第379話「ギリギリ大成功」





 リヴァイアサンのエンヴィの強化を終え、本人にもう海に戻ってもいいと伝えたが、戻ろうとはしない。

 来たついでにヴィネアの強化を見学していきたいらしい。


「まあいいけど。どのみち、この巨体で海まで帰らせるというのも目立ってしょうがないし」


 下からは見えないほど高い位置を飛行させるのならそうそう目立ちもしないだろうが、あまりに高い位置を飛ばせる場合、海同様によくわからない強大な生物がいないとも限らない。

 属性魔法の取得制限から考えるに、リヴァイアサンにとって雷は弱点なのだろうし、そうした空の魔物が『雷魔法』を使ってくる可能性もある。だからといってこの能力値で簡単に負けるとも思えないが、余計な事はしないに限る。

 擬態させて目立たなくするという手もあるが、それでは今度は空が飛べない。空中庭園から陸路で海に向かうのは現実的ではない。

 エンヴィについては、後でモワティエに置いたままのスガルのところにレアが飛び、それから呼べばいいだろう。


「さてと。それで、ヴィネアは何かリクエストとかはあるのかな?」


「やっと私の番ですね! えっと、そうですね……」


 大悪魔については、南にいるとか言うヴィネアの先輩はともかく、他に類似の魔物を知らない。

 ゆえにどういう風にビルドすればいいのかわからず、これまではせいぜい各種魔法を取得させたり、元々あった系統のスキルを伸ばしたり、単に能力値を上げたりする程度にとどまっていた。


 しかし元々、レア自身にしても他に例のない種族である。

 今のリヴァイアサンもそうだが、セオリーだとか、本来どうだとかなどは考えず、とりあえずやれるだけやってみればいい。

 それによって明らかにおかしな方向に成長したとしても、それがなんだというのか。今更の話である。


「その、あのですね。私もその、翼が欲しいです」


「あるじゃないか。黒いかっこいいやつが」


「こういうパタパタした奴じゃなくて! お母様とかサリーみたいな、バサバサした奴です!」


 ニュアンスから察するに、鳥系の翼が欲しいらしい。

 ヴィネアもINTは相当に上げてあるのだから、出来ればもう少し賢い言い方をしてもらいたい。


「……でも、特性としてはそのコウモリ状のでも翼って事になってるしな。たぶん個性の問題というか、種族的な問題なような気がするし、悪魔である以上翼と言ったらそれになるんじゃ」


 今のところ現れてはいないが、レア同様に翼に関係するスキルを伸ばしていけば枚数が増える可能性はある。

 しかしその場合でも増えるのはおそらく現在のものと同じコウモリ系の翼だろうし、鳥系の翼が増えるとは思えない。


「だめなんですか……?」


「だめというか、無理なんじゃないかって話だけど……」


 そんな顔をされても困る。

 さすがのレアでも、システム上無理だろう事は無理だ。

 経験値の損失を度外視するのなら、プレイヤーであれば課金アイテムでホムンクルスからやりなおして天使を目指すという手もあるが、NPCではそれも出来ない。


 しばらく俯いていたヴィネアは何やら決意を秘めた強い表情を浮かべて顔を上げた。

 諦めたのだろうか。いや、そういう目ではない。

 これは多分あれだ。ちょっと自棄になっているときのレアの顔だ。


「──わかりました。じゃあ、サリーのやつを引っこ抜いて私の背中にくっつけます!」


「何がわかったらそんな結論になるんだ! やめなさい!」


「大丈夫です! 再生ポーションで生えてきます!」


「そうじゃない!」


 何て事を言うのか。力技にも程がある。


「サリーの方はそれで良くても、他人から引っこ抜いた翼を自分の背中にくっつけたって、本当にくっつくわけがないでしょう」


「……恐れながら、サリー殿の方も何も良くはないかと……」


 スタニスラフが何か言っている。


「……そうだね。確かにサリーが可哀想だ。やるなら新たに大天使を生みだしてやるべきだな。いや──」


 どうせ新たに生み出すのなら、翼だけとは言わず丸ごとヴィネアに喰わせてしまえばいい。


 傍らのエンヴィを見上げる。

 いくつものヒレが生えているが、果たしてこのうちのどれが本来のリヴァイアサンのヒレなのだろう。色々混ぜてしまったせいで本来のものとは違った形状のヒレになっている可能性も否定できない。


 もしかすると、アルケム・エクストラクタで大天使をぶちこんでやれば、ヴィネアでも天使の羽を得る事が出来るかも知れない。


「それはいい案だスタニスラフ」


「は? はあ、恐縮です?」


 レアはそこらを哨戒飛行していた天使を1人、呼びつける。


「一応、同格程度にはしておいた方がいいかな。バランスが悪いとどうなるかわからないし」


 インベントリから賢者の石グレートを取り出した。









 そしてアルケム・エクストラクタを使い、大天使となった天使をヴィネアに与えたところ──


《眷属が特殊条件を満たしました。あなたの経験値1000ポイントを支払うことで転生できます。眷属の転生を許可しますか?》


 アナウンスがきた。

 転生処理が解決待ちの状態で、条件を満たした場合に出るメッセージに似ている。

 以前にヴィネアを悪魔から大悪魔に転生させた時は、奮発してグレートを使っていた。それは今回素材にした天使についてもそうなのだが、この時に1段階しか上昇しなかった分の残りがストックされていたということだろうか。


