第373話「全ヒューマンの代表者」
「──で、あっちのやつがグレートシースラッグです。こいつも動きは遅いですが、重さはあるので、のしかかりみたいな攻撃をされると初心者だったら即死もあり得ますね」
「……えっと、さっき紹介してもらったギガントアプリーシアと区別がつかないんだけど……。色違い?」
「全然違いますよ! よく見てください! さっきのやつはツノ状の表皮が少し長めで──」
波止場からも砂浜からも離れた岩場の多い
砂地で戦闘をすることになるようなら足場も不安定だし気をつける必要がある、などと考えていたが、どうやら砂浜には魔物はいないらしい。空いていたのも完全な観光スポットだからだろう。
もちろんゴツゴツした岩場も慣れていなければ危ないので、レアは少し浮いた位置を『天駆』で歩いて行動している。これも本来なら不必要にMPを消耗する無駄な行為だが、その程度のコストならレアにとっては誤差のようなものだ。安全や見栄のためにも、岩に足を取られて転んでしまう方が問題だ。
そしてそんな岩礁海岸に多く生息しているのが、今マゼランが解説してくれている大型の軟体動物たちだった。
おそらくナマコの仲間のようなものだと思われるが、どれも似たような姿をしていてレアには区別がつかなかった。
これらはどれも体長2メートルから3メートルほどのサイズをしており、中には体高が人を越えるほどのものもいる。
マゼランが言うように動きは遅いが威圧感はあり、急にこんなモンスターに襲われれば初心者であればパニックになってしまうだろう。そのまま潰されて即死してしまうのも十分あり得る事だ。
見た通り打撃に対する耐性が高く、マゼランが何度か殴ってみせてくれたが、相手は全く気にする様子もなかった。打撃ではかけらほども敵対心を稼げないらしい。
マゼランがこれらの魔物の種類について口うるさく言っているのには理由がある。
これらの魔物の中にはどうやら、表皮に毒を持つタイプがいるらしいのだ。ギガントアプリーシアの亜種でポイゾナスアプリーシアというらしい。
「──あ! 気をつけてください、あれは!」
「うん? 何かいた?」
戸惑うレアの前に立ち、マゼランが見据える先にはさらに巨大なナマコがいた。やはりレアには区別がつかない。
「あれはアーマード・コノワター! 恐ろしいアンデッドモンスターです!」
「……アンデッドなのあれ。全然わかんないんだけど……。てかアンデッドいるんだ……」
そう言われれば確かに、ぬらぬらとした表皮の色が他と比べて黒ずんでいるようにも見えるし、どことなく腐敗臭もするような気がする。いや気のせいかもしれない。磯の香りと言われればそんな気もする。やはり違いがわからない。
マゼランは後ろ手にレアを抑え、レアをアーマード・コノワターから遠ざけんとするかのようにじりじりと後退しようとしている。
「アーマード・コノワターは見ての通りアンデッドで、その表皮にはポイゾナスアプリーシア以上の強い毒を持っています! さらに周囲に薄い毒の霧を展開する事もあり、うかつに近づけば気付かないうちにダメージを負わされてしまいます! この霧は水の中でも有効で、そうして死亡したシースラッグやアプリーシアたちをゾンビとして蘇らせ、アンデッドの群れを拡大していくという生態を持っています!」
「いや見ての通りって言われてもわかんないし、ていうかアンデッドなのに生態ってなに……?」
「おまけにこいつは追い詰めると口から腐敗した内臓を吐き出す攻撃をしてくる事もあります! この内臓にも猛毒があり、LPが低いNP──現地人が受けてしまえばまず助かりません!」
「へーそうなんだ……」
以前からレアは時折、自分たちだけが違うゲームをしているかのような錯覚を覚える事があった。
しかしそれはどうやら誤りだったらしい。実に傲慢な考えだったと言える。
今この一角はどう見ても、他のプレイヤーともレアたちマグナメルムとも違う世界観の中にある。
特別なのはレアたちだけではない。
先の、カードゲームを売ったりしている者にしてもそうだろう。
このゲームにおいては、すべてのプレイヤーが、それぞれ自分だけのゲームをプレイしているのだ。
しかしあまり羨ましく思えないのはなぜだろう。
「こいつを倒すには、打撃攻撃以外で、しかも短時間で仕留める必要があります。シースラッグやアプリーシア同様LPがかなり多いモンスターなので、ある程度の実力がないと相手にするのは危険です……」
マゼランは緊迫した空気を漂わせている。
『真眼』で見えるLPは確かに多めと言えば多めだが、別に大したことはない。『魔眼』で見えるMPに至ってはゴブリン程度の量しかない。しかもアンデッドであるというならレアの持つスキルで完全に支配してやることも可能だろう。
