第371話「うわ来た!」(伯爵先輩視点)





「──頃合いか」


「は。おっしゃる通りかと」


 静謐な空気の満ちる古城の一室にて、デ・ハビランド伯爵は呟いた。

 それを従者である上級吸血鬼ヴァイスが拾う。


 かつては一時、この古城も騒がしい時期があったが、今はすっかり伯爵の愛する静けさを取り戻している。

 こうなってみると不思議なもので、あの騒がしい気配もどこか懐かしく、恋しく思えてくるものだ。毎日ああではさすがに困るが、たまにであればあってもいい。

 もっともここ最近は、その騒がしさの元凶の足も古城から遠のいているようだが。


 つい先日、一度ヴァイスを使い遠まわしに里帰りの催促をさせてみたのだが、何故かヴァイスはその話をせず、何やら怒りながら帰ってきた。

 ミスのない執事にしては珍しいことだ。

 それはそれで面白い見物であったため不問としたが、そうこうしているうちに伯爵自身がこの城より出陣する時が来てしまった。


 すでに時は満ちている。


 ブランが挨拶に来るのを待つつもりではあったが、ヴァイスのこの様子では待っていてもいつ来るものかわからない。

 どうせ、あれがいる街は通り道だ。

 そこで会えるようならからかってやればいい。





***





【☆3】旧ヒルス エルンタール Part3【ダンジョン個別】









54:パーネ・唐沢

おいおいおいおいダンジョンの外までアンデッドが溢れてるんだが?


55:茶バッタ

溢れてるってレベルじゃない件

どっから来てんだあれ、東の方か?


56:ババロシア

わからん

ヴェルデスッドだったか☆1ダンジョンよりも東から来てるらしいことは確か


57:チョメ

イベント終わったと思ったらもうこれかよ


58:バラキー

もう次のイベ?

なんかプレイヤー考案のイベントもやるようになるって言ってたけど、誰かが企画した奴?


59:茶バッタ

そういやそんな話あったな

でもそうだとしてもさ、企画したからっつっていきなりアンデッド溢れさせたり出来るもんなの?


60:チョメ

知らんが、実際のイベント進行はNPCに丸投げ出来るっぽい事も書いてあったし、アンデッドをNPCだと判断するならそれもありなんじゃねーの?


61:ジーンズ

つまり、マグナメルム・セプテムがオーラル王国を侵略するシナリオを書いて提案して、それが通れば最終戦争が起こせるという可能性もあると


62:バラキー

知らねえし、てかアンタ誰だよ


63:ノーギス

話を戻してもいいですか?

アンデッドたちは溢れているというより、東の方からただ西に向かって行進してるだけみたいですね

ダンジョンになってる廃墟には目もくれませんから、少なくともダンジョンに居るアンデッドたちと敵対してなさそうなのは確かです

もうじきエルンタールのそばを通るみたいです





***





〈──ていうような書き込みを見かけたんだけど、ブランが何かしてるの?〉


〈え、全然知らない……。アンデッド? 外にいるの?〉


〈いるんじゃないの? もうエルンタールのそばを通るみたいだけど〉


〈えーじゃあこっから見えるかな……。あ、見えた! ほんとだアンデッ──うわ来た!〉


〈ブラン? 何が来たの? ブラン? ブラ……切れてる〉





***





「やめてくださいよもー! 何か、何かもぞもぞする気分になる!」


 身体をくねくねと捩じらせ、ブランが身悶えている。

 それを眺めているのも一興ではあるが、時間は有限だ。いつまでもからかって遊んでいるわけにもいかない。


 伯爵はブランの住まうエルンタールの領主館、そのバルコニーに付いていた膝を上げ、埃を払った。


「──ま、ケジメというやつだ。これで正真正銘、貴様は我よりも格上の存在となったのでな。

 我にとっては、かの魔王や邪王と同列に扱うべき貴人であり、親しい友でもあり、また懐かしい子でもある。そんなところだな」


「と、友とか子とか、なんか急にデレてきますな……」


「デレ……? まあいい。ところで以前軽く話した、盟約という言葉について覚えているか?」


「覚えてません!」


「……だろうと思ったわ」


 ブランは胸を張って言った。大丈夫だ。最初から期待していない。


「地上に降りれないとかなんとか言ってたのは覚えてますけど、ちょいちょい来たりしてますよね。今日のもそれですか? てかなんかゾンビ君たちいっぱい連れてるし、バリバリ思いきり降りて来てんじゃないすか」


「覚えておるではないか! その件だ!」


「あーっと、つまり、その盟約とか何とかで地上に降りるの禁止されてたけど、有効期限が切れたからみんなで降りてきた感じってことっすかね」


 このようにブランは基本的に頭は悪くない。

 だというのに、なぜこんなにも会話が疲れるのか。


「降りれるようになったからみんなハッスルしてこんなとこまで来ちゃった感じってこと? はしゃぎ過ぎにも程がありますよ草」


「別にはしゃいだ結果来たわけではない。我には我の目的がある。盟約が切れた事で我も自由に動けるようになった故な。こうして目的を果たすべく、進軍を開始したというわけだ。……草?」


「へー。そうなんすね」


「おい草とはなんだ」


 しかしブランは答えようとしなかった。別にそこまで気になる事でもないが。

 伯爵の目的地というのは大陸中央の森、そのさらに中心部で眠っている、かつての友人の配下である。


 伯爵が精霊王と面識を得たのは、かの黄金龍の騒動の折だった。

 以前、西方大陸へとやってきた精霊王を連れ、主の城を案内したことがあったのだ。伯爵の主であるジェラルディンと精霊王はそれほど仲がいいという風でも無かったが、その時は共通する目的のため、連れ立って北へと発っていった。