 あるいは、転生条件ではなく特殊条件を満たしたというメッセージからすると、本来のルートとしては大悪魔で打ち止めの所に、新たに別のルートが解放されたためなのかもしれない。

 そうだとすれば、レアがかつてハイ・エルフからダーク・エルフルートに入った時のような、横スライド転生に近いものだという可能性もある。

 その際の必要経験値差分が1000なのだろう。


「いずれにしても、当然許可するよ。さて、これで鳥系の羽でも生えればいいんだけど」


 そしてアルケム・エクストラクタから出てきたヴィネアの姿は、大きく変わっていた。

 と言っても、顔や体型が変化したという事ではない。


 キャラクターのデザインはそのままに、まずは黒一色だった髪に白い房が混じり、ツートンカラーになっていた。割合的には半々で、鯨幕のような色あいだ。

 何もなかった頭部からは灰色の角が生えている。

 レアの角のように緩やかなカーブを描いた形状ではなく、ライラの性格、じゃない、角のように異常に捻じれた形状でもない。それほど長くはないものの、まっすぐで先端が丸まった角が二対、4本だ。

 尾は生えたままではあるが、悪魔のそれとは違い、トカゲか蛇のような形状のものに変わっている。角と合わせて見ると、和風の龍のパーツのように見えなくもない。


 そして翼はと言えば、期待通りに天使のような純白の翼を得てはいた。

 しかしその下にもう一対、元の悪魔の翼も持っている。

 それぞれ一対、計4枚の翼がある。


「種族は「天魔」か。まあ、でしょうねって感じだけど」


 その声に反応してか、ヴィネアはぱちりと目を開いた。

 するとすぐに変化している自分に気づき、空中でくるくる回りながら自分の姿を確認する。


 しばらくそうしていたが、やがて確認し終えたのか、再び目を閉じて少し考えるようなそぶりを見せた後、目を見開いて言った。


「──ギリギリ成功で!」


「……そう、よかったね」





《災害生物「天魔」が誕生しました》

《「天魔」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》





 天魔は『光魔法』と『闇魔法』の両方を取得できるようだった。というか、取得させた覚えがない『光魔法』をいつの間にか持っていた。

 もしかしたら弓系のスキルや『真眼』もそうなのかもしれないが、これは『鑑定』取得のためにすでに覚えさせていたためわからない。


 固有スキルは無いものかと見ていると、『他化自在』というスキルを持っていた。

 『他化自在』はアクティブスキルで、対象の能力値をひとつランダムに選び、一時的にその数値を半分にすることで、減らした分だけ自身の能力値を上げるというものだ。


「このスキル……。じゃあ天魔って、第六天の事か。宗教観がブレブレだな……。今さらだけど」


 『他化自在』はツリーになっている。アクティブスキルとしてはそれのみだが、ツリーを成長させていく事でスキルの成功率を上げたり、効果時間を延ばしたり、奪う能力値を任意で選ぶ事が出来るようになったりするようだ。

 元々の目的は翼ではなくヴィネアの強化なので、当然取れるところまで取っておく。


「──これなら、格下相手ならまずまず決まるかな。格上相手と戦う場合は不安が残るけど、対象っていうのが限定されてないから、配下を連れていけば吸い取り要員として活用できるか。それなら格上相手でも有利に戦えるな」


 吸い取って有用なほどの能力値を持った配下なら、弱体化させるよりそのまま戦わせた方が戦術としては合理的な場合もある。しかし一方で、多くの行動判定や抵抗判定で能力値を参照する以上、戦闘力は集められるだけ1人に集めた方がいい場合もある。これは相手や状況によるだろう。その点において選択肢があるというのはそれだけで良い事だ。


「クールタイムもあるし、集められるだけ、ってわけにはいかないけど。

 それより、そうなるとヴィネアにも配下を用意する必要があるってことになるな……」


 不安だ。

 それに配下を与えるとしても、あまり多いといざという時面倒な事になりかねない。

 本人の管理能力も考えると、せいぜい指折り数えられるくらいの数が限度だろうか。いや、親が子供の能力の限界を決めてしまうのは良くないが。


「じゃあ、気が進まないけどサリーのところに行って眷属を──どうしたの、ニヤニヤして」


「いえ、えへへ。その、髪とか羽根とか、半分はお母様に近付けたかなって」


 半分どころか、顔はほとんどレアと同じだし、スタイルに至っては──スタイルに至ってはノーコメントである。

 というか、その言い草だと、じゃあ残り半分は誰なのかという話になるし、髪色や顔立ち的に考えると仮に該当者が居るとするなら──そこで考えるのはやめた。


「……サリーのところに行って、眷属を作ろうか。

 エンヴィは地下室に入れないから、ちょっとここで待っ──うわびっくりした! 擬態ってそんないきなり小さくなるの!? せめて言ってからやってよ! あ、まだ話せないんだっけ。いやいや、今からやるよってイメージを伝えるくらいは出来たでしょ! てか、さすがに完全に人間状態になると服がいるよね、予備あったかな……」


 言いながら何となく既視感があると思ったら、自分の行動がお茶会でよく声を荒げているバンブと重なった。


 なるほど、これがツッコミというやつか。

 彼も大変だ。

 これからはもう少し優しくしてやってもいいかもしれない。






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