第377話「ダイナミック庭仕事」
階段を昇り、要塞の屋上から外に出てみると、空中庭園の庭園部分では戦闘が行われていた。
プレイヤーが戦っている。
レアの用意したギミックをクリアし、ここまで登ってきたようだ。
皿型の空中庭園のさらに外に用意してあるゴーレムやエルダーロックゴーレムには、一定以上のダメージを受けた場合は死んだふりをするよう言いつけてあった。このプレイヤーたちは倒れたゴーレムたちをよじ登り、庭園の上までたどり着いたのだ。
倒れて積み重なったゴーレムたちは階段というにはいささか大雑把で大きすぎる段差だが、ゴーレムを倒せるほどのプレイヤーなら身体能力で乗り越えるのも造作もないはずだ。
ゴーレムには岩に擬態している間、LPもMPもまったく見えなくなるという性質がある。これにより、ゴーレムの死んだふりを見破る事は非常に困難になっている。完全な岩に戻ったと勘違いして登ってきてくれるだろうと考えての措置だったが、うまくいっているらしい。
まるで死んだふりをして階段になるべくして生まれてきたかのような種族である。なんだそれ。
しかしエルダーロックゴーレムを倒せるほどの実力なら、番犬代わりの天使たちではそう長い間はもちこたえられない。このプレイヤーたちはいったいなぜこんな所で油を売っているのか。と思ってよく見てみれば、ヴィネアがプレイヤーたちを手玉に取っていた。
「──ああ、要塞の中にいないと思ったら……」
ディアスとヴィネアには、この要塞のフロアボスの任を言いつけてあった。
外に出る為に通りがかった時、ディアスは確かに要塞の最上階で階段を守っていたのだが、ヴィネアの姿は無かった。気にはなりつつも、本人含めて誰からも特に連絡はないし、なら別に問題が起きているわけではないのだろうと思っていた矢先にこれである。
「……まあ、ヴィネアについてはすでにプレイヤーに公開してしまっているし、彼女に与えた仕事はプレイヤーによる庭園侵略の阻止だから、別に問題ないと言えばないのだけれども」
しかし確か、レアはこう言ったはずだ。
ディアスと共に、要塞の最上階でこれを攻略しようとするプレイヤーを阻止せよと。
だというのに、ディアスはきちんと言いつけ通りに最上階で待ち構え、ヴィネアはこうしてお外で遊んでいる。何故なのか。
レアは屋上から『天駆』で飛び立ち、嬉々としてプレイヤーに魔法の雨を降らせるヴィネアに近づいた。
「──ヴィネア」
「『イヴィル──』、あ、お母様」
放とうとしていた魔法を途中でキャンセルし、ヴィネアが振り返る。
下にいるプレイヤーには全く注意を払っていない。今のところ致命的な攻撃をしてきた者がいないせいだと思われるが、少々危機感に欠ける行ないだ。これも注意する必要がある。
「もう一体来た! 前にも出てきたやべえやつだ!」
「あの姿……。あいつが第七災厄、マグナメルム・セプテムだ! 前回休みだったメンバーは覚えておくんだ! 草原で戦った時とは随分様子が違っているが、あれが──え? おかあさま?」
「お、おお、おい、お母様ってなんだ? 顔が似てると思ったら、あれ親子なのか!?」
「産んだのか!? 父親は誰だ!?」
「てか、娘の方が胸がでか──」
「──『
眼下で騒ぐプレイヤーたちの会話から聞き捨てならないワードが聞こえてきたため、発言者を強制的に退場させた。
レアにとっては可愛い娘でもあるヴィネアの体型を、太っていると揶揄するなど決して許すことはできない。
「う、うわぁ! いきなり死んだぞ!」
「即死魔法だ! 情報にあっただろ! 余計なこと言うからだバカ!」
情報にあったというのは即死魔法の件なのか、それとも余計なことの方なのか。気にはなるが、尋ねようがない。
それはともかくとしても、ヴィネアの出生について余計な憶測をばら撒かれても気分が悪い。
娘と言ってもあくまで遺伝子上の事であり、物理的に出産したわけではない事は伝えておく必要がある。
「──不躾な事を言ってくれるね。この子は確かにわたしの娘だが、別にわたしが産んだというわけではない。かつてここにいた大天使、あれを研究した結果、新たに創り出すことに成功した大悪魔だよ」
確かにわたしの娘だが、のあたりでヴィネアがくねくねしていたが放っておいた。ほんの少しだが、ライラと近いものを感じる。ヴィネアはレアに似ているらしいが、つまりレアの中にはあのライラと共通する性質が眠っているという事だろうか。勘弁してほしい。
「だ、だいあくま……?」
「それって確か、南のどっかにいるとかいう六大災厄の……?」
「新たに創り出した……って、つまりこいつ、災厄級を新規に創造できるってことか?」
それほど仲が良いわけでもないのに「こいつ」呼ばわりは若干癪に障るが、その程度の事でいちいち怒っていたらキリがない。寛大な心で聞かなかった事にしてやった。あの広大な海を見た後では、この程度で苛立つ自分が小さく思えてしまうからだ。
「ともかく、そういうわけだから。たぶん今のきみたちじゃあこの子の相手はまだ務まらないだろうし、今日のところは引き下がりたまえ。わたしもこれからここでする事があるし」
レアの言葉にプレイヤーたちは再びざわついた。
「……マジかよ、確かにイベントでもないのに災厄級に挑むっつーのはリスクが高すぎるけど……」
「……てか、する事があるって、何する気なんだ?」
「……何にしても、自分ちの庭でやる分には警戒の必要性は薄いだろ。さすがにこの場所で何かしたせいで、どこかの国が消し飛ぶなんてことはない、はずだ」
内緒話ならフレンドチャットでしてほしい。
あるいは、ここから去った後にゆっくりと存分にすればいい。
