第381話「男の子っていつからオレとか言い出すのかな」(ブラン視点)





 この中央大陸のさらに中央には森がある。


 ピュイの森というその名が付けられたのがいつのことなのかブランは知らないが、伯爵は単に森とだけ言っていたので、もしかしたら割と最近になってからのことなのかもしれない。


 エルンタールを発った伯爵がアンデッドを率いて目指していたのは、大陸中央に広がるこのピュイの森だった。

 スクワイアゾンビやその上位種らしいアンデッドばかりでの進軍だったため、ずいぶんとゆっくりとしたペースだったが、何日かかけてようやく到着したようだ。


 大して強い魔物たちでもないが、数が数だ。プレイヤーたちも随分注目していたようである。

 討伐隊を組織されて攻撃されてもおかしくなかったように思えるが、大規模な攻撃などは無かった。多分、そういう大規模で組織的な行動が取れる公的機関がもう無いからだろう。大陸で無事に生き残っている国と言えばオーラル王国くらいで、それ以外の新たに生まれた泡沫国家にはまだ自国の外に戦力を差し向ける余裕はない。

 プレイヤーにしても、SNSを流し読みしたところでは、下手に刺激して余計なレイドボスを召喚したくなかったというのが大方の考えのようだ。

 小規模な攻撃は何度かあったが、これらもアンデッドの軍勢の討伐が目的ではなく、むしろ「下手な刺激」が目的のようで、単にちょっかいをかけただけのものだった。遠目にもイライラしている様子の伯爵が見えたほどだ。

 「下手な刺激」が目的だとしたら、「余計なレイドボス召喚」が狙いなのだろう。

 であればおそらく、マグナメルムのファンクラブのメンバーだ。

 レアには報告してあるが、こちらのことはブランに任せてもらっているため、いくら刺激しても目的であろうセンターは来ない。今回はセンターじゃない子で我慢してもらいたい。とはいえ、ブランがプレイヤーたちの前に姿を現す事になるかどうかはまだわからないが。


 その伯爵の軍勢が森に入り、しばらくが経った。

 森にはライラの支配する魔物がひしめいている。大型のミミズのような魔物で、なんとかワームだとか聞いたような気がするがあまり覚えていない。

 伯爵がアンデッドを率いてこの森に向かっている事についてはライラにも伝えてあった。

 伯爵が言っていた、大陸中央の森という場所に覚えがあったからだ。

 普段だったら思い出すことは無かっただろうが、大陸中央と言えば例の戦争の準備のとき皆で集まって地図でよく見ていた場所だ。あの友達とわいわい悪巧みをする感覚が楽しくて覚えていた。

 そして問題の森をライラが支配しているらしいこともその時本人が言っていた。


「──お互い知らずに入って、なんか面倒くさい事になってもアレだしね」


 とは言え、ブランにこの事を伝えてきたレアのように、アンデッドの大群が突然自分の森にやってきたとしたらライラも連絡してきただろう。いきなり戦闘に入ったりはしなかったはずだ。

 ピュイの森の東にはブランの治めるダンジョンがあるし、ライラもSNSは頻繁にチェックしている。事実、連絡をした際はまるで待っていたかのようにスムーズに話が進んだ。


 一方の伯爵はこの森の魔物の主人については知らない、はずだ。

 森に入って最初の頃こそ、まるで道を開けるかのように退いていくミミズたちを見て怪訝に感じていた様子だったが、今はまるで警戒していない。

 伯爵たちを追って森に入ろうとするプレイヤーをミミズたちが妨害している事もあり、アンデッドたちにとってはむしろ森の外より安全なくらいである。


 伯爵率いるアンデッドの軍勢は順調に森を進んでいき、もうまもなく中心部だろうか、というところで止まった。

 そして先頭の伯爵がくるり、と振り返り、上空を見上げて言った。


「──尾行が下手だな、ブラン。吸血鬼が口にできる獲物は、常に自分よりも格下とは限らぬ。時には格上であっても飢えを凌ぐために狩らねばならぬ事もある。獲物に気付かれぬよう尾行する技術は重要だぞ」


 気付かれていた。どこからだろう。

 この口ぶりだと、伯爵は過去に獲物を倒せず飢えた経験でもあるのかもしれない。伯爵と言えど生まれた瞬間から強かったわけでもないだろうし、そういうこともあるだろう。

 しかし、そんな弱かった頃から自分のことを我とか言っていたのだろうか。

 もし違うのなら、どのくらいのタイミングでそう言い始めたのか少し気になる。そろそろブランも言ってもいいだろうか。


「──いやー。肝に銘じておきまっす。でも言っておきますとですね。わたしの獲物は主に新鮮な果物や野菜なんで、わたしより格上の野菜っていうのもちょっと珍しいっていうか、野菜の格下になっちゃってる状況ってもう相当追い詰められてるなっていうか」


「……果物? 野菜? 何を言っておるのだお前は……」


 話が噛み合っていない気がする。


 しかしそれは割といつものことなのでブランは気にしないことにした。

 気付かれているのなら上空からこっそり後をつける意味はない。最初からこっそり出来てはいなかったようだし。

 ブランは伯爵のそばに降り立ち、コートのフードを上げた。


 以前は美しい金髪を持つ伯爵に対し、自分のくすんだ栗色の髪が劣等感を抱かせたものだったが、今はそんなことはない。

 ブランの髪色は変わっていない。

 ただキューティクルが復活しただけだ。

 元々はスケルトンで始めたため髪はなく、それが突然生えた下級吸血鬼の頃にはすでに髪は若干傷み気味だった。何もしていないのに髪が傷んでいるというのは運営に文句をつけたい気もするが、冷静に考えたら何もしていなければ髪が傷んで当たり前でもある。いや、髪があったらちゃんとケアはしていたはずなので、となるとやはり存在しない間に劣化したというのは納得できない。いや、そんなことはどうでもいい。

 今やブランは髪だけでなく、顔やスタイルも超美形に応じて美しく整っている。

 伯爵の隣に立っていても見劣りはしないだろう。


「それで、ここにはお友達に会いに来た……んでしたっけ?」


「……少し違うな。正確には友の配下だ。今は我の配下だが」


「お友達の眷属NTRしたってことっすか! 修羅場の予感!」


「お前は本当に落ち着きがないな。それと訳がわからん言葉を使うな。修羅場という言葉から何となく想像がつくが、別に力づくで奪い取った訳ではないぞ」


「力づく!」


「訳ではないと言っておるだろう。聞いておるのか?」


「冗談っすよやだなー。でも力づくじゃないんだったら、眷属をほいほい誰かにあげたり出来るってことですか?」


「いや、そのような事は出来ぬ。あるいは出来るのかもしれんが、我は聞いたことがないな。そんなことが出来るのなら」


 伯爵はちらりと傍らに控えるヴァイスを見た。

 ヴァイスはその視線を受けて額に手をやり、やれやれといった風に首を振った。


「まあいい。眷属の主君を変える手段は我は知らん。友の配下が今我が配下となっておるのは、友が倒れ、その配下も倒れたのち、我がアンデッドとして蘇らせ『使役』したからだ」


「おおっと……。何となく察してはいましたけど、やっぱりお亡くなりになってたんですねお友達……。ご愁傷様です」


「気にするな。もう何百年も昔の事だ。しかし、何となく、とは察しが悪いな。かつての友と言ったらそう考えるのが普通だろう」


「いや伯爵がなんか余計な事して絶交でもされたのかと」


「されるか! お前と一緒にするな!」


「ななななんてこと言うんですか縁起でもない! わたしはそんな絶交されるような事しませんよ! ……多分。

 そ、それはともかく、配下にした後古城に連れて行かなかったんですか?」


「話せば長くなるのだがな……。

 我が友の最後の手紙を受け取り、慌ててこの場所に来た時には、もう友は亡くなった後だった。その亡骸は、友を守って共に亡くなった第2騎士団の団長とともにここに葬るつもりだったが、何やら急に寂しさを感じてな。『死霊』を発動してアンデッド化を試みたのだ。例えそれが成功したとしても、それは以前の友のままとは限らない。今にして思えば愚かな事をしたものだが、当時の我はそうせずにはいられなかった。

 だがおそらく実力的な差だろうが、残念ながら友のアンデッド化には失敗した。しかし第2騎士団長はデスナイトとして蘇った。

 せめて配下のその騎士団長だけでもと『使役』しようとしたところ、その騎士団長から、どうか主君の最後の望みの通り、事を荒立てないで欲しいと頼まれた。騎士団長は直接手を下した者のことを知っているようだったが、これは我には教えようとしなかった。命令すれば話しただろうが、そうする気にもなれなくてな。

 騎士団長はこの地に元主君を弔い、静かにさせておきたいと言うので、それを許し、我は1人で城に戻った。どうせ、友の遺言を守るのであれば貴族どもが生きておるうちに出来る事はないし、我が配下となった騎士団長がどこで何をしていようとも構わなかったしな。

 そして騎士団長はこの地に故精霊王を埋葬し、自らも大地に沈み、墓を掘り起こす者が現れぬ限りは静かに、貴族どもがいつか滅び去るのを見守ることにしたというわけだ」


「……気の長い話ですね」


「ふっ。我らは永遠を生きるアンデッドだぞ。そしてお前もな。我から言わせれば、お前たちの方が生き急ぎすぎなのだ」


「永遠を生きるアンデッドって言葉にそこはかとない違和感があるような気もしますけども、プレイヤーが生き急いでるのはなんか言い訳出来ないみある……」


 そして伯爵は立ち止まった。

 どうやら森の中心部分、その騎士団長と精霊王の眠る地に到着したらしい。


「さて。この辺りだ。ブランよ。すまぬが、今度お会いしたときにでも邪王に礼を言っておいてくれ。気を使ってもらったようなのでな」


「な、なんのことっすかね」


「この地は今や、邪王の支配する地なのだろう。そしてあのミミズたちは邪王の眷属。ミミズが我らに道を開けてくれたのも、邪王の計らいだろう。そしてそれはおそらく、お前が連絡してくれたからだな。おかげでスムーズにここまで来ることが出来た」


