第380話「こさえる」
ハラヘリ子やエーギルシュガーによって荒らされてしまった庭園の手入れをトレントたちに頼み、ついでにプレイヤーが再び攻めてきた際には天使と連携して足止めするようにも言い付けて、レアはヴィネアとエンヴィを伴って地下研究室へと戻った。
「じゃ、しょうがないからヴィネアの配下を──と、その前に『錬金』の取得かな。めんどうくさいなこれ。どうにかならないものかな」
別に他に適当な魔物を探してきてヴィネアに『使役』させてもいいのだが、ホムンクルス系以外を使役させるならいつもの『使役』を取得させる必要がある。
それではコストは『錬金』とあまり変わらないし、自分で生み出させた方がヴィネアに相応しい魔物を探す手間がないだけ話が早い。
それに気になる事もある。
大天使のサリーは天使を生み出し、魔王のレアは悪魔を生み出していた。
ヴィネアが大悪魔であったなら当然悪魔を生み出しただろう。しかし天魔となった今は何を生むのか。
これには少し興味がある。
特殊な条件を満たした、とメッセージを貰ったのは確かだ。
しかしその後のアナウンスでは、特定という文字は付いていなかった。
ヴィネアが現在、正道なのか邪道なのか、どちらなのかわからない。
「邪道から特殊条件で切り替わった、つまりマイナスにマイナスをかけたようなもので、結果的にプラスになっちゃった、とかかなあ。そんなことあるのかな」
「お母様、早く早く」
「はいはい」
INTやMNDなどの、NPCの人格に影響を与えるような能力値は相応に上昇している。
しかし最近は特にだが、甘えぶりが加速しているように思える。呼び方を追認したからだろうか。
「──これでよし。やり方はサリーに聞くといい。たぶん彼女は今生きている中では誰よりたくさんこの設備を使用しているキャラクターだからね」
「わかりました! サリー!」
「はいはい……」
この2人の様子もいつの間にかそれなりに砕けた感じになっている。
レアの知らない間に何かしらあったようだ。
しかし考えてみれば、例えばヒルス王都で初めて会ったウェインたちからしてすれば、ペアレ王都でライラやブランという同格の仲間を引き連れてきたレアの姿は驚くべきものだったのだろうし、誰かと誰かがいつの間にか仲良くなっているというのは当然の事だ。
仕様というより、世の常というべきなのだろう。
「──出来ました! 娘です!」
「娘なのはわかって──ふむ。ホムンクルスか」
天使でも悪魔でもなくホムンクルスが生まれてきた。
天魔はどちらのルートでもないから、ということだろうか。あるいは第3のカテゴリーでもあるのか。ウェアビーストである教授が生みだしたのもホムンクルスだったようだし、あれと同じカテゴリーという可能性もある。
しかし、生まれたホムンクルスは小悪魔だった頃のヴィネアによく似ている。ヴィネアの娘なら、この子はレアの孫になるのだろうか。
「あの、何人くらいこさえてもいいですか?」
「ちょっと、言い方。……そんなやらしい言い回し教えたかな?
そうだね。とりあえず6人にしておこう。それ以上は後日検討する」
6人くらいなら何とか管理できるだろう。
『他化自在』で能力値を吸い取るため、各能力値の特化型にすることで効率のいいブースターにするという使い方も出来る。
「ところで、ヴィネアの子は天使にするのですか? 悪魔にするのですか?」
「ああ、サリー。レクチャーお疲れ様。
出来れば半々に、と言いたいところなんだけど、天使はともかく、この状態から悪魔に転生させる手段ってまだはっきりしてないよね。ドロップ品の傾向を考えると、たぶん魂とかを汚れさせれば悪魔になるんだと思うんだけど、具体的にどういうことなのかわかんないし」
「そうですね。では全て天使に?」
「いや、天使はたくさんいるし、わざわざヴィネアの子でやる必要はないかな。まあ、仮に悪魔に転生させられたとしても、小悪魔が6人とかどんな大変な事になるかわからないし、あんまりそれもやりたくないけど」
ヴィネアのような子供が6人、本人入れて7人もいては大変どころの騒ぎではない。
「サリー、教授のレポートにはホムンクルスの転生候補についてもまとめられてるんだよね」
「はい。ございます」
「どんなのがあるの?」
「ではまず、軽くご説明を。アルケム・エクストラクタでも融合でも同じなのですが、素材として投入した種族の転生ツリーの中で、一番低位の種族がリストに現れる傾向があります。アリ系ならインファントリーアント、ゴブリン系ならゴブリンですね。これに加えて、生き物かアイテムか、特定の素材を入れた場合にはさらに──」