「帰宅の手段はこちらで用意しよう。きみらは死んでもどこかから復活するんだろう? そら、『タイダルウェイブ』」
「いきなりかよがぼぼっ」
「俺泳げな──」
泳ぎの心配などする必要はない。
仮にも上位の範囲魔法だ。水にはダメージ判定もある。
本気というわけではないせいか、中にはかろうじて生き残っている者もいるようだが、ただ死ぬまでの苦しみが延びるだけだ。
「世話のかかる事だ。『ライトニングシャワー』」
「──よし。さっぱりしたな」
庭園は水浸しになってしまったが、プレイヤーは一掃出来た。
周囲の警戒用で飛ばせている天使たちからも、庭園の上にはマグナメルムの関係者以外はいないと報告を受けている。『真眼』を持つ天使たちの警戒網を掻い潜れる者がいるとしたら、いつかの変態2人組か野生の悪魔くらいだろう。少なくとも今はレアの『魔眼』の感知範囲内には不自然な空洞は存在していない。
「次は……」
タイダルウェイブで水浸しになった地面に『地魔法』で穴を掘った。魔法でへこまされた地面に、これも魔法で生みだされた水が少し溜まる。
この分なら魔法だけでも池が作れそうだ。
要塞を囲む水濠のように地面を掘っていく。といっても、要塞の全てを囲ったりはしない。それが目的ではないし、要塞の背後には土や岩を積み上げて山が作ってある。濠はそこまでは伸ばせない。
作業をするレアにくっついて飛んでいるヴィネアや、庭園に植えたトレントたちにも協力させて濠、というより細長い人工池を完成させた。
「よし、仕上げだ。『タイダル──』、おっと、そうだね」
魔法で水を満たそうとしたところ、周囲のトレントたちから思念で待ったがかかった。
『タイダルウェイブ』では威力が強すぎてせっかく掘った池が破壊されてしまう。水を満たすだけならトレントたちで数を頼みに魔法で飲み水を生み出したほうが結果的に早い。
その意見を採用し、庭園中のトレントたちが池に水を入れるのを上空から眺める。
「なんか、あれだな。庭の木々が自分たちで庭を手入れしているみたいな光景だな……」
これ以上ないほど奇妙な光景だ。
しかし今後もこの手の作業を継続して行なってくれるのであれば、空中庭園はある意味メンテナンスフリーの施設とも言える。こんなことなら、山や要塞もゴーレムで作っておけばよかった。もしどこかで水そっくりのスライムでも見つけられたら、池もそれでやれるかもしれない。いや違う、目的が逸れている。
ついでに山側から水を引けるように川も掘らせ、山頂で定期的に『氷魔法』を発動する係のトレントも決めて、ひとまず空中庭園の水回りは完成した。
癪だが、緩やかな沢を用意するなら教授の提案は悪くない。現実の雪解け水のようなものだ。
これで池に十分に水が回れば、溢れ出した水はやがて支流を伝って地表にこぼれおちていく事だろう。
「ギリギリだけど、この大きさならとりあえず身体は入るかな。よし『召喚:ハラヘリコプリオン』」
上空で『召喚』したハラヘリ子は、一瞬その巨体を空中でくねらせると、池にばしゃりと落下した。
ばしゃりと、というか、ズシリと落下し、池の水をすべて撥ね上げて泥まみれになった。
水と泥をひっかけられたトレントたちから抗議の念が伝わってくる。
「……いや、悪気はなかったんだけどね……。まだちょっと小さかったみたい。あと悪いんだけど、ちょっと水追加してあげて……」
そしてレアはハラヘリコプリオンに『回復魔法』をかけた。
落下の際に受けたダメージに加え、陸上では呼吸が出来ないせいか徐々にLPが減ってきていたからだ。
「どのみち、この程度の池じゃ長くはもたないな。ハラヘリ子はトレントたちに水かけてもらって何とか維持するとして、作業を進めた方がいいか」
ハラヘリコプリオンの隣に今度はエーギルシュガードラゴンを『召喚』する。
こちらは水棲とはいえ爬虫類だ。陸上でも呼吸は出来る。むしろ水中の方が呼吸が苦手なはずだ。この2体が海面付近で戦闘していたのはエーギルシュガードラゴンの息継ぎのためだろう。
現実であれば、浮力がなければ自重でダメージを受けてもおかしくないほどの巨体だが、相応にVITが高いおかげかそういう様子はない。これはハラヘリコプリオンも同様である。今はあくまで呼吸困難でスリップダメージを受けているだけだ。急がないと。
「ついでだ。『召喚:スタニスラフ』」
「──およびでしょうか、陛下」
「ああ。アルケム・エクストラクタをここに」
「は」
エーギルシュガードラゴンの強化を考えた時、真っ先に思いついたのは、自身を殺しかけた相手を喰わせることだ。そうすれば少なくともハラヘリコプリオンの戦闘力は超えられるはずだ。ハラヘリコプリオンには悪いが、ここはエーギルシュガードラゴンの糧になってもらう。
*
「──まだ弱いな。それに、今回みたいに陸に呼ぶ事があるかもしれないし、水中でしか活動できないというのは──」
「でしたら、こういうのは──」
「なるほど、それはいいな──」
*
「──よし、うまくいったぞ。じゃあ仕上げに賢者の石グレートを」
「こちらに」
「用意がいいな。よし投入。おっと、選択肢がたくさん出てきたぞ。まあいいか。せっかくだし、きみは一番強そうなこれで──って、5000も取るのか! 世界樹並だな!」
*
《災害生物「最強の海」が誕生しました》
《「最強の海」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》
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