然ダンジョンに現れる理由といったら何があるだろう。彼らはどう考えるだろう。


「……いや、そもそもここに何があるのかもわからないのに、今考えても時間の無駄だな。調べてみてから、使えそうなら使えばいいし、使えそうになければ目的の物じゃなかったとか言っておけばいいか」


 ついでに可能そうであればダンジョンのボスも『使役』しておけば、ここにあるアーティファクトをプレイヤーに使わせたくなった時が来ても融通をきかせられるだろう。









 レアのように思わせぶりなセリフを言いながら上空から降臨する、というのもそそられないでもないが、イベントでもないのにいつもそんなムーヴをしていては疲れてしまう。

 それにこのダンジョンの難易度はそれほど高いものでもなかったし、もしかしたらここのプレイヤーは攻略ガチ勢ではないかもしれない。そうすると、前回イベントも積極的に参加していなかった層である可能性もある。

 ノリノリで黒幕ロールをしながら降臨しておいて、もしこの中にもしオクトーの事を知っている者がいなかったら、かなり痛い黒ずくめの怪しい人という洒落にならないダメージを負うレッテルを貼られてしまう事になる。

 そんなリスクは冒せない。


 というわけでライラは普通に地表に降り立ち、歩いてダンジョンに入ることにした。

 フード付きローブは元々人類の中にあっても目立たないようにと用意した物だ。

 これが正しい本来の使い方である。


「──あの、そっちの黒ローブの人! 魔法職ですか? 今うち魔法職アタッカー魔アタ1枚足りてないんですけど、よかったら──」


 幾人かに声をかけられたような気もするが、とりあえず無視して森の中へと向かっていく。

 いかに人類の振りをしているとはいえ、さすがに仲良くパーティを組んでダンジョンに挑戦するつもりはない。

 いや、振りをしているというか、邪王はもともとヒューマン系の上位種のひとつなので、振りなどするまでもなく立派な人類なのだが。


 しかし仮に『真眼』を持つ者でもいれば、この時点ですでに騒ぎになっていてもおかしくないところなのだが、そういう様子はないようである。

 となるとやはり、ここにいるのはそこまでスキルが充実していないプレイヤーばかりなのだろう。攻略前線組ではなさそうだ。派手な登場をしなくてよかった。

 ライラがオクトーであるという事に誰も気づかないのであれば、余計なカバーストーリーを考える必要もない。 





 森に入ってみると、外よりは人が少なかった。

 特に何か特色があるわけでもないダンジョンだし、こんなものだろう。

 そうだとしても比較的賑わっている方だと言えるが、おそらく戦争の被害を全くと言っていいほど受けていないオーラル王国の、それもポータルであるフェリチタからそれなりに近いからだ。

 同様にポートリーのポータルであるケルコスからも近いわけだが、そちらも戦争被害が甚大だと言っても襲われたのは他の大きな街ばかりだ。MPCもコオロギの群れもダンジョンや魔物の領域に攻撃を仕掛けたわけでもないし、そういう意味ではこういうダンジョンの方こそ安全だったとも言える。

 そういった事からこの森は、駆け出しプレイヤーにとっては安全に稼げるいい狩場だったのだろう。


 他のプレイヤーには見られないよう、ローブで隠しながら羅針盤を覗く。方角は北だ。

 空から直接エントリーしていればこんなことはしなくてもよかったが、歩いてこっそり侵入すると決めた以上は仕方がない。


 進むべき方向を定めたライラは無造作に歩みを進める。

 まるで警戒していないかのような姿だが、『魔眼』と『真眼』で周囲の生き物は把握できている。

 進行方向にいる魔物やプレイヤーは近づく前に『邪なる手』を伸ばして密かにキルしている。余計な時間は食いたくない。

 こんな「手」が現実にもあったのなら、さぞ便利なことだろう。

 例えばメレンゲを作る時だとか、生地をこねる時だとか、手はいくらあっても足りないくらいだ。

 お菓子作りでなくとも、例えば背中を掻いたり、妹にセクハラしたり、有用性は計り知れない。


 そうして森を歩いていたライラだったが、入口の喧騒が聞こえなくなってしばらくしたころ、『魔眼』の端に数人分のMPを感知した。森の入口の方向、ライラからすればはるか背後だ。


