第378話「リヴァイアサン」
「種族名から考えてもアナウンスから考えても、海皇ではないみたいだね。しかし最強の海、と言うにはいささか心もとない性能だな」
「そうですか? すでに私より強くないですかこの子……」
ヴィネアが目の前に浮いている巨大な魔物を凝視する。
『鑑定』したのだろう。
迂闊な行動が多いヴィネアには初見の敵には必ず『鑑定』をするよう言いつけてある。
「なんだ。もしかしてやきもちを妬いているのか? この子の強化が一息ついたらヴィネアにも少し経験値を振ってあげるから、少し待っておいで」
「ありがとうございます! ご褒美ですね!」
プレイヤーを撃退したことについての、だろうか。
あれは最終的に撃退したのはレア自身だし、むしろ勝手に外に出て戦闘していた事について咎めるべきなのだが、少し考えてとやかく言うのはやめた。
そんな中にあって、このヴィネアは少々どころか、大変自由で奔放だと言える。
数多くいる眷属で、1人か2人くらいはそういう者がいてもいい。
あまり厳しく抑えつけてしまう事で、ヴィネアの良さをも抑えてしまう事になっても良くない。
ならば思い切って、もうある程度は好きなように行動させる事にし、勝手に行動しても1人でなんとかしてしまえる程度の実力を身につけさせた方がいいのではないだろうか。
そう考えたのだ。
「……まあそうだね。がんばっているようだしね。わたしがして欲しかった事とは少しだけズレてるけれども」
空中でくねくねと小躍りするヴィネアは放っておいて、その前にこの巨大な魔物──最強の海、リヴァイアサンの仕上げだ。
「──ずいぶんと様相も変わってしまったし、わたしの想像するリヴァイアサンとは似ても似つかないけど……」
本来生まれるべきリヴァイアサンがどういう姿の魔物だったのかは不明である。
レア自身やいつかの聖教会の面々もそうであったように、アルケム・エクストラクタなどを多用すると、元の種族とはまったく違った形状になることがあるからだ。
例えばこのゲームで魔王と言えば、金の角と黒い翼が生えている以外はごく普通の人型と言えるフォルムなのだろうが、レアは違う。
頭部に角が生えている、という点は同じだが、その色は金属光沢のある黒であり、角がある本体の下半身は巨大な全身鎧の騎士の頭部に埋まっている。そしてその騎士の下半身の代わりに蜘蛛の身体が生えており、接合部付近からは背後に向かって6枚の翼が広がっている。全高は40メートルを超えており、蜘蛛型の腹の先まで入れれば全長はそれ以上だ。
ゲーム内でもし魔王に詳しい者がいたとしても、さすがにその状態のレアを見て魔王だとわかるとは思えない。
このリヴァイアサンもそれと同じだ。
まずは尾だが、これはエイのそれに似た形状をしている。
元々のエーギルシュガーの尾がクビナガリュウにしては長かった事もあり、その先の方に縦方向にヒレが生えた感じだ。これがおそらくハラヘリコプリオンの尾ビレの名残なのだろうが、両者が合わさった結果、エイの尾のようになってしまったらしい。
その尾から流線型に下半身が伸びており、尾の付け根あたりには笹のように細長い尻ビレが4枚生えている。長い尾も合わせて、パッと見たところでは鳥の尾羽のようにも見えなくはない形状だ。
そしてその前方には、イルカやクジラの前肢のような腹ビレがある。いや、腹ビレなのかどうかはもはやわからないが、とにかく海洋性哺乳類か、クビナガリュウのような肢が生えている。
このあたりまでを下半身とするなら、その先は上半身になる。流線型の形状はそのままに、しばらくいくと腹ビレ以上の大きさの胸ビレのような肢がある。
ここまで見ている限りでは、単にサメ成分が添加され尾が若干派手になった細めのクビナガリュウなのだが、上半身はここで終わっておらず、細くなりながらもさらに伸びている。
その伸びた部分の両側面には翼があった。
いや、翼というか、鳥の翼のような形状をしているが、その質感は翼ではなく魚の身体に近い。よく見てみると羽根の代わりに鋭利な鱗で覆われている。
しかし性質としては翼であるようで、このおかげで『飛翔』を得ており、今宙に浮いているのはそのためだ。
この翼付近の背中側にはサメと言えばおなじみの立派な背びれが生えているが、ここまで来ると逆にそのおなじみぶりが浮いて見える。
そしてその先に向かって身体はさらに細くなっていく。翼の上を首と言うなら、この伸びている部分は首になるのだろうが、その首の先についているのはクビナガリュウの頭部でもサメの頭部でもない。
ヒト型の上半身だった。
頭部の代わりに人の上半身を持ち、鳥の翼のような巨大なヒレを備えた、サメっぽいが異常に細長いクビナガリュウ。
それが目の前のリヴァイアサンである。
レアの知る限りこれに近い生物は居ないため、何と説明していいかわからないが、とにかくそんな姿だ。
鳥のような翼やヒト型の上半身は、おそらくハーピィを添加したせいだろう。
数体混ぜ込めば『飛翔』も取得できるのではというスタニスラフの助言を受けてやってみたのだが、その目論見自体はうまくいったものの、想定外にエキセントリックなビジュアルになってしまった。
そのせいかどうか、転生時の選択肢には「セイレーン」や「スキュレー」といったものもあった。
ドラゴンであるにも関わらず、エーギルシュガーはもともと『天駆』を持っていなかったので、それがないのは構わない。