 そんな精霊王は伯爵とは見た目からして随分とタイプも異なる人物であったが、2人は不思議と馬が合った。伯爵はいつか中央大陸に遊びに行く事を約束し、それに精霊王も応え、そして正式に招かれる事でこの大陸へとやってきたのだ。

 中央大陸へ行くのならと、ジェラルディンからはひとつ任務も申し付けられていた。

 それは時折この中央大陸に現れるという「世界の眷属」なるものを見つけ出し、西方大陸へと誘導する事であった。

 しかしそんな存在などついぞ見つけられないまま時が過ぎ、やがて精霊王は没した。

 この時、精霊王からは鳩を通じてひとつ、願い事をされていた。


 いつか、中央大陸の至るところに世界の眷属が満ちる日がやってくる。

 世界の眷属は何者にも支配することは出来ず、また死亡することもない。

 死亡することがないということは無限に強くなるということであり、何者にも支配されないということは、完全に制御できないということでもある。

 そんな存在が多く現れれば、これから精霊王の命を奪うであろう愚かな貴族たちが放っておくはずがない。

 必ず、金貨や名誉、あるいは他の何か、スキルに寄らないそうしたあらゆる欲をもって彼らを縛ろうとするはずだ。

 そんな彼らが西方大陸へ行くようなことになれば、例えジェラルディンや伯爵の目論見であったとしても、そこに中央大陸の貴族たちの意思が絡まないわけがない。

 精霊王をも倒すほどの欲望を持つ彼らだ。西方大陸へとその手先が至れば、必ず大陸の主であるジェラルディンに剣を向ける事になる。

 そうなれば西方大陸と中央大陸の戦争が勃発する。

 ジェラルディンが本気になれば、そしてそれに対して中央大陸の貴族たちも対抗すれば、その戦火はかつての黄金龍による被害にも匹敵するものになるかもしれない。

 そしてそれは、倒れた精霊王の仇を討つために伯爵が動いたとしても同じことだ。

 西方大陸と中央大陸の戦力差を考えれば、下手をすれば中央大陸は消滅する事になる。


 ──どうか、自分の没後、この地の貴族たちもまた滅び去り、世界の眷属たちが自分の意志で立つことが出来るようになるまで、事を起こすのを待ってはくれまいか。


 伯爵はこれを自分と精霊王の最後の繋がり、すなわち盟約として扱い、以降は人が訪れる事のないアブオンメルカート高地に引き篭もり、流れ行く時を見つめ続けて来たのである。


 だが、それももう終わりを告げた。

 終わりをもたらしたのは伯爵や精霊王が予見していたような、自分の足で立ち始めたばかりの異邦人という弱々しい存在ではなかったが、まあ誤差だろう。

 加えて言えば、伯爵がどうこう言わずとも勝手に西方大陸へでも北の極点へでも飛んでいってしまいそうな糸の切れた凧のような者たちだが、大した問題でもあるまい。


 まさに傍若無人。何よりも自由に生きている。


 彼女らは世界の眷属などと呼ばれていたような者たちでありながら、その「世界システム」にさえ縛られていないようにも見える。

 これは伯爵の勘だが、おそらく主君ジェラルディンとは気が合うに違いない。


「──まあ、いい。草についてはまた今度聞くとしよう。

 我はこれから、大陸中央へ行き、かつての友の配下であるヴィンセントを蘇らせに行くところだ。ここへ寄ったのは、単に通り道だからだ。それとまあ、お前の顔を見にだな。

 これからまた、少し騒ぎになる。お前たちが言っているいべんととかいうものとは違い、一過性ではなく恒常的な騒ぎだ。大陸中央の森はこれより、吸血鬼と死霊の支配する死の森へと変わる。

 お前や魔王、邪王には大して関係ないが、一応覚えておけ」


「はえー。てか友? 伯爵お友達いたの!? いやいや冗談ですって。わかりま──あれ? 大陸中央の森? そこってたしか──」


「──お姉様。お客様ですか? バルコニーから? 玄関を通らず訪問されるなんて、ずいぶんとユニークなご友人をお持ちですね。さすがはお姉様です」


 ブランが何か言いかけたが、新たな登場人物に遮られた。

 その内容も気になるが、その登場人物の顔を見て吹き飛んだ。


 そこにはブランにそっくりな、いやブランをそのまま一回りか二回り小さくしたような、そんな灰色の天使が立っていた。


「あ、グラウ」


「──な、なんだそやつ、い、いや、その御方は!」


 灰色の天使など聞いたことがない。見たこともない。

 しかし瞬時にわかった。

 これは大天使同様、伯爵では届かない存在だ。

 本来であれば、膝を折って対するべき相手である。


「おっと! 見てしまいましたか! へへへー。この子はグラウって言いまして、なんとわたしの妹です!

 まあ妹って言っても本当に妹ってわけじゃなくて、実際のところは何だろ、娘みたいなものなのかな? でもわたしまだそんな歳じゃないし、なんか娘っていうのもしっくりこないし、あと正直、レアちゃんのとこみたいな仲良し姉妹にも憧れっていうか、羨ましい感あって──」








 これから重要な仕事がある。


 余計なことに頭を悩ませたくなかった伯爵は見なかったことにし、ブランの長い説明も、またグラウとやらへの挨拶もそこそこにバルコニーを飛び立った。






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