 ──けられてるのかな。


 『魔眼』の感知範囲ギリギリというのはかなりの距離だ。

 となれば当然、相手もライラを確認しながら尾行しているわけではないだろう。

 『魔眼』の範囲ギリギリということは、この鬱蒼とした森の中では肉眼でも『真眼』でも直接姿を確認するのは不可能だということだ。

 おそらくレンジャーだとか何かの、森での獲物の追跡に特化したビルドのキャラクターがいるのだろう。リアルタイムでライラを監視しているのではなく、ライラの痕跡や足跡などを追ってきているに違いない。


 元々ハイキングをするつもりで城を出たわけではなかったため、足元についてはノーチェックだった。

 歩きやすい靴や目立たない靴ではなく、完全にライラの趣味で、ドレスに合わせた厚底のストラップシューズを履いてきてしまっている。

 目立つドレスそのものや足元まではローブで隠せても、さすがに足跡までは気が回らなかった。

 森の中にこんな異常な足跡が、しかも単独で残されているとなれば、それは追ってくるだろう。


 ──しまったな。これじゃ、レアちゃんを迂闊だとか何だとか笑えないな。


 彼らが何の目的でライラを追跡しているのかはわからない。


 森の外の広場からマークしていたのであれば、十中八九プレイヤーキラー──PKだ。

 プレイヤーとNPCの見分けが付けづらいと言っても、それはゲーム開始から間もないプレイヤーの話だ。

 しばらくゲーム世界に浸っていれば、何となく「匂い」のようなもので違いはわかってくるものである。

 特にこうしたダンジョンなどではその傾向は顕著に現れる。

 いつ魔物が飛び出してくるかわからないような領域で、森の外とは言え大人数で騒いでいる者などプレイヤーくらいだ。

 そうした傾向から、転移リストに載っているような魔物の領域などからは純粋なNPCの傭兵というのは姿を消しつつあった。

 ライラが見たところでも、この森の外にはプレイヤーらしき者たちしかいなかった。


 ライラがそう考えているという事は、外の者たちもそういう認識だったとしても不思議はない。

 そんな場所で1人で森に入っていくような者がいれば、そいつもプレイヤーなのだろうと判断するだろうし、それを見ていた者の中にPKが混じっていれば当然標的にするはずだ。


 距離を取って追跡しているのは、ライラの足跡を確認し、とても戦闘や探索に向いているとは言えない靴を履き、しかも単独でダンジョンを進んでいるという事実に気付いて、その実力を警戒しているからだろう。


 それ自体は悪くない判断だが、判断について評価するなら、そもそもライラを標的にした時点で誤っていたと言える。


 考え事をしながらもライラは密かに『天駆』を発動して足跡を途切れさせ、相手が直接こちらを確認していないのをいい事に木々に紛れて後退した。

 枝を揺らさないよう気を付けながら、最後に足跡を付けた辺りを上から監視する。野生動物が行なうバックトラックのようなものだ。もっともこちらは自分の足跡を再度踏むような面倒なことはせず、宙に浮くことで追跡をかわそうとしているのだが。


 しばらくしてライラの足跡が途切れた場所まで到達した追跡者たちは、その途切れた足跡を見て大いに動揺した。


「足跡がここで途切れてるぞ!」


「気付かれてたのか!」


「馬鹿! 騒ぐな! 気付かれてたんだとしたら、近くに潜んでいるはずだ! 警戒しろ!」


 その3人のプレイヤーらしき者たちはお互いに背中合わせになり、全周360度を隙なく警戒し始めた。

 だが惜しいかな、本当に警戒すべき相手はその360度の中にはいない。ライラがいるのは上である。


「──上だ!」


 しかしいきなり気付かれた。

 勘のいい者がいる──というよりは、あのレンジャーが『真眼』か何かも持っているのだろう。

 『真眼』は肉眼の視界に依存するため、足跡にばかり注意を向けていたときは上方にいるライラに気づかなかったが、改めて周囲を見渡し、枝葉の影に隠れている不自然なLPに気がついた、といったところだろうか。


 別に本気で隠れていたわけではないため構わない。

 空気を足場にしていた『天駆』を解除し、音もなく地面に降り立つ。


「私に何か用かな? けっこう前から跡をつけてきていたようだけど」





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