しかし頭部を失ったせいか、ハラヘリコプリオンの丸鋸らしきものは消えてしまったようだ。
ではブレスはどうかと言えば、こちらは残っている。
あの人型の口から吐くのだろうか。元がハーピィだからか特性には美形もあるし、ちょっと想像できない。
「擬態、っていう特性があるな。これ変態の下位特性みたいなものか。特性を弄ったりは出来ないようだけど、一時的に人類種のどれかに擬態出来るみたいだ。なるほど、この特性と魚系の下半身と人型上半身があったからスキュレーが出たのかな」
スキュレーにしていたら、下半身にイヌ科の頭部も得ていたのだろうか。
あるいは逆に、スキュレーが選択肢に出るほど「人間離れした人型水棲生物」だったから擬態も取得できた、のかもしれない。
「何にしても、まずは名前をつけてやらないとね。ハーピィを数体混ぜた時点ではシレーネとかにしようかと思っていたんだけど……」
選択肢にもあった、セイレーンをイメージしての名前である。
セイレーンというのは、元々は鳥の翼を与えられた哀れな乙女の事だったが、羽根と鱗を誤解して記された文献からいつしか半人半魚の乙女と言われるようになったという説がある。石像や古い図板からでは鳥の羽根なのか魚の鱗なのかを見分ける事が困難だったのだろう。
このリヴァイアサンの持つ翼も、まさにそれを暗示しているとも言える。
その件も含めて名前はシレーネでもいいのだが、リヴァイアサンであるというならもっとふさわしい名がある。
「よし、きみの名はエンヴィだ」
それを聞くと、エンヴィは長い首をくねらせ、人型の上半身──というかヒト部分の顔をレアの胸元に擦りつけてきた。
ベースにしたのがエーギルシュガーだったためか、『使役』した当時と精神性は変わっていないらしい。
「INTはかなり上がってるから、賢くはなってるはずなんだけど……。言葉を教えたりすれば精神的に成長してくるのかな。まあそれはカルラたちと一緒にまとめてやるか」
改めてステータスを見てみる。
巨大であるという特性もあるが、それを差し引いてもSTRやVITは驚異的な数値だ。当然、それによって生み出されるLPもかなりの量である。AGIも高い。これなら高速で泳ぐ事も出来そうだ。
水や氷系の魔法を初めから持っているためか、INTも高めなようだ。MNDもVITに迫るほどの高さであり、これであの甘えぶりというのはやはり納得いかない。
DEXはやや低めではあるが、それも他の能力値と比べればの話であり、一般的な災厄級よりは高いと言っていいだろう。
そしてなんと言っても、おそらくリヴァイアサンの固有スキルだろう『
その効果は「海中または海上にいる場合、与ダメージ増加、被ダメージ減少、行動判定成功率上昇、LP自然回復量上昇、MP自然回復量上昇を得る」というものだった。
行動判定について何も言及されていないという事は、あらゆる判定にボーナスを得られるものだと考えられる。エンヴィは氷系の範囲即死魔法『グレイシャルコフィン』をすでに持っているようだが、あれは範囲攻撃であることと引き換えに他の即死系スキルより成功率が低めに設定されている。海に居る間、その成功率にボーナスがかかるとなると、海に限ればユーベル以上の即死能力だと言える。
そのほかには見覚えのないスキルは無いようだが、そもそもブレスや魔法も強力なものばかりだ。
戦闘力については確かに、ヴィネアどころかレア配下の中でも有数の高さと言えるだろう。
これがもし敵として現れたとしたら、いかなレアでも楽に勝つのは難しい。
強化の方針としては、能力値については後で適当に上げておくとして、せっかくINTも高いのだしまずは魔法をそろえてやりたい。
「とりあえず、他の属性魔法もひととおり──おっと、『雷魔法』と『火魔法』は取得できないのか。光と闇を両方取れないのと同じかな。エンヴィはそれは両方取得できるみたいだけど」
このところ『光魔法』と『闇魔法』の両方を取得できる者が多すぎてありがたみが薄れてきている。
アンデッドでありながら『復活』が取得可能であった、ブランのところのグラウのような例は別として、今のところ両方取得出来たからと言って別にいい事があるわけでもないが。
エンヴィにしても、『火魔法』と『雷魔法』が取得できないとなると最大火力や発動速度の面で若干のハンデを負った形になるが、この能力値の高さに加えて『海内無双』があるのなら、『グレイシャルコフィン』さえあれば別に他は要らないとも言える。
しかしひとつの武器に頼った戦い方では対策を取られやすくなってしまうし、手数の多さは重要だ。
特に単騎で運用する予定のエンヴィや、あとヴィネアもだが、彼女らであればなおさらである。
「光と闇は別としてもだ。6属性の魔法のうち、2つが取得できないとなると、もしかすると同様の存在があと2種類いるってことなのかな。
だとするなら三頭一対、残りはベヒモスとジズか。リヴァイアサンが最強の海なら、二つ名は差し詰め完璧な陸と最高の空といったところか」
「──お母様、終わりましたか? ご褒美はまだですか?」
「自由だなヴィネアは! もうちょっとで終わるから、まだ踊ってなさい」
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