第376話「子ダヌキ」





「ただい──」


 空中庭園の地下研究室にいる、空中庭園のアリたちを統括しているクィーンベスパイドをターゲットに移動した。


 すると『召喚』のエフェクト終了と同時に何者かに攻撃を受けた。

 しかし長年の鍛錬によって身体に染みついた技が半ば自動的にレアのアバターを動かし、襲撃者の腕をとり、捻り上げて空中で身体ごと一回転させ、石畳の床に叩きつけると、その喉をブーツで踏み抜いた。


 本来は気道を潰して戦闘不能に追い込む程度の技であるが、魔王の能力値でこれをやると大抵の相手は即死する。

 足を退けてみると、首を踏み潰されて頭が胴体から離れてしまっているが、襲撃者はなかなか可愛らしい顔立ちをした少年のようだった。知らない顔だ。


「──ま。

 ……咄嗟の事で手加減できなかったんだけど、これ誰?」


「──おかえりなさいませ、陛下。申し訳ありません。私が止めるべきでしたが、気づいた時にはすでに事が終わっておりました……」


「いや、実害もなかったし別にいいけど」


 サリーが恐縮して頭を下げた。クィーンベスパイドも同様に小さくなっている。

 しかし位置的に考えて、サリーやクィーンがレアより早く対処するのはおそらく無理だっただろう。レアはサリーたちの近くに出現したのだが、この少年が襲ってきたのはそちらとは反対側からだった。


「──ああ! ダクツヴァイ!」


 そこへ教授が駆け寄り、倒れた少年の身体に縋りつく。


「……教授の知り合い?」


「森エッティ、まずは陛下に謝罪なさってください。これはあなたの落ち度ですよ」


「森エッ、え? あだ名? 呼び捨て? 仲良いな……」


 知らないうちに教授とサリーはずいぶんと打ち解けたようだ。そこはかとない疎外感を覚える。


「……そう、そうだな。申し訳ない。この子は私が生みだしたホムンクルスなのだが、戦闘特化でビルドしたせいか、外敵に対して敏感でね。たぶん、部屋に突然知らない人物があらわれたので、反射的に攻撃を仕掛けてしまったのだと思う。許してほしい……」


 教授は珍しく素直に謝っている。

 少年の頭を抱きかかえようと教授が手を伸ばしたところで、少年は光になって消えていき、後にはくすんだ宝石だけが残された。

 肩を落とすタヌキの姿に多少ならずも憐憫を覚えたレアは、とりあえず蘇生してやることにした。

 ふてぶてしくない教授の姿は調子が狂う。

 必要以上に罪悪感を覚えてしまう。


「なるほど。教授の子か。びっくりするほど似てないな。『復活レスレクティオ』」


 レアから放たれた魔法の光が、くすんだ宝石のある辺りに降り注ぎ、光はやがて人の形になっていく。


 いつかの大天使戦でも見た光景だが、死亡した場合にドロップアイテムを残して消えるタイプの魔法生物は、蘇生の対象が死体ではなく場所になる。空間的な位置座標とでも言えばいいだろうか。

 死体を残すタイプと違い、蘇生対象の死体を破壊される事で蘇生不可能になるリスクはないと言えるが、代わりに蘇生場所を移動できないというデメリットも持っている。

 蘇生時にその場に余計な物があった場合にどうなるのかは今目の前で判明しつつある。光のヒト型に押し出されるような形で無垢なる心臓がズリズリと移動していた。サリーがそれを拾い、天使創造用のストック置き場に置いた。使うんだそれ。

 死体を残さないタイプのメリットがもうひとつあった。このようにアイテムを増やせることだ。

 もっともこれも、今回は死亡時に敵対状態だったから可能だっただけで、仲間内でわざとやった場合は制限がかかる可能性があるが。


「おお、これが噂の蘇生魔法か!