 バレていた。


「言っておきます……。

 で、えと。ここなんですか? なんも無いとこですけど」


「何かあったら不審に思われるからだろう。簡単な碑のような物はあるのかもしれないが、それも埋めてあるのだろうな。だが、我にはここに我が眷属がいるということがわかる。

 ──起きよ、ヴィンセント」


 伯爵がそう言うと、ブランの足元から唸り声が響いてきた。


「真下だった!」


 慌てて飛び退いた。

 一瞬前までブランが立っていた地面がぼこり、と盛り上がり、中から何か、邪悪な気配を持つものが這い上がってくる。

 その邪悪な気配はまるで質量を持っているかのように重く周囲に漂い始め、近くで様子を見ていたらしいミミズ型モンスターを遠ざけた。どうやら生者にはあまり歓迎できる空気ではないらしい。

 しかしブランにとってはどうという事もない、むしろほんのり心地いいくらいの空気だ。これは別にブランが空気が読めないからだというわけではない、はず。


 這い出して来た、ミイラのような骸骨のような騎士は、伯爵の前に膝を付き頭を垂れた。


 ──オオオオ……


 何か唸っているような声を出しているがブランには何を言っているのかわからない。

 しかし伯爵は理解しているようで、鷹揚に頷いている。眷属だからだろう。言いたい事が伝わっているようだ。あるいはそういうスキルを──


「あ、そうだった」


 ブランはインベントリからピアスを取り出し、耳に付けた。これで骸骨の声も聞こえるはずだ。


〈──閣下がこうして地上においでになったということは、あの貴族の末裔どもは滅び去ったという事でしょうか〉


「うむ。世界の眷属たちがな。その殆どを滅してくれた。一部生き残っておる者たちもおるが、以前の半分以下の勢力しか残っておらぬ。それに、その者たちも我が新たな友人の完全なる支配下にあるのでな。ゴルジェイが懸念しておったように、西方大陸に大陸をあげて戦いを挑むようなことはあるまい」


〈そうですか、支配下に……。それはそれは。その者たちの祖先がそれを知ったら、どう思うでしょうな。実に痛快だ〉


「まさにな。ふはは」


 伯爵がブラン以外の誰かとこのように気安く話しているところを見るのは初めてであるため、若干なんというか、奇妙な感じがする。

 黙って見ているつもりだったが、つい声をかけてしまった。


「──あのー。旧交を温めているところ申し訳無いんですが、もしよかったらそちらの方の紹介をですね……」


「おお、そうであったな。ブラン、このデスナイトが我が配下、元モンタニア帝国第2騎士団長ヴィンセントだ。ヴィンセント、こちらのお方が我が友であり、世界の眷属であり、新たな真祖吸血鬼でもある、ブラン様だ」


〈し、真祖! それに世界の眷属ですと! で、では貴族の末裔を支配したというのはまさか〉


 ヴィンセントは慌てて畏まり、ブランに向かって膝を付いた。つい先日の伯爵の行動と重なって、いつも以上にこそばゆい気持ちになる。

 慌ててやめるように言うと、恨めしげに伯爵を睨んだ。


「くくく。ヴィンセント、そやつはそのように傅かれるのが苦手なのだ。勘弁してやってくれ。それとひとつ訂正しておくと、貴族の末裔を支配したのはこやつではない。新たにこの大陸に誕生した、邪王陛下だ。生き残っておる貴族というのはノーブル・ヒューマンの一族でな。邪王であられるあのお方なら、支配も訳ないというわけだ」


 実際はライラが邪王だろうとそうでなかろうと関係なかったような気がするが、うまく説明出来る気がしなかったので黙っておいた。それに相手がNPCとはいえ、話していいものかどうかはマグナメルムで決を採る必要がある。


〈真祖だけでなく、邪王までもがこの大陸に……。いったい、私が眠っている間に何が……〉


「もうひとつ言うとだ。あの時生まれた大天使はすでに倒されている。倒したのは魔王陛下で、これも最近お生まれになった方だ」


〈そうですか……。大天使はもう……。え、魔王? で、では、真祖、邪王、魔王が立て続けにこの大陸に?〉


 会話の流れから、どうも災厄級の話をしているようである。それならマグナメルムの策略により、他にも聖王、精霊王、幻獣王も泡沫のように生まれては消えているし、レアやブランの配下にも災厄級はいる。

 しかし、たった3人でこの驚き様なら、これ以上言ったら心臓が止まってしまうかもしれない。別に今、立て続けに言う必要はないだろう。おいおいゆっくりと話す事にして、取り敢えずブランは黙っておいた。まあ、デスナイトとかいうアンデッドの心臓が動いているのかどうかは不明だが。


「その3名はいずれも我と知己であるがな。そのうち、ヴィンセントにも紹介する機会も来よう。

 ──さて。再会の挨拶はこれくらいにして。ではそろそろ、始めるとするか」


「始めるって、何をですか?」


「なに、盟約は終わった。ならば、我がこの大陸に気を使ってやる義理はもうない。だから、派手に建ててやるのよ。この地に、我が友の墓標をな」






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