*
しばらくの後、ヴィネアの前にはまるっきりヒューマンと区別がつかない、中学生くらいの女の子が6人、整列して立っていた。しかしよく見るとわかるのだが、肩や膝などの関節部分にはうっすらと不自然な凹凸が見える。
彼女たちは「リビングドール」だ。
種族的なものなのか別の要因なのか、ヴィネアの言う事もレアの言う事もよく聞いてくれる。
強制力はないはずだが、同じグループとして認識しているのか、サリーの言葉にも従うようだ。
「ふむ。若干表情に乏しいというか、感情の起伏がほとんどないようだね。リビングドールという種族は自我が薄いのかもしれないね」
「教授、見てたの。自我が薄い、か。命令を聞いてくれるのはそのおかげかもしれないな」
「しかし、狙ってリビングドールを生産したという事は、私のレポートは読んでもらえたようだね」
ヒゲがぴくぴく動いている。
タヌキの表情はわからないが、たぶんこれが得意げな顔なのだろう。
「いや読んでないけど。これはサリーから聞いただけ」
「……そうかね」
ヒゲがしなりと下を向いた。面白い。
「ところで、なぜリビングドールを? 戦闘力については他の種の方が高いと思うのだが」
しかしすぐに立ち直ってレアに尋ねてきた。好奇心を満たす方が重要らしい。
「そりゃもちろん、人形だからさ」
この種を選んだ理由など、少し考えればわかるはずである。
少なくともライラならこの時点でピンと来ていたはずだ。
教授はしばらくの間、顔をくしゃくしゃにして──おそらく眉をしかめているのだろう──考え込んでいたが、やがてギブアップした。
「──申し訳ない。よくわからない。人形だからなんだというのだね」
「仕方がないな。説明してあげよう。
小さなフィギュアや小物なんかを、小規模なジオラマ風に飾ったりする展示物を知ってるかい? あるいはそうしたイラストの事を指す事も多いけど」
「ふむ? イラストであれば、ヴィネットのことかな? あれの語源はフランス語で葡萄を意味するヴィーニュという言葉だと言われているが、それというのも葡萄の葉や蔦からなる模様をあしらった本などの装丁を指す言葉として生まれたからだという説があってね。そこから本の装飾全体の事を指したり、挿し絵という意味が加えられたり、縮小されて描かれた図柄、のような意味合いでも使われるようになり、そこから転じて小型のジオラマもヴィネットと呼ぶように──」
「相変わらず長いよ。だから何なの」
「要は、ヴィネットという呼び方は小型ジオラマよりイラストの方が先だよ、ということだ」
「そこだけでいいじゃん。
とにかく、そういう小さな人形のジオラマをヴィネットって呼ぶ事があるでしょう?」
「うむ。いや、ヴィネット用のフィギュアというにはいささか大きすぎないかね。等身大じゃないかこれ」
「ちょっとは小さいから大丈夫。つまりこの子たちはヴィネアのヴィネット、ヴィネヴィネットというわけさ!」
会心のネーミングだ。
教授は顔をくしゃくしゃにしている。
先ほどの表情と区別がつかないが、おそらく感心しているのだろう。タヌキの顔は分かりづらくて困る。
「──レア嬢がそれでいいなら、いいのではないかな。別に何でも」
*
「ところで、そちらのお嬢さんは誰かな。随分華やかで可愛らしい子だが、どこかから
「しないよそんなこと。この子はエンヴィ。海で拾ってきた新しい眷属だよ」
「やはり誘拐じゃないか」
「違うって。どちらかというと、助けてあげたらついてきた感じ」
「亀かな」
「あれは助けたら連れていかれる方でしょう」
「そうだったかね」
「ところで、教授はホムンクルスの眷属2体しかいないのにどうやって転生条件を絞り込むほど検証したの?」
「それぞれに別々の素材を与えていって、追加された選択肢から対照的に判断したんだよ。だから実際には複合的に条件が絡んでいる可能性もある。
転生先が追加された際の状況はそれぞれまとめてあるから、もう何体かホムンクルスをこさえる事が出来ればそういう不確定な可能性も減らしていけるんだがね」
「じゃああの2人は転生許可待ちでずっと待機状態なのか。ていうか、お前か妙な言い回しの元凶は」
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