 ──ダクツヴァイ、私がわかるかね?」


「……うん……。ああ……先生……? ここは……ぼくは……?」


 僕ショタとは業が深い。しかも自分の事を先生と呼ばせているらしい。大丈夫なのか。


 目を覚ましたダクツヴァイはまず教授を見て、それから周囲を確認し、レアの姿を見て固まった。

 以前にどこかの大熊をキルした時と同じだ。自分を殺した相手が誰なのかわかっているのだろう。


「──きみの反応速度と闘争本能は称賛するが、次回からは相手を見て喧嘩を売るといい。でないと失わなくてもいい命を失う事になるよ」


 安全であるはずの拠点で、奇襲に近い形で一方的に攻撃されたものの、レアはダクツヴァイを咎めるつもりはなかった。

 教授が言うように、突然現れた知らない人物を反射的に攻撃したというのは本当だろう。

 ではなぜそんなことをしたのかと言えば、それは主である教授を守ろうとしての事だ。

 そのためにレアに攻撃を仕掛けたというのであれば、彼の忠誠心を讃えこそすれ、咎める道理はない。

 強いて言うなら教授に対して、もっとちゃんと躾けておけと文句を言うくらいだろうか。それも先ほどの気落ちした様子を思えば言いづらいが。


 レアの声を聞いたダクツヴァイは飛び上るように身体を起こし、脱兎のごとく走り去り、地下室の支えとして幾つか立っている石柱の陰に隠れた。

 そこから顔だけを出し、レアを見てぶんぶんと頷いている。今の言葉に対する了解の返事だろう。

 かわいらしい仕草だが、それほどまでに恐るべき相手の目の前に主を置いたままでいいのだろうか。やはり妙なところで教授に似ているような。


「まあ、元気があってよろしい、という事にしておこうか。ところで、あの子が教授の研究成果ということでいいのかな」


「寛大な処置に感謝する。あれにはよく言い聞かせておこう。この部屋に突然現れる者があったとしたら、それはマグナメルムの関係者しか有り得ないと。

 それで、研究成果だったね。それならきちんとレポートに纏めて、提出物置き場に置いてあるとも。ほら、そこの棚がそれだ」


 きちんと置き場を決めて職場を管理するというのは4Sの基本だ。と、どこかで聞いたことがある。実に感心な事だなどと考えながら棚を見てみた。


「なるほど。で、あの棚の中のどれがレポートなんだい?」


「すべてだが?」


「……なるほど」


 棚は最上段の一列がすべて紙の束で埋められていた。

 紙の束と言っても、無造作に詰めてあるわけではない。

 何枚かごとに紐のようなもので綴じられ、冊子状になって整然と並べられている。らしいと言えばらしい几帳面さだが、あれを全部確認しなければならないのかと思うと気が滅入る。


 ちらり、とサリーに目をやった。


「……後ほど、不要な情報は排除し、要点のみまとめておきます」


「頼むよ。ペアレに居るレミーを呼んでも構わない。内容によっては喜ぶかもしれないよ」


「それは……、はい。いえ、どうでしょうか……」


 サリーはここで教授の監視をしていたはずだし、今すぐレアに報告すべき内容があれば言ってくるはずだ。

 それがないということは、教授の研究は緊急性のないものがほとんどであるか、直接レアにとって有益ではない内容ばかりなのだろう。


 確かにホムンクルスの持つ可能性については興味があるが、興味があるという以上の価値は感じられない。今のところ、ホムンクルスからしか転生できないのだろう存在は天使や悪魔くらいしかない。以前に聞いた他の選択肢は、どれも天然で存在しているだろう生物ばかりだった。

 レアがホムンクルスを生み出すには配下にやらせるしかないが、幻獣人となったレミーが今でもホムンクルスを生み出せるのかどうかは不明だ。もし無理な場合、改めて別の誰かに『錬金』を極めさせる必要がある。

 そんな面倒な手順を踏むくらいなら天然物を捕まえてきた方が早い。


「報告書は後で確認させてもらうとして、ホムンクルスを育成まで進めているという事は、とりあえずは実験は一段落したって事でいいんでしょう? 名前から言っても、あの子は2人目なんだろうし」


「うむ。ダクアインは私の助手として各種研究を手伝ってくれている。ダクツヴァイが踏み潰されるところを見てどこかに隠れてしまっているが……」


「隠れても無駄だよ。わたしの眼には視えている。──いや冗談冗談。視えているのは事実だけど、別にどうこうするつもりはないから」


 言葉の途中で激しく動揺する気配が感じられたので訂正した。

 レアには別にダクアインとやらを攻撃する理由はない。


「じゃあ、アルケム・エクストラクタはわたしが使ってもいいかな。ちょっとやりたいことが出来たんだけど」


「もちろんだとも。元々あれはレア嬢の物だしね。あれのおかげでいろいろ楽しい実験が出来た。よければまた貸してほしいのだが……」


 アルケム・エクストラクタのそばではスタニスラフも満足げな表情をしている。彼にとっても楽しめたらしい。

 そうであるなら断る理由はない。


「いいよ。用が済んだらすぐここに戻すね」






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