通常の手段だけでこれを倒そうとするなら確かにそれなりに攻撃力が必要だろうが、例えばウェイン程度でも十分1人で対処できそうな気がする。つまり雑魚だ。
「……下がってください、刺激しないように……」
レアがあれに対して何か刺激的な行動を取れば、おそらくその時点であれは死亡してしまうだろう。だから恐れる必要などない。
それを証明するというわけではないが、なおも後退しようとしたマゼランの脇から半身を出し、魔法を放った。
「──いや、大丈夫だよ。『セイクリッド・スマイト』」
『魔眼』で発動しても良かったが、同行者にもわかりやすいよう敢えて声に出して言った。
協力プレイではそういう配慮も必要だ。それを考えると『魔眼』の『魔法連携』というのは実にソロ向きのスキルと言える。単体で戦うようデザインされている魔王ならではである。
レアの右手から放たれた聖なる光は一直線にアーマード・コノワターに向かい、その巨体に突き刺さった。光は一瞬だけドーム状に膨らむと、その直後にまるで柱のように上空に向かって余剰エネルギーを放出し、消えていった。
アンデッドナマコの居た場所には何も残されてはいない。
「……え……。な、何が」
「何という事もないよ。ただの『神聖魔法』だ」
「しんせい……。あ、もしかして、今のはセプテムさんが?」
見ていなかったのだろうか。
そうだとしても、アンデッドが突然ひとりでに光って消えるなどあり得ない。何だと思ったのだろう。
いやナマコのアンデッドの生態については明るくないので、実はそういう行動も稀にしているのかも知れないが。
「つ、強いんですね」
「まあ、それなりにはね。きみは忘れているようだけど、わたしはこれでも一応いくつもの都市を滅ぼしてきたりしてるからね」
この程度の攻撃で驚いてもらっては困る。
魔法やスキルを使わずに通常攻撃だけで戦ったとしても大して結果は変わらなかっただろう。
打撃耐性が高いと言っても別に打撃に対して無敵なわけではないし、この程度ならたぶん、殴ったり蹴ったりといった攻撃でも貫通出来たような気がする。
表皮の毒とやらもレアの抵抗を突破出来たとは思えない。
魔法を使ったのは単に目の前のマゼランが邪魔だったのと、接近して服や靴が汚れるのが嫌だっただけだ。
「そ、そか、そうでしたね」
一歩距離を取られた。
*
「──ううん。けっこう色々教えてもらって助かったけど、やっぱりちょっとなんていうか、なんか違うかなって」
「違う? とは?」
レアが求めていた「海の魔物」はこういうやつではない。いや、これらも十分海の魔物だし、ビジュアル的なインパクトは相当なものだったが、配下にして何かの役に立つという感じではない。見ている限りではINTも低そうだし。
「もっとこう、泳ぎがうまいとか、水中での動きが速いとか、そういう……」
「何を言うんですか。シースラッグもアプリーシアもコノワターも泳ぎますよ! 水中で彼らに襲われたら、ヒューマンじゃまず助かりませんって!」
「そうなのか……。いやどうかな……」
レアの中でのヒューマン代表・ウェインが海パン一丁で海を泳ぐ姿を想像する。どこかの変態と違って毛の生え具合がわからないので、手脚はつるつるした状態だ。別にそこを頑張って想像してもいいことはないのでこれでいい。
想像の中の海で、泳ぐウェインに巨大なナマコが襲いかかった。
ウェインは手にした異常に切れ味がいい片手剣でナマコを迎撃する。
踏ん張りがきかない水の中である。当然腰の入った斬撃をお見舞いする事は出来ないが、あの剣であれば適当に振ってもナマコ程度なら斬り裂けるだろう。
斬られたナマコは驚き、ウェインに毒の詰まった内臓をぶちまける。
不意を突かれたウェインは内臓の直撃を受け、毒におかされながらナマコと共にゆっくりと沈んでいくのだった。
「……なるほど。確かにそこらのヒューマンでは、慣れていなければ苦戦するかもしれないな」
「その通りです。侮るのは危険ですよ」
「うん。肝に銘じ──じゃない、危険かどうかではなくて、もっと普通に優雅に、出来れば大洋を横断できそうなくらい機動力の高い生物が見たいんだよわたしは」
「だけど、磯や砂浜じゃあ、大型の水棲モンスターとなると今みたいなやつらしか」
「じゃあもっと別のところに連れて行ってよ。少し沖の方に出てもいいからさ」
「え、お、沖って……。泳げるんですか? ていうか、み、み、水着とか持って──」
「泳がないし、着替えないし、そもそも水には入らないよ。そういう余計な心配はいらないから、心当たりがあるなら早